球技 その4 バスケットボール

文字数 1,826文字

アルゼンチンチームは、一通りの体慣らしを行った。感想としては、重力らしきものはあるが、それが少し弱いのか身軽だった。あと、背中に感じることが出来る気配、対面したときの相手の筋肉の動きなどは分からなかった。つまり、小さな観察に意味がない状況になっている。選手たちは限りなく実写に近づけているが、やはり、仮想映像なのだ。自分の姿を記録動画で見たら、その違和感に驚くだろうと思った。ただ、体の動きは、筋肉の痛みや張りを感じないので、明らかにスムーズだった。あと、チームメンバーとの意思疎通が、まるで繋がっているように出来るのだ。ルイスはすぐに夢中で読んだバスケットの漫画を思い出した。心のセリフが味方に思うように伝わる様子。そうなると自分が、漫画の主人公のように思えてくる。「さあ、いくぜ!」なんて無駄にテレパスで伝えたりする。「おうよ!」なんて返事があったりする。これはバスケットではない。しゃべりながらするビデオゲームでもない、まったく新しい競技だ。
審判はいない。ボールが止まって、ホイッスルが聞こえる。攻撃はアメリカとなった。顔を見ることく、的確にパスが渡っていく。選手たちは自分たちがテレパシーみたいなもので繋がっていると錯覚している。
 しかし、仕組みはこうである。記憶細胞である多数の脳内神経細胞ニューロンがシナプスにより網目のように接続され脳というものが機能しているが、そのニューロンに対して、電子的な電気信号の人工シナプス使って脳そのものにアクセスし、メインのコンピューターに繋げられ、そのコンピューターは他の選手とも脳波が繋がっている。結果、チーム選手選手全員の脳がコンピューターを介して繋がっているだけなのだ。選手間での頭脳接続。その脳波と体に巻き付けられた肉体のシナプスにより、コンピュータによって繋がり、そのデーターがCG動画となって映し出されている。生きて実態しているが、存在していないような状況で選手たちはデータの中で存在し、試合を行っている。アメリカチームのメンバーたちは深く考えず、ただ、ボールが繋がるように、シュートが決まるように考えて動く。それは複雑なプログラミングだが、都会の地下に張り巡らされた水路のように、結果としては出口、つまりはゴールに向かう。
アルゼンチンのメンバーはアメリカのボールについていけない。ボールの行方をどうしても追ってしまい、その軌道をカットすることが出来ないでいた。実態の体なら多少のラフプレーでボールをもぎ取ることもできるが、仮想コート内では、それが出来ない。前半五分で三十点の差が付いた。ルイスはタイムアウトし、アントニーと会話する。
 「なぜ、お前たちは俺の言うことを聞かない!」
 ルイスはお前の言うことはすべてカットしているからな!と言いたかったが、話が面倒になるので、したり顔でアントニーに相談する。
 「見ててどう思った?」
 「アメリカの連中は機械のようにパスをミスなく回す。だから俺は、当たれとか言ってるのに、お前らは棒のように突っ立って、ゴールを許している。たしかにここは変な場所だが、普通にやってちゃ勝てないぞ。ただ、見てて思ったんだが、ボールが手に渡るときが不自然なんだ。あれはなんだ?軸がずれているのに、修正したようにボールが手に収まる。こんなアメリカ製のテレビゲームはまっぴらだ。日本の任天堂じゃなきゃダメだな。」
 ルイスはアントニーの言葉にヒントを得た。当たり判定みたいなものが、おそらく曖昧で気持ち一つで何とでもなるのではないかと思いついた。それをメンバーに脳波で伝える。アルゼンチンの選手はオフェンスにあったが、そのアイデアを聞いて、ボールのキープ時間が長くなった。ルイスは勝利への何かきっかけのようなものを掴んだような気がした。実在しないボールを実在するかのようにする。これは難しい。だとすれば、ルール、システムの弱点はここだ。ルールが不完全なら、システムが不完全なら、そのルールに従わなければいいのだ。ルールを作ったのがアメリカで、そのアメリカが異常に強いのは仕方がない。ルールを作るのは勝者だからだ。アメリカはバスケットボールのチャンピオンだ。しかし、我々アルゼンチンはこの試合、勝たねばならない。なにしろ世界選手権第一回のチャンピオンなのだから。ルイスはルールの裂け目を攻めることにした。
 「手元にボールが近づいたら、マイボールと強く思え!それを全員でするんだ!」
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