ボクシング その2

文字数 1,816文字

場内は熱気でむせ返るほど。閉塞感からの一時の憩いを求めてか、大声で声援、騒ぎたい人々が多く駆けつけている。換気を強化はしている。二十分に一度、噴霧器でアルコールを全体に撒くので二十歳未満は入場禁止となっていたが、マスク着用は無しで良いことになっている。だが、選手は対面するのでマスクの必要がある。つぎはぎだらけのルールで、祭りの夜店のような興行されている。アルコールを噴霧するから、飲酒も大丈夫ということになっている。コロナ対策に不満を持っている人たちは喜び勇んで参加した。
 「俺たちゃ、コロナなんぞ怖くねーんだよ!コロナより自殺の方が多いじゃねーか!」
 カメラを向けると出来上がった真っ赤な酔っ払いがグダを巻く。そんな中、リングに上がった千代の剣に大きな声援。千代の剣は高く足をあげ、四股を踏む。「よいしょ!よいしょ!」四股を踏むたび声が上がる。活気あふれる会場。
 「さあ、千代の剣が四股を踏みました。四股というのは、もともと、地面を踏みつけ、邪気を払う意味がります。コロナもこれで退散してくれればという、全人類の思いをもって、今夜、千代の剣が見事な四股を踏みます。」
 「ちょっちゅね、見事な四股ふみですね。しこったらコロナも逃げるでしょうね。」
 「・・そうですね。四股ふみでコロナ退散となってほしいところですが、会場は、熱気と歓声が飛び交っています。アルコール噴霧を定期的にしています。マスクをされてない方も多いですが、会場以外では、マスクの着用は義務なので、真似をしないようにお願いします。さあ、ボブ・レガードと千代の剣が向き合いました。」
 カーン、鳴り響くゴング、熱気に満ちた会場、ただでは終わらない雰囲気に観客は飲まれてしまっている。山村会長は拳闘の雰囲気が大好きだった。スポーツではない、戦いの雰囲気。
 「これや、この空気や、ひりつくのう!」
 ボブが掴みかかるように右腕を伸ばしたが、それはフェイントで左のブローを千代の剣に打ち付けるが、千代の剣はわきを閉め、右腕でわき腹をガード、左手を素早く突き出す。凄まじい張り手、グローブをしていたが、掌底をボブの顎に打ち込む。顎先に打ち込まれたボブだが、強靭な首の筋肉はそれを跳ね返す。だが、後頭部に顎を梃子とした攻撃はしっかり伝わり、脳が揺れた。一瞬、体がガクンと落ちる。そこへ千代の剣の右ストレート張り手が今度は額めがけて打ち込まれる。首の筋肉は顎を引こうとしたが、力士の剛腕に持ちこたえることが出来ず、のけぞった。首の根元がしなる。ボブはいきなりの首への攻撃でまともに立っていることが出来なくなった。素早い二発の打撃に会場は割れんばかりの歓声、吠えるように盛り上がる。
 「行け!千代の剣!ボブの首をへし折っちまえ!」
 「殺せ!チンピラやっつけたみたいに殺せ!」
 およそオリンピックとは言えない雰囲気だが、会場以外でも、モニター越しに興奮が伝播する。書き込みも過激な言葉ばかりで、修正が間に合わない。
 首への衝撃を食い止めるために奥歯を食いしばったボブは、奥歯を自分の食いしばる力で砕いていた。口の中に血があふれた。鉄の味がした。それが野獣の目を覚ますことになる。真っ赤に染まるマスクの奥から人間のものではないような「おおおおおおお」といった咆哮が発せられる。千代の剣は、そのおぞましい声に本能的に身が縮む。その瞬間をボブは見逃さなかった。ボブの長い両腕が機械のように素早く閉じて千代の剣の頭を叩きつけるように挟み込んだ。怯んだ隙と思いがけない攻撃に千代の剣はかわすことが出来ず、頭蓋骨が挟み上げられ、一瞬たゆんだ。意識が真っ白になろうとしたときに、挟まれた頭は引き寄せられ、同時に突き出されたボブの頭部が千代の剣の鼻を砕いた。明らかに頭突き、反則だが、アメリカ人のレフリーは試合をストップさせない。ボクシングの金メダル大国のアメリカは負けるわけにはいかないのだ。
 「開始と同時に凄まじい展開です。千代の剣の張り手のような攻撃が決まったかと思ったら、ボブ・レガードによる野獣のような反撃、あれはバッティングにも見えましたが、レフリーは止めませんでした。これはどうなんでしょうね?具志堅さん?」
 「ちょっちゅね、双方ともボクシングの選手であって、本当の選手じゃありませんからね、どうしてもね、止められなくなるんです。始まってすぐですから、試合の流れを止めたくないところです。」
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