慈悲深い判断

文字数 2,224文字

 クレイン商会本館の三階。
 佐久間とマリーシェは殺戮を演じながら進んでいた。

 二人を止められる者はいない。
 警備の人間が懸命に立ち塞がるが、すれ違いざまに殺されていく。

 弓の男を取り逃したことで佐久間が苛立っており、一つ一つの挙動に容赦がなかったのだ。

 投げ飛ばされた家具が宙を切り、数人の警備を両断する。
 振り回された柱が天井と床を真っ二つに叩き割った。
 力任せのタックルが人も壁も豪快に粉砕する。

 建物を崩壊させかねない勢いで佐久間は駆けるのであった。

「斧と槍、寄越せ!」

「承知しました」

 佐久間が手を伸ばして叫べば、マリーシェがバックパックから引き抜いた武器を投擲する。
 高速回転する武器は吸い込まれるように佐久間の手に収まった。
 マリーシェの見事なコントロール。

 破壊の嵐を好き放題に振り撒くこと暫し。
 佐久間とマリーシェは建物の最奥に突き当たった。
 目の前には頑丈そうな扉があるのみで他に道はない。
 弓の男の言葉を信じるなら、ここに商会の幹部たちが潜んでいる。

「指示を出したらすぐに撃ち殺せるようにしておけ」

「承知しました」

 返答したマリーシェは二挺の拳銃を構えた。
 既にやる気は十分といったところか。

 僅かに苦笑した佐久間は、半壊した武器を捨てて扉に手をかける。

 扉は開かない。
 押してみると何かが引っかかっている感触があった。
 裏に閂を下ろしているようである。

「フン、無駄なことを……」

 佐久間は忌々しげに鼻を鳴らすと、扉に向かって斧と槍を叩き付けた。
 一瞬の抵抗。
 甲高い音がして二種の武器の柄が折れて尖端が弾け飛ぶ。

 扉が大きく陥没したが、破壊には至らなかった。
 相当に堅牢な造りになっているらしい。
 或いは緊急用の避難部屋として用意された場所なのかもしれない。

「まったく、もう少し頑丈な武器が欲しいな」

 壊れた武器を捨てつつ、佐久間は扉を掴んで引っ張った。
 分厚い扉が悲鳴を上げて歪み、ミシミシと嫌な軋みを立て始める。

 床や天井にも亀裂が走っていた。
 蝶番が割れて扉が根元から外れる。
 折れかけの閂がゴトンと床に転がった。

 扉を脇に放った佐久間は、涼しい顔で室内に踏み込む。
 そして訝しげに眉を寄せた。

「……ん?」

 佐久間の想像では、不安に怯える商会の幹部たちがいるはずであった。
 そんな彼らを嘲笑いながら叩き潰すつもりだったのだ。

 しかし、現実は違った。

 明らかな高級な調度品に囲まれた部屋。
 その中央辺りに、縄で縛られた数人の男女が積み上げられている。

 彼らのそばには見覚えるのある人物が立っていた。

「あらぁ、随分遅かったのね。苦戦してたのん?」

 その人物は気軽な口調で佐久間とマリーシェに尋ねる。
 ユアリアだ。

 見れば彼女の手には血の付いた剣と銃器が握られていた。
 妖艶な色を灯す双眸には、どこか殺伐とした気配が見え隠れする。

 佐久間はユアリアと一定の距離を保ちながら問いかけた。

「いつの間にここまで来た」

 商会の敷地に侵入する段階でユアリアが別行動を取っていたのは佐久間も知っていたが、まさか先回りされているとは思っていなかった。
 途中で多少のロスはあったものの、ここまでほとんど最短距離で辿り着いたのだ。

 積み上げられた人間に寄りかかったユアリアは、両手の武器をくるくると弄ぶ。

「お二人さんが派手に暴れてる隙にこっそり忍び込んだのよぉ。おかげでターゲットも楽々と捕まえられたわぁ。ほら、商会運営に携わる幹部の大半がいるのよ」

 そう言ってユアリアは、拘束された人間を軽く小突いた。
 かなり上機嫌そうだ。

 対する佐久間は少し険しい顔をしている。
 目的達成のためとは言え、勝手に囮にされたことが気に入らないらしい。

 尤も、彼とてそれを口に出して非難するつもりはなかった。
 感情面では納得できない部分があるものの、結果的には最高のコンビネーションが取れたのだ。
 役割分担で上手く事が運んだのだからユアリアの考えも否定できない。

「旦那様、私はどうしたらいいですか。あそこにいる人間を撃った方がいいのですか」

「今は黙っていろ。動かなくていい」

「承知しました」

 空気を読まずに発言したマリーシェを宥めつつ、佐久間は溜め息を漏らした。

 ユアリアは食えない女だが、それを補って余りあるほどに有能な人物だ。
 実利を優先する性格もある意味では信頼に値する。
 そこだけをしっかりしておけば、十二分の働きをしてくれるのだから。
 妙な情で裏切られる方がよほど厄介だろう。

 とにかく、ユアリアとは良好な関係を築いた方がいい。
 佐久間は今回の件でそう確信したのであった。

「それで、天下の負債勇者さんはこの人たちをどう殺しちゃうつもりなの? 大々的に宣伝してから始末すれば、周りのリアクションは良くも悪くも大きくなりそうだけれど……」

「ふむ、公衆の面前で処刑してやるのもいいな――いや、面白いことを思い付いた」

 思考の途中で何かを閃いたらしい。
 怯えた視線に注目されながら、佐久間は悪い顔で宣言した。

「金のなる木だというのに潰してしまうのはもったいない。せっかくだからクレイン商会を乗っ取ってやろう」
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