第22話 三面記事

文字数 4,132文字

三面記事

 カーブで追突事故
 バイク車線はみだし
男子高校生即死
 28日午前5時50分ごろ、
 ××市××町の県道で、
 市内高校生、野本直紀さん(17)
 =同市××町=が運転していた
 バイクが、××県××郡の運転手、
 ××××さん(42)運転の
 トラックと衝突し、道路右側の
 歩道にある街路樹に激突、
 即死した。
 ××署の調べによると、バイクは
 時速100キロ以上で走行、
 交差点でカーブを曲がりきれず、
 対抗車線にはみだして、走って
 きたトラックに正面衝突したらしい。


 なあ、親友。はじめて彼女と話したのはこの日だった。おれが本屋で弟と話してるのを、むこうが見かけたんだ。
 本屋で、ステルス戦闘機の写真の載った雑誌を眺めていた。F-35は高重力で水蒸気雲が機体を包んだりするらしい、すげーなと思ってたら、「なに笑ってんだよ、兄ちゃん」と、弟の亘が笑った。

 亘は黄色い長髪だ。このあいだ会ったときは短くて、バスケでもやってそうな感じだったことからいくと、ずいぶん趣味が変わったもんだと思う。まあ中学生なんてのは、1日で考えや好きなことが変わっても、おかしくないのかもしれない。
「亘、学校はさぼるなよ」と、一応は兄貴らしく言った。
「兄ちゃんこそ今でも聞くぜ、中学んときやったこと。窓割り、ヘッドライト割り、万引き」
店員がじろりとおれたちを見た。おれは気まずくなって本を閉じる。
「またその話か。じゃあおれもおまえがベンジョ虫、死ぬほど集めてポケットに入れて、母さんが腰ぬかしたあの話しようか?」
亘がわざとのけぞったとき、その向こうで女の子がこっちを見ているのに気付いた。それがとなりのクラスの高木サヨコだった。

「そろそろ帰るか」と、雑誌を買った後、弟に言った。すると弟は別れ際、「母さんも元気だから」と言った。弟はおれに気遣っていたんだ。おれは歩き出していたが振り返り、笑って雑誌を持つ手を振った。

 両親が離婚して5年になる。おれが12、亘は9歳のときだ。で、おれは父さんと、亘は母さんと暮らしている。子供にとって5年ていうのはとても長いよな。その間に、おれも亘もずいぶん変わったし、今の生活の環境も、考えることもお互い知らないわけだから、おれたちは、親がおれたちのためを思ってという配慮で、時々お決まりのように会っても、いつのころからか、ほとんど昔いっしょに住んでた頃の話しかしなくなった。時間は流れているのに、おれたちの会話は、昔で止まってしまったままだった。

 あたりはすっかり暗くなっていた。本屋から少し行った先の鋪道に止めてあったバイクに乗ったとき、高木サヨコが近づいて来た。
「野本くんの弟?」
 話し掛けてきたのは彼女の方だった。おれの名前を知ってるのに驚いた。
「あんまり似てないね」
「亘は母親似なんだ。高木さんち、こっちだった?」
 以前なら、彼女の名前は、まず知らなかった。話したこともないし、何か見たことがあるってぐらいだったから。けど、彼女がエンコウで停学くらったとかいう噂で、名前を知ったんだ。

「おい!」
 見知らぬ男が声をあげ、走ってくるのが見えた。何やら深刻そうな顔をした茶髪で背の高い男だ。年はおれたちと同じくらいだろうか。だが、タンクトップから見える肩の筋肉はごつかった。

「ねえ、乗せてってくれない?」唐突に、サヨコはおれの耳元でささやいた。「あいつから逃げないと」と言う。血相を変えて走ってくるごつい男が怖くて、おれは彼女を後ろに乗せてバイクをとばした。仕方がない、予備のメットはなしだが。

 おれは夜にバイクで走るのが好きだった。エンジン音が大きく聞こえ、闇は余計なものを隠してくれる。ひとりきりで走っているという感覚が、心地よかったからだ。ああ、ごめん。ひとりじゃないよな。おまえのことを忘れてた。子供のときからずっと、いつも話を聞いてくれた親友のおまえのことを。けど、今日は高木サヨコを乗せているんだ。

 いつもならぎりぎりで走り抜ける信号で止まる。
「なにやったんだ?」
気になった。でも彼女はそれには答えず、
「ねえ!いつもバイク乗ってるの?」と聞いた。
「特に夜はね。モノクロでサイコー」
信号が青に変わる。
「このラインがいちばん飛ばせる!」
おれはアクセルを思いきりふかして、ちょっとぎくしゃくとぶれ動き、バイクがスタートした。サヨコの嬌声が耳元で聞こえた。

 雀の鳴き声がし始めた、うっすら明るくなったころ、家に帰った。サヨコもそのままついてきた。おれは送って行くと言ったが、彼女は帰ろうとしなかった。理由をきくと、「どうしてなんでもそうやって理由がいるの?」と笑っただけだった。おれには理由がない行動なんてないけどな。なんとなくなんてのはあり得ない。なぜだという疑問には、答えは必ずつきものだ。

 家の門を開けて新聞を取る。
「サイアクだ」
おれは思わずつぶやいた。
「なにが?」と新聞をのぞきこむサヨコ。新聞にはテロで、百十数人が死んだことが載っていた。でもおれにとってサイアクなのはそのことじゃない。そんなに大きな問題に悩む以前に、自分のことで精一杯だ。
「朝だよ。これからみんないっせいに起きだすんだぜ。モノクロのサイコーの世界がすっかりシラけたじゃないかよ」
「ふうん」
サヨコは首をかしげたまま納得した。その様子がちょっと面白かった。いいやつじゃないか。

「入れよ。おやじは出張中だ」
「弟は?」
「母親といっしょさ」
「どういうこと?」
「親が離婚したから」
説明するのが面倒で、一言で済ませた。

「なんか飲む?」と言いつつ、冷蔵庫を開ける。
「うん、いい」と彼女は言ったが、おれはもうペットボトルをテーブルに置いた。
「ちょっと待ってて」

 おれは自分の部屋へ行き、ベッドに雑誌を放ると、机の中のハサミをさがす。
「ふうん、シンプルな部屋」
驚いて振り向くと、サヨコが立っていて、部屋を興味ありげに眺めていた。
「変なの。部屋に自転車がある。乗らないの?」
以前、興味を持っていたことがあったが、すぐに飽きてやめて、部屋のアクセサリーになった。
「乗らない」
「ふうん。あ、そうよね。バイクがある」
そういう意味じゃないけどな。
「本はないの?」
「読まないから」
かなり読んだこともあった。名作文庫百選とかなんかに載ってるやつとか。でもそれも高校生になったとき、全部捨てた。

「ふうん、意外。野本くんてさわやか系かと思ってた。でも、けっこうイメージまんまってことないよね」
彼女はおれにどういうイメージを持ってたんだろうか。
「ねえ、私が野本くんをどうして知ってると思う?」
どきりとした。
「ミカとつきあってたんでしょ?」
「それは…」
「でももう別れた」と、彼女があとを続けた。

 ミカは外見が派手で、勉強そっちのけで遊ぶことが好きだった。学校の出席率がぎりぎりでも、足りればいいぐらいに思ってる。だからおれは彼女は呼び出しやすく、学校に行くのが面倒になれば、彼女に声をかけた。
 ミカはいつでも、ほいほいおれについてきた。バイクでずいぶん遠くへ行ったこともある。ただひとつ、みんなが抱く彼女のイメージと違っていたのは、恋愛については、嘘のない一途だったってことだ。つきあうときはひとりだけ。ほいほい寝たのはおれとだけ。そう、一途。それが彼女と別れた理由かな。おれは彼女と、まじめにつきあう気なんてなかった。今さっき、高木サヨコにミカとつきあってたことが知られていることがまずいと思った。都合いい女とつきあってると、人に指摘されたくなかったんだ。

「私も別れたんだ」と、サヨコは言った。「野本くんも知ってるでしょ。あの件…」
 エンコウのことだ。
「あれで私、親にずっと謹慎させられてるんだ、実は」
「脱獄してきたのか?」
「刑務所じゃないけど」と一瞬笑ったが、「でもまあ、似たようなもんか」と目を伏せた。

「どうして」
いいかけて止めた。また彼女に理由をきいている。それもこんな話ではまずいと思った。また彼女の傷口を開けるようなもんだ。
「いや、いい」
おれがあわててそう言うと、彼女はちょっと笑った。
「どうしてかなぁ…。あのとき私たちはみんなチームだったのよ。そんなエンコウとか、全然そんな感覚はなかった。もちろん目的はお金と嗅ぐやつだったけど、みんなでお金があればって話してて、親から独立して、みんなで共同生活を送ろうかなんてこともでて、すごく楽しかったワケね。だからあとでエンコウっていわれて、新聞にでかでか載って、世間の見方がショックだった」
「けど、本当にお金とソレが欲しかったのか?」
彼女にはとてもそんなイメージはなかった。まじめできちんとしてやさしそうなコが意外性のために、おれの印象に残ったぐらいだったから。

 サヨコは黙った。おれは気まずい思いで、ステルスを切り取った雑誌をゴミ入れに放った。サヨコは壁を向いていた。そこには写真が貼ってある。
「ふうん、この写真もシンプル。人が写ってないね。でも、好きだな」
彼女がおれが貼った写真をひとつずつ指さしていく。
「戦車、ざんごう、壊れたビル…」
おれは切り取ったステルスの写真と、ウクライナの焼け焦げた車両の新聞写真を壁に貼った。サヨコはおかしそうに笑って、その上を指でなぞった。

「戦闘機、焼けた車…。ねえ、戦争でも好きなの?」
「興味あるね」
「ねえ、核ミサイルってほんとに飛んでくるのってあり得るかな?」
「さあね」
「ねえ、国会議事堂の地下に、核シェルターがあるんだって」
「ないよ、そんなの」
「原爆の写真はないの?ブリオッシュみたいな雲の」
おれがおかしくてふっと笑いをもらすと、「なに?」と彼女が聞いてきた。
「いや、ちょっと」
「だから、なに?ねえ、男ってどうしてそんなに秘密をもちたがるの?」
「別にそんなわけじゃ…」
「ほんとのとこ、どう思ってるのか、なに考えてるのかわからない。まっすぐなのかややこしいのか頭の構造、ほんと理解できない」

サヨコはちょっと眉間にしわよせて不機嫌そうだったが、おれの視線に気が付くと、「そうだよね。野本くんとはクラス違うし、ぜんぜん親しくないもんね」と言った。
「ぜんぜんてことは…ないと思う」
下心がそう言わせた。
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