球技 その3 バスケットボール

文字数 1,726文字

抗議に対してアメリカは
「サイバーコートは最高機密である。また、それを開発したのはアメリカで、それによってリモートオリンピックの競技としてバスケットボールが開催出来たのである。バスケットボールに関しては開催国といっても差支えがない。それに、自転車は一度乗れたら何処でだって、乗れるだろう?それと同じだ。バスケットをしていたのだから、すぐにサイバスケットにも馴染むだろう。」

アルゼンチンの選手たちは見慣れないコートに立って、メンバーを見渡していた。ルイスはジャンの顔を見て、顎髭の細かいところまで観察したが何かボヤけていた。ジャンは寒くもなく、暑くもない、音もないコートに強烈な違和感を覚えていた。
「ようこそサイバスケットコートへ!」
アルゼンチンの選手は耳ではなく、頭の奥から聞こえてくるような声に驚いた。ただ、それは最初だけで、耳から音が入るような感覚に挿げ替えられていく。水に足を着け、それから全身入水するときの感覚の変化に似ている。はじめは強烈な違和感があるが、すっぽり収まるとなれる。自分が水の中にいるのが普通に思えてくる。
「五分ぐらい全身くまなく動いたほうがいいぞ。体を慣らしたほうがいい。慣れたら非常に快適だ。だって、実際は眠っているんだから。」
 アメリカのキャプテン、アトキンソンがアルゼンチン選手に話しかける。他のチームメイトたちも歓迎するように笑顔を作っている。アルゼンチンの選手たちは体を動かしてみる。足は動き出すまで硬いのだが、動き出すといつもより滑らかに動く。シューズが床にこすれるキュッキュという音がやけに大きく聞こえるが、他の音が混じると調整されてきて、気にならなくなる。ただ、意識外の音は集中すると聞こえなくなるようにカットされるが、それが全くカットされない。もし、観客が入っていたら、観客がガムの包みを開ける音すら聞こえてくるだろう。観客がいなくてよかったが、しかし監督がいる。アントニー監督は終始動き回るし、ぶつぶつと小言を言い続ける。
「なんだここは、まるで新築の家みたいにシンとしてやがるし、まったく匂いがない。観客もいなけりゃ、選手もぼさっとしてやがる。アメリカに騙されたようなものだ。ところで写真は取れるのか?・・・」
小さな声でしゃべるアントニーの声がずっと聞こえてくる。アルゼンチンの選手たちはうんざりしたが、アメリカの選手たちは平然としている。
「アトキンソン、アントニーの小言は聞こえてないのか?」
「対戦相手の監督の声が聞こえたら、作戦がばれてしまうだろう?だから聞こえなくなっているんだ。それに俺たちの監督は一時間でも黙って手を組んで座ってるだけだ。点を入れたら立ち上がって吠えるから、その時はみんな雷が落ちたみたいに驚くけどな!でもな、そのうち声なんて出さなくなるぞ!慣れたら考えていることが、仲間に伝わるようになる。超能力を持ったような気になるよ。相手チームには伝わらないから、俺は今声を出しているけど、チーム内では声なんて出さないよ。」
 「わかった、じゃあ、お願いがあるんだ、アントニーの意識を切ってくれ。ごそごそして邪魔なんだ。誰に言えばいい?」
 「もう切れているはずさ、意識の切り替えは思ったことが反映される。声も通すなとなれば、カットオフできる。この仮想コートでは、我々は意識においては全能なんだ。」
ルイスは監督の声が聞こえなくなったのを気が付いた。監督のほうを見ると何やら口をもごもごしている。ルイスはチームメイトに声を出さずに呼びかける。選手たちは少し驚いた後、顔を見合わせて目をつむった。すぐに驚く表情に変わる。アントニーの雑音から解放されたのだ。思うようになるサイバスケットの空間に脅威すら覚えた。
アメリカの選手たちは無言でポジションに立ち黙っているが、表情を変えている。意志同士をつなげて作戦会議をしている。ルイスはアルゼンチン選手たちに呼びかける。
「おい、どうする?この試合では偶発的なことは起きない。すべては意思と技術の組み立てで、優れたほうが勝つことになるだろう。とにかく冷静になるんだ。あと、俺に作戦がある。あとでメンバーチェンジするから。そのときにアントニーと探ってみる。」
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