異常者達の潜入

文字数 4,128文字

 王都にて広大な敷地を持つクレイン商会。
 表向きは各種魔道具の売買を営み、裏では負債を課せられない程度に黒い仕事を請け負う組織だ。
 商会の本部はスラム街に隣接しているにも関わらず、周辺一帯の治安は良い。
 調子の乗った悪党が出現すると、いつの間にか失踪してしまうからだ。

 王国騎士団も商会には手を出せずにいる。
 潤沢な財力と戦力を併せ持つ商会は、正規の組織と拮抗しかねない勢力なのだ。
 たとえ処罰できたとしても得られるものなどない。
 故に近年では双方が結託しているという噂まであった。

 誰も逆らえない犯罪組織の筆頭。
 それがクレイン商会である。


 ――しかし、今宵は彼らに噛み付こうとする影が潜んでいた。


 商会の敷地からほど近い建物の陰。
 厳重な警備の為された正門を眺めながら、負債勇者・佐久間は呟く。

「ふむ、美味そうな獲物だ。わざわざ首を突っ込んだ甲斐はありそうだな」

 暗がりの中でも淡褐色の目が鈍い光を見せていた。
 口元は獰猛な笑みを形作る。
 佐久間の手は金属製のガントレットで覆われていた。
 指先にはナイフが爪のように装着されている。
 さらに右手は無骨な斧を握っていた。
 それらがどのような結果をもたらすかなど言うまでもあるまい。

「やっぱり災厄の名は伊達じゃないのよねぇ……お姉さん怖いわー」

 佐久間の横では、ユアリアが自分の肩を抱いてわざとらしく震えていた。
 彼女の顔に怯えはなく、むしろ嬉々とした様子だ。
 これから殺戮を行うとは思えない余裕を感じさせる。
 人間的な悪意で言えば佐久間よりも色濃いものがあった。

「旦那様。装備の確認が終了しました。いつでも攻撃可能です」

 二人の後ろには拳銃を構えたマリーシェが控える。
 彼女が背負うバックパックには、大量の衣服と食料と予備の武器が収まっていた。
 空間魔術により大容量を誇る優れモノである。
 マリーシェは直立不動で命令待ちの状態に入り、安定の鉄仮面ぶりを発揮していた。
 一番冷静なのはおそらく彼女だろう。

 今回の目的はクレイン商会の壊滅である。
 ユアリアが安心して王都を歩けるような状況が理想的だ。
 具体的には商会の幹部連中を殺し尽くして組織の瓦解させることになる。
 活動もままならない損害を与えれば勝手に潰れるだろう、というのが佐久間の考えであった。
 そのためならば、彼はどんな手段も辞さない。

 商会の敷地は高い鉄柵で囲まれていた。
 あちこちを人影が巡回している。
 警備を任された者たちだろう。
 気付かれずに潜入するのは困難極まりない。
 さりげなく抜け道を探しつつ、ユアリアは佐久間に尋ねる。

「それで、この警備をどうやってやり過ごすつもりなのかしら」

 佐久間は犬歯を覗かせながら答えた。

「正面突破だ。マリーシェも付いて来い。邪魔な人間は残らず撃ち殺せ」

「承知しました」

 短いやり取りの直後、佐久間とマリーシェは建物の陰を飛び出した。
 二人は全力疾走で商会の敷地に迫る。
 隠れる気など欠片もない行動であった。

「……あらら。随分と大胆だこと」

 ユアリアは呆れ顔で苦笑する。
 こうなることも薄々気付いていたのかもしれない。
 彼女は二人の殺人鬼に追従せず、闇から闇へと動きながら敷地へ接近していく。

 一方、佐久間とマリーシェはユアリアがいなくなろうがお構いなしだった。
 速度を緩めず正門に到達すると、警備の人間に猛然と襲いかかる。

「な、何だお前っ……」

「ただの勇者さ」

 動揺する男の顔面に斧が叩き込まれた。
 勢い余った刃は首の半ばまで埋まっている。
 佐久間は死体の刺さった斧を振り回し、近くの人間を蹴散らした。
 断末魔を伴う血煙が闇夜を染める。

 狼狽えながらも反撃を試みる残りの男たち。
 そんな彼らの額や胸に風穴が開いた。
 傷口から少量の血を噴き出しながら男たちは倒れて動かなくなる。
 怒涛の連射を披露したマリーシェは、手慣れた様子で弾丸の再装填を済ませた。

 二人が走り出してから正門の人間を皆殺しにするまでおよそ十五秒。
 強襲だったとはいえ驚異的なタイムだろう。
 商会の警備員も相応の実力者だったが、やはり人外と比べれば非力だった。
 死体の服で斧を拭いながら、佐久間は敷地内を覗き見る。

 正門の先には整備された庭が広がっていた。
 ぽつぽつと照明が設けられており、夜間でも不自由なく巡回できるような配慮がなされている。
 庭の奥には複数の倉庫と館がそびえ立っていた。
 視認できる範囲だけでもかなりの規模だ。
 そこらの貴族の館すら見劣りしそうである。
 きっとあの館のどこかに商会の幹部たちがいるのだろう。

「夜明けまでに終わればいいな」

「旦那様は早く帰りたいのですか」

「……さぁ、どうだろう」

 二人が会話する間にも正門の異変は広まっていた。
 庭や館から続々と人間が現れ、佐久間たちに殺到しつつある。
 あちこちで喧騒が噴出してかなりの騒ぎだ。

 周囲の異変を眺めていると、どこからともなく飛来した矢が佐久間の肩を貫く。
 魔術的な強化でも施されていたのか、地面に触れた鏃は土を螺旋状に削った。
 佐久間の肩にはぽっかりと穴が残される。
 彼は館の方面を眺めながら首を傾げた。

「この状況で狙撃してくるか。なかなかの腕前だな」

 照明があるとは言え、敷地内には闇が多い。
 視認できる範囲に矢を放った人間は認められず、飛んできたのは一発のみだ。
 意図的に佐久間を狙ったのだとすれば、相当な強者であることは言うまでもなかろう。
 王都でも最大規模を誇る組織だけあって所属する人材も粒揃いらしい。

 続けざまに二本目の矢が降ってくる。
 佐久間は斧で薙ぎ払ったが、衝撃で木製の柄が圧し折れた。
 おまけに威力を殺し切れなかった矢は彼の太腿に突き刺さっている。

「ふむ、棒立ちだと的になるか」

 佐久間は矢を引き抜きながら微笑する。
 抉れた二箇所の傷は既に塞がりかけていた。
 怪物の驚異的な生命力。

「館まで一気に走り抜けるぞ」

「承知しました」

 佐久間の指示を皮切りに、二人は移動を開始する。
 前方には行く手を阻む形で大勢の人間がいた。
 それぞれ武器を携えて佐久間たちを迎え撃とうとしている。
 仲間への誤射を恐れてか、三本目の矢は到来しなかった。
 代わりに無数の銃口が二人に向けられる。

 夜更けの空に轟音の連鎖が響き渡った。
 重なり合った発砲音の仕業である。
 商会の者たちによる一斉射撃は、一直線に走る佐久間とマリーシェに命中した。
 回避不可能な弾幕による圧倒的な密度の攻撃。
 まともな人間なら即死だろう。

 しかし、二人は生きていた。
 佐久間は装着した両腕のガントレットで頭部と胴体を守り、マリーシェは佐久間を盾に凌いだのである。
 全身各所に被弾して血塗れだが、動けなくなるほどではないらしい。
 佐久間とマリーシェは平然と突進を敢行した。

 二人の不死性は異常なまでに優れている。
 負債勇者の佐久間は致命傷を食らっても瞬時に再生してしまう。
 ホムンクルスのマリーシェは、体内の核を破壊されない限り死なない。

 商会の人間たちはどよめく。
 まさか一斉射撃を食らいながらも接近を止めないとは思わなかったのだ。
 察しの良い者は、眼前の侵入者の一人が負債勇者であると気付いた。
 そして戦慄する。
 自分たちは死に選ばれたのだ、と。

「もっと頑張れよ」

 削れた頭部から脳漿を零しつつ、佐久間はガントレットで殴り掛かる。
 唸りを上げた一撃が狼狽える男の顔面をぶち抜いた。
 さらに死体を持ち上げ、鈍器のように振り回して人間を吹き飛ばす。
 撒き散らされた血肉が地面を濡らした。
 誰かの手足や臓器や生首が宙を舞う。

 近距離での殺し合いは佐久間の独壇場だった。
 不死身の肉体に常軌を逸した怪力。
 手練れの人間が反撃しようが、彼の命は刈り取れない。
 次の瞬間には物言わぬ肉塊になるのがオチだ。
 満身創痍になろうとも佐久間の動きは鈍らない。

 攻撃に使われた死体が新たな死体を生み出す。
 佐久間の腕は刃物のような鋭さを以て人体を切り落とした。
 時には身体に刺さった武器を引き抜いて投擲する。
 闇の黒に血の赤がよく映えていた。
 もはや人間離れという表現すら生温い戦い方である。

 佐久間から少し手前ではマリーシェが拳銃のサポートに徹していた。
 近付こうとする人間を機械的な正確さで撃ち殺していく。
 ぼろぼろのメイド服を翻して戦う姿には凛々しさすら感じられた。

 たまに数の暴力に押され気味なるが、その際はすかさず飛んできた腕や足の骨が敵対者に刺さってペースを崩す。
 佐久間が意図的に蹴り飛ばしたものだった。
 彼なりに気遣ってはいるらしい。
 マリーシェは表情一つ変えずに拳銃を駆使する。

 二人は破竹の勢いで前進していった。
 商会の人間が築いた陣形を食い破り、深部へと容赦なく切り込む。
 知略を放棄した、完全なる力任せの歩みだ。
 人外の二人だからこそ成立可能な手法であった。

 商会の人間たちは必死になって佐久間たちに立ち塞がり追い縋るが、効果は芳しくないようだ。
 綺麗な夜の庭に屍の山だけが増えていく。

 佐久間とマリーシェが館の入口に到着する頃には、彼らの邪魔をする者はいなくなっていた。
 第一陣として派遣された人間は全滅したようだ。
 残りは屋内で仕掛けるつもりなのか。

「この広い建物から幹部連中を探すのか。案外面倒そうだな」

「旦那様。落ちている銃を貰ってもいいでしょうか」

「もちろんだ。存分に役立てればいいさ」

 疲れの滲む顔で全身に刺さった武器を引き抜く佐久間。
 どこか嬉しそうに死体から銃火器を盗むマリーシェ。
 二人はいつもの調子で雑談をしながら、館の正面扉を開く。
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