望まれない帰還

文字数 1,592文字

 佐久間とマリーシェは王都への帰路に着いていた。
 舗装された街道を黙々と歩く。
 到着まであと数時間といったところか。
 日没にはギリギリ間に合いそうな距離である。

 佐久間は少しだけ清潔な装いだった。
 途中で見つけた川で血の汚れを洗い落としたのだ。
 シャツとズボンに染み付いたものは完全には取り切れていないものの、それでもかなりマシな状態まで改善されている。
 翼竜戦直後など、出血と返り血で全身が余すことなくどろどろになっていたのだから。

 マリーシェは破れたメイド服の上からフード付きのマントを羽織っていた。
 廃塔跡の瓦礫から見つけた冒険者の遺品である。
 かなり上等な代物なのか損傷もなく、まだまだ使えそうだった。
 さらに彼女は頑丈そうな作りのバックパックを背負っている。
 マントと同様に遺品として掘り出したものである。
 持参のリュックサックは翼竜の爪で破かれてしまったので拝借したのだ。

 このバックパックは魔道具の一種で、内部に空間魔術による細工が施されていた。
 見た目以上の大容量を誇り、翼竜の死骸もここに収められている。
 ちなみに銃器類は瓦礫に潰されて故障したので、現在のマリーシェは遺品のナイフを一本だけ持たされていた。
 いざという時はこれを構えて突進するように命令されている。
 佐久間はマリーシェのホムンクルスとしての身体的特質を存分に活かしていく所存であった。

 帰還中、二人の道を阻む者はいない。
 佐久間に付いた翼竜の血の臭いが、自然と魔物を追い払っていたからだ。
 ついでにすれ違う行商団や冒険者も二人から目を逸らし、可能な限りの距離を置いていた。
 試しに佐久間が声をかけようものなら、悲鳴を上げて逃げ出す始末。
 これでは会話どころではない。
 さすがの佐久間も、疲れた様子で溜め息を吐いた。



 そうして特にこれといった出来事もなく移動すること数時間。
 夕闇に背を追われながら、佐久間とマリーシェは王都に到着した。
 青い顔で震える門兵の横を通り過ぎ、二人は真っ先に冒険者ギルドを目指す。
 依頼達成の報酬を受け取りに行くためだ。
 ついでに翼竜の死骸も売り払うつもりであった。

 二人が通りを歩いていると、そこかしこでざわめきが起こる。
 大抵が驚きや畏怖を込めた声だ。
 負債勇者が翼竜討伐に出たという話は、噂となって人々の間で広まっていたらしい。
 今や王都では、佐久間の動向を気にしない者の方が珍しい状況である。

 一般に竜種は自然災害と同じような認識だった。
 その強大な力には逆らえず、ひとたび襲撃されれば消えない爪痕を残すからだ。
 王都の人々からすれば、負債勇者と翼竜の対決は災厄のぶつかり合いに近い。
 今後の最たる脅威が決定すると言っても過言ではなく、決して無視できない案件である。

 そして、結果として佐久間が生きて帰ってきた。
 まだ確定ではないものの、人々は翼竜の死を悟っている。
 長年の悩みの種が排除されたと喜ぶ者がいれば、翼竜をも倒す負債勇者の力に戦々恐々とする者もいた。
 どちらかと言えば、後者の方が多いだろう。
 確かなのは、彼の生還そのものを歓迎している者は、誰一人としていないということだ。

 民衆が複雑な心境になる中、佐久間は気にせず冒険者ギルドに入った。
 日暮れ時にも関わらず、テーブルを占拠した客がジョッキを片手に大盛り上がりしている。
 無論、佐久間の存在に気付いた時点で静まり返ってしまったが。
 佐久間は冒険者たちの露骨な態度に辟易しながら受付カウンターに進む。
 ところが、彼の歩みは目の前に現れた大きな影に遮られた。
 眉を顰めた佐久間は、ゆっくりと顔を上げる。

「何か用か」

 彼の前に仁王立ちするのは、大剣を背負った人相の悪い大男だった。
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