メイドの正体

文字数 2,721文字

 マリーシェの生首が、喋った。
 佐久間は眼前の事実に少なからず驚いた。
 もしやとは思って声をかけたものの、本当に返答するとは。

「旦那様。この度は指示に従うことができず、申し訳ありませんでした」

 生首のマリーシェはさらに謝罪を重ねる。
 翼竜戦で何もできずに倒されたことを反省しているのだろう。
 身体がないというのに態度にこれといった変化がない。
 どことなくずれた雰囲気は、紛れもなくマリーシェのそれである。
 佐久間は頭を掻きながら溜め息を漏らした。

「はぁ……事情は後で聞こう。それで、お前の身体はどうやって直せるんだ」

「断面同士を接触させた状態で魔力を貰えれば元通りになります。ここにあるものでしたら、そこの死骸などが適切です」

 マリーシェの視線の先には、食べかけの翼竜の死骸があった。
 肉体の修復にはそれが必要らしい。
 とにかく、このままでは会話すらままならない。
 佐久間は募る疑問を押し留め、マリーシェの回復に努めることにした。





 そして、十分後。
 佐久間の前には全快したマリーシェがいた。
 メイド服は破れたままだが、彼女の肌には傷一つ残っていない。
 翼竜の血液を一リットルほど飲んだ結果、切断された手足や首がぴったりと繋がり、細かなダメージも綺麗さっぱり消え去った。
 いや、以前よりも肌艶が良くなったように見える。
 佐久間という例外を考慮しても、恐るべき再生速度だろう。

 二人は向かい合うようにして瓦礫に座る。
 大儀そうに足を組み、佐久間は話を切り出した。 

「それで、お前は何者なんだ」

 首を傾げたマリーシェは即答する。

「私は旦那様の下で働かせていただいている使用人です。名前はマリーシェです」

「違う、そうじゃない。種族的なことを聞いている。どう考えてもお前は普通の人間ではないだろう」

 常人は首を切り落とされた時点で死ぬ。
 不死身に近い体質となった佐久間ですら、首だけで生きられる自信はあまりなかった。
 それは当然のことだ。
 たとえ世界が変わっても揺るがない常識である。

 ところが、マリーシェは生首状態で平然と生存していた。
 加えていつもの調子で喋ることもできる。
 発声器官を持っていないというのに。

 否、彼女は発声器官どころか、あらゆる器官を備えていなかった。
 体内は空っぽで、あるものと言えば複雑奇異な紋様のみ。
 骨も筋肉も内臓も血液も見当たらない。
 常人に当てはめると何もかもが不足している。
 まるで、上っ面だけを取り繕った人形のようだ。

 核心を突いた佐久間の質問に、マリーシェはようやく質問の意図を察したらしい。
 合点した様子で話し始める。

「私の種族はホムンクルスです。このカードにも書いてあります」

 そう言ってマリーシェは冒険者カードを佐久間に見せる。
 プロフィールの中にある種族の欄には、確かにホムンクルスとの記載があった。
 ちなみに年齢は二歳となっている。

 ホムンクルスとは魔術で生み出された人工生命体の種族だ。
 広義では魔物に分類され、あまりの珍しさに一般的な認知度は低い。
 特殊な技法で造られた素体に無数の魔術刻印を埋め込み、自律思考を可能としているのだ。
 端的に表現するならば、人工知能を搭載したロボットのファンタジー版である。
 長距離の移動で息を切らさなかったのは、そもそもホムンクルスには疲労という概念がないためだった。

 細かな個体差は生じるものの、ホムンクルスの性能は得てして高い。
 体内の核を破壊されない限りは死なず、魔力の供給さえあれば肉体の損傷も容易に修復できる。
 今回のマリーシェが良い例だろう。
 翼竜の血液という潤沢な魔力源を摂取することで、速やかに治癒が完了した。

 それにしても、と佐久間は苦々しい表情をする。 
 大事そうに冒険者カードを首に吊るすマリーシェを横目に、彼は内心で密かに反省した。

(もっと早くに見ればよかったな……)

 佐久間はマリーシェの冒険者カードの情報を今初めて目にした。
 ここまでの道中、特に興味がなかったのでわざわざ確認しなかったのである。
 だから彼女の特殊な種族にも気付けなかったのだ。
 仮にマリーシェがホムンクルスだと事前に知っていれば、翼竜戦での立ち回りも変わっていたに違いない。
 尋ねればマリーシェは素直に答えたであろうことから、これは完全に佐久間のミスと言える。

「あの館では、前の旦那様とやらに雇われて働いていたのか?」

「いいえ。私はお姉様たちとは違って頭が悪いのでお父様に売られました。買い取ったのが前の旦那様です」

「お父様というのは誰だ」

「私を造った魔術師のお父様です」

 なかなかに辛い内容のはずだが、マリーシェは淀みなく話す。
 彼女は淡々とした説明口調を崩さなかった。
 こういった感情表現に乏しい部分こそ、もしかするとホムンクルスの特徴なのかもしれない。

 事情を聞いた佐久間は、彼女の過去の境遇を朧げに理解した。
 いくつも造られたホムンクルスの中でも出来損ないだったマリーシェは、役立たずの烙印を押されて売り払われたのだ。
 佐久間も口に出しては指摘しないが、改めてこれまでのやり取りを振り返るとその節はあった。
 マリーシェは何を指示しても融通が利かず、指示がなければ何もできない。
 懇切丁寧に説明してやらねば、こちらの意図通りに動かない。
 普段の会話ですら、円滑に言葉のキャッチボールができない場面が多かった。
 他のホムンクルスはもっと優秀なのだろう。
 だからこそ、マリーシェは製作者に見限られてしまった。

 ただし佐久間は、彼女には立派な才能があると考えている。
 それは、命令を忠実に実行する力。
 察しの悪さばかりが目立つマリーシェだが、与えられた指示には絶対に従う。
 それこそ、五体をばらばらにして物理的に動けなくさせるくらいしか、彼女を止める方法はないだろう。

 銃器の扱いの上手さも、この辺りの気質が関係していた。
 如何なる場面でも己の性能をフル活用し、機械のような正確さで命令を実行する。
 融通が利かない代わりに、その行動力は他の追随を許さなかった。

(結局は、手綱を引く人間を次第ってことか)

 佐久間は腕組みをしてマリーシェを眺める。
 向けられる視線に何を思ったのか、彼女はわさわさとメイド服をまさぐり始めた。
 露骨に不審がる佐久間。
 しばらくして手を止めたマリーシェは、銃器と荷物を無くしたことを謝罪した。
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