淘汰される良心
文字数 1,619文字
クレイン商会王都本部。
洋館の最奥にあたる部屋の一室にて、負債勇者・佐久間は寛いでいた。
ふかふかのソファに横たわり、何枚かの書類に目を通している。
そばのローテーブルには冷めた紅茶の入ったティーカップと茶菓子が置かれていた。
「旦那様。私の仕事はありませんか」
「今は特にない。大人しく黙っておけ」
「承知しました」
向かいのソファにはマリーシェが腰かけている。
瞬きもせずに佐久間を凝視する様は、不気味さを通り越してある種の美しさや健気さすら感じさせかねない。
もっとも、本人がそのような効果を考えているはずなどないが。
しばらくすると佐久間はむくりと身を起こした。
そして機嫌が良さそうに呟く。
「ふむ、上々だな」
佐久間がクレイン商会を乗っ取ってから早くも二週間が経過した。
事態は好転の一途を辿っている。
新たに負債勇者がトップに君臨した商会は、王都においてさらに力を強めた。
元より経済面で大きなイニシアチブを握っていた組織だ。
そこに規格外の暴力が加わったのだから当然の結果であろう。
噂というものは戸口を塞いでも広まる性質らしく、佐久間が商会を牛耳ったことは瞬く間に人々へと伝播した。
特に闇に生きる者たちの反応は著しい。
商会に対して露骨な媚びへつらいを始める者も少なくなかった。
無論、佐久間とて怠惰を貪っていたわけではない。
組織運営に口を出さない代わりに、実動部隊として猛威を振るっていたのである。
その過程で弓の男ことカシフから戦闘技術も教わり、ますます怪物の地位を揺るぎないものとしていた。
「明日はギルド長に頼まれた店に”挨拶”へ行く。銃器の手入れを忘れるなよ」
「承知しました」
いつものセリフを返したマリーシェは足元のバックパックを開き、中から取り出した拳銃を分解して点検し始める。
流れるような動作は正確で、瞬く間にチェックを終えて次の銃器へと作業の手を移した。
ここ二週間でマリーシェが得た新たな特技兼日課だ。
カシフが銃器の扱いに精通しており、射撃しかできなかった彼女に教え込んだのである。
曰く「傭兵はあらゆる得物を使えなくちゃ話になんねぇ」とのことだ。
物覚えが異常に良いマリーシェは教え込まれたことを完璧に学習し、結果として銃器のエキスパートになった。
教育したカシフさえ、彼女の成長具合には驚いたらしい。
(我ながら結構な拾い物をしたものだ……)
ローテーブルに並べられていく多種多様な銃器を眺め、佐久間は少し呆れる。
普段から鉄仮面の如く表情の変わらないマリーシェだが、銃器のメンテナンスの際は心なしか嬉しそうだった。
メイドの些細な変化に首を傾げつつ、佐久間は一眠りしようとする。
その時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
佐久間は怪訝そうに視線を向ける。
入室してきたのは弓使いの傭兵、カシフ・ラニービートだった。
ぽりぽりと頬を掻く姿にはどこか気まずさが感じられる。
後ろ手に扉を閉めたカシフはゆるりと手を上げた。
「よう、大将。元気にしてるかい」
「余計な挨拶はいい。用件だけを話せ」
「へいへい」
肩を竦めたカシフは、銃器のメンテナンスを終えたマリーシェの横に座る。
マリーシェが心なしか嫌そうな顔をした。
姿勢を正した佐久間は切り出す。
「その様子だとかなり悪いニュースらしいな」
「少なくともアンタにとってはな」
カシフは苦虫でも噛む潰したかのような表情で顎を撫でる。
何時でも飄々とした態度の彼にしては珍しいことだった。
それを知っているからこそ、佐久間も次の言葉を警戒する。
カシフは、はっきりと聞き間違えのないように告げた。
「この国の宰相が反逆罪で処刑されるそうだ……災厄である負債勇者に手を貸したせいらしい」
洋館の最奥にあたる部屋の一室にて、負債勇者・佐久間は寛いでいた。
ふかふかのソファに横たわり、何枚かの書類に目を通している。
そばのローテーブルには冷めた紅茶の入ったティーカップと茶菓子が置かれていた。
「旦那様。私の仕事はありませんか」
「今は特にない。大人しく黙っておけ」
「承知しました」
向かいのソファにはマリーシェが腰かけている。
瞬きもせずに佐久間を凝視する様は、不気味さを通り越してある種の美しさや健気さすら感じさせかねない。
もっとも、本人がそのような効果を考えているはずなどないが。
しばらくすると佐久間はむくりと身を起こした。
そして機嫌が良さそうに呟く。
「ふむ、上々だな」
佐久間がクレイン商会を乗っ取ってから早くも二週間が経過した。
事態は好転の一途を辿っている。
新たに負債勇者がトップに君臨した商会は、王都においてさらに力を強めた。
元より経済面で大きなイニシアチブを握っていた組織だ。
そこに規格外の暴力が加わったのだから当然の結果であろう。
噂というものは戸口を塞いでも広まる性質らしく、佐久間が商会を牛耳ったことは瞬く間に人々へと伝播した。
特に闇に生きる者たちの反応は著しい。
商会に対して露骨な媚びへつらいを始める者も少なくなかった。
無論、佐久間とて怠惰を貪っていたわけではない。
組織運営に口を出さない代わりに、実動部隊として猛威を振るっていたのである。
その過程で弓の男ことカシフから戦闘技術も教わり、ますます怪物の地位を揺るぎないものとしていた。
「明日はギルド長に頼まれた店に”挨拶”へ行く。銃器の手入れを忘れるなよ」
「承知しました」
いつものセリフを返したマリーシェは足元のバックパックを開き、中から取り出した拳銃を分解して点検し始める。
流れるような動作は正確で、瞬く間にチェックを終えて次の銃器へと作業の手を移した。
ここ二週間でマリーシェが得た新たな特技兼日課だ。
カシフが銃器の扱いに精通しており、射撃しかできなかった彼女に教え込んだのである。
曰く「傭兵はあらゆる得物を使えなくちゃ話になんねぇ」とのことだ。
物覚えが異常に良いマリーシェは教え込まれたことを完璧に学習し、結果として銃器のエキスパートになった。
教育したカシフさえ、彼女の成長具合には驚いたらしい。
(我ながら結構な拾い物をしたものだ……)
ローテーブルに並べられていく多種多様な銃器を眺め、佐久間は少し呆れる。
普段から鉄仮面の如く表情の変わらないマリーシェだが、銃器のメンテナンスの際は心なしか嬉しそうだった。
メイドの些細な変化に首を傾げつつ、佐久間は一眠りしようとする。
その時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
佐久間は怪訝そうに視線を向ける。
入室してきたのは弓使いの傭兵、カシフ・ラニービートだった。
ぽりぽりと頬を掻く姿にはどこか気まずさが感じられる。
後ろ手に扉を閉めたカシフはゆるりと手を上げた。
「よう、大将。元気にしてるかい」
「余計な挨拶はいい。用件だけを話せ」
「へいへい」
肩を竦めたカシフは、銃器のメンテナンスを終えたマリーシェの横に座る。
マリーシェが心なしか嫌そうな顔をした。
姿勢を正した佐久間は切り出す。
「その様子だとかなり悪いニュースらしいな」
「少なくともアンタにとってはな」
カシフは苦虫でも噛む潰したかのような表情で顎を撫でる。
何時でも飄々とした態度の彼にしては珍しいことだった。
それを知っているからこそ、佐久間も次の言葉を警戒する。
カシフは、はっきりと聞き間違えのないように告げた。
「この国の宰相が反逆罪で処刑されるそうだ……災厄である負債勇者に手を貸したせいらしい」