捕食者達の殺し合い

文字数 2,393文字

 佐久間は床を転がりながら、すぐに翼竜との距離を取った。
 幸いにも追撃の爪は命中せず、体勢を立て直すことに成功する。
 起き上がった佐久間は全身の状態を確かめた。

「よし、まだいけるな……」

 背中の傷が激痛を訴えるが、動きに支障はない。
 再生能力があるので出血も何とかなる。
 クレセントアックスはやや破損したものの、両手の武器はどちらもまだ使えそうだ。
 戦意も狂おしいばかりに漲っていた。
 佐久間は深呼吸を繰り返し、軽薄な笑みを浮かべてみせる。

 翼竜を殺さなければ、帰還することは叶わない。
 ここから王都まで半日以上はかかる。
 飛行能力を持った翼竜を振り切って逃げ出すのは不可能だろう。
 もっとも、佐久間は最初からそのつもりである。
 マリーシェを失ったとはいえ、彼の選択肢は変わらなかった。
 目の前の魔物を始末して大金を得る。
 負債勇者に残された道は、それだけなのだから。

 佐久間は再度の突進を敢行した。
 鱗の守りは固いが、完全無欠ではない。
 怪力を以てすれば破壊することはできたのだ。
 幾度も攻撃を加えられれば、十分にダメージを通せるはずである。

 翼竜もただ攻撃を食らうばかりではない。
 巨躯を曲げて屈みこむと、大口で佐久間に噛み付こうとした。
 露わになる無数の牙。
 これで獲物を屠り、食らってきたのだろう。
 勢いよく閉じられた口がガチンと金属音を鳴らす。
 そこに、佐久間の姿は無かった。

「甘いな」

 翼竜の鼻面に着地した佐久間が、余裕綽々といった調子で言う。
 牙が触れる直前、彼はタイミングを合わせて跳躍していた。
 紙一重の回避にはさすがの翼竜も反応し切れなかったらしい。
 怪我をものともしない身のこなしである。
 佐久間は棍棒を掲げると、すかさず翼竜の鼻に振り下ろした。

「――――――ッ!!」

 つんざくような絶叫。
 悶絶する翼竜の声である。
 棍棒の命中した鼻は見事に陥没し、割れた鱗が飛び散った。
 斬撃や殴打は防げても、それに伴う衝撃は殺し切れないらしい。
 鱗が剥がれて僅かに覗く翼竜の地肌。
 佐久間はそこにクレセントアックスを叩き付ける。
 半壊した刃が肉に突き刺さって沈んだ。
 裂けた箇所からぶしゅりと深紅の血が滲み出す。
 クレセントアックスの柄を靴底で押し込みながら、佐久間は残忍な笑顔で叫んだ。

「ハッ、脆いなぁ!」

 踏み付けた武器からゴリゴリと何かを削るような感覚が伝わる。
 肉を掻き分けて進んだ刃が上顎の骨まで達したようだ。
 翼竜の暴れ方がより激しくなった。
 滅茶苦茶にのたうち回って佐久間を必死に振り落とそうとする。
 絶対強者たる竜種故に、今までこのような痛打を受けた経験がないのだ。
 新鮮な激痛は怒りと困惑を同時に呼び起こした。
 翼竜の暴走に耐え切れず、廃塔の床がミシミシと悲鳴を上げる。

 一方、佐久間は翼竜の肉体を着々と破壊しつつあった。
 鱗に指をかけて器用に移動し、拳で何度も殴って損傷を与える。
 武器は邪魔になって放り捨てていた。
 余裕がある時は、翼竜の肉を毟ってその場でいきなり食らい付く。
 露出した傷口に顔を埋め、溢れた血を啜ることもあった。
 エネルギーを摂取して再生能力を高めるためだ。

 もちろん無傷というわけにもいかず、翼竜の抵抗でダメージを食らう場面も少なくない。
 巨躯の下敷きになった際は全身の骨が折れて内臓が破裂した。
 振り回された前肢の爪が当たれば、腕や状態が切断されかける。
 酷使した拳は皮がめくれ、千切れそうな指も何本かあった。
 しかし、そこは驚異的な生命力と執念深さで粘り、一心不乱に攻撃を続ける。
 血みどろで満身創痍になりながらも翼竜を傷付け食らう姿は、見る者が見れば畏怖の感情を抱いたに違いない。
 佐久間は怪物たる本領を発揮していた。



 ◆



 戦闘開始から三十分後。
 泥沼と化した殺し合いは佳境に突入した。

 後肢で立つ翼竜は見るも無残な状態になっている。
 全身の鱗が出鱈目に引き剥がされており、血で濡れた地肌が丸見えだ。
 筋繊維に紛れて骨が覗く箇所もあった。
 その骨も大半が乱雑に圧し折られている。
 翼の飛膜はずたずたに破れ、残った部分がべろりと垂れ下がっていた。
 あれでは飛行能力は失われたも同然だろう。
 肉を齧り取られたのか、歯型のような抉れが妙に目立つ。
 裂けた大きな腹は、艶のある臓腑を零しそうになっていた。

 これだけのダメージを負いながらも未だに倒れないのは、ひとえに翼竜の優れた生命力が要因だろう。
 さすがに派手に暴れるだけの力はないようだが、まだ死ぬ気配は見えない。
 廃塔最上階は、翼竜の流した血肉一色に染まっていた。

 佐久間は翼竜の前方に立って呼吸を整えている。
 彼のダメージも酷いが、こちらは現在進行形で再生しつつあった。
 新たな肉が盛り上がって傷を塞ぎ、出血を止める。
 体外に飛び出た骨が独りでに正しい位置へと戻った。
 無くなった指が根元から生え伸びる。
 戦闘が始まる前よりも明らかに再生速度が上がっていた。
 これではどちらが魔物か分からない。

「フフッ……フフフ」

 愉悦に歪む赤い口元。
 勝利を確信した佐久間はゆらりと踏み出す。
 このまま翼竜が力尽きるまで、徹底的に食らいまくるつもりだった。

 その時、廃塔がぐらりと大きく揺れる。
 地鳴りのような振動は止まらず、徐々に激しさを増していった。
 ついには床にヒビが入って真っ二つに割れる。
 度重なる破壊と衝撃のあまり、ついに廃塔そのものに限界が訪れたのだ。
 両者共に異変に気付いたが既に遅い。
 崩れ落ちる廃塔は、翼竜と佐久間をまとめて呑み込んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み