崩玉の瞬間

文字数 3,568文字

 佐久間の動きは早かった。
 骨刀を掲げると、そのまま国王に跳びかかる。

 それに合わせて虚空から幾本もの鎖が伸び、佐久間の身体に絡み付いた。
 さらに床から射出された半透明の杭が腹部を串刺しにする。

 国王の防護魔術の仕業であった。

 佐久間は血反吐を散らしながら床を転がり、忌々しげに鎖を千切り、杭を引き抜く。
 琥珀色の双眸は、致命傷を負って輝きが褪せるどころか、さらなる狂気を覗かせていた。

 歯を噛み砕きながら、佐久間はゆらりと立ち上がる。
 まるで終わり無き悪夢のように。

「殺す。腹を裂いて殺す。手足を斬り落として殺す。心臓を貫いて殺す。首を薙いで殺す」

 呪詛を垂れ流す佐久間は、一歩ずつ踏み締めるように進む。
 その間にも新たな魔術が彼を襲った。

 魔力の矢が背に突き刺さる。

 白い炎が骨の芯まで燃やす。

 巨大な盾が頭部を叩き潰す。

 鎖が首を絞め付けて吊るす。

 重力波が体内を掻き混ぜる。

 ありとあらゆる現象が負債勇者を破壊した。
 しかし、彼は決して止まらない。
 驚異的な再生能力を以て攻撃を耐え、時には骨刀で斬り抜けた。

 国王は未だ玉座に座っていた。

 自らの立場の揺らぎを疑っていないのか。
 あまりの恐怖で動けなくなったか。
 或いは単なる意地なのか。

 固い表情からは本心を窺い知れない。

「贖罪だ。すぐに殺してやる」

 佐久間が骨刀を一閃させた。

 幾重ものガラスを叩き割ったかのような音が響き、国王の前に張られた魔術が取り払われる。
 次の瞬間、黒雷が佐久間を焦がそうとするも、骨刀の斬撃がそれを防いだ。
 ある程度の直感と、超常的な動体視力による絶技である。

 四散した雷光の中を、佐久間は影のように進んだ。
 もはや玉座は目の前まで迫っていた。

「この化け物めが」

「遺言はそれでいいか?」

 国王の罵倒を嘲りながら、佐久間はさらに何度か骨刀を振り回した。
 そのたびに発動中だった魔術が破壊されていく。

 新たな術も追加で展開されていたが、明らかに間に合っていない。
 さすがの国王でも、ここまで圧倒的な攻撃力の前では劣勢を強いられざるを得なかった。

 ついに佐久間の腕が、国王の首を捉える。
 国王は玉座から引きずり降ろされ、血塗れの地面に頬をなすり付けることとなった。

 骨刀を逆手に持ち替え、佐久間は言う。

「陳腐な魔術はもう終わりか。じゃあ死ね」

 押さえ付けられた国王はしかし、不敵な笑みを見せた。

「青二才が。自惚れも大概にせよ」

 言い終えた国王の背中から、突如として黒い手の大群が出現した。
 それらは際限なく湧き上がって佐久間に絡み付く。

「チィッ、悪足掻きをしやがって……!」

 舌打ちをした佐久間は拘束を剥がそうとして、意図せず膝を突いた。
 震える手が骨刀を取り落とす。
 足腰に力を込めようとしても、立ち上がるどころか倒れる始末だった。

「な、んだ……?」

 佐久間は自らに起こった現象に混乱する。
 身体が全く言うことを聞かない。
 先ほどまで漲っていた力がどんどん抜けていく感覚だった。

 動けなくなった佐久間に黒い手が群がって巻き付く。

 その光景を横目に、国王は鼻を鳴らして立ち上がった。

「混沌の手は生命の活力を吸収して成長する。貴様のようなしぶとい者ほど効果は大きい。切り札は最後まで取っておくものだ」

 語る国王は衣服を正し、蔑みの視線を佐久間に向ける。

 佐久間は血が滲むほど唇を噛み締め、射殺さんばかりに睨み返した。
 されど何かできるわけではない。
 肉体の自由は失われ、ただ黒い手によってエネルギーを奪われるばかりであった。

 そのまま意識が途切れる寸前、不意に身体が軽くなった。

 佐久間は首を動かして状況を確かめる。
 絡み付いていた黒の手の一部が床に転がっていた。

 何らかの攻撃で離れたらしい。
 佐久間はなんとか立ち上がり、霞む視界で辺りを見回す。

 国王が顔に脂汗を浮かばせて蹲っていた。
 脇腹には深々と弓矢が刺さっている。

 そして、謁見の間の入口に数人の影がいた。

「よう、大将。その様子じゃギリギリだったみたいだな」

 飄々とした軽い口調。
 カシフだった。

 カシフは弓を下ろして軽く手を上げる。
 どうやら黒い手を弾き、国王に不意打ちを加えたのは彼のようだ。

 普段なら国王の防護魔術が働いて通らない攻撃も、直前までの佐久間の猛攻で隙が出来ていたらしい。
 カシフの隣にはマリーシェ、その背後には宰相グレゴリアスがいた。

 なぜここにいる、とは佐久間も尋ねない。

 そんなものは決まっている。
 彼らは佐久間の身を案じて駆け付けたのだ。

「はーい、私もいるわよー」

 佐久間の後ろで声がした。
 直後、頭の上から何か液体をかけられる。

 するとわずかに残っていた黒い手が完全に薄れて消滅した。
 肉体は急速に活力を取り戻し、意識がはっきりとする。

 佐久間が振り返るそこには、空の小瓶を持ったユアリアがいた。
 彼女は小瓶を振りながら悠然と語る。

「こんなこともあろうかと、商会で魔除けのポーションを貰ってきてたのよ。役に立ってよかったわぁ」

「お前ら……余計な真似を……」

「あら、素直にお礼が言えないのかしら」

「うるせぇ」

 佐久間は苦笑気味に口内の血を吐き捨てる。

 そんな状況の中、苦しむ国王がゆらりと片腕を掲げた。
 指を這うようにして魔力が収束し、瞬くような火花を発し始める。

 その手が、唐突に爆散して、血肉を噴き上がらせた。

「――――っ!?」

 国王は声にならない悲鳴を上げて悶絶する。

 魔術を起動しようとした手は、手首から先がボロボロに潰れていた。
 指の大半が欠けて骨も露出している。
 もはやまともに動かすことは叶わないだろう。

「旦那様、助けに来ました」

 両手の銃を構えたまま、マリーシェは言う。
 彼女が国王の攻撃を察知し、いち早く撃ち抜いたのであった。

 射線上にいた佐久間にも見事に被弾しているが、その働きは多少のミスを補って余りある。
 鉄仮面のマリーシェも、心なしか誇らしそうな顔だった。

 マリーシェに労いの言葉を投げたのち、佐久間は大きく息を吐く。
 冷めた視線は片手を押さえて倒れる国王に向いていた。

「――さて。形勢逆転だ」

「貴様……儂にこのような」

「おっと。お喋りはおしまいだ。死体は黙るのが仕事だろう?」

 佐久間は、何か言おうとした国王の顔面を踏み付け、その無防備な首筋に骨刀を突き立てた。
 ずぶりと肉に沈む刀の切っ先。
 迸る鮮血が佐久間の頬を濡らす。

「はっ、ははっ。あっけない。これが一国の王の死に様か? 本当、哀れだな。ははっ」

 佐久間は皮肉った笑いと共に骨刀を左右に動かし、国王の首を抉り続けた。

 がたがたと国王の手足が痙攣する。
 抵抗というより、単なる反射行動だろう。

 出血量は段々と減り、やがて僅かに血が滲むだけとなる。

 その頃には、国王の首はほとんど切断された状態だった。
 転がった頭部を、負債勇者はひたすら踏み潰す。

 いつまでも。いつまでも。











 その後、負債勇者は国の新たな王になることを宣言した。

 民衆は等しく戦慄したが、大人しく従う他なかった。
 この世界において、財力とはすなわち暴力である。

 前国王を殺害するに至った負債勇者の力を悟り、彼らは抵抗の気力を削がれたのだった。

 無論、反発勢力は少なからずあった。
 元より国の重鎮として君臨してきた貴族たちだ。

 いきなり王を殺した人間を、新たな王と認めるなどできるはずもない。

 負債勇者は、それらの意見を殺戮を以て黙らせた。
 反対意見が出なくなるまで殺し尽くしたのだ。

 運よく粛清を逃れた貴族は途端に態度を一変させ、新たな国王を歓迎した。
 そういった柔軟さが今後も必要になってくるだろう。

 グレゴリアスは再び宰相の任に就いた。
 負債勇者による指名である。

 政治的な知識のない新たな王の代わりに、国の運営全般の舵取りをするのが役目だった。

 しばらくはどこもかしくも混乱が生じるだろうが、宰相はそれらを抑え付けねばならない。
 以前よりも忙しくなったものの、彼の目には強い決意の光が宿っていたという。

 こうして災厄を招いた国は、血みどろの報復を受けた。

 しかし、此度の王国の犠牲は、ほんの序章に過ぎず。

 負債勇者は、さらなる歩みを始めた。
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