第14話 マリア14

文字数 3,787文字


マリア14(フォーティーン)


 その日、住宅地は朝から大騒ぎとなった。

少年が自宅の庭で、腹部を鋭利な刃物で刺され何者かに殺されたのだ。被害者の名前は小島ユウキ、14歳。私の友だち、トモエの弟だった。同じ住宅地でそう遠くない。

 朝、まだもやの残るなか、新聞配達をしていた男の人が発見した。その家の庭のきれいに刈られている芝生の上で、白っぽいパジャマ姿の小島ユウキが血を流して倒れていたという。

 それからというもの、救急車が来て、近くの道路の片側にはパトカーだけでなく覆面もずらりと並び、テレビ局もやって来た。

 みんなが噂をしている。
「かわいそうにねぇ…」
「よくあいさつしてくれてたわ」
「いったいだれがこんなこと」
「顔見知り?」
「通りすがりじゃない?ほら、車荒らしがこのところ起きてるし」
「警察が私のところまで聞きにきたの」
「そうそう、刑事さんたち。まるで私、疑われてるみたいな気になった」
「ドラマみたいにちゃんと手帳出してた」
「お母さんもショックでしょうね。PTAの役員して、いつも熱心だったのに」
「最近やたらと怖いことが続くわね。ほら、遠山さんちの件も…」
トモエの家のそばまで行くと、あちこちからそういう声が耳に入ってきた。家は青いビニールシートで囲まれ、警察がいろいろ調べ回っている。トモエや家族の姿は見えなかった。

 テレビではもう、その事件がニュースとなって流れていた。リポーターがトモエの家のとなりの河北さんに、玄関でマイクを突き出して聞く。
「ええ、びっくりしました。とってもいいコでしたよ。まじめだし、いつもきちんとして」と、彼女はモザイクで答えた。

「よく言うよ、あのくそばばぁ。ユウキのこと、へんな格好して遊び歩いてるって近所に言いふらしてたくせに」
 妹のミチルがそれを見て言った。私の部屋をのぞくのは、めずらしいことだ。妹は家にいるときはほとんど部屋に閉じこもって、昼間でもカーテンを閉めきったままゲームに熱中していたからだ。

「ユウキくん、誰かにうらまれるようなことあった?」
「べつに。ネトゲではいろいろあったけど」
「ネトゲ?」
「オンラインゲーム。警察にも聞かれたけどね」

 刑事はユウキがやっていたインターネットの履歴まで調べていた。これまで彼がどんなことに関心を持ち、どんなところを見ていたり、参加したりしてたのかを洗いざらい調べた。 それで、ミチルも一緒にあるネットゲームに参加していたことがわかり、事情を聞かれたのだ。

 そのゲームで、彼は女性になって登場していた。「マリア14」。近未来の物語の謎の組織と闘う、鋼鉄の防御装備をしたヒロインだった。その物語はというと、残酷で予定調和やハッピーエンドとは無縁の架空のリアルがあった。マリアももちろん、目的のためなら手段を選ばない。様々なアイテムを手に入れるためなら、簡単に仲間も裏切る。マリアはすごく強かったが、彼女との戦いに破れた者たちには嫌われてもいた。

 このゲームの世界では、最終目的は生命のリセットだった。政府の中央コントロールタワーに侵入し、生命転換装置を手に入れ、自分の生命を生身の肉体からネットというサイバティックな世界に移行させることだ。そうすることで強力なパワーを手に入れ、政府の機構を乗っ取り、世界をコントロールすることができるのだ。それはゲーム参加者たち『住民』に多大な影響を与える、いわば神のような視点を手に入れられる。マリアは中央コントロールタワーのある区域に入るところまで辿り着いている、ゲーム最強の戦士だった。

「昨日、あんた、ユウキくんと会わなかった?」
「会ってない」ミチルは即答した。「お姉ちゃん、私を疑ってるの?」
「そうじゃないけど、つきあってたんじゃないの?」
「まさか。ワケないじゃない」
「暮田伸哉って人、あんた知ってる?」
「シンヤ?まあ、ネトゲ仲間だけど」
「夕べから行方不明だって」
「うそ…」
ミチルは呆然とした顔をした。

 噂はすぐに広まる。今朝、母親が近所の人に聞いたのだ。暮田伸哉は私と同じ高校の1年で、成績はいつもトップクラスの優等生だという。
「ほんとに何も知らないの?」
「知らないったら」
ミチルはぷいっと自分の部屋へ入り、ドアを閉めた。


「やべえな」
 コージもすでにトモエの弟の件を知っていた。

 セミの声が降り注ぐ。コージと並んで歩いている校庭には人の姿がなかった。私は額に手を当てた。汗が手の平を湿らせる。
「かわいそうに、トモエ、ショックだろうな。いったい誰が」
「暮田伸哉じゃないのか?」
「コージ、知ってたの?」
意外な言葉だった。

「まあな。やつは学校ではぶってたかもしんないけど、おれはやつがやってること知ってたからね。そりゃ、チクリはしなかったけど」
「どんな?」
「店にある商品をそのまま返品だとレジに持って行って、金を取るんだ。万引きにしてもいかにもあやしそうに見せといて、盗んだものは寸前で別の仲間に渡して捕まる。もちろん渡して済んでるから、何もでてこない。店の者が平謝りさ。さっさと盗るもん盗っていきゃいいのによ、なんでそこまで手のこんだことしてるのか、ワケわかんないね。しかもそういうの全部、やるのはユウキたちで、やつは命じるだけだぜ」
コージは薄ら笑いを浮かべた。

「けど、まさかあいつがトモエの弟とはな」
「知らなかったの?」
「知ってたら、こうなる前にとっくに止めてたよ。ああいうもんは、いったんハマルと抜けるのは難しい」

 コージは中学時代のことだが、何度か万引きや恐喝とかで補導されたりしているし、今でもガラがいいとは言えないが、私たちにとっては信頼できておもしろい、いい友だちだった。
「あと、誰がやってたの?仲間…」ミチルの名前が出ないかと、不安になった。
「ほら、あれだよ。前、ニュースになってた、めった刺しで、もうすぐ取り壊されるビルから落ちて死んだやつがいただろ。そいつもたぶん仲間だった」

偶然なんだろうか。
「そいつだったよ、おれにあの黒い鞄売り付けたやつ。どっかで見た顔のような気がしてたんだ」
「それって」偶然なんかじゃない。
「仲間割れとかじゃね?こうやって補習受けなきゃなんねーおれとは違って、家や学校じゃ優等生で通ってるやつが、秘密をばらすとか言われたらどうよ?マズイっしょ」

 セミの声が校庭に響き渡っている。強烈な日差しが木の影をくっきり濃く見せていた。
「トモエも心配だけど、ヒジリ、おまえ大丈夫か?」
「え?」
「アイラがああなってから、なんかな」
コージの言葉にとまどった。いつもはそんなシリアスなこと言わないから、きまりが悪い感じだった。
「ありがと」
いまここで、アイラのことがでるとは思いもしてなかった。今でもよく夢を見る。自分が殺されるようなあの夢といっしょに、アイラは現れる。いつも彼女は屋上に立っていて、私は助けようと走り寄るんだけど、アイラはするりと落ちていき、いつも間に合わない夢だった。

「けど、あれ、おかしかなかったか?」
ぽつりとコージがつぶやいた。
「あれって?」
「ほら、あの黒い鞄に入っていた瓶」
コージが福袋だと買ってきたという鞄に入っていたものだ。
「あれ、水みたいなものしか入ってなかったじゃない。それがどうかした?」
あれの匂いをかごうとしたとき、何か映像みたいなものが一瞬、見えたような気がした。何か不安がよぎったが、ずっと気のせいだと思っていた。

「あ、いやべつに。なら、いいんだ」
「まだ持ってる?」
「捨てたよ」コージは即答すると、「まだ補習残ってるし」と、教室に戻った。

 それからレイジに電話してみたが、家にはいず、どこに行っているかもわからなかった。おそらく内緒のバイト先だろうと思ったが、レイジはスマホを持っていないので、連絡がとれなかった。

 ロクはスタジオにいた。もうすぐライブが近いから練習している。「トモエはじゃあ、来れないな」と、ぽつりと言った。単に来れないと残念がっているのではないことは、声の調子でわかった。

 サヨコの声も沈んでいた。
「あり得ないよね、トモエはどう?」
「会ってないよ。今どこにいるかわかんない」
トモエに電話する気にはなれなかった。今のトモエに何をどう言えばいいのか、気まずいだけだ。
「気になるけど、私は今こんなんだし、何にもできないよ」
サヨコは謹慎中のことを言った。
「コージは、行方不明になってる暮田伸哉ってコが犯人じゃないかって」
「そういえば、前にトモエが“弟が悪いやつにつかまりそうだ”って言ってた。でね、“だからお祓いの仕方を聞く”って、変なの」
「トモエはオカルトにはまってたから」
「ネットでそういうサイトに入り浸ってたよ」
「それ、どこ?アドレス教えて」

 ノックしても反応がなかったのに、ドアを開けるとミチルは驚いたように振り向いた。
「急に開けないでよ!」
カーテンを閉めきっているから、部屋は薄暗く、パソコンのディスプレイがやけに明るく見えた。そこにはネットゲームの世界があった。画面には文章が見えた。

『あそこの店には秘密結社があって、みんなそれに参加してるよ。
 他の人にそれを言っちゃダメだよ。言ったら殺られる。
 やつらは見えない何かにコントロールされていて、
 それをやつら自身は知らないんだから。』

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