第3話 METAL MICKY

文字数 2,575文字

「あのなあ、金で計れない価値があるって言っただろ」
キリュウは少年の顔に煙草の煙を吐く。
「財布の金は返すよ!」
「知らないってよ」メタルミッキーが落胆した。
「そいつは残念、てな言葉では済まされないなあ」

「あんた、最初からおれから鞄を取り戻そうとしてたのか!友だちが殺されたとかってのは、嘘だったのかよ!」
少年は声がうわずっていることにも気付かない。唇の震えが止まらない。
「嘘じゃないよ。きみとはもうトモダチじゃないか」
 
 キリュウはくっくと笑って、煙草を放り、ポケットをごそごそすると、なにやら小さい赤いものを取り出した。
「これがおれのいちばんお気に入りのやつさ」
少年の目の前で、赤いものからメタリックなナイフが飛び出た。
「どう?おしゃれだろ?」
キリュウは笑いながら、見せびらかした。

「金返すから!返すよ!」
少年は必死に声をはりあげた。キリュウはますます大笑いしながら、少年に顔を近付けた。
「ここで、これから、おれのトモダチが死ぬんだよ」
少年の目は見開かれた。

 キリュウは上の方に勢い良く腕を曲げた。キリュウの手に握られた赤いスイス製アーミーナイフは、何層にもメタリックな器具が機能的に重なって収納されていて、見事なまでの美しさだった。

* *


 天気が良かった。日中の日差しはもうすっかり夏だが、夕方になると、蒸し暑さもいくらかマシだ。
 繁華街の中の雑居ビルの屋上、ここからは街が一望できる。高校生の荻島ヒジリはここからの眺めが好きだった。雲がすごく近くに見え、自分の日常が小さくなって見えるからだ。すっかり空はオレンジ色になっていた。
「いいか、ヒジリ」と、背後からコージの声がして、彼女は振り向いた。

 コージを真ん中に、ロク、サヨコ、トモエ、アイラがいる。もうすぐ期末テストだというのに、6人の高校生はこのたまり場に相変わらずやって来ていた。いや、あとひとり、いない。
「レイジは?」
ヒジリがみんなを見て言った。
「体育の横田といっしょなんでしょ」
トモエがそう言うと、コージがまずいよって顔をし、アイラがプッと笑った。
「トモエ、ミカがとなりのクラスの野本くんとつきあってるって知ってる?」
「えっ?うそっ」サヨコの言葉にトモエがのけぞって驚いた。ミカは同じクラスだが、よく学校をさぼり、親しくはなかった。
 アイラ以外はみんな、中学から一緒だったため気心が知れている。だから、なんとなく集まることが多かった。アイラはトモエと高一のときのクラスメイトで、いつの間にかみんなと一緒にいるようになった。

「開けるよ」と、コージが身構えた。
 ヒジリもその輪の中に入る。そこには黒い鞄があった。鞄の中をのぞきこむ。が、そこにはごちゃごちゃと衣類など、何か旅行用のもの一式が入っている。
「なにこれ」トモエは明らかに落胆した。
「コージ、またやっちゃったのか」ロクがあきれたようにつぶやいた。
「盗んだんじゃないよ、買ったんだ。すごい価値とか、効き目があるものが入ってる福袋だっていうから」
コージはあわてて、他に何か入っていないか調べている。
「確かに、服、袋」と、サヨコが笑い、アイラもぷっと笑った。

「あ」
コージが小さな瓶と、紙切れを見つけて取り出した。
「すごい価値があるものて、これなんだ」
ロクが苦笑した。
「これ、なに?」トモエが瓶を目のところまで持って来て眺める。「だまされたとか」
瓶に水のような無色透明な液体が半分ほど入っている。
「くそっ」と、コージがいらついたように頭を掻いた。
ヒジリはコージが放っていた紙切れを拾った。ノートからちぎり取られたように端がぎざぎざになって、くしゃくしゃになっている。それを押し広げてみた。

“太古の昔、『聖なるもの』は闇と火の中に存在していた。
人々はそれをときには神と呼びあがめ奉り、そして怖れた。
それは彼等を浄め、生まれ変わらせてくれる絶対的な力をもっていたからだ。
彼等は祭りや儀式のときだけその『聖なるもの』の住む世界と交わることができた。
彼等が浄められるためには、彼等の王がその力を示し支配者としての超越的な存在でい  
続けるためにも、偽りの王を自分の身代わりに祭司にたて、儀式の終りに生け贄として
『聖なるもの』に捧げなければならなかった。
私はいま、太古の人々と同じように『聖なるもの』の存在を確信している。
それは沈黙のうちに私に語りかけてくれ、素晴らしい力を与えてくれる。
この世の邪悪なものと闘う強い意志と勇気、そして迷うことなき行動力を。”

「ファンタジストかもよ」と、ロクがにやにやと、ヒジリの横からのぞき見した。缶コーラを飲み干す。
「ちっくしょ」
「一応、それ開けてみて」
トモエに言われて、ふてくされたコージが瓶のふたを開けて、そっと鼻を近付けた。が、すぐに「うえっ!」と、のけぞった。一斉にまわりの誰もが飛び逃げた後、コージはのけぞったまま大笑いした。
「なんちゃって」
「まったくもう」
トモエが声をはりあげた。みんながまたまわりに寄って行く。
 ロクがさっそく、コージから瓶を取った。臭いを嗅ぐが首をかしげる。トモエも嗅いでみる。瓶は順にまわり、ヒジリに渡った。

 顔を近付けた瞬間、テレビを一瞬つけてすぐ切ったように、何か映像のような、電気信号のようなものが脳をかけめぐった。とっさにあわてて顔を離す。アイラがその様子にぷっと笑った。
「なーんにも臭わない。ただの水なんじゃないの」
サヨコが面白くなさそうに言う。
「福袋なんだし、ま、外れってとこ?」瓶はアイラまで回らずコージに戻った。
ロクはなぐさめてるのか、嫌味なのかよくわからない。

「あ、ねえねえ、きのうのあのドラマ見た?」
トモエが誰ともなく聞く。コージはふてくされている。
「あー見のがした。塾から帰って、すぐお風呂入ったし」と、サヨコが言うと、アイラがプッと笑った。
「まあ、ネットであとから見れるし」
ロクがヒジリの頭越しに缶を放り投げた。

 もうみんな、さっきの話題は忘れ去ったかのようだった。だがヒジリは、さきほど瓶に顔を近付けたときのあの奇妙な感覚をひきずったままだ。街は、オレンジ色から暮色に変わろうとしている。彼女はそれを、何だかひどく不安な気分で眺めていた。


METAL MICKY おわり
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