立ちはだかる騎士

文字数 3,965文字

 宰相処刑の報せが為された三日後。
 日が昇ったばかりの大通りを闊歩する数人の男女がいた。

 中央を往くのは負債勇者、佐久間である。
 前を見据える双眸は醒めていた。
 葛藤を経た精神は、迷いを捨て去ることに成功したらしい。

 腰に吊るした鞘付きの刀は、商会によるオーダーメイドだった。
 此度の行動に合わせて急ピッチで造らせたものである。
 それとは別に、両手には二本の手斧が握られていた。

 佐久間の数歩後ろを歩くのはマリーシェだ。
 彼女はいつも通り何を考えているのか分からない顔で、拳銃を片手にメイド服を身に纏っている。
 背中のバックパックには大量の銃火器が詰め込まれていた。
 必要になれば、それらを躊躇なく使うに違いない。

 マリーシェの肩に馴れ馴れしく手を回すのはユアリアである。
 彼女は楽しそうに喋りながら、閑散とした大通りを見て笑みを深めた。

 本来なら人でごった返しているはずの並びは、等しく無人状態となっている。
 前日のうちに商会で近隣の住人に圧力をかけたのだ。

 余計な観客の存在によって、どこかの誰かが大殺戮を起こす恐れがある。
 ユアリアの配慮は至極真っ当で賢明なものだろう。

 三人のさらに後ろに従うのは、弓の傭兵・カシフである。
 彼は気楽なもので、ポケットに手を突っ込んで口笛を吹いていた。
 緊張感などあったものではない。

 無論、リラックスした様子ながらも、目だけは油断なく辺りを警戒しているが。
 一見すると自然体なカシフは、この場の誰よりも鋭い索敵能力を備えていた。

 佐久間たちの計画は単純である。
 王城を襲撃したのち、宰相グレゴリアスの救出と国王の殺害。
 それらを粛々とこなすだけだ。

 もちろん簡単な話ではない。
 城は騎士団によって守護されている上、国王自身も強力な能力を有している。
 目的を達成するのは困難を極めることだろう。

 しかし、佐久間たちはこれらを残らず捻じ伏せるつもりだった。
 それを可能にするだけの力を持っているのだから。
 この世界は金と暴力が直結している。



 四人は特に言葉を交わすことなく進み、やがて王城の前まで到着した。
 近辺は不自然なまでに静かで、人の気配に乏しい。

 いや、建物の窓の隙間から、無数の目が息を殺して覗いている。
 あちこちから注ぐ視線は佐久間一行に向けられていた。
 これから起きるであろう惨劇に誰もが興味を示しているのだ。

 それは畏怖か期待か、それともまた別の感情か。
 真意は不明だが、彼らは無関係な傍観者に徹するつもりらしい。

「まるで見世物だな。手始めに殺してやろうか」

「旦那様、私が実行いたしますがどうしましょう」

「ちょっと二人ともー、そんな冗談はいいから……目の前の問題に取りかからない?」

 諭すユアリアは前方を指差す。

 王城の正門の前に、一人の全身鎧の騎士が仁王立ちしていた。
 二メートルを軽く越える身長に屈強な体格。
 背中には巨大な大剣を担いでいる。

 その佇まいからは、常人とは明らかに異なる覇気を漂わせていた。
 近付くことすら憚られる、とでも言おうか。
 騎士は微動だにせずに佐久間一行を眺めている。

 佐久間は目を細めてぼやく。

「自意識過剰な奴だ。自分一人で守り切れると思い込んでいるらしい」

「あのデカブツは不破のライドウさ。王国騎士団の団長で、元は凄腕の賞金稼ぎだった。どこぞの負債勇者様が召喚された時期は、任務で他国に遠征中だったらしい。大方、王都の事情を聞き付けて戻ってきたんだろうさ。ちなみに王国の剣と称されるような男で、あいつの剣術は恐ろしく強い。注意した方がいい」

「なるほど。力あっての自信か。面白い、叩き潰してやる」

 カシフの解説を聞いた佐久間は、獰猛な笑みを浮かべて歩き始めた。

 その際、ちらりと背後に視線をやって他の三人を止める。
 余計な手を出すなということらしい。
 手斧を掴む指に自然と力がこもる。

 独り前に出た佐久間は、騎士ライドウと二十メートルほどの距離を開けて足を止めた。
 ライドウは動かない。
 甲冑のスリットの奥に覗く双眸は、如何なる感情も映さずに佐久間を見ている。

 佐久間は臆さずに問いかけた。

「どけ。さもなければ殺す」

「……問答無用で襲いかかってくるかと思った、が。お主が負債勇者か」

 ライドウは僅かに首を傾げて返す。
 落ち着いた、低い声音だった。

「あぁ、そうだ。俺が負債勇者――災厄呼ばわりされている悲しい被害者さ。それで、そこを退く気はないのか? こっちはお前とお喋りしている暇はないんだ」

 佐久間が手斧をちらつかせると、ライドウは鷹揚に頷く。

「うむ。こちらにも使命がある。国王より、お主を始末しろとのことだ」

「交渉決裂か。まあ、予想はしていたが」

「それも運命だ。互いに受け入れるしかあるまい」

 粛々と語ったのち、ライドウは背中の大剣をするりと引き抜いた。
 複雑奇異な文字が隙間なく刻印された刃が露わとなる。
 時折、迸る紫電がパリパリと音を鳴らした。

 一方で佐久間は両手の手斧をだらりとさげる。
 じっとライドウを凝視したまま、止めた足を再び動かし始めた。
 決して速くないスピードで正門へと接近していく。

 その場で待機するライドウに、散歩のような動作で歩み寄る佐久間。
 両者共に気負いはなく、むしろ穏やかな雰囲気すらあった。
 ともすればすれ違うのではないか、と錯覚してしまうほどに。

 刹那、甲高い複数の金属音が響く。

 それは大剣の横薙ぎが手斧を弾いた音であり、もう一本の手斧がライドウの鎧に食い込んだ音でもあった。
 前者の衝撃で佐久間の腕が圧し折れ、後者のダメージでライドウの肩から血が滲む。

「ククッ、やるねぇ」

 佐久間は折れた腕を高々と掲げ、鞭のようにしならせながら振り下ろした。

 ライドウは大剣で防ぐものの、たたらを踏んで背を正門にぶつける。
 震えて脱力しそうになる片腕。
 肩に刺さったままの手斧が、ピリピリと妙な痛みと痒みを訴えだした。
 その原因に思い至り、ライドウは呻く。

「うぐ、これは、毒か……」

「大当たり。竜の肉を腐らせて造った特製品さ」

 ニヤニヤと笑いながら、佐久間は掌底で手斧を傷に押し込んだ。
 毒塗りの刃がライドウの肉体をさらに抉る。

「目的のためなら手段は選ばぬ、か。ならば――」

 ライドウはなんとか体勢を立て直すと、目にも留まらぬ速さで大剣を往復させた。
 毒が全身に回り切る前に勝負を決めようと考えたのだろう。

 結果、佐久間の折れた片腕と左足が斬り飛ばされ、無防備だった腹部がざっくりと裂ける。
 至近距離とはいえ、圧倒的な剣技故に為せるものだった。
 バランスを崩した佐久間は地面に倒れて吐血する。

 間髪容れずにライドウは大剣を振り下ろした。

「さらば。安らかに逝け」

「残念ながら不死身なんだ」

 迫る致死の一撃に対し、佐久間はただ全力の拳で殴りかかった。
 大質量の金属と拳の衝突。
 凄まじい軋みを上げながら割れたのは、大剣だった。

「ば、馬鹿なっ」

 ライドウは目を見開いて驚愕する。
 全身鎧の巨躯が正門をぶち破って吹き飛んだ。
 石畳の床を削りながら数メートルの距離を進んでいく。

 錐揉みするライドウをよそに、佐久間はむくりと起き上がった。

「もうそろそろ毒で動けなくなる頃だろう。きちんと即効性で造ってもらったからな。さすがに国王クラスにもなれば毒の対策くらいは張ってるだろうが、まあ前哨戦で活躍したから良しとするか」

 語る佐久間は残る片手の開閉を繰り返す。
 大剣を殴った際に半分以上の指を失ってしまったが、既に新たな指が生え始めていた。

 斬り飛ばされた腕と足、それに腹部も徐々に治りつつある。
 相変わらず優れた再生能力だった。
 佐久間は片足でひょこひょこと器用に跳ねながらライドウに接近する。

「安心しろ、国王もすぐにそっちへ送ってやる。全員仲良く皆殺しだ」

「それはそれは……恐ろしい、な。何が何でも止めねばならぬが、生憎と身体が動かぬ……」

 兜に隠れたライドウの表情は窺えない。
 しかし、言葉とは裏腹に後悔は薄いように思えた。

 不思議がる佐久間に、ライドウは途切れ途切れに話す。

「私は、勇者召喚には反対だったのだ。国王にも主張した。あれは、不和の種となる……そして予感は的中した」

 向けられる視線を受けて、佐久間は肩を竦めた。

「事情は宰相から聞いた。お主には本当に申し訳なく思う。異界へと勝手に呼び出した挙句、災厄として始末しようとしたのだ。これほどの理不尽はそうそうない……」

「――そんな憐みから手加減をしたのか。お前の太刀筋には変なブレがあった。素人にも分かる違和感だ」

 佐久間の指摘には答えず、ライドウは目を瞑った。

「地下牢に、宰相は収容されている、が……警備は話を通した部下に任せてある……お主が現れても攻撃しない、だろう」

「お前……」

「私は、私の正義を信じる。忠誠は揺るがぬが……それとは別だ。お主、も……己の信念に従って、生き…………よ……」

 その言葉を最期に、不破の騎士ライドウは力尽きた。
 劇毒で悶絶してもおかしくなかったというのに、存外に穏やかな姿だった。

 亡骸を前に佐久間は言葉を零す。

「……もう少し早く、会いたかったものだ」

 正門を抜けてきた仲間を横目に、負債勇者は深い深いため息を吐いた。
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