格闘技 空手

文字数 1,563文字

「初めて空手がオリンピック競技になったのに、中止になんてできんぞ。どうしよう?」
 「形だけにすれば良いんじゃないんでしょうか?」
 「形だけか・・でもボクシングはするし、柔道も早くから選手を日本に入れて、取り組むっていってるぞ。我々も空手を普及させるのに、やったほうがいいだろう?」
 「でも、その前に我々はするべきことが山ほどあるんですよ。空手がオリンピックになったけど、流派によっては参加できないってことが多すぎるんですよ。」
 「我々の伝統空手が武道の空手道であって、あとの実践フルコンタクトは格闘技空手になる。オリンピック競技は武道の空手道ってことが、世間には伝わってないんだよな。伝統は寸止めで、打撃を与えない。ケガしないんだ。でも実践空手は相手を効率よく仕留めることが主体の喧嘩の延長だからな。スポーツにはなれない。あくまでも格闘技だ。」
 「その違いっていうのは、我々にとって常識でも、世間では全く知られてないんですよ。町のフルコンタクト空手道場では、頑張ったらオリンピックに行けるかと質問されて、苦慮しているとのことですよ。」
 「そりゃ仕方ないよ。伝統空手から派生している実践空手は、空手道じゃないんだから。」
 「しかし、実践空手の競技者人口は多いです。大みそかの格闘技大会もフルコン空手の極真空手の流派ですよ。みんなあれ見て「空手」であって、伝統空手の一発にかける試合展開って別物に見えますよ。」
 「うーん、でも空手の定義ってないからな。元々、中国から琉球王国に伝わっての、唐手の当て字だからな空手は。元をたどるとカンフー、拳法になるんだけどなあ。」
 「そこまで辿る必要はないですよ。そんなことしたら空手そのものが中国に乗っ取られますよ。少林寺発祥って言われる。」
 「でもな、伝統空手の発祥がハッキリしないから「オリンピックでは瓦をわらないんですか?」なんて質問が来ちゃう。マス大山先生が極真空手を立ち上げて、空手をメジャーにしたのは立派だと思うけど、それが空手になってしまったからなあ。フルコンタクトの実践空手こそが空手というイメージが出来上がってしまった。柔道には講道館があって、それが柔道を仕切っているけど、空手はいたるところに流派があって、その流派ごとにやってることが違うから、どうしようもない。」
 「だからこそ、このオリンピックで伝統空手を空手道として世界に発信できるチャンスじゃないですか!」
 「でもな、伝統にも四流派あるんだぞ。剛柔流、糸東流、日本空手協会、和道流。まあ、伝統空手習っておけば、オリンピックに参加できる。組手は寸止めってルールは一緒だからな・・・そうか、寸止めか。寸止めならギリギリ接触しないからいいってことになるな。実際の組手では掴みが無いからグローブしてるし。思わぬチャンスがあったな。」
 「ああ、そうか、寸止めが利点になりますね。普通に開催できますね。今まで実践空手の連中に「どうせ当てないんだから。」とか「痛くない空手って格闘技か?」なんて言われていたのも逆に利点になりますね。でも、マスクはどうします?」
 「マスクは形は要らないけど、組手はいるだろう。フェイスガード着用だな。うん、これで解決。」
 
 オリンピック空手は無事開催されたが、実践空手のイメージが世間に強く浸透しており、見る側の受け取り方は様々だった。大みそかの大男たちの流血伴う喧嘩ではなく、一瞬のスキをつく、剣の無いフェンシングのような戦い。形に関しても、恰好はよいが、戦っているようには見えない。真空飛び膝蹴りや瓶を切るようなチョップのない競技に、物足りなさを感じた観客は多かった。伝統空手の魅力を伝えるには時間がかかる。次のオリンピックでは正式種目とならない予定だが、次のオリンピック自体が怪しくなってきた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み