――おでん満タンの安っぽいアルマイトの鍋を、

文字数 584文字

 おでん満タンの安っぽいアルマイトの鍋を、自転車の網かごに乗せてゆっくり走る。
 水たまりの泥が跳ねるといけない。高木(たかぎ)美甘(みかん)は運転に気を使った。

 本州の最西端に位置する、四十八都道府県のひとつ、岳中(たけなか)県。
 その県庁所在地である岳中(たけなか)市に住む子どもたちは、自転車を主な交通手段に選ぶ。
 何故なら、岳中市街にはJRの山陽本線が敷かれておらず、単線の岳中線があるばかり。その路線を走るのは、なんと電車ではなく、ディーゼル機関車である。
 更にバスは三十分に一本がせいぜい。ラッシュ時には道路が混雑するので、時刻表は十分から二十分程度の遅れを覚悟しなくてはならない。
 子どもは自転車、大人は車。それがおおかたの、岳中市の交通事情だ。
 住宅地の狭い道で、何度も車とすれ違う。美甘は、自転車を揺らさないように、おでん鍋の心配ばかりしていた。
 今朝は吐く息が白い。夕べ激しく雨が降ったせいだ。うす曇りの空が冷えている。
 いつもより少し早いけど、あいつ、もう起きてるかな。
 物ごころついた頃からずっとご近所なのに、今朝はとても行く道が長く感じる。
 夕べ母さんに見てもらいながら、あたしが作ったんだもの。
 あいつの料理より絶対、美味しく出来たんだもの。
 美甘は、吐く息が白く弾んでいる事に、気付かないフリをしていた。
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