門前の惨劇

文字数 4,614文字

 マリーシェの冒険者登録が済んだところで、佐久間はさっそくギルドの依頼を受けることにした。
 負債持ちは冒険者になれず、依頼をこなすことができない。
 しかし、既に冒険者なったマリーシェが依頼を受けるという形であれば問題ない。
 要は稼ぎさえ得られればいいのだ。
 そういった意味では、同行者を連れて正解だったと言えよう。

 受付カウンターの横に設けられた掲示板には、多数の依頼用紙が張り出されていた。
 それぞれに概要や報酬等の情報が記載されている。
 冒険者はこれらを参考に吟味し、好きな依頼を選ぶようだ。
 掲示板を前に、佐久間は顎を撫でる。

「旦那様、これは私が身に付ければいいのでしょうか」

 傍らに控えるマリーシェは、小さなを鉄の札を持って佇んでいた。
 受付で発行されたばかりの冒険者カードである。
 今後はそれを見せるだけで、確実な身分証明となるそうだ。
 ギルド職員が気を利かせたのか、首に下げるための紐も通されている。
 少し誇らしそうなマリーシェ。
 佐久間は見向きもせずに対応した。

「お前のカードだから勝手に持っておけばいいさ」

 佐久間の意識は今、依頼用紙の報酬欄に注目していた。
 少しでも割のいい仕事で稼がねばならない。
 幸いにも荒事に対応できるだけの力はあった。
 用紙の概要を照らし合わせつつ、手頃な依頼を探す。 

「おっ、これなんて良さそうだ」

 佐久間が手に取ったのは、赤い依頼用紙だった。
 王都郊外の廃塔に巣食う翼竜の討伐が目的らしい。
 報酬は三億ゴールドで、死骸から取れる素材を納品することでさらに上乗せされるそうだ。
 ただし、冒険者五十名以上のパーティでの挑戦を推奨と記載されてある。
 それだけ危険だということなのだろう。

 もっとも、そんなことを気にする佐久間ではなかった。
 高報酬と書かれてある時点で見逃す手はない。
 依頼用紙を剥がした佐久間は、受付のギルド職員に伝える。

「この依頼を受ける。名目的にはそこに突っ立っているメイドが、だ。できるか」

「は、はい! もちろん可能です! ですが、この依頼は非常に危険かつ困難ですので、五十名以上の集団での挑戦を推奨していまして――」

「御託はいい。早く手続きをしろ」

 ギルド職員の警告を一蹴し、佐久間はぎろりと睨み付けた。
 今にも手を出さんばかりの気迫がある。
 いや、これ以上ごねれば躊躇いなく実行に移すだろう。
 恐怖に駆られたギルド職員は、電光石火の早業で手続きを済ませて頭を下げた。

「けっ、健闘をお祈りしております……」

「ありがとう。頑張るよ」

 佐久間はそれだけ言い残すと、マリーシェを引っ張って悠々とギルドを後にした。
 二人がいなくなった途端、室内の空気が弛緩したのは言うまでもない。



 ◆



「止まれ、負債勇者! 貴様を捕縛させてもらう!」

 王都の門前にて鋭い声が響く。
 発言者は白銀の鎧を纏った男だった。
 彼の後ろには十数名の騎士が控えている。
 最後尾にはローブ姿の者もいた。
 門を背に立つ彼らは一様に武器を構え、とある男女と対峙している。

「やっぱり待ち伏せされてたか。たぶん誰かが通報したんだろう。まあ、予想はしてたけれど」

「どうされますか、旦那様」

 騎士たちの敵意にされる男女は、緊張感の無いやり取りを交わす。
 やはりというべきか、佐久間とマリーシェのコンビだった。
 冒険者ギルドを出た二人は、意気揚々と王都の外に向かおうとしたところで門番の騎士に見咎められたのである。
 そうしてあれよあれよいう間に一触即発の空気になってしまったのだ。

 佐久間は欠伸を噛み殺して騎士隊を一瞥する。
 据わった目は、彼らを獲物か障害としか捉えていなかった。
 数人の騎士がびくりと身を竦ませる。
 発散された狂気は、それ単体で人を殺せそうな迫力さえある。

 隣に立つマリーシェは、感情の乏しい顔つきで佇んでいた。
 一見やる気が無さそうだが、その手はしっかりと拳銃を掴んでいる。
 緊張や焦りとは無縁の心境を以て、彼女は騎士隊を眺めていた。

 いつもなら人々の往来が活発なはずの王都門前は、敵対する両者によって占拠されている。
 遠巻きに傍観する民衆は、怯えた眼差しで事の成り行きを見守るつもりのようだ。

 呼吸が苦しくなりそうな静寂。
 最初に動いたのは、騎士隊の先頭に立つ白銀の騎士だった。
 彼は細身の剣をすらりと抜き放つ。
 陽光を受けて輝く刃は、相当な切れ味を有しているのだろう。
 白銀の騎士はそのまま駆け出そうとして――硬直する。
 空気を叩く発砲音。
 白銀の騎士の喉頭が弾け、鮮血が迸った。

「なっ……!?」

 突然の痛みに白銀の騎士は驚愕するが、その反応も長くは保てなかった。
 彼は白目を剥くと、血の噴水を撒き散らしながら倒れる。
 痙攣する手足の動きは急速に弱りつつあった。
 誰もが呆然とする中、淡々とした声が言う。

「悪い顔の人間が近付いてきたので射殺しました。旦那様、これでよろしいのでしょうか」

 マリーシェだった。
 館で佐久間から指示された通り、彼女は白銀の騎士を撃ち殺したのである。
 弾丸は強固な鎧で守られた胴体や手足ではなく、剥き出しの首を貫通していた。
 咄嗟の判断で速やかに始末できる箇所を選定したのか。
 さらにほんの少しでも初動が遅れていれば、白銀の騎士の突進は止められなかったに違いない。
 普段のマリーシェからは想像できない勘の良さに加え、恐ろしい命中精度と射撃速度だ。
 これには佐久間も笑みを深める。

 ちなみにマリーシェの殺人行為は、佐久間の責任として彼の負債に加算されていた。
 責任能力がないマリーシェは罪を問われず、負債も背負わない。
 すべて命令した者が悪いという理論だ。

「上出来だ。素晴らしい」

 簡素な称賛を皮切りに、佐久間は勢いよく跳躍した。
 浅い放物線を描いて騎士隊に襲いかかる。
 無謀にも盾で防ごうとした一人が飛び蹴りをまともに食らい、人形のように吹き飛んだ。
 その騎士は近くの屋台に激突して動かなくなる。
 隙間から駄々漏れの血液や鎧の変形具合からして、中身の惨状は想像に難くない。
 軽やかに着地した佐久間はせせら笑う。

「情けないな。立派なのは装備だけか?」

「うおおおぉぉぉぉっ!」

 あからさまな挑発に乗った騎士が、雄叫びを上げて斬りかかった。
 横薙ぎの一閃はしかし、数本の髪を切り裂くに終わる。
 寸前で佐久間が屈んで避けたためだ。
 驚愕する顔に肘打ちがめり込み、騎士は鼻血を噴き出して昏倒する。

「次の獲物は……おっと」

 佐久間の頬を槍の穂先が掠めた。
 横合いからの放たれた別の騎士の刺突である。
 すぐさま伸びた手刀が騎士の首を刎ねた。
 返り血を浴びながら、佐久間はぎらぎらとした目を動かす。

「怪物を殺すのが騎士の役目だろう? やってみろよ」

 佐久間は首無し死体の足首を引っ掴むと、それをいきなり振り回した。
 総重量百キロ近い肉の鈍器が軌道上に立つ騎士を粉砕する。
 猛速の殴打に対応できる者はいない。
 ある者は脳漿を散らし、ある者は上半身が千切れ飛び、またある者は金属片の混ざったミンチと化した。
 些細な防御など意味を為さず、滅茶苦茶な怪力で殺される。
 どれだけ万全な態勢で迎え撃とうが無駄なのだ。
 頭上で死体を高速回転させながら、佐久間は執拗に駆け回って騎士を叩き潰しまくる。

 そんな中、一人の女騎士が長銃をマリーシェに向けていた。
 佐久間には勝てないと悟り、弱そうな方を選んだのか。
 どさくさに紛れて攻撃するつもりのようだ。

 対するマリーシェは、涼しい表情で女騎士を見返す。
 狙われているのを理解しているはずなのに、彼女は一切動こうとしなかった。
 マネキンのようにその場で静観している。
 女騎士は今にも発砲しそうだ。
 緊張でぶれる照準は次第に安定し、引き金にかかった指に力が込められていた。
 ギリギリでそれを察知した佐久間が舌打ちをして叫ぶ。

「マリーシェ、撃てッ! そいつを撃ち殺せッ」

「承知しました」

 言い終えると同時に鳴り響く銃声。
 拳銃から放たれた弾丸が女騎士の片目を貫いた。
 ぴしゃりと鮮血が跳ねる。
 女騎士はくるりと半回転した後、うつ伏せに倒れて息絶えた。
 落下の衝撃で長銃が暴発し、出店の屋根に穴を開ける。

 そこからはひたすら佐久間の独壇場だった。
 フルスイングで叩き付けられる死体凶器が他の騎士を道連れにしていく。
 今回の騎士たちは反撃すら許されない。
 数が少なかったのもあるが、佐久間の圧倒的な勢いに怯み切っていたのだ。
 腰の引けた状態では武器もまともに振るえず、銃の装填も間に合わない。
 我先にと逃げ出す者は、背後から追いつかれて殺された。
 こうして撤退の道すらも断たれた騎士隊は、為す術もなく壊滅したのである。

 門前の石畳は赤黒い色に染まり、鼻の曲がりそうな悪臭が充満していた。
 散乱するのは無数の死体。
 原型が分かる者などはまだマシな部類で、元が何人だったのか判別の付かない肉塊も転がっている。
 見物人が次々に嘔吐するのも仕方のない話だろう。
 それほどまでに酷い有様であった。

 殺戮の元凶である佐久間は、血の海の只中で肉の棍棒を捨てる。
 館で調達した衣服は早くも赤く汚れていた。
 それでも彼は飄々と微笑を湛える。
 心が満たされたのか。
 手に付着した血をシャツで拭いつつ、佐久間はマリーシェに話しかける。

「なぜ、あの時にさっさと撃ち殺さなかったんだ」

 途中で女騎士が長銃を使おうとした場面について言及していた。
 やはりというべきか、マリーシェは顔色一つ変えない。

「悪い顔の人間が近付いた時か、旦那様が撃てとおっしゃられた時しか発砲を命令されていません。あの時、相手は近付いてこなかったのです」

「それなら、今後はお前を殺そうとした奴も殺せ。遠距離攻撃だろうが関係ない。攻撃されそうになった時点で対処するんだ」

「承知しました」

 まだ短い付き合いながらも、佐久間はマリーシェの扱い方を学んでいた。
 判断能力が著しく乏しい彼女だが、教えたことは忠実に実行できる。
 拳銃による射撃も驚愕に値する技量を披露してみせた。
 きちんと学習させていけば、後々とんでもない逸材に化ける可能性は十二分にある。
 これは想像以上に良い拾い物だったかもしれない、と佐久間は内心で笑った。

「さて、あとはお前だけだ……」

 マリーシェとのやり取りを終えた佐久間は、くるりと振り返って言う。
 騎士隊の死体から少し離れて立つローブ姿の男。
 戦闘が始まってからも、唯一彼だけが何もしなかったのだ。
 その瞳は今、葛藤と狼狽に揺れている。
 佐久間はべちゃべちゃと足音を立てて歩み寄った。

「久しぶり、でもないか。直接話すのは召喚された日以来だな」

「勇者殿……」

 呻くようにして発せられた言葉。
 そこにいたのは、宮廷魔術師兼宰相のグレゴリアスだった。
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