召喚勇者の災難
文字数 8,719文字
大学からの帰り道、足元に魔法陣が出現したかと思えば、気が付くと見知らぬ場所に立っていたのである。
驚くなという方が無理な話だろう。
募る不安を押し殺し、佐久間は周囲を見回した。
ここはどこかの建物の中らしい。
窓から差す陽光が広々とした室内を照らしている。
壁や天井には豪華な装飾が施され、床は顔が映りそうなほど磨き抜かれていた。
素人目にもかなり金をかけていることが分かる。
左右に等間隔で並ぶのは大理石の白い柱だ。
これもまた精巧な彫刻がなされており、厳かな雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
さらに部屋の中央を縦断する形で赤い絨毯が長々と敷かれ、佐久間はその絨毯の上に佇んでいる。
室内には彼の他に無数の人間がいた。
武器を持った西洋甲冑姿の騎士やローブを着た魔術師然とした者、中世の貴族のような服装の者など、様々な恰好をした人々が佐久間に注目している。
部屋の奥には玉座があり、そこには冠を被った初老の男が座っていた。
向けられる視線に値踏みの意が含まれているのは、気のせいではなさそうだ。
視界に映る光景の数々に、佐久間はますます頭を悩ませる。
現在いる場所が日本とは思えなかった。
まるでゲームや漫画の世界に迷い込んでしまったような気分である。
佐久間は自分の身体を見下ろす。
白いシャツにジャケット、カーキ色のカーゴパンツ。
直前まで着ていた衣服だが、この場においては明らかに浮いていた。
性質の悪いドッキリなどを疑ってみたものの、どうにもそのような雰囲気でもない。
紛い物ではない本物の臨場感が、ひしひしと感じられた。
一通り観察したところで、佐久間は隣に寄り添う存在に気付く。
ふんわりとしたブラウスに洒落たフレアスカート。
黒髪の少女が腕に掴まっていた。
彼女の名は
二人は直前まで一緒に歩いていた。
どうやら翼も佐久間と同じように魔法陣に巻き込まれたらしい。
翼は不思議そうに呟く。
「信ちゃん、何が起こっているの?」
「分からない。とにかく、今は落ち着いて――」
佐久間が言葉を返そうとしたその時、玉座の近くに立つローブ姿の男が口を開いた。
「おぉ、勇者だ! 召喚魔術が成功したのだ!」
ローブの男は手を広げながら笑みを浮かべると、佐久間と翼に歩み寄る。
騎士が慌てて止めようとしたが、本人はお構いなしだった。
彼は二人の前で優雅に一礼を披露する。
「ようこそアドラニア王国へ。私、宮廷魔術師兼宰相のグレゴリアスと申します」
「えっと、これは……?」
佐久間は困惑気味になりながらも尋ねた。
グレゴリアスと名乗った男は、手を打って苦笑する。
「混乱するのも当然でしょう。何せ、貴方たちは異世界に来たのですから」
「い、異世界……?」
グレゴリアスは得意気に頷いて話を続けた。
「如何にも。先日、古代の魔術の解析が完了しましてな。それを再現して別の世界から勇者――つまり貴方たちを呼び出したのですよ。近頃は魔族側の動きも活発化しており、我々王国としては強い戦力を欲していたのです」
次々と流れ込む情報に佐久間は頭痛を覚える。
幸か不幸か、彼は早くも現状を理解しつつあった。
ちょうど漫画や小説で似たような展開の物語を知っていたのである。
まさかそれが自分の身に降りかかるとは思いもしなかったが、ただの夢や幻と言い捨てるには現実味がありすぎた。
佐久間はふと翼の様子を窺う。
「ねぇ、信ちゃん見て見て! 金髪碧眼の美女がいるよ! 耳が長いし、もしかしてエルフかも!? あっ、杖を持ってる魔法使いもたくさん!」
翼は嬉しそうにはしゃいでいた。
ひとまず危機的な状況ではないと判断したらしく、しきりに佐久間の肩を叩いては感動を伝えてくる。
まるで遊びにでも来たかのようなテンションであった。
そこで佐久間は思い出す。
自分の幼馴染は底抜けにポジティブな性格で、気持ちの切り替えが早かったことを。
まだ不安はあるだろうが、それよりも好奇心が勝ってしまったようだ。
陽気な彼女の姿に、佐久間は多少の元気と落ち着きを取り戻す。
彼は上機嫌のグレゴリアスに問いかけた。
「すみません、質問があるのですが」
「はい、なんでしょう! 私に答えられる範囲でしたら、何でもお聞きください」
「僕らが勇者ということですが、何も特別な力は使えません。期待を裏切るようで申し訳ないのですが、とてもお役に立てるとは……」
佐久間と翼はごく普通の大学生だ。
人並みに趣味や特技はあれど、異世界で戦う術など何一つ持ち合わせていない。
強いて言えばこれまでのスポーツ経験くらいだろうが、そんなものは勘定に入らないだろう。
この質問は佐久間にとって博打であった。
詳しい事情は分からないものの、彼らは勇者という新たな戦力を求めている。
無能と判明した時点で酷い扱いを受けるかもしれない。
それでも正直に打ち明けてしまう方が良いと佐久間は考えた。
彼の心配とは裏腹に、グレゴリアスは依然として笑顔を崩さず答える。
「その点に関しては心配ご無用です! 古代の文献によれば、勇者は次元を超える際に異能を身に付けるそうですから。現に貴方たちからは強大な魔力を感じますよ」
「はぁ……」
佐久間は今一つ要領を得ない調子で返事をする。
そんな風に指摘されても、特別な力を持ったという実感はなかった。
いつも通りの肉体だ。何ら変わった気がしない。
一方、翼は目をキラキラとさせて驚く。
「魔力っ! なんだかすごそう! 何ができるの?」
「そうですねぇ、適正にもよるでしょうが、様々な魔術を行使できますよ。お二人の魔力量でしたら、訓練次第であらゆる芸当が可能になるかと」
「かっこいい! 私たち、本当に勇者じゃん!」
翼とグレゴリアスは意気投合した様子で喜び合う。
その間、佐久間は呆れて溜め息を吐いていた。
幼馴染がここまで能天気とは思わなかったのである。
異世界に召喚されたというのに適応が早すぎる。
グレゴリアスの話では魔族との戦いも予想されるはずだが、翼はそれを分かっているか。
そもそも、こんな世界に無理やり連れて来られた責任追及はしなくていいのか。
脳内に翼を諭す言葉がいくらか浮かんだものの、佐久間が口にすることは無かった。
それらの説得が徒労に終わるのを彼はよく知っている。
翼は昔からこんな性格なのだ。
ここで佐久間が正論をぶつけたところで、きっと彼女の意見は覆せない。
(それにこんな状況では勇者になるしかない、か)
どのような経緯や事情であれ、現在の佐久間たちは異世界に放り込まれた状態だ。
仮にここで勇者稼業を断った場合、路頭に迷うこととなってしまう。
当面の衣食住や安全を考えるならば、やはり勇者になるのが一番に思えた。
翼が楽観的に動く分、自分がブレーキ役にならねばならない、と佐久間は気を引き締める。
二人の勇者が説明を受ける傍ら、謁見の間の空気は変わりつつあった。
最初は警戒していた騎士や貴族たちも、今では態度を随分と軟化させている。
それどころか、期待を寄せるような視線を向ける者もいた。
得体の知れない存在だった勇者が、敵意のない人間だと分かったおかげだろう。
彼らは魔族という脅威を退けられる救世主を求めている。
勇者の到来はまさに王国にとっての希望だった。
どこか弛緩した雰囲気の中、威厳に満ち溢れた声が場に響く。
「……グレゴリアス。談笑など後でいい。先に能力を調べろ」
上等な赤いマントに金色の立派なカイゼル髭。
最高級の衣服に身を包んで玉座に腰かける姿には、他者を畏怖する風格があった。
国王だ。今まで静観を貫いてきた国王が発言したのだ。
これには宰相のグレゴリアスも焦り、早口気味に説明を始める。
「さて、突然ですがお二人のステータスを【鑑定眼】で確認させていただきます。能力によって今後の戦闘スタイルが決まりますので、心して聞いてください」
そうやって切り出されれば、嫌でも緊張せざるを得ない。
佐久間と翼は神妙な面持ちで首肯した。
周りの人間も固唾を呑んで事の成り行きを見守る。
二人の能力次第で魔族に対抗できるか否かが決まってくるのだ。
ともすれば本人たちよりも重たい心境であった。
皆の視線を一斉に浴びながら、グレゴリアスはゆっくりと瞬きをする。
その瞳は明るい青色から妖しい紫色へと変化した。
どうやら【鑑定眼】を発動したらしい。
彼は深呼吸をした後、しげしげと翼を見つめ始める。
「では失礼…………むっ、これは!」
結果はすぐに出た。
驚愕に目を見開くグレゴリアスは、ふらふらとよろめいて転びかける。
半開きの両手は、わなわなと何かを訴えるが如く震えていた。
彼は感情のままに叫ぶ。
「【予知】に【魔力炉】、【無詠唱】と【破邪者】まで! 他にも稀少なスキルがたくさんありますね。これは、大陸最強の魔術師たる素質を持っているかもしれません……」
謁見の間にどよめきが走った。
あまりに強すぎる能力に驚きと喜びを隠し切れないのだ。
当の翼はと言うと、微妙な表情でグレゴリアスの肩を叩く。
「よく分からないんだけど、私ってすごいの?」
「すごいなんてものじゃありませんよ! 王国の先鋭魔術師を千人用意したところで、貴方一人には遠く及ばないでしょう。まさに勇者の名に相応しい力です」
そこまで褒められたことで、翼はガッツポーズを決めて笑う。
細かい内容は理解できなくとも、良い結果ということは伝わったようだ。
彼女は自慢げな顔で佐久間の背中をバシバシと叩く。
少し鬱陶しいノリだが、佐久間は素直に称賛しておいた。
翼が無能として追い出される心配が無くなったのだから、安心したくらいである。
むしろ重宝されると言ってもいい。
そして今度は佐久間の番だった。
彼はグレゴリアスに頼んで能力を見てもらう。
場は再び静まり、二人目の勇者の実力を聞き逃さないようにしていた。
自身の鼓動を耳にしながら、佐久間は数秒の時を待つ。
緊張のせいでやけに長く感じられた。
やがて能力を調べ終わったグレゴリアスが深々と息を吐く。
感動や落胆か、どちらの意味での反応なのか判断し難い。
彼は額を流れる汗を拭い、佐久間に告げた。
「貴方の能力ですが…………大変素晴らしい! 主に戦士系統の素質に恵まれたようですね。特に【超耐性】、【再生力】、【雷迅脚】、【無双斬】……この辺りのスキルだけでも十二分に魔族と渡り合えるでしょう。お二人揃って最強の勇者です」
「そ、そうですか……」
評価を聞いた佐久間は安堵に息を漏らした。
やはり心配はあったのである。
これでもし、自分だけが大した能力を持っていなかったらどうしよう、と。
結果としては杞憂に終わったものの、あまり心臓に良いとは言えないやり取りだった。
その場にいる人々は、互いに目配せをして頷き合う。
王の手前ということで露骨な態度は控えているが、彼らは歓喜しているのだ。
召喚された勇者が期待以上の存在と判明したのだから仕方ない。
玉座に座す国王も満足そうに微笑している。
それを察したグレゴリアスは、真面目な口調で問いを投げた。
「いやはや、誠に頼もしいお方たちだ。今更ながらお聞きしますが、王国の勇者として戦ってくれますでしょうか。引き受けていただいた暁には、こちらも全力でサポートします。時間はかかるでしょうが、元の世界へ戻るための送還魔術も必ず解析しましょう」
「もちろん! 勇者になるよ! ねぇ、信ちゃん?」
「あぁ……頑張るさ」
快諾する翼と佐久間。
室内に温かな拍手の音が連なり響いた。
王国所属の勇者が正式に誕生した瞬間である。
この時、佐久間は思った。
自分と翼はこれから勇者として数々の冒険に巡り合うのだ、と。
きっとまだ見ぬ世界が広がっていることだろう。
日本での生活を失う怖さもあったが、隣には元気な幼馴染がいる。
どんな事態に陥っても、きっとなんとかなるはず。
彼はそう信じて疑わなかった。
――今から何が起こるかを知らないために。
きっかけはグレゴリアスの唐突な動揺だった。
彼は震える手を口元に当てると、ふらりと後ずさりをする。
顔色はいつの間にか蒼白に染まっていた。
宰相の只ならぬ様子に気付き、周囲の人間は何事かと注目する。
グレゴリアスは悲痛そうに呻いた。
「こ、こんな馬鹿なことが……」
異常事態を把握しているのはグレゴリアスだけらしい。
騎士や貴族は怪訝な様子で首を傾げている。
佐久間と翼も不穏な空気を感じ取ったようで、身を寄せ合って口を噤んだ。
唯一、冷静な国王がグレゴリアスに命じる。
「グレゴリアス。分かるように話せ」
「負債が……勇者殿に負債がありますッ! それも生半可な額ではない! 異界侵入罪と特殊能力費、他にも細かな内訳が多数……どうやら召喚された時点で請求されたようです。ま、まさか魔術行使で対象側に負債が発生するなど」
「それで、肝心の額は? 一体いくらだったのだ」
無意味な愚痴を遮って続きを促す国王。
歯をカチカチと鳴らしながら、グレゴリアスは述べた。
「一人当たりおよそ九千億ゴールド――二人分を合算すると約一兆八千億ゴールドの負債となります!」
ほとんど悲鳴に近いグレゴリアスの報告。
謁見の間にいた人々は、今度こそ戦慄する。
ショックのあまり卒倒した者も出てくる始末だった。
答えを聞いた国王は、眉を顰めて唸る。
よほど重大な事実だったらしい。
歓迎ムードから一転、場は恐怖と焦りに包まれた。
中には険悪そうに勇者たちを睨む者までいる。
「信ちゃん、これどういう状況?」
「分からない」
状況の見えない二人の勇者だけがオロオロとしていた。
佐久間はグレゴリアスに事態の説明を頼む。
この場において頼れるのは彼だけだった。
グレゴリアスは二人から視線を逸らし、とても言い辛そうに答える。
「この世界は、神から与えられる金銭によって成り立っています。文字通りの意味で比喩ではありません。どんな者にも身分相応の施しがある……言わば給金のようなものです。そういった仕組みがあるが故に、我々は円滑な経済活動を営めるのです」
ここでグレゴリアスは一呼吸置き、勇者たちを真っ直ぐと見やる。
彼はこれから非情な発言をすると自覚していた。
視線を合わせたのは、せめてもの誠意だったのかもしれない。
グレゴリアスは決心した様子で続きを言う。
「ただし、良い点ばかりではありません。為すべき支払いを怠ったり罪を犯せば、その者には負債が生じます。多大な負債は災厄を招くとして、どの国でも重罪扱いです。したがって返済不可能なレベルで負債を抱えた者は――処刑される決まりとなっております」
「えっ……」
佐久間は言葉を失った。
まさかここまで深刻な状態とは思いもしなかったのである。
ほんの数分前まで勇者などと謳われ、生活の保障すら約束されたというのに。
ふと周囲に向けると、明確な敵愾心に囲まれていた。
誰もが佐久間たちを疎んでいるのだ。
多大な負債は災厄を招く。
世界の法則は、あっけなく勇者を貶めた。
「残念ながら王国には、貴方たちの負債を賄うだけの余裕がありません。いくら勇者殿のためと言えど、負債額が大きすぎるのです。誠に申し訳ありませんが、明日には処刑が実行されるでしょう……」
グレゴリアスの言葉は、その場の人間の気持ちを代弁していた。
それを察したからこそ佐久間は何も言い返せない。
誰だって余計なトラブルは避けたいものだ。
出会ったばかりの異世界人を擁護する人間など、いるはずがなかった。
(もう、駄目だ……)
佐久間は呆然と俯く。
ここで流れに身を任せれば死ぬと分かっていた。
だが、この場に居合わせる者の意見は覆しようがない。
多大な負債を抱える勇者は、戦力以前に災いとしか見られていないのだから。
排除という手段しか残されていないとなれば、それに賛同するのが自然とも言える。
何もかもを諦めてうな垂れる佐久間。
その時、彼の隣にいた翼が声を張り上げた。
「ちょっと待って! 私たちに時間をください! 元はと言えば、あなたたちが私たちを召喚したから起きた事態だよね。それくらいは融通を利かせてくれてもいいんじゃないの?」
翼は一歩踏み出して説得を試みる。
真剣そのものの表情だった。
基本的には楽観思考の彼女だが、現状がどれだけ切迫しているかは分かる。
死にたくないという強い想いが翼を衝き動かした。
しかし、それに対する答えは酷なものである。
「小娘風情が生意気なことを……」
「この期に及んで何を要求するというのだ!」
「もう手遅れだ! 諦めろッ」
降りかかるのは心無い罵倒。
騎士と貴族、魔術師たちは怒りを隠そうとせず、口々に反論した。
翼が意見したことがよほど気に入らなかったらしい。
四方八方から吐き捨てられる言葉に、翼は唇を噛んで黙る。
あまりの勢いに口出しする暇すらなかった。
尽きぬ糾弾の嵐が二人の勇者の心を削いでいく。
それを止めたのは、意外にも国王であった。
「ほう、融通を利かせろとは……面白い。しかし負債を返せる手立てがあるのか?」
国王は不敵な微笑を湛えて翼に問う。
彼女の主張に興味を持ったらしい。
配下の者たちは問答無用の処刑を推し進めたかったが、さすがに国王の意志を無視するわけにはいかない。
彼らは渋々ながらも両者のやり取りを見守ることにした。
一方、チャンスを得た翼は緊張気味に話す。
「少しだけ、猶予をください。その間にお金を工面します。私たちの能力があれば、それも可能なはずです」
数人の貴族が失笑した。
それが無謀を通り越して荒唐無稽な話だったからである。
単なる命乞いだと捉える者もいた。
「…………」
国王は座したまま頬杖を突く。
表情はほとんど動かず読めない。
冷めた双眸は、翼の心の中を覗いているかのようであった。
そうして張り詰めた沈黙が続くこと数十秒。
長い思考を経た末、国王は勇者に告げる。
「――三日だ。三日だけ猶予をくれてやろう。二人の勇者よ、玉座に寄れ」
佐久間と翼は顔を見合わせ、恐る恐る歩を進めた。
二人の足音は真っ赤な絨毯に沈んで消える。
誰も言葉を発せない空気だった。
玉座の前に立った二人を見て、国王は改めて言い放つ。
「期限は三日間。それまでに負債をどうにかしろ。結果がどうなろうとも必ず戻ってこい。誓えるか?」
「誓います」
「ぼ、僕も誓います……」
国王の問いに答えた瞬間、翼と佐久間は首元に冷たい感触を覚えた。
二人は反射的に手を伸ばして正体を確かめる。
それは彼らの首をぐるりと一周しており、容易には外せそうになかった。
息苦しさはないが、圧迫感を覚えるには十分な効果を持っている。
首輪だ。金属製の首輪が着けられていた。
焦る二人を横目に、国王は淡々と話を続ける。
「儂の能力で貴様らを縛った。誓いに背いた時、その首輪は爆発する。首輪はあらゆる能力の影響を受けず、解除や破壊は絶対に不可能。爆発そのものにも防護貫通の効果がある故、食らえば死ぬと思え。誓いを立てたのだ。このような物があっても問題なかろう?」
「…………」
「…………」
佐久間と翼は息を呑んだ。
この国王は決して甘くない。
それどころか、万全の対策を以て二人の退路を断ったのだ。
負債を放って逃げれば、容赦なく首輪を爆破するつもりであろう。
そんな勇者の様子など気にも留めず、国王は室内後方の大扉を指差した。
「三日後の昼、王都の中央広場にて処刑を実行する。遅れずに来い。貴様らが負債を返せることを祈っている……話は以上だ。連れて行け」
「い、意識を集中させるとステータスが閲覧できます! そこで所持スキルの効果や負債額を確認できますので、是非ご活用ください!」
後半はグレゴリアスの助言だった。
国王の命令を受けた騎士が二人の勇者を連れて退室する。
謁見の間に残る者たちは、内心で深い溜め息を吐いた。
彼らにとっても気疲れする時間だったのである。
そんな中、玉座に近寄ったグレゴリアスは、小声で国王に尋ねた。
「よろしかったのですか?」
「構わん。あれだけの負債はどうにもできん。素直に従って処刑されるか、無駄に足掻いて首輪を爆破されるか……奴らがどちらを取るかは知らないが、三日以内に死ぬのは確かなことよ」
国王はどこまでも冷静に述べる。
その口元には、冷酷な笑みが浮かんでいた。