第1話 METAL MICKY
文字数 2,463文字
このあいだ、テレビを見ていてふと思ったんだ。
15歳の少年が窃盗傷害でカンベツ送りになってしまったドキュメンタリーで、母親がモザイクで登場して『普通に育てたのに』と言って泣いてた番組。
普通だって。
何の疑いもなく、自分が間違っていることなんてあるはずがないって感じで。
今まで誰か一度でも『普通』の意味を教えてくれたことはあるんだろうか。
何を根拠に、どんな普通の幻想を子供に15年間も押し付けてきたんだろう。
『普通』好きの彼等はカンペキなジグソーパズルを持っている。
片っ端から埋めこんで完成させていくんだ。そのためだったら邪魔なものは徹底的に排除する。
真実が静かに目前に浮かび上がってきたとしても手荒く押し沈め、二度と浮いてこないように重しをするんだ。
私は時々、彼等が隠そうとしてるものを目前に広げて見せてあげたくなる。
すべてを引っ張り上げ、光のもとにさらけだしてあげたい。たとえ光を浴びるヴァンパイアのように怯えもだえようと、彼等はきっと解放されて楽になると思うから。
METAL MICKY
「実は…」と、キリュウという男が顔をしかめた。
空は青く澄んでいる。日差しはもう完全に、夏そのものだった。
何もかもがまぶしい景色の中、その建物は濃い灰色にくすみ、重そうに見えた。剥がされたポスターの跡、割れた看板がそのまま残っている。
「ここで、おれのトモダチが死んだんだ」
キリュウは煙草に火をつけた。
「え?ここで?そんな話、聞いたことないけど」
少年はあわてて建物を見上げると、「おれも時々、ここ、来るんだけど」と、続けた。
「へえ、こんな廃虚に住んでるやつが、マジいるんだな」
「時々だけど。けど、なんで」
少年は話の続きを聞きたがった。
「吸う?」
キリュウが箱から煙草を一本揺すって上げると、少年はそれを抜き取った。
二人の年齢はそれほど差がなさそうに見える。
彼らはさっき知り合ったばかりだ。少年がキリュウに場所をたずねられ、案内した先がここだった。
「あのへんの窓から落ちたんだろな」
キリュウが煙草を吸いながら、建物上の方を顎で示す。
少年も見上げる。
建物は7階建てで、上から落ちればそりゃあ死ぬだろうなと思った。
「なんで」
「事故だってさ」
「ふうん」
「けど、噂じゃ殺されたらしい」と、キリュウが声をひそめて、少年の耳もとで言った。
「えっ」
「そりゃね、あいつが黒い鞄を盗んでたのは、おれも知ってたよ。手ぐせが悪いやつだからね」
「黒い鞄?」少年は興味を示した。
キリュウは煙草を深く吸い込むと、ふうっと長く吐いた。
「メタルミッキーってやつ、知らない?」
少年は首を横に振る。
「あいつのいたとこ、どこかなあ?」
そう言いながら、キリュウは建物の方へと向かった。
中に入ると、古びた埃臭さがする。
少年はこの臭いをかぐと、妙に安心できた。自分の家では味わえない気分だった。
彼の両親は仲が悪く、いつもいがみあってひどい言葉をぶつけあい、そして腹立ちまぎれに、彼にもその言葉をふりかざした。
親への憎しみが湧いてくる。彼は叱られたり、罵倒されるのはもううんざりだった。
逃れるようにこのビルで夜を過ごしていると、すごく解放された気分になれた。
がらんとして、誰の文句も聞こえない。彼は黙って、ただ横になって、自分の心の声をいつも聞こうとしていた。もやもやした何かがあると感じるだけで、その何かがよくわからなかったが、家にいるよりずっと落ち着いた気分になれるのだけは確かだった。
「上の方の階にいたんだろなあ」
キリュウの声がコンクリートの壁に当たって響いた。
話の続きが気になり、少年も急いで後を追って、薄暗い急な階段を上って行く。がらんとした部屋が半開きになったままのドアから見えた。
「なんつーか、よく映画に出てくる近未来の廃虚みたいだねえ。核戦争後とかってやつ」
キリュウは面白そうに笑った。
「こんなとこでいられんの?」
「ううん、そんなには。友だちんとことか」
「家には帰んないの?」
少年は黙った。
「生活費はどうすんの。金、いるだろ」
「自分で稼いでる」
以前、彼はファーストフード店でアルバイトをしていた。
が、今は万引き、スリ、自販荒らしをしては盗み、金目の物は売ったりしていた。それはコツさえわかれば、簡単にうまくいく。ときには仲間とも共謀したが、アルバイトをするよりも、はるかに手っ取り早かった。
一度そういうことをして成功すると、うまくいったとほっとすると同時に、罪悪感が薄れていき、それも普通の日常になる。
あっという間だ。
少年は今や何のためらいも感じない。チャンスだと思えば、すぐに実行できた。こんなにラクして簡単に金が手に入ると、経験積んで10円アップした時給1050円のバイトもバカらしくなって止めた。
「稼いでる、ねえ」
キリュウがにやにやと振り向くが、すぐ少年の襟元を掴むと、ひきずるようにしゃがませた。
「なにすんだよ」
「しっ」キリュウがしゃがんだ姿勢から、中途半端に首を伸ばした。
「やつだ…」
キリュウの見る割れた窓の外に、男がやって来るのが見えた。
「メタルミッキーだ。トモダチを殺したやつ」
「えっ」
「やばい。急ごう」キリュウが急いで歩きだした。
「メタルミッキーって」
「すごい残酷なメタリックマニアだよ」
「なんだよ、それ」
「ナイフ、包丁、カッター、ハサミ、ペンチ、画鋲、ドリル、ハンマー、工業用メジャーなんでも持ってる。特にお気に入りはスイス製の機能抜群、デザインおしゃれなアーミーナイフってやつさ。こともあろうに、やつはそいつの鞄を盗んでしまったんだ」
「その、黒い鞄?」
「それ」と、キリュウは銃を撃つマネをした。
そのとき、扉に何か固いものを叩き付けるすごい音がした。
「やば。やつが探してる」
「その鞄を?中には何が入ってたんだ?」
「すげえもんだ。やつが見つける前に探すんだ」
キリュウがどんどん歩きながら、扉を見て行く。
「いくらぐらいするの?」
少年も興味を示した。
「金で計れない価値があるなあ」
金で計れない価値、そんなものがあるんだろうかと、少年は思った。
15歳の少年が窃盗傷害でカンベツ送りになってしまったドキュメンタリーで、母親がモザイクで登場して『普通に育てたのに』と言って泣いてた番組。
普通だって。
何の疑いもなく、自分が間違っていることなんてあるはずがないって感じで。
今まで誰か一度でも『普通』の意味を教えてくれたことはあるんだろうか。
何を根拠に、どんな普通の幻想を子供に15年間も押し付けてきたんだろう。
『普通』好きの彼等はカンペキなジグソーパズルを持っている。
片っ端から埋めこんで完成させていくんだ。そのためだったら邪魔なものは徹底的に排除する。
真実が静かに目前に浮かび上がってきたとしても手荒く押し沈め、二度と浮いてこないように重しをするんだ。
私は時々、彼等が隠そうとしてるものを目前に広げて見せてあげたくなる。
すべてを引っ張り上げ、光のもとにさらけだしてあげたい。たとえ光を浴びるヴァンパイアのように怯えもだえようと、彼等はきっと解放されて楽になると思うから。
METAL MICKY
「実は…」と、キリュウという男が顔をしかめた。
空は青く澄んでいる。日差しはもう完全に、夏そのものだった。
何もかもがまぶしい景色の中、その建物は濃い灰色にくすみ、重そうに見えた。剥がされたポスターの跡、割れた看板がそのまま残っている。
「ここで、おれのトモダチが死んだんだ」
キリュウは煙草に火をつけた。
「え?ここで?そんな話、聞いたことないけど」
少年はあわてて建物を見上げると、「おれも時々、ここ、来るんだけど」と、続けた。
「へえ、こんな廃虚に住んでるやつが、マジいるんだな」
「時々だけど。けど、なんで」
少年は話の続きを聞きたがった。
「吸う?」
キリュウが箱から煙草を一本揺すって上げると、少年はそれを抜き取った。
二人の年齢はそれほど差がなさそうに見える。
彼らはさっき知り合ったばかりだ。少年がキリュウに場所をたずねられ、案内した先がここだった。
「あのへんの窓から落ちたんだろな」
キリュウが煙草を吸いながら、建物上の方を顎で示す。
少年も見上げる。
建物は7階建てで、上から落ちればそりゃあ死ぬだろうなと思った。
「なんで」
「事故だってさ」
「ふうん」
「けど、噂じゃ殺されたらしい」と、キリュウが声をひそめて、少年の耳もとで言った。
「えっ」
「そりゃね、あいつが黒い鞄を盗んでたのは、おれも知ってたよ。手ぐせが悪いやつだからね」
「黒い鞄?」少年は興味を示した。
キリュウは煙草を深く吸い込むと、ふうっと長く吐いた。
「メタルミッキーってやつ、知らない?」
少年は首を横に振る。
「あいつのいたとこ、どこかなあ?」
そう言いながら、キリュウは建物の方へと向かった。
中に入ると、古びた埃臭さがする。
少年はこの臭いをかぐと、妙に安心できた。自分の家では味わえない気分だった。
彼の両親は仲が悪く、いつもいがみあってひどい言葉をぶつけあい、そして腹立ちまぎれに、彼にもその言葉をふりかざした。
親への憎しみが湧いてくる。彼は叱られたり、罵倒されるのはもううんざりだった。
逃れるようにこのビルで夜を過ごしていると、すごく解放された気分になれた。
がらんとして、誰の文句も聞こえない。彼は黙って、ただ横になって、自分の心の声をいつも聞こうとしていた。もやもやした何かがあると感じるだけで、その何かがよくわからなかったが、家にいるよりずっと落ち着いた気分になれるのだけは確かだった。
「上の方の階にいたんだろなあ」
キリュウの声がコンクリートの壁に当たって響いた。
話の続きが気になり、少年も急いで後を追って、薄暗い急な階段を上って行く。がらんとした部屋が半開きになったままのドアから見えた。
「なんつーか、よく映画に出てくる近未来の廃虚みたいだねえ。核戦争後とかってやつ」
キリュウは面白そうに笑った。
「こんなとこでいられんの?」
「ううん、そんなには。友だちんとことか」
「家には帰んないの?」
少年は黙った。
「生活費はどうすんの。金、いるだろ」
「自分で稼いでる」
以前、彼はファーストフード店でアルバイトをしていた。
が、今は万引き、スリ、自販荒らしをしては盗み、金目の物は売ったりしていた。それはコツさえわかれば、簡単にうまくいく。ときには仲間とも共謀したが、アルバイトをするよりも、はるかに手っ取り早かった。
一度そういうことをして成功すると、うまくいったとほっとすると同時に、罪悪感が薄れていき、それも普通の日常になる。
あっという間だ。
少年は今や何のためらいも感じない。チャンスだと思えば、すぐに実行できた。こんなにラクして簡単に金が手に入ると、経験積んで10円アップした時給1050円のバイトもバカらしくなって止めた。
「稼いでる、ねえ」
キリュウがにやにやと振り向くが、すぐ少年の襟元を掴むと、ひきずるようにしゃがませた。
「なにすんだよ」
「しっ」キリュウがしゃがんだ姿勢から、中途半端に首を伸ばした。
「やつだ…」
キリュウの見る割れた窓の外に、男がやって来るのが見えた。
「メタルミッキーだ。トモダチを殺したやつ」
「えっ」
「やばい。急ごう」キリュウが急いで歩きだした。
「メタルミッキーって」
「すごい残酷なメタリックマニアだよ」
「なんだよ、それ」
「ナイフ、包丁、カッター、ハサミ、ペンチ、画鋲、ドリル、ハンマー、工業用メジャーなんでも持ってる。特にお気に入りはスイス製の機能抜群、デザインおしゃれなアーミーナイフってやつさ。こともあろうに、やつはそいつの鞄を盗んでしまったんだ」
「その、黒い鞄?」
「それ」と、キリュウは銃を撃つマネをした。
そのとき、扉に何か固いものを叩き付けるすごい音がした。
「やば。やつが探してる」
「その鞄を?中には何が入ってたんだ?」
「すげえもんだ。やつが見つける前に探すんだ」
キリュウがどんどん歩きながら、扉を見て行く。
「いくらぐらいするの?」
少年も興味を示した。
「金で計れない価値があるなあ」
金で計れない価値、そんなものがあるんだろうかと、少年は思った。
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