ボクシング その1

文字数 1,713文字

 「接触はダメとなると、これじゃ、お手上げです。会長。」
 「直接触ったら、あかんのやろ?ボクシングはグローブ付けとるやないか!グローブを試合前にシュッシュすりゃええんや。ボクシングは開催できる!可能や!」
 日本ボクシング協会の山村会長はゴッドファーザーのごとくのいでたちでボルサリーノハットの下、サングラスの奥から眼光鋭く、一歩も譲らない調子で大会の開催を言い切る。
 「恐れとったら何もできへんのんや!歴史に名を遺すんや!わし、歴史の男、山村が決断したんや!開催や!これは絶対や!」
 副会長である大磯は「ボクシングしたことないくせに!選手の事どう思ってるんだ!」と思いながらも、開催の責任を山村に押し付けることが出来れば、次期会長は自分のところに転がり込んで切ることを予想して
 「わかりました。IOCには開催の旨を伝えます。ただ、手は触れないとしても、飛沫感染がおこります。」
 「ヘッドギアにマスク付けりゃええんや!そうや、世紀の大発見や!マスクをしてボクシングをするんや。より厳しい条件で拳闘をおこなうんや!新しいやろ!これこそ世界大会や!」
 マスクをしてのボクシング競技の開催を告げると、プロを志す選手はみな棄権した。のこったのは日本では亀谷兄弟だけだった。世界のボクサーもほぼ不参加だったが、大会維持のために参加規程が緩くなったので、四回戦ボーイとか、ストリートファイターなどが集まってきた。それはボクシングの名を借りた、アウトローによる異種格闘技戦の様相となってきた。アメリカの代表ボブは身体能力が高く、プロボクサーになる素質が十分あったが、素行不良で表に出すことが出来ない極悪人、詳しくは公表されてないが、不明瞭な殺人容疑をたくさん保有している記録ホルダーだった。
 オリンピックのボクシングの階級はスーパーヘビー級からライトフライ級まで二十階級あるが実施されるのは五から十二階級が開催される。参加者によるというわけだが、今回は3階級のみとなった。八十キロ以上のヘビー級、六十キロぐらいのライト級、五十キロぐらいのバンダム級。ざっくりの階級分けで、アメリカのボブはヘビー級だった。亀谷兄弟には八十キロはいなかったので、亀谷父が出ることになる。ついに子供だけでなく、一番ボクシングに情熱を傾ける父親が日本代表となった瞬間であった。
 「あとは、やるだけや!」
 記者会見で叫ぶ亀谷父はその気になっていたが、マスクをしてのジョギング中に酸欠からの脳梗塞を起こし、帰らぬ人となってしまった。ヘビー級の代表選考は難航したが、八十キロ以上であれば全部ヘビー級という変則ルールのおかげで、意外なところから逸材を得ることになる。元横綱・千代の剣だった。普段は朗らかで国民的人気が高かったが、酔った勢いでハングレ相手に暴行を働き、三人ほどうっかり殺してしまった。そのハングレたちは詐欺グループ、強姦、強盗なんでもござれの性根が腐った悪党だったので、千代の剣は正義の人となっていたが、とはいえ三人殺せば死刑である。ただ、国民の同情は多く、刑が確定すると不具合が多かった。
 「さあ、日本国民の注目の試合が始まります。ヘビー級のボクシング、アメリカの最終兵器、前科にはならぬ、凶悪犯罪の疑いは数知れず、ボブ・レガード!百キロを超える巨漢、凄まじい入れ墨ですね。背中に漢字で「明菜命」と書いてあります。ボブは中森明菜のファンなのでしょうか?そんな日本びいきのボブの対戦相手は、われらが正義の元横綱、千代の剣です。慣れないグローブ、ヘッドギア、マスクを装着しておりますが、それ以外は、裸足、ふんどし、髷と日本の伝統である力士のスタイルを守っております。さあ、具志堅さん、この一戦、どうなるでしょうか?」
 「ちょっちゅね、二人ともボクサーではないので、これは格闘技、喧嘩になるでしょうね。ジャブで牽制してストレートといったボクシングの試合のセオリーはないでしょうね。いやあ、面白そうです。」
 四角いリングとは矛盾した言葉のように思えるが、スポットライト輝く会場は観客はいっぱいである。山村会長の指示でボクシングでは観戦者に制限を設けなかったのである。
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