怪しげな勧誘

文字数 1,567文字

 賞金稼ぎのドノバを殺した佐久間は、冒険者の面々を前に言う。

「これは、正当防衛だ。先に武器を向けたのはこいつで、俺は身を守るために反撃しただけ。分かったか?」

 正当防衛というより明らかな処刑行為だったが、それを指摘できる人間はいなかった。
 下手な異議は死に直結しかねない。
 この場においては大人しく黙っておくのが吉なのだ。
 一様に頷く冒険者を横目に、佐久間は倒れたままのマリーシェを起こしに行く。

 マリーシェは拳銃を胸に抱いて床に転がっていた。
 目はぱっちりと開いている。
 ドノバの肘打ちで出た鼻血も止まっていた。
 特に痛がる様子もない。
 完全な無表情である。
 動こうとしないのは新たな命令を待っているからだろう。
 佐久間は彼女の肩に触れる。

「大丈夫か。起きられるか」

「はい、問題ありません」

 マリーシェはむくりと立ち上がった。
 手の甲でごしごしと鼻血の跡を拭い取る。
 乱暴な動作のせいでメイド服の袖が赤く汚れてしまったが、本人は大して気にしていないようだ。
 彼女は拳銃を佐久間に差し出す。

「これはどうすればいいのでしょうか」

「お前が持っておくんだ。それと、死体から予備弾薬を拝借しておけ。ナイフの回収も忘れずにな」

「承知しました」

 指示を受けたマリーシェは、さっそくドノバの死体に近寄って持ち物を漁り始める。
 さっさと装備を外してチェックする姿は手慣れたものだ。
 すぐに予備弾薬を発見したらしく、彼女は懐にごそごそと何かを入れた。
 放っておいても問題ないだろう。
 そう判断した佐久間は、独りで受付カウンターに向かう。

 すぐにギルド職員が対応のために出てきた。
 銀縁の片眼鏡をかけた、理知的な印象の男である。
 妙な落ち着きを纏うその男は、佐久間を前にしても動揺しなかった。
 かと言って蔑みや嫌悪等の感情も見受けられない。
 事務的な人間の究極系、とでも表現すべきか。
 そんな奇妙な雰囲気の男だった。
 怯えられないことを意外に思いつつ、佐久間は話しかける。

「あそこのメイドが受けた依頼を成功させてきた。報酬を貰えるか」

 片眼鏡の男は淡々と答える。

「確か、翼竜討伐の依頼でしたよね。申し訳ありませんが今ここで全額をお渡しすることはできません。日を跨ぎながらの分割となりますがよろしいですか」

「それで構わない」

 いくらギルドでも法外な報酬をすぐに用意できるわけではない。
 掻き集めるにしても時間はかかるだろう。
 佐久間もそれくらいは予想していたので素直に従う。

 そもそも冒険者ギルド側も、翼竜討伐の依頼が達成されるとは思っていなかったのだ。
 高すぎる難易度と危険のせいで長期間に渡って半ば放置されていた案件である。
 誰も受注すらしないので忘れ去られていたと言ってもいい。
 加えて佐久間が依頼開始から帰還までにかかった時間は一日ほど。
 仮に全力で報酬を用意しようとしたところで、ほぼ確実に間に合わない。
 分割払いになってしまうのも仕方のない話だった。

 片眼鏡の男は他の職員を呼ぶと、何やらを囁いてどこかへ行かせる。
 佐久間も特に気になったというわけではないので、わざわざ聞き耳も立てない。
 妙な真似を企てるつもりなら、暴力で捻じ伏せるまでだった。
 そんな風に彼が密かに拳を固めていると、片眼鏡の男が話を切り出す。

「今、担当の者に報酬を取りに行かせました……ところで、少々お話をしたいのですが」

 そこで言葉を区切り、男は佐久間と視線を交わす。
 何やら意味ありげな視線。
 佐久間は胡散臭そうに続きを促した。

「なんだ」

「もしよろしければ、ギルドの特殊執行職員になりませんか? 報酬は弾みますよ」
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