強襲する影
文字数 2,157文字
荒れ果てた剥き出しの大地。
そこに件の廃塔はそびえ立っていた。
高さにして四十メートルほどか。
石レンガを積んで構築された外壁は高く、所々に蔦が絡まっている。
壁が崩れて内部が露出している箇所もあった。
人間が使用していたのは、相当前になるのだろう。
その古さと手入れの怠り具合から脆弱そうにも見えるが、全体の造りにはまだ確かな堅牢さが窺える。
廃塔の周辺はどこか淀んだ空気に包まれていた。
瘴気とでも言おうか。
常人なら長居するだけで吐き気を催しそうな環境である。
時折、地面に放置されている赤黒い残骸は、何かが捕食された跡なのだろうか。
翼竜の縄張りに入った生物の末路なのかもしれない。
そんな不気味な光景に彩られた場所に、佐久間とマリーシェの二人はやってきた。
「ここが翼竜の住処か」
佐久間は警戒気味に辺りを見回しながらぼやく。
ここまで昼夜関係なしに歩き通してきたが、体力的には問題なかった。
同行するマリーシェも呼吸一つ乱さずに付いてきている。
あまりタフな印象はないものの、彼女は人並み外れた体力の持ち主らしい。
佐久間としては少しくらい休憩を挟んでも良かったのだが、特に要望もなかったのでほぼノンストップで移動を敢行したのだった。
廃塔から百メートルほど離れた地点で、佐久間は一旦足を止める。
あまり不用意に近付くのは得策ではないと思ったのだ。
今のうちに戦闘における立ち回りを確認しておきたかったというのもある。
佐久間はマリーシェの肩を叩いた。
「お前は銃で翼竜の目か口の中を狙え」
「承知しました」
ギルドの依頼用紙に翼竜の基本的なスペックは記載されていた。
硬質な鱗に覆われた巨躯を持つ下級のドラゴン。
炎のブレスは使えないものの、強靭な牙や爪による攻撃は決して侮れない。
種族的な特性で魔術系統の効きもかなり悪いらしい。
そういった事情があり、翼竜にダメージを与えることは非常に困難だ。
佐久間がマリーシェに指示した内容も、これらの側面を加味した上での戦略である。
目と口の中は鱗で守り切れない数少ない部位だ。
無論、弾丸を命中させるには相応の技量を要するが、その点に関しては佐久間も信頼している。
マリーシェの射撃能力ならば、翼竜相手でも十全に発揮できるだろう。
「あとは、こいつで釣れるかだな……」
佐久間は手に持ったモノをぐいっと掲げる。
それは夥しい量の血に塗れた肉塊だった。
よく見れば黒い毛皮や潰れた眼球がいくつもへばり付いている。
潰れた獣の顔面や骨の露出した手足も混ざっていた。
狼の魔物たちの死体だ。
夕食として食べ切れなかった分を折り畳んで圧縮し、まとめてローブで縛り上げたのである。
佐久間はこの肉塊で翼竜の気を引くつもりだった。
これをどこかに設置して待ち伏せするのもいい。
その隙にマリーシェの狙撃で目を破壊する。
視力さえ奪えばどうとでもなる、というのが佐久間の考えであった。
些か大雑把だが、現状で打てる策など限られている。
なにしろ相手は強大な翼竜なのだ。
下手な罠などあっさり破られる可能性が高い。
それで討伐できるのならば、他の冒険者がとっくの昔に実行しているだろう。
策ばかりを過信し、端から正攻法を捨てるのは良くない。
最悪、知略に頼らずに正面から殴り殺すだけの覚悟が佐久間にはあった。
(それにしても、あちらからの反応が無いな……)
佐久間はふと廃塔に注目する。
翼竜は未だに姿を見せない。
いや、そもそもあの中にいるのかすら不明だった。
もしかすると狩りで外に出ている最中なのかもしれない。
ここで二の足を踏んでも事態は好転しないので、佐久間は廃塔に近付くことにした。
魔物の肉塊を引きずりつつ、マリーシェにも長銃を構えさせておく。
歩みを進めるごとに濃くなる血と腐った肉の臭い。
生物の残骸は数を増し、完全な白骨死体も転がっていた。
翼竜はここで狩りで得た肉をここで食しているのか。
完全に縄張りに踏み込んでいるはずだが、まだ二人を害する存在は出てこない。
結局、佐久間とマリーシェは何事もなく廃塔まで辿り着いた。
入口は重厚そうな鉄扉がはめられ、ぴったりと閉ざされている。
表面には古い血液のシミがこびり付いていた。
どことなく来る者を拒むような雰囲気だ。
佐久間は鉄扉を軽く押す。
不気味な軋みを立てながらも、鉄扉は難なく開いた。
閂は施されていなかったようである。
「埃臭いな……ここは使われていないのか?」
佐久間は目を細めて薄暗い室内を覗き込んだ。
見える範囲に調度品は無く、代わりに多数の白骨死体が散乱している。
身に付けた鎧や武器からして冒険者の亡骸だろうか。
壁に沿った螺旋階段が上階へと続いていた。
特に翼竜らしき存在は見当たらない。
そのまま探索を進めようとした時、佐久間の後ろで声が上がった。
「あっ、旦那様――」
佐久間はすぐさま振り返って絶句する。
そこには、頭上から襲いかかった爪で四肢をばらばらにされるマリーシェの姿があった。
そこに件の廃塔はそびえ立っていた。
高さにして四十メートルほどか。
石レンガを積んで構築された外壁は高く、所々に蔦が絡まっている。
壁が崩れて内部が露出している箇所もあった。
人間が使用していたのは、相当前になるのだろう。
その古さと手入れの怠り具合から脆弱そうにも見えるが、全体の造りにはまだ確かな堅牢さが窺える。
廃塔の周辺はどこか淀んだ空気に包まれていた。
瘴気とでも言おうか。
常人なら長居するだけで吐き気を催しそうな環境である。
時折、地面に放置されている赤黒い残骸は、何かが捕食された跡なのだろうか。
翼竜の縄張りに入った生物の末路なのかもしれない。
そんな不気味な光景に彩られた場所に、佐久間とマリーシェの二人はやってきた。
「ここが翼竜の住処か」
佐久間は警戒気味に辺りを見回しながらぼやく。
ここまで昼夜関係なしに歩き通してきたが、体力的には問題なかった。
同行するマリーシェも呼吸一つ乱さずに付いてきている。
あまりタフな印象はないものの、彼女は人並み外れた体力の持ち主らしい。
佐久間としては少しくらい休憩を挟んでも良かったのだが、特に要望もなかったのでほぼノンストップで移動を敢行したのだった。
廃塔から百メートルほど離れた地点で、佐久間は一旦足を止める。
あまり不用意に近付くのは得策ではないと思ったのだ。
今のうちに戦闘における立ち回りを確認しておきたかったというのもある。
佐久間はマリーシェの肩を叩いた。
「お前は銃で翼竜の目か口の中を狙え」
「承知しました」
ギルドの依頼用紙に翼竜の基本的なスペックは記載されていた。
硬質な鱗に覆われた巨躯を持つ下級のドラゴン。
炎のブレスは使えないものの、強靭な牙や爪による攻撃は決して侮れない。
種族的な特性で魔術系統の効きもかなり悪いらしい。
そういった事情があり、翼竜にダメージを与えることは非常に困難だ。
佐久間がマリーシェに指示した内容も、これらの側面を加味した上での戦略である。
目と口の中は鱗で守り切れない数少ない部位だ。
無論、弾丸を命中させるには相応の技量を要するが、その点に関しては佐久間も信頼している。
マリーシェの射撃能力ならば、翼竜相手でも十全に発揮できるだろう。
「あとは、こいつで釣れるかだな……」
佐久間は手に持ったモノをぐいっと掲げる。
それは夥しい量の血に塗れた肉塊だった。
よく見れば黒い毛皮や潰れた眼球がいくつもへばり付いている。
潰れた獣の顔面や骨の露出した手足も混ざっていた。
狼の魔物たちの死体だ。
夕食として食べ切れなかった分を折り畳んで圧縮し、まとめてローブで縛り上げたのである。
佐久間はこの肉塊で翼竜の気を引くつもりだった。
これをどこかに設置して待ち伏せするのもいい。
その隙にマリーシェの狙撃で目を破壊する。
視力さえ奪えばどうとでもなる、というのが佐久間の考えであった。
些か大雑把だが、現状で打てる策など限られている。
なにしろ相手は強大な翼竜なのだ。
下手な罠などあっさり破られる可能性が高い。
それで討伐できるのならば、他の冒険者がとっくの昔に実行しているだろう。
策ばかりを過信し、端から正攻法を捨てるのは良くない。
最悪、知略に頼らずに正面から殴り殺すだけの覚悟が佐久間にはあった。
(それにしても、あちらからの反応が無いな……)
佐久間はふと廃塔に注目する。
翼竜は未だに姿を見せない。
いや、そもそもあの中にいるのかすら不明だった。
もしかすると狩りで外に出ている最中なのかもしれない。
ここで二の足を踏んでも事態は好転しないので、佐久間は廃塔に近付くことにした。
魔物の肉塊を引きずりつつ、マリーシェにも長銃を構えさせておく。
歩みを進めるごとに濃くなる血と腐った肉の臭い。
生物の残骸は数を増し、完全な白骨死体も転がっていた。
翼竜はここで狩りで得た肉をここで食しているのか。
完全に縄張りに踏み込んでいるはずだが、まだ二人を害する存在は出てこない。
結局、佐久間とマリーシェは何事もなく廃塔まで辿り着いた。
入口は重厚そうな鉄扉がはめられ、ぴったりと閉ざされている。
表面には古い血液のシミがこびり付いていた。
どことなく来る者を拒むような雰囲気だ。
佐久間は鉄扉を軽く押す。
不気味な軋みを立てながらも、鉄扉は難なく開いた。
閂は施されていなかったようである。
「埃臭いな……ここは使われていないのか?」
佐久間は目を細めて薄暗い室内を覗き込んだ。
見える範囲に調度品は無く、代わりに多数の白骨死体が散乱している。
身に付けた鎧や武器からして冒険者の亡骸だろうか。
壁に沿った螺旋階段が上階へと続いていた。
特に翼竜らしき存在は見当たらない。
そのまま探索を進めようとした時、佐久間の後ろで声が上がった。
「あっ、旦那様――」
佐久間はすぐさま振り返って絶句する。
そこには、頭上から襲いかかった爪で四肢をばらばらにされるマリーシェの姿があった。