降りかかる災難
文字数 2,642文字
騒ぎの元はすぐに見つかった。
ゴミやガラクタの散乱する路地の一本道。
そこに女が倒れ、五人の男が追い詰めている。
女は衣服の上から革鎧を着けていた。
やや小柄だが貧弱な印象は受けない身体つきだ。
腰に吊るすのは両刃の鉄剣で、それなりに使い込まれた跡がある。
素朴な顔立ちは幼く見えるものの、実際は二十代半ばほどだろうか。
麦色の艶やかな長髪は、後ろで束にして括られていた。
彼女は悔しげに歯噛みをしている。
対峙する男連中は総じて悪人面だ。
黒を基調とした衣服を身に纏い、手には拳銃やナイフが握られている。
彼らは下卑た笑みを隠そうともせずに女を見下ろしていた。
そのうち一人が佐久間とマリーシェに気付き、二人を怪訝そうに睨む。
「じろじろと見るな。とっとと失せろ」
少し考えた後、佐久間は微笑を湛えて言う。
「そうそう、理に適った動機があれば犯罪も容認されてるんだったな。つまりこれは、暴漢に襲われそうな女を助けるために動くだけだ。事情なんて知らないが、このまま放っておくなんて正義の味方がやることじゃあない……こんな感じでいいか?」
「何を言ってやがる」
「こういうことさ」
言い終えた直後、佐久間がいきなり廃材を投げ付けた。
一直線に飛んで行ったそれは、応対していた男の頭部を爆散させる。
肉片と脳漿が霧状になって他の男たちの顔を汚した。
廃材は勢いそのままに路地の奥へと消えていく。
頭部を失った死体は、ふらふらと左右に揺れた末に倒れた。
「おぉ、本当に負債が増えていない。なるほど、これは便利だ。あのギルドマスターにも感謝しないといけないね」
佐久間は感心した調子で手を打った。
相応の理由付けを行った結果、殺人を犯しても負債額が変動しなかったのである。
これは喜ばしい発見だった。
余計な負債を積まれるリスクが減ったのだから、完済にもかなり近付く。
今後の活動においても重宝するはずだ。
ところが実際、佐久間の考えるほど容易に利用できる抜け道ではなかった。
負債のルールの穴を突くこと自体が限りなく黒に近いグレーな行為なのである。
そういったことを繰り返していれば、王国の騎士団から不正調査を名目に捕縛されても文句は言えない。
たとえそれらを跳ね退けることに成功したとしても、今度は公務を妨害したとして犯罪者に仕立て上げられる。
負債問題をなんとかしても、別の問題が次々と浮上してくるのだ。
すべてを上手く切り抜けるのは至難の業だろう。
佐久間のような例外を除けば、決して積極的には使えない抜け道である。
そういった事情も露知らず、負債勇者は上機嫌そうに四人の暴漢へ歩み寄った。
負債が上昇せずとも殺せると判明した今、何の憂いもなく力を振るえる。
躊躇う道理はなかった。
「くっ、来るな!」
男のうち一人が発砲し、佐久間の胸に穴を開ける。
血が跳ねて上体を僅かに仰け反らせたが、やはり歩みは止まらない。
もはや慣れ親しんだ痛みだ。
佐久間は微笑を深める。
拳銃持ちの男が二発目を撃とうとして、逆に自らの頭部を吹き飛ばされた。
後方のマリーシェによる銃撃だ。
彼女は涼しい顔をして狙いを別の男に移す。
そして発砲。また一人死んだ。
この時点で暴漢は二人しか残っていなかった。
どちらも既に逃げ腰で、自分たちが追い詰めていた女など放り出している。
佐久間は呆気に取られる女の横を通り過ぎ、両手を伸ばして悪漢たちに近付いていく。
「畜生、てめぇら全員ぶち殺してやるッ!」
やけになった男の一人がナイフを掲げて佐久間に跳びかかった。
横薙ぎの素早い一閃が佐久間の喉を切り裂く。
断ち切られた頸動脈から鮮血が迸った。
会心の笑みを浮かべた男はしかし、すぐに顔を引き攣らせる。
「――――?」
不死身の負債勇者は、ぱっくりを開いた傷口を晒しながらも平然と立っていた。
ぷひゅーぷひゅーと空気の抜ける音をさせて何かを喋る。
それが言葉になることは叶わなかったが、少なくても弱音を吐いたわけではあるまい。
無造作に動いた両手が後ずさる男の頭部を掴み、そのまま万力のように締め上げる。
「あががががががっ、いだだだい! いだい! やめ――」
悶絶する男の頭蓋が割れ、顔の輪郭が左右でずれた。
割れた額や口はどろどろと赤と黄色と灰色の混ざった液体が零す。
眼孔から目玉が勢いよく押し出された。
視神経に吊るされたそれらは、ぷらぷらと虚しく揺れる。
圧縮され醜く押し潰された頭部は横幅が十センチほど縮んでいた。
壮絶な死に様を見せつけながら、男はくたりと倒れる。
「あとは、お前だけだ」
脳漿塗れの手を拭う佐久間は、最後の一人となった暴漢に告げる。
男は悲鳴を上げながら踵を返して駆け出した。
足がもつれて転んでも必死になってこの場から離れようとしている。
情けない男の背中を嘲笑しつつ、佐久間は指示を発した。
「あの隙だらけな臆病者を撃ち殺せ」
「承知しました」
直後に銃声が鳴り響き、這いずる男の後頭部が弾ける。
それっきり動かなくなってしまった。
じわじわと真っ赤な血だまりが小汚い地面に広がっていく。
暴漢を皆殺しにした佐久間は、ぺたんと座り込んだままの女を見た。
女は顔面蒼白で震えている。
一瞬だけ佐久間の顔を窺ったものの、目が合うとすぐに視線を逸らした。
怯えているのは明らかである。
佐久間は少し考えた末、女の背中と膝の裏に腕を回して持ち上げた。
所謂お姫様抱っこと呼ばれる体勢である。
突然の浮遊感に女は狼狽え目を白黒させた。
「あのっ、えっ、アタシは、あれっ?」
手足をばたつかせる女を鬱陶しそうにしつつ、佐久間は努めて冷淡に言う。
「大人しくしていろ。別にお前を殺す気はない。少しだけ、話を聞きたいだけだ」
憂さ晴らしに暴漢を排除したついでに、襲われそうだった女を助けた。
ほんの気まぐれに過ぎない行為だ。
偶然が重なって生まれた構図である。
それでも佐久間は、女を放置して去ろうとはしなかった。
僅かに良心が芽生えたのか。
それとも、他に打算的な考えがあったのか。
彼自身、腑に落ちない何かを感じながらも、先ほどの無人の洋館へと足を運ぶ。
ゴミやガラクタの散乱する路地の一本道。
そこに女が倒れ、五人の男が追い詰めている。
女は衣服の上から革鎧を着けていた。
やや小柄だが貧弱な印象は受けない身体つきだ。
腰に吊るすのは両刃の鉄剣で、それなりに使い込まれた跡がある。
素朴な顔立ちは幼く見えるものの、実際は二十代半ばほどだろうか。
麦色の艶やかな長髪は、後ろで束にして括られていた。
彼女は悔しげに歯噛みをしている。
対峙する男連中は総じて悪人面だ。
黒を基調とした衣服を身に纏い、手には拳銃やナイフが握られている。
彼らは下卑た笑みを隠そうともせずに女を見下ろしていた。
そのうち一人が佐久間とマリーシェに気付き、二人を怪訝そうに睨む。
「じろじろと見るな。とっとと失せろ」
少し考えた後、佐久間は微笑を湛えて言う。
「そうそう、理に適った動機があれば犯罪も容認されてるんだったな。つまりこれは、暴漢に襲われそうな女を助けるために動くだけだ。事情なんて知らないが、このまま放っておくなんて正義の味方がやることじゃあない……こんな感じでいいか?」
「何を言ってやがる」
「こういうことさ」
言い終えた直後、佐久間がいきなり廃材を投げ付けた。
一直線に飛んで行ったそれは、応対していた男の頭部を爆散させる。
肉片と脳漿が霧状になって他の男たちの顔を汚した。
廃材は勢いそのままに路地の奥へと消えていく。
頭部を失った死体は、ふらふらと左右に揺れた末に倒れた。
「おぉ、本当に負債が増えていない。なるほど、これは便利だ。あのギルドマスターにも感謝しないといけないね」
佐久間は感心した調子で手を打った。
相応の理由付けを行った結果、殺人を犯しても負債額が変動しなかったのである。
これは喜ばしい発見だった。
余計な負債を積まれるリスクが減ったのだから、完済にもかなり近付く。
今後の活動においても重宝するはずだ。
ところが実際、佐久間の考えるほど容易に利用できる抜け道ではなかった。
負債のルールの穴を突くこと自体が限りなく黒に近いグレーな行為なのである。
そういったことを繰り返していれば、王国の騎士団から不正調査を名目に捕縛されても文句は言えない。
たとえそれらを跳ね退けることに成功したとしても、今度は公務を妨害したとして犯罪者に仕立て上げられる。
負債問題をなんとかしても、別の問題が次々と浮上してくるのだ。
すべてを上手く切り抜けるのは至難の業だろう。
佐久間のような例外を除けば、決して積極的には使えない抜け道である。
そういった事情も露知らず、負債勇者は上機嫌そうに四人の暴漢へ歩み寄った。
負債が上昇せずとも殺せると判明した今、何の憂いもなく力を振るえる。
躊躇う道理はなかった。
「くっ、来るな!」
男のうち一人が発砲し、佐久間の胸に穴を開ける。
血が跳ねて上体を僅かに仰け反らせたが、やはり歩みは止まらない。
もはや慣れ親しんだ痛みだ。
佐久間は微笑を深める。
拳銃持ちの男が二発目を撃とうとして、逆に自らの頭部を吹き飛ばされた。
後方のマリーシェによる銃撃だ。
彼女は涼しい顔をして狙いを別の男に移す。
そして発砲。また一人死んだ。
この時点で暴漢は二人しか残っていなかった。
どちらも既に逃げ腰で、自分たちが追い詰めていた女など放り出している。
佐久間は呆気に取られる女の横を通り過ぎ、両手を伸ばして悪漢たちに近付いていく。
「畜生、てめぇら全員ぶち殺してやるッ!」
やけになった男の一人がナイフを掲げて佐久間に跳びかかった。
横薙ぎの素早い一閃が佐久間の喉を切り裂く。
断ち切られた頸動脈から鮮血が迸った。
会心の笑みを浮かべた男はしかし、すぐに顔を引き攣らせる。
「――――?」
不死身の負債勇者は、ぱっくりを開いた傷口を晒しながらも平然と立っていた。
ぷひゅーぷひゅーと空気の抜ける音をさせて何かを喋る。
それが言葉になることは叶わなかったが、少なくても弱音を吐いたわけではあるまい。
無造作に動いた両手が後ずさる男の頭部を掴み、そのまま万力のように締め上げる。
「あががががががっ、いだだだい! いだい! やめ――」
悶絶する男の頭蓋が割れ、顔の輪郭が左右でずれた。
割れた額や口はどろどろと赤と黄色と灰色の混ざった液体が零す。
眼孔から目玉が勢いよく押し出された。
視神経に吊るされたそれらは、ぷらぷらと虚しく揺れる。
圧縮され醜く押し潰された頭部は横幅が十センチほど縮んでいた。
壮絶な死に様を見せつけながら、男はくたりと倒れる。
「あとは、お前だけだ」
脳漿塗れの手を拭う佐久間は、最後の一人となった暴漢に告げる。
男は悲鳴を上げながら踵を返して駆け出した。
足がもつれて転んでも必死になってこの場から離れようとしている。
情けない男の背中を嘲笑しつつ、佐久間は指示を発した。
「あの隙だらけな臆病者を撃ち殺せ」
「承知しました」
直後に銃声が鳴り響き、這いずる男の後頭部が弾ける。
それっきり動かなくなってしまった。
じわじわと真っ赤な血だまりが小汚い地面に広がっていく。
暴漢を皆殺しにした佐久間は、ぺたんと座り込んだままの女を見た。
女は顔面蒼白で震えている。
一瞬だけ佐久間の顔を窺ったものの、目が合うとすぐに視線を逸らした。
怯えているのは明らかである。
佐久間は少し考えた末、女の背中と膝の裏に腕を回して持ち上げた。
所謂お姫様抱っこと呼ばれる体勢である。
突然の浮遊感に女は狼狽え目を白黒させた。
「あのっ、えっ、アタシは、あれっ?」
手足をばたつかせる女を鬱陶しそうにしつつ、佐久間は努めて冷淡に言う。
「大人しくしていろ。別にお前を殺す気はない。少しだけ、話を聞きたいだけだ」
憂さ晴らしに暴漢を排除したついでに、襲われそうだった女を助けた。
ほんの気まぐれに過ぎない行為だ。
偶然が重なって生まれた構図である。
それでも佐久間は、女を放置して去ろうとはしなかった。
僅かに良心が芽生えたのか。
それとも、他に打算的な考えがあったのか。
彼自身、腑に落ちない何かを感じながらも、先ほどの無人の洋館へと足を運ぶ。