偶像への祈り

文字数 1,730文字

 カシアとの交渉を終えた佐久間は、さっさと冒険者ギルドを後にした。
 別れ際に翼竜討伐の報酬の一部も受け取っている。
 それなりの額の負債を返せたが、全体の割合からすれば一パーセントも満たないだろう。
 まだまだ完済への道は遠い。

 結局、佐久間はカシアからのスカウトを承諾した。
 今後は冒険者ギルドの特殊執行職員を名乗ることができる。
 ただし書類上の契約はなく、半ば非正規のような扱いなので公的身分は皆無に等しい。
 もっとも、そんなものを気にしない佐久間には無関係な話ではあるが。

 現在の佐久間はマリーシェを連れて通りを歩いていた。
 相変わらず奇異の視線を向けられるが、もはや慣れた光景である。
 民衆たちも負債勇者が無為な暴力を振るう存在ではないと察し始めたのか、距離を置くだけで過度に怯えない者も出始めていた。
 事実、佐久間は一般人を殺したことがない。
 命を奪ったと言えば、自らの邪魔した騎士や明確に敵対してきた犯罪者、害意ある猛獣や魔物くらいだ。
 彼とて復讐心には駆られても、さすがに罪の無い人間を殺し回るほど壊れていない。

 そういった背景もあり、負債勇者をただの災厄として捉えない考え方も広まりつつあった。
 最たる例がビジネスパートナーとして接触を試みたカシアだ。
 他にも性根の腐った富豪を打ち倒す救世主になるのでは、と期待する声も出ている。
 端的に言い表すとダークヒーローだろうか。
 貨幣に囚われた世界も決して一枚岩ではないようだ。

 人々の些細な心境の変化にも気付かず、佐久間はリストを片手に進む。
 さっそく特殊執行職員の業務をこなすつもりであった。
 ギルドからの報酬や徴収できる資産額を考慮すると、なかなかに魅力的な仕事なのだ。
 翼竜の時のように遠征する必要もないので効率的に回ることもできる。

 佐久間はふと通りに並んだ建物の一つに注目した。
 白い壁に黒い屋根で、天辺には黄金の十字架が突き立っている。
 左右対称のシルエットは周囲と比較しても明らかに高さが違った。
 ビルなら四階か五階くらいにはなりそうだ。
 出入り口は開放され、わらわらと人が列を為している。
 佐久間は足を止めて呟いた。

「教会か」

 外観は西洋のそれと酷似しており、佐久間が中を覗いてみると、確かに神父やシスターらしき人物が見える。
 これだけの人が集まるのは、何か催しでもあるからなのだろうか。
 気になった佐久間は列の一人に尋ねた。

「どうしてここに並んでいるんだ」

 問いかけられた冒険者らしき男は、オドオドと挙動不審な調子で答える。

「えっ、お前は!? ……いや、そのなんだ……すまない」

「謝罪は要らない。質問に答えろ」

「ス、スキルの取得のためだ! ちょうど金が溜まったから、便利な能力が欲しかったんだよ! これでいいか!?」

 佐久間が掴みかかる寸前、冒険者の男は半ばパニックになって叫んだ。
 その内容に佐久間は苛立ちを抑えて動きを止める。
 聞き捨てならない回答だった。
 このまま特殊執行職員の仕事をするつもりだったがそれどころではない。
 看過できない話である。
 佐久間は冒険者の男に詳しい説明を求めた。

 曰く、神の偶像に金銭を捧げて祈ると、ステータスに似た半透明のウィンドウが出現するらしい。
 そこには大量のスキルが記載されており、捧げた金額に応じた分だけ能力を選んで獲得できるというのだ。
 一見便利にも感じるが、スキルはどれも高額である。
 裕福な貴族ですらおいそれと手が出せないほどの能力も多い。
 だからこそ大抵の冒険者は地道に貯金をし、貴族はさらに財力を高めようとする。
 そうして厳選の末に好きなスキルを取得するのだ。

 話を聞き終えた佐久間は、これみよがしに肩を竦める。
 どこまでも金を求める世界の仕組みにうんざりしていた。
 まるで負債勇者への当て付けのようにも感じる。
 佐久間は冒険者の男から視線を外し、背後のマリーシェに声をかけた。

「行くぞ。少し覗いていこう」

「承知しました」

 負債勇者とメイドは、驚く人々の列を無視して教会に踏み入る。
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