負債勇者の切り札

文字数 1,997文字

 謁見の間の扉がぶち破られた。

 平然と姿を現したのは、血みどろの負債勇者。
 彼が全身に浴びているそれは、ほとんどが返り血によるものだった。
 もはや今日だけでどれほどの命を奪ったか分からない。

 腰には刀、右手には槍を携えて、佐久間は赤い足跡と共に室内へと踏み込む。

「よう。久しぶりじゃないか。会いたかったぜ」

 目を大きく見開き、引き攣った笑顔を以て、佐久間は言葉を投げる。

 玉座に座るこの国の支配者は、不遜な態度で鼻を鳴らした。

「……貴様。よくも儂の前に姿を見せられたものだ」

「ここに来なきゃ、お前を殺せないだろう?」

 両者は数十メートルの距離から互いを睨みつける。
 ピリピリと高まる緊張。

 槍をぶらぶらと揺らしながら、佐久間は室内に目を走らせた。
 そして露骨に肩を竦める。

「おいおい。この期に及んで不意打ち狙いか?」

 直後、佐久間の背に三つの影が襲いかかる。

 黒尽くめの服を着た彼らは暗殺者だ。
 毒濡れの短刀を手に佐久間へと殺到する。

 次の瞬間、佐久間の槍が縦横に霞み、三人の暗殺者が肉塊となって飛び散った。
 磨き抜かれた床に破れた内臓がぶちまけられ、赤い絨毯に血を染み込ませる。
 圧し折れた槍が回転して天井に突き刺さった。

 持ち手だけになった槍を佐久間は捨て、代わりに暗殺者の短刀を拾う。

 人外の膂力で放たれた槍の殴打が、迫る暗殺者を爆散させたのだ。
 新たに血を被った佐久間は、傷一つない身体を撫でる。

「せっかくの力も技術がなければ持ち腐れだ、と言われてね。それなりに鍛練したが成果はあったようだ」

「怪物が武を語る、か」

 国王は忌々しげに呟く。

 もはや謁見の間には国王と負債勇者しかいなかった。
 部屋の外は沈黙に包まれ、誰かが駆け付ける気配もない。

 きりきりと張り詰める空気はやがて限界に達し、両者は同時に動きだす。

「――翼の仇だ。ぶち殺してやる」

「災厄が生意気な口を。処刑を再開してやろう」

 短剣を腰だめに突進する佐久間の前に、半透明の宙に浮かぶ盾が出現した。
 国王の防御魔術である。
 魔術の盾は、ちょうど佐久間の進路上に展開されていた。

「邪魔、なんだよッ」

 魔術の盾に対し、佐久間は固めた拳を叩き付ける。
 甲高い音が反響して盾の表面に亀裂が走った。
 さらに腕を押し込めば、粉々に砕け散って光の粒子となって散る。

 そこへ一筋の黒い雷撃が飛んできた。

 雷撃は佐久間の脇腹に命中し、骨肉を焼き焦がしながら後方へと突き抜ける。
 迸る肉片と血飛沫に混ざり、嫌な臭いが漂う。
 露出する傷跡を一瞥したのち、佐久間は国王を見た。

 未だ玉座に腰かける国王の指は黒い光を帯び、バチバチと音を鳴らしている。
 雷撃は国王の手から放たれたらしい。

 佐久間は目を細めて唾を吐く。

「便利な魔術だな。だが、その程度じゃあ俺は死なない」

 言い終える頃には再生が始まって傷が塞がりつつあった。
 抉れた肉が膨れ、削れた骨が生え伸びる。
 出血は瞬く間に収まり、真新しい皮膚が筋繊維を覆い隠した。

 今や衣服の破れでしか負傷した跡を判別できない。
 完全に回復した佐久間は、暗殺者の短刀を投擲した。

 手首のスナップで放たれたそれは、国王目がけて飛んでいくも、出現した魔術の壁に弾かれる。
 国王は顔色一つ変えずに言う。

「無駄だ。今、儂が発動している防御魔術は数十に及ぶ。魔力も瞬時に回復する。貴様が勝つ可能性は万に一つもあるまい」

「へぇ、いい能力じゃないか。どれだけの大金を貢いだのやら」

 皮肉を返した佐久間は、落ち着き払った様子で首を鳴らす。
 国王の圧倒的な強さを聞いても、大した驚きはなかったようだ。

 佐久間は悠然と微笑むと、腰の刀に手を添える。
 そのまま柄を握り、すらりと鞘から刀身を引き抜いた。

 現れたのは、艶の無い乳白色の刃。

 色合いや質感からして、明らかに金属製ではない。
 僅かに反り返った片刃の刀身は、斬ることに特化するためか。
 じっと目を凝らせば、その恐ろしく繊細な造りを確認できるだろう。

 刀は、翼竜の肋骨を削り出したものであった。

 商会が総動員で生み出した傑作だ。
 これこそ、佐久間が温存していた切り札だった。

 以前、宰相から国王の能力は聞き出している。
 その時点で何かしらの魔術対策を打たねばと考えていたのだ。

 佐久間は骨刀とでも呼ぶべきそれを構え、切っ先を国王に向ける。

「竜の肉体には強力な対魔術の力が宿っているらしい。だからこそ、竜素材の武具は高価なんだってね……さて、国王様の絶対無敵な魔術が斬れるかどうか、試してみようか」

 目を爛々と輝かせながら、負債勇者は獲物を見つめる。
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