――家に戻ると、庭に……(終)

文字数 995文字

 家に戻ると、庭に犬小屋があった。
 正しくは、犬小屋を建設中、だった。
 ヒノキ材の巨大な犬小屋に釘を打つ女がいる。
「今日から厄介になる」
 栗色の髪が長い犬女だった。長い髪をリボンで結んでアップにしている。更には、いかにも適当な白いタオルを逞しく頭に巻いて、すっかり日曜大工の風情。
「……なんで?」
 寿郎は訳が判らない。思わず立ちつくす。立ちつくすと男の子の頃の癖が出て、足を間抜けに開いてしまって、大変にお行儀がよくなかったりする。
 お前のアドバイスを汲んだ結果だ、シトロンが頭に巻いたタオルを外す。髪の間から小さな耳が生えている。垂れ耳だった。犬の耳だった。
「私のご主人になってくれそうな娘がいるのだがな、その娘の家には猫がいる。猫を驚かせるのも可哀そうだ。だから、近しいお前の家に住んで、娘に可愛がってもらう事にした」
「何勝手言ってんのよ! だいたい、貴女昔から猫に怯えてたじゃないのよ!」
 寿郎の体を奪ってポワールが噛みつく勢い。意外な弱点を暴露されたシトロンは狼狽え、
「ばばば、バカを言うな、この私が猫如き弱々しい生き物に何を恐れる、まして怯える!」
「ふーん? チビの頃、猫に皿の肉を盗られてた奴が良く言うわよね?」
「う、うるさい! ……昔は昔、今は今だ。お前もヤクザな世界から足を洗え」
「お前も? あらら、おめでとうさま。貴女は指でもツめたわけ?」
「爪は切ったぞ。自分でな」
「そーいや貴女、爪切りの時も逃げ回ってたわよね。ホント、ナリばっかりでっかくて肝の小さい犬だこと。アタシと大差ない脱走者ってわけだ、爪を切ったなんて偉いですねー、二十五にもなってやっとひとりでできるもーん、良く出来た犬だわ」
 ほほほ、と寿郎の体を操ってポワールがあざ笑うのが、シトロンには耐えがたいらしく、
「――殺す!」
 金槌を落とし、それが地に落ちる前にショットガンを抜いた。

 まん丸いショットガンの銃口を前に寿郎は、まだ女の子になって二日目なんだよね、と途方もない気持ちになった。
 二日目なのに、同居人が三人増えた。
 これから、どんな毎日になるのか、想像もつかない。
 でもきっと、大丈夫。
 途方もないけどつらくはない。悲しくもない。
 思わず顔いっぱいに泣き笑い。
 寿郎は、とりあえず、両手を挙げて、撃たないで、と懇願する所から始めた。

――おわり
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