――ジゼルは、どこにいるのか。
文字数 1,350文字
――ジゼルは、どこにいるのか。
寿郎は探していた。
観えてきたのは、ポワールと面影の似た少年。寿郎よりも少し、年上かも知れない。
観えたのは、彼が、ポワールに殺される所だった。
少年の死相だった。その顔は、笑っていた。ポワールの死相と同じだった。
ポワールは、彼に、ヴァニラの遺骸にすがりついて泣いていた。
シトロンは、それを止める事は出来なかった。
いいや、二人が共謀してヴァニラを殺したのだ。
――ジゼルは、どこにいるのか。
寿郎は探す。
寿郎は荒れ果てた部屋を観た。
ポワールとシトロンと、ヴァニラ。三人のささやかな生活の場所は、激情で破壊しつくされ、放置され、ポワールが何もかもを失った者だけが持つ、光のない眼をして膝を抱えていた。
シトロンは立ち尽くし、掛ける言葉もなく、ポワールをただ、ただ、見つめていた。
その部屋は廃墟のよう。まるで、時が止まっていた。
その部屋は、まるで、死んでいた。
ポワールは、その部屋で一度、死んだのだ。
そして、人形に魂が宿り――論理を超えた奇跡によって、オランジェが産まれた。
心が死んだポワールは、ゆらりと、立ち上がる。
――ジゼルは、どこにいるのか。
寿郎は探す。
《魔女の森》
とても昔から社会の裏側に生き延びる、殺しを生業とする魔女たちの結社。
弟殺しさえ姉に課す、過酷な社会。
事件を境に、二人は袂を判つ。
命令に背く事と、命令に生きる事。
結果を許さないと決めたポワールと、結果を呑み込んだシトロン。
彼女たちが属した組織――《魔女の森》に反抗しての戦いを始めたポワール。《魔女の森》で追跡者の道を定めたシトロン。
五年に及ぶふたりの戦いは、ヴァニラの死から始まった。
寿郎は、更に潜る。聞こえてくる音楽に身をゆだねて、踊り続ける。
ジゼルはいるのだ。必ず、ここに。
寿郎は探している。
ジゼルを探している。
裏切られた者とは、打ちひしがれている者とはかつて必ず愛し、愛されていた筈なのだ。
寿郎のように。
きっと、ポワールのように。
このひとも、きっと。
観えてくるもの。
シトロンの心には今、大切なものが何もないのだ。
ヴァニラをどれほど大切に思っていたのか……ふたりは、恋人同士だった。
愛する者の代わりを何も見つけられず、組織の掟と誇りに殉じようと自らを騙し、一緒に育ったポワールにも牙を剥いた。乱暴な、でもそうでしか好きと伝えられない、幼い頃のポワールの掌の記憶も寿郎には観えた。しかし今のシトロンの心の内は酷く荒涼としていて満たされる事もなく――何か温かいものがあると気付く。
その風景を観た。
何故か、美甘がいた。
美甘が、人間とは異なる犬の視界いっぱいに映り、シトロンの鼻を撫でている。
視界全てが、甘く色づいていた。鼻がむずむずするような喜びまで寿郎は追体験した。シトロンは美甘に撫でられて、嬉しいと思っていた。
そう言えば、美甘、犬が欲しいっていつも言ってたっけ。
寿郎は得心する。
ジゼルは、ここにいる。
死してなお消える事のない愛によって、踊り続けるジゼルはここにいる。
この人は、誰かをまだ、愛したいと思っているんだ。
寿郎は探していた。
観えてきたのは、ポワールと面影の似た少年。寿郎よりも少し、年上かも知れない。
観えたのは、彼が、ポワールに殺される所だった。
少年の死相だった。その顔は、笑っていた。ポワールの死相と同じだった。
ポワールは、彼に、ヴァニラの遺骸にすがりついて泣いていた。
シトロンは、それを止める事は出来なかった。
いいや、二人が共謀してヴァニラを殺したのだ。
――ジゼルは、どこにいるのか。
寿郎は探す。
寿郎は荒れ果てた部屋を観た。
ポワールとシトロンと、ヴァニラ。三人のささやかな生活の場所は、激情で破壊しつくされ、放置され、ポワールが何もかもを失った者だけが持つ、光のない眼をして膝を抱えていた。
シトロンは立ち尽くし、掛ける言葉もなく、ポワールをただ、ただ、見つめていた。
その部屋は廃墟のよう。まるで、時が止まっていた。
その部屋は、まるで、死んでいた。
ポワールは、その部屋で一度、死んだのだ。
そして、人形に魂が宿り――論理を超えた奇跡によって、オランジェが産まれた。
心が死んだポワールは、ゆらりと、立ち上がる。
――ジゼルは、どこにいるのか。
寿郎は探す。
《魔女の森》
とても昔から社会の裏側に生き延びる、殺しを生業とする魔女たちの結社。
弟殺しさえ姉に課す、過酷な社会。
事件を境に、二人は袂を判つ。
命令に背く事と、命令に生きる事。
結果を許さないと決めたポワールと、結果を呑み込んだシトロン。
彼女たちが属した組織――《魔女の森》に反抗しての戦いを始めたポワール。《魔女の森》で追跡者の道を定めたシトロン。
五年に及ぶふたりの戦いは、ヴァニラの死から始まった。
寿郎は、更に潜る。聞こえてくる音楽に身をゆだねて、踊り続ける。
ジゼルはいるのだ。必ず、ここに。
寿郎は探している。
ジゼルを探している。
裏切られた者とは、打ちひしがれている者とはかつて必ず愛し、愛されていた筈なのだ。
寿郎のように。
きっと、ポワールのように。
このひとも、きっと。
観えてくるもの。
シトロンの心には今、大切なものが何もないのだ。
ヴァニラをどれほど大切に思っていたのか……ふたりは、恋人同士だった。
愛する者の代わりを何も見つけられず、組織の掟と誇りに殉じようと自らを騙し、一緒に育ったポワールにも牙を剥いた。乱暴な、でもそうでしか好きと伝えられない、幼い頃のポワールの掌の記憶も寿郎には観えた。しかし今のシトロンの心の内は酷く荒涼としていて満たされる事もなく――何か温かいものがあると気付く。
その風景を観た。
何故か、美甘がいた。
美甘が、人間とは異なる犬の視界いっぱいに映り、シトロンの鼻を撫でている。
視界全てが、甘く色づいていた。鼻がむずむずするような喜びまで寿郎は追体験した。シトロンは美甘に撫でられて、嬉しいと思っていた。
そう言えば、美甘、犬が欲しいっていつも言ってたっけ。
寿郎は得心する。
ジゼルは、ここにいる。
死してなお消える事のない愛によって、踊り続けるジゼルはここにいる。
この人は、誰かをまだ、愛したいと思っているんだ。