冒険者ギルド
文字数 2,935文字
死体の転がる館の玄関ホール。
佐久間は壁にもたれて腕組みをしていた。
ぼろぼろの衣服は一新され、清潔なシャツとズボンを着ている。
適当な部屋のタンスから拝借したものだった。
ただし靴だけはサイズの合うものが見つからなかったので、元のスニーカーを念入りに洗って履いている。
食事と数時間の睡眠を経たことで全身の傷も塞がり、今の佐久間は万全の調子だった。
そんな彼の足元には、簡素なデザインのリュックサックが置いてある。
中には食糧や日用品などが詰め込まれていた。
こちらもやはり館内の物資を掻き集めてきたものだ。
窃盗罪で負債は加算されてしまったが、必要経費なので佐久間は黙認している。
ちなみにこの館で見つけた金の一部はマリーシェに持たせ、それ以外は負債返済に徴収された。
それなりの額だったが、完済まではほど遠い。
しばらくすると、二階の吹き抜けからマリーシェが顔を出した。
彼女は箒とモップを掲げて満足そうに報告する。
「旦那様、お部屋の掃除が終わりました」
「ご苦労様。律儀によくやるものだよ」
「ありがとうございます」
佐久間の皮肉にも、マリーシェは素直に感謝の言葉を述べる。
純粋に褒められたと勘違いしているようだ。
二階から降りてきた彼女は、掃除道具を置いて佐久間に尋ねる。
「これからどこに行くのですか?」
佐久間はリュックサックに手を突っ込んで何かを漁り始めた。
「まずは冒険者ギルドだ。当面は金稼ぎに集中する。俺は負債を返さなくてはいけない身でね。合法的な収入も確保しておきたいんだ」
このような状況になりながらも、佐久間は未だに負債をどうにかする気でいた。
ある種の執念に近いものかもしれない。
いや、或いは何かしらの魂胆があるのか。
昏い目は如何なる意図も窺わせない。
佐久間がリュックサックから取り出したのは、銀色の拳銃と紙箱だった。
拳銃は二発まで装填できる中折れ式で、地球のそれとは形状が少し異なる。
表面に複雑な紋様が彫金されており、仄かに光っていた。
もしかすると魔術的な技術で発砲するのかもしれない。
紙箱には予備の弾丸がたっぷりと入っていた。
佐久間はそれらをマリーシェに手渡す。
「これがお前の武器だ。他にもリュックサックにスペアがある。使い方は分かるか。それで身を守れ」
マリーシェはぎこちない動作で拳銃を握った。
親指でカチリと撃鉄を上げ、引き金に指をかける。
危なげだが扱い方自体は理解しているらしい。
拳銃と紙箱を持ったまま、マリーシェはぽつりと疑問を漏らした。
「具体的にはいつ使えばいいのですか? 身を守ると言っても、どのタイミングで撃てばいいのか分かりません」
質問を予想していた佐久間は、余裕を持って答える。
「悪い顔の人間が近付いて来たら躊躇なく使え。そいつは敵だ。あと、俺が撃てと言ったら撃つんだ」
「承知しました」
直後に響く銃声。
マリーシェの構える拳銃が発したものだ。
装填された弾丸が一発分減っている。
「……おい」
真正面に立つ佐久間が顰め面になる。
彼の眉間に直径数センチの穴がぽっかりと開いていた。
傷口から垂れた脳脊髄液が血液と混ざり、顎先まで伝って滴り落ちる。
後頭部の一部も吹き飛び、無残な状態を晒していた。
新しいシャツが瞬く間に赤く汚れていく。
言うまでもなく、マリーシェの仕業であった。
彼女の発砲した拳銃が、佐久間の頭部を撃ち抜いたのだ。
額にできた穴を撫でながら、佐久間は冷静に問う。
「どうして、いきなり俺を撃ったんだ?」
悪びれる様子もなく、マリーシェは首を傾げた。
「旦那様が撃てとおっしゃられたので。もしかして間違っていましたか」
「――こっちの説明不足だった。今後は俺以外を撃つんだ」
「承知しました」
十分後、着替えと肉体再生を済ませた佐久間は、マリーシェを引き連れて館を去った。
◆
スラム街から離れた地点にある冒険者ギルド。
佐久間とマリーシェはその建物の前にいた。
道中、すれ違う人々に逃げられたり悲鳴を上げられたことを除けば、何事もない移動だったと言えよう。
それでも反応するのは十人に一人かそこらである。
処刑会場で起きた惨劇からおよそ半日。
負債勇者の噂は広まっているが、まだ誰もが知るほど浸透しているわけではないようだ。
佐久間の恰好が小奇麗になったのも関係があるかもしれない。
外見が変われば、受ける印象も大きく変わる。
荷物持ちのメイドを連れて歩く青年が、まさか不死身の怪物だと思わなかったのだ。
佐久間とて無闇に殺戮するつもりはないので、たとえ奇異の視線で向けられても手出しはしない。
そういった事情があり、街の通りは辛うじてパニックに陥らなかった。
「腰の銃はいつでも抜けるようにしておけ。念のためだ」
「承知しました」
不穏なやり取りをしつつ、二人は冒険者ギルドに入る。
室内はそれなりの混雑具合で、設置された丸テーブルはどれも冒険者らしき人々で埋まっていた。
ギルドは酒場としても機能しているようで、誰もがジョッキを片手に料理を楽しんでいる。
入口からほど近い場所に複数のカウンターがあり、そこがギルドの受付のようだ。
制服を着た職員が冒険者の応対をしている。
(システムがよく分からないが、とりあえず受付で聞いてみればいいか)
佐久間が列の最後尾に並ぼうとした時、どこからかガラスの割れる音が鳴った。
音の出所を探ると、数人の冒険者がジョッキを落として震えている。
彼らは顔面蒼白で佐久間を凝視していた。
そのうちの一人が叫ぶ。
「ふ、負債勇者だ……!」
おそらくは処刑会場の出来事を間近で見ていた者だろう。
佐久間の素性を察した冒険者たちは椅子から転げ落ち、恐怖も露わに尻餅を突いている。
周囲は何事かと怪訝そうにしていた。
騒然とするギルド内で、佐久間は気だるげに肩を竦める。
「まだ何もしていないのに。面倒臭い連中だな」
「旦那様は怖がられているのですか?」
「前科があるからな。まあ、そんなことはどうでもいい。列に並ぶぞ」
不思議そうな表情をするマリーシェのリュックサックを掴み、佐久間はさっさと受付に歩み寄る。
その途端、並んでいた数人の冒険者が一斉に飛び退いて距離を開けた。
彼らはそそくさを目を逸らしながら他の冒険者たちの中に紛れ込む。
耳聡い冒険者は、負債勇者の存在を認知していたようだ。
そして、怪物が背後に並ぶ緊張を味わいたくなかったらしい。
賑やかだった室内に気まずい沈黙が訪れる。
酒盛りの手を止めて息を呑む冒険者たち。
残されたのは列のなくなった受付と、困惑するギルド職員だけだった。
佐久間は自嘲気味に笑い、マリーシェの顔を見やる。
「負債勇者は待ち時間知らずのようだね」
「さすがです、旦那様」
殺人鬼と変わり者のメイドは、相変わらずの調子だった。
佐久間は壁にもたれて腕組みをしていた。
ぼろぼろの衣服は一新され、清潔なシャツとズボンを着ている。
適当な部屋のタンスから拝借したものだった。
ただし靴だけはサイズの合うものが見つからなかったので、元のスニーカーを念入りに洗って履いている。
食事と数時間の睡眠を経たことで全身の傷も塞がり、今の佐久間は万全の調子だった。
そんな彼の足元には、簡素なデザインのリュックサックが置いてある。
中には食糧や日用品などが詰め込まれていた。
こちらもやはり館内の物資を掻き集めてきたものだ。
窃盗罪で負債は加算されてしまったが、必要経費なので佐久間は黙認している。
ちなみにこの館で見つけた金の一部はマリーシェに持たせ、それ以外は負債返済に徴収された。
それなりの額だったが、完済まではほど遠い。
しばらくすると、二階の吹き抜けからマリーシェが顔を出した。
彼女は箒とモップを掲げて満足そうに報告する。
「旦那様、お部屋の掃除が終わりました」
「ご苦労様。律儀によくやるものだよ」
「ありがとうございます」
佐久間の皮肉にも、マリーシェは素直に感謝の言葉を述べる。
純粋に褒められたと勘違いしているようだ。
二階から降りてきた彼女は、掃除道具を置いて佐久間に尋ねる。
「これからどこに行くのですか?」
佐久間はリュックサックに手を突っ込んで何かを漁り始めた。
「まずは冒険者ギルドだ。当面は金稼ぎに集中する。俺は負債を返さなくてはいけない身でね。合法的な収入も確保しておきたいんだ」
このような状況になりながらも、佐久間は未だに負債をどうにかする気でいた。
ある種の執念に近いものかもしれない。
いや、或いは何かしらの魂胆があるのか。
昏い目は如何なる意図も窺わせない。
佐久間がリュックサックから取り出したのは、銀色の拳銃と紙箱だった。
拳銃は二発まで装填できる中折れ式で、地球のそれとは形状が少し異なる。
表面に複雑な紋様が彫金されており、仄かに光っていた。
もしかすると魔術的な技術で発砲するのかもしれない。
紙箱には予備の弾丸がたっぷりと入っていた。
佐久間はそれらをマリーシェに手渡す。
「これがお前の武器だ。他にもリュックサックにスペアがある。使い方は分かるか。それで身を守れ」
マリーシェはぎこちない動作で拳銃を握った。
親指でカチリと撃鉄を上げ、引き金に指をかける。
危なげだが扱い方自体は理解しているらしい。
拳銃と紙箱を持ったまま、マリーシェはぽつりと疑問を漏らした。
「具体的にはいつ使えばいいのですか? 身を守ると言っても、どのタイミングで撃てばいいのか分かりません」
質問を予想していた佐久間は、余裕を持って答える。
「悪い顔の人間が近付いて来たら躊躇なく使え。そいつは敵だ。あと、俺が撃てと言ったら撃つんだ」
「承知しました」
直後に響く銃声。
マリーシェの構える拳銃が発したものだ。
装填された弾丸が一発分減っている。
「……おい」
真正面に立つ佐久間が顰め面になる。
彼の眉間に直径数センチの穴がぽっかりと開いていた。
傷口から垂れた脳脊髄液が血液と混ざり、顎先まで伝って滴り落ちる。
後頭部の一部も吹き飛び、無残な状態を晒していた。
新しいシャツが瞬く間に赤く汚れていく。
言うまでもなく、マリーシェの仕業であった。
彼女の発砲した拳銃が、佐久間の頭部を撃ち抜いたのだ。
額にできた穴を撫でながら、佐久間は冷静に問う。
「どうして、いきなり俺を撃ったんだ?」
悪びれる様子もなく、マリーシェは首を傾げた。
「旦那様が撃てとおっしゃられたので。もしかして間違っていましたか」
「――こっちの説明不足だった。今後は俺以外を撃つんだ」
「承知しました」
十分後、着替えと肉体再生を済ませた佐久間は、マリーシェを引き連れて館を去った。
◆
スラム街から離れた地点にある冒険者ギルド。
佐久間とマリーシェはその建物の前にいた。
道中、すれ違う人々に逃げられたり悲鳴を上げられたことを除けば、何事もない移動だったと言えよう。
それでも反応するのは十人に一人かそこらである。
処刑会場で起きた惨劇からおよそ半日。
負債勇者の噂は広まっているが、まだ誰もが知るほど浸透しているわけではないようだ。
佐久間の恰好が小奇麗になったのも関係があるかもしれない。
外見が変われば、受ける印象も大きく変わる。
荷物持ちのメイドを連れて歩く青年が、まさか不死身の怪物だと思わなかったのだ。
佐久間とて無闇に殺戮するつもりはないので、たとえ奇異の視線で向けられても手出しはしない。
そういった事情があり、街の通りは辛うじてパニックに陥らなかった。
「腰の銃はいつでも抜けるようにしておけ。念のためだ」
「承知しました」
不穏なやり取りをしつつ、二人は冒険者ギルドに入る。
室内はそれなりの混雑具合で、設置された丸テーブルはどれも冒険者らしき人々で埋まっていた。
ギルドは酒場としても機能しているようで、誰もがジョッキを片手に料理を楽しんでいる。
入口からほど近い場所に複数のカウンターがあり、そこがギルドの受付のようだ。
制服を着た職員が冒険者の応対をしている。
(システムがよく分からないが、とりあえず受付で聞いてみればいいか)
佐久間が列の最後尾に並ぼうとした時、どこからかガラスの割れる音が鳴った。
音の出所を探ると、数人の冒険者がジョッキを落として震えている。
彼らは顔面蒼白で佐久間を凝視していた。
そのうちの一人が叫ぶ。
「ふ、負債勇者だ……!」
おそらくは処刑会場の出来事を間近で見ていた者だろう。
佐久間の素性を察した冒険者たちは椅子から転げ落ち、恐怖も露わに尻餅を突いている。
周囲は何事かと怪訝そうにしていた。
騒然とするギルド内で、佐久間は気だるげに肩を竦める。
「まだ何もしていないのに。面倒臭い連中だな」
「旦那様は怖がられているのですか?」
「前科があるからな。まあ、そんなことはどうでもいい。列に並ぶぞ」
不思議そうな表情をするマリーシェのリュックサックを掴み、佐久間はさっさと受付に歩み寄る。
その途端、並んでいた数人の冒険者が一斉に飛び退いて距離を開けた。
彼らはそそくさを目を逸らしながら他の冒険者たちの中に紛れ込む。
耳聡い冒険者は、負債勇者の存在を認知していたようだ。
そして、怪物が背後に並ぶ緊張を味わいたくなかったらしい。
賑やかだった室内に気まずい沈黙が訪れる。
酒盛りの手を止めて息を呑む冒険者たち。
残されたのは列のなくなった受付と、困惑するギルド職員だけだった。
佐久間は自嘲気味に笑い、マリーシェの顔を見やる。
「負債勇者は待ち時間知らずのようだね」
「さすがです、旦那様」
殺人鬼と変わり者のメイドは、相変わらずの調子だった。