格闘技 柔道

文字数 1,738文字

「我々は負けるわけにはいかない。我が国が開催国で、我が国で生まれた柔道だから、本当に負けるわけにはいかない。」
 「しかし、リモートでは無理ですよ。なんか、ボクシングはするとかいってましたけど、あれはグローブを付けるとか逃げ道がありました。柔道は手袋してするわけにはいかないだろうし。」
 「いや、それだ!それこそが活路だ!手袋をしてすればいい!」
 「手袋して柔道なんて、だめですよ。]
 「じゃあ、どうするんだ!中止とか無理だからな。」
 「普通にすればいいんじゃないんでしょうか?そのかわり徹底して対策するんです。会場は無観客、控室を作る、体温を測る、検査する。それを徹底すればいいんですよ。柔道でリモートは無理ですから、普通にすればいいんです。対策に協力できる国と選手だけに参加してもらう。そうすれば・・・。」
 「そうだな、そうすれば、選手も安全に出来るな。」
 「いえ、参加選手を減らすことが出来る。つまり、日本の金メダルの確率が上がるんです。六か月前から日本に入ってもらい、選手村で非接触の生活をしてもらう。検温、消毒を頻繁にして、こちらからの提供の食事のみ、山奥の寺にでも放り込んで、誰にも会わせない。がちがちに理不尽な決まりを作るんです。そうすれば参加しないという選択が出てくるし、来たとしても半年の幽閉で、すっかり弱くなってします。」
 「・・・お前、怖いな、でも、それは使えるな。開催国ならでは手段だ。」

 武道館に観客はいない。しかし選手は全世界からやってきた。
 彼らは半年間、何もない栃木の山奥のお寺で合宿してもらい、移動は車のみ、情報を遮断して、米と汁を主とした質素な食事を自炊。畳の部屋で布団を敷いて寝る。寺の掃除もしてもらう。本堂での練習は畳が傷むから力を抜いて慣らす程度。病院に行くと感染のリスクが高まるから練習はケガなく無理なくで牙を抜く。ほぼ軟禁状態。しかし、これまで文化を学ぶことなく、見よう見まねで柔道に取り組んできた国の選手たちは、日本のお寺での修行生活を通して、無理のない流れを主とした日本の文化を知り、その精神を悟ることになった。打撃ではなく、掴んで、しかし力づくではなく、相手の力を受けて、流して、決めていく。日本の柔道には力の流れがある。それは決して無理やりでなく、川の水が上から下へ流れる、常にとどまらない、諸行無常。この精神を多くの外国人選手が日本の山奥の生活で悟ってしまった。パワープレーに重きを置いていた海外勢は、日本の近代的でない部分に触れ、その神髄を理解することになった。彼らは礼儀正しい侍となったのである。
 「さて、オリンピック柔道が始まります。武道館には観客はいませんが、その雰囲気たるや、今までの国際大会と違いますね。なにか、こう、凛としたものがあります。とくに海外の選手税が、おとなしいというか、寡黙というか、どうしたんでしょうね?講道館の藤田館長に来ていただいております。藤田館長、これはどういった変化なのでしょうか?」
 「これはですね、この度のオリンピック日本大会に関しては、コロナ感染の危険性を踏まえて、彼らには半年前から日本の山奥に住んでもらいました。そこでは外部との接触を遮断いたしました。すると彼らはそこで日本のことを多く学ぶことになったのです。これは大事なことなんですが、柔道はスポーツではありません、格闘技でもないのです。武道なんですね。説明が難しいのですが、一度、その道に入ると分かるんですね。柔の道に立てば、その精神、体技が分かってくるんです。今回はとても良いきっかけになったと思います。大声をあげて無理やり投げ飛ばすのは決して柔道ではないんです。相手にダメージを与えるのが目的ではないんです。今回の大会は見ごたえがあるものと思いますよ。」
 力で振り回す海外の選手たちが、武道としての柔道の神髄を見つけ、精神性に重きを置いて取り組んだ。結果、元々の身体能力が高い海外勢がメダルホルダーとなってしまった。一方の日本勢は、海外勢を質素な生活に追いやっている間に、近代的なスポーツとしての柔道の練習に終始した。レスラー張りにパワープレーが出来るようになっていたが、本筋から離れ、すっかり弱体化してしまった。
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