――五時間目がカーテンコールの……

文字数 1,092文字

 五時間目がカーテンコールの大団円で終了し、寿郎は速やかに男子トイレに逃げ込んだ。だってまだ男子制服だもの、女子トイレは不味い。ポワールは不満たらたらだったが、黙殺を通した。昼休みと五時間目の件、寿郎は自分が二回も暴走した事に顔から火が出そうだった。クラス中から矢のように追及が飛んでくるのも眼に見えていた。
 自分の気持ちが抑えられなくて学級崩壊の種になるような、そんな小学生にシンパシーを感じてしまう。
 お酒に酔って暴れて警察のお世話になるような、そんな大人にもシンパシーを覚える。
 我に返ると大変に恥ずかしい。悶絶しそうだ。いや、寿郎は確かにひとりトイレの個室で頭を抱えて悶絶していた。
 予鈴の寸前でトイレから這い出て六時間目の現国をそつなくこなし、寿郎は放課後速やかに教室から逃げた。掃除当番ではなかった事も幸いした。周りに働きかけて行こうだって? 実に結構、でも明日でも出来る事、ほとぼりを冷まそうと寿郎は逃げた。
 隣のクラスの美甘を急いで手招き、下駄箱、自転車置き場、校門……脱出は成功した。
 おでん鍋をつついた昼休みに決まった事。美甘と一緒に服を買いに行こう、と言う話。
 美甘と一度別れて、おでん鍋を持って独り暮らしの自宅に帰り、着替えて……勿論、男の子の服で。コットンパンツと白いオックスフォードシャツ、それに適当なジャケットを合わせる至極地味な装い。ポワールは、変身前は地味でいいのよ、と楽しそう。
『それに、どんなに服が地味でも、モトの良さは隠せないしね』
 ああ、鏡よ鏡……と、色気も何もない洗面所の鏡に映る寿郎を視線で愛で回しながら、歌うようなポワールであった。
 もともと華奢な寿郎である。躰の線が出るような、すっきりした服装が好みだったけれど、これからはむしろ、隠していかなくてはならないのだろうかと考える。だって今、胸や腰が目立って仕方ないし。これを回避するには、ふんわりしたものがいいのか……ふんわり、とはいかにも少女趣味に思えて、他に何かないのかと、無い知恵を絞る。悩む。
『どんな服がいいかな~? この路線は追求する価値アリよねー。女の子の曲線、柔らかいラインはそれだけで芸術的ですもの』
 ポワールは、今までと何も変わらず、むしろいっそう、浮かれている。
 まさか、ポワールの趣味であるらしい着せ替え人形とは、人間と同サイズの人形を用いるのでもあるまいに。
 寿郎は、人形に見立てられるだろう我が身を、少し覚悟した。
 なけなしの覚悟で埋まらない不安は、美甘の現実的な判断に期待する。
 美甘が迎えに来る約束だ。寿郎は美甘を、待った。
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