行き過ぎた無謀
文字数 2,878文字
大男から確かな殺気を向けられながらも、佐久間は至極冷静だった。
落ち着きを取り戻した目で大剣を一瞥すると、つまらなさそうに吐き捨てる。
「お前なんかが俺を殺せるとでも思ったか」
「舐めてもらっちゃ困るな。一応、ここらでは【剛腕】のドノバとして知られているんだぜ? 賞金首だって過去に何人も殺している」
大男ドノバは、自信満々といった様子で言い張る。
実際、彼の立ち振る舞いは歴戦の戦士を思わせる風格があった。
こうして自然体で話してはいるものの、その気になれば一瞬で大剣を動かせるに違いない。
決してただの虚勢ではなく、地道に積み上げてきた自信の表れなのだ。
ドノバは鼻を鳴らして言葉を続ける。
「俺は賞金首にはいつも同じ質問をする……大人しく投降するか、無様に死ぬか選べ。それがお前さんに許された、最後の自由だ」
真っ先に攻撃してこなかったのは、佐久間に降参の余地を与えるためだったのだろう。
自分が負けるという可能性は微塵も考えていないらしい。
どこまでも自信に満ち溢れた男である。
一方、佐久間は呆れ返っていた。
ドノバのあまりの愚かしさに怒りすら湧いてこない。
だからと言って、見逃すつもりもなかった。
善人面した賞金稼ぎには相応の報いを。
死という名の罰だ。
佐久間はニヤリと笑うと、いきなりドノバに突進しようとする。
その刹那、彼の右眼球が破裂して後頭部が爆散した。
骨片や脳漿や鮮血が混ざり合って床を汚す。
ギルド内にいた人々の間にどよめきが走った。
踏み出した足はそのままに、佐久間の上体が大きく仰け反る。
対峙するドノバは、片手にいつの間にか拳銃を握っていた。
大剣を片手で保持しながら、早撃ちで佐久間の目を破壊したのである。
最初から大剣を見せて牽制してたのは、近距離攻撃しかできないと思わせるためのブラフだったのだろう。
彼はこの戦法で幾人もの賞金稼ぎを葬ってきた。
実績がある故の絶対的な自信。
ドノバは銃を掲げて会心の笑みを浮かべる。
「はーっはっはっは! そう来ると思ってこっちは用意していたのさ! やむを得ず殺してしまったが、これで五億ゴールドは俺のモンだ!」
「それは羨ましい。分けてほしいくらいだね」
嘲りを含んだ合いの手。
笑いを止めたドノバは声の主を目にして驚愕する。
佐久間だった。
片目から後頭部にかけてぽっかりと穴が開いているのにも関わらず、やはり彼は生きている。
もはや当然のように発揮される不死性だ。
傷口から諸々の物質を垂れ流しにしながら、佐久間はぼそりと言う。
「マリーシェ。その男の銃を奪い取れ」
「承知しました」
声がしたのはギルドの入口。
それまで棒立ちで微動だにしなかったマリーシェが突如として動いた。
逆手に握ったナイフを掲げてドノバに跳びかかる。
「クソッ!?」
思わぬ伏兵の出現にドノバは慌て、咄嗟に肘打ちを繰り出した。
【剛腕】の二つ名は伊達ではないらしく、マリーシェの身体は軽々と吹っ飛ばされ、テーブルをひっくり返しながら壁に激突する。
攻撃は無防備な顔面にクリーンヒットした。
たとえ屈強な冒険者でも、しばらくはまともに行動できまい。
ひとまずの脅威を退けたことでドノバは安心しかけ、そして戦慄した。
腕から伝わるじくじくとした痛み。
片腕にナイフが深々と突き刺さって、持っていたはずの拳銃が無くなっていた。
ドノバは恐る恐るマリーシェを見やる。
鼻血を流して倒れる彼女は、拳銃を大事そうに胸に抱いていた。
捨て身で佐久間の命令を実行したのである。
反撃で手痛いダメージを負うと知っていながら、躊躇いなく襲いかかったのだ。
マリーシェの異常な突貫に、ドノバはほんの僅かな時間だけ硬直した。
時間にしてそれはコンマ数秒。
殺し合いの最中では、あまりに大きな隙だった。
「こっちを見ろ」
ドノバに迫る赤黒い影。
瞬時に距離を詰めた佐久間が、固く握り締めた拳を突き出した。
助走を付けた一撃がドノバの革鎧にめり込み、緩和できなかった衝撃が肋骨の尽くを圧し折る。
吐血したドノバは派手にバウンドして床を転がっていった。
足元に落ちた大剣を拾い上げ、佐久間は歩を進める。
撃ち抜かれた眼球は早くも塞がりつつあった。
「そ、んな……」
壁に背を預けるドノバは、驚愕に顔を染めて呟く。
もはや満足に動くことはできない。
正拳突きを受けた胸部は明らかに窪んでいた。
破損した肋骨が内臓に刺さったらしく、鈍い痛みを感じる。
皮鎧には魔術的な強化が施されていたのだが、佐久間の攻撃はそれを貫通してお釣りが出るほどの威力だったのだ。
荒い呼吸を繰り返すドノバは、近付いてくる負債勇者を見上げる。
「…………」
「相手が悪かったな。愚行は死を以て償え」
佐久間は大剣を振り上げ、ゆっくりとドノバに向けて下ろした。
誰でも見切れるような、欠伸の出るスピードだ。
回避できないドノバは両の手のひらで刃を挟み込む。
真剣白刃取りだった。
ドノバの頭上十センチ先で止まる斬撃。
そこで佐久間が悪魔のような笑みを滲ませる。
「力勝負といこうか」
佐久間は大剣に力を込め始めた。
それに伴い、ドノバの手のひらにかかる負担も徐々に大きくなっていく。
わざと一息で殺さないようにしているのだ。
刃はじわじわと着実に前進していた。
このままでは額に触れるのもそう遠くはない。
必死に止めようとするドノバは、泣きそうな顔で冷や汗を流す。
「まっ、待ってくれ! 俺が! 俺がっ、悪かった! だ、だからっ! こいつを! 止めて、くれえええぇぇぇッ!」
絶叫と共に紡がれる謝罪の言葉。
されど佐久間は手を休めない。
ぐいぐいと面白そうに大剣を振り下ろそうとする。
やがてドノバの手のひらが切れた。
合わさった手からぽたりぽたりと赤い血が垂れる。
滑りが良くなって刃が進みが速まった。
ドノバは必死の形相でもがく。
大剣がついにドノバの額に接した。
皮膚が切れて一筋の血が流れる。
ドノバの悲鳴が大きくなり、目が飛び出さんばかりに見開いた。
頭蓋に達した刃が緩やかな速度で前後される。
ゴリゴリという骨の削れる音。
ドノバは半狂乱になって助けを求めた。
冒険者たちは誰も近付こうとしない。
そして、限界が訪れる。
大剣がドノバの頭部を割って脳漿を破り、そのまま勢い止まらずに鎖骨まで縦断した。
ドノバが唐突に手を離したためだ。
自らの死を悟り、これ以上の苦痛を味わいたくなかったのだろう。
大剣を捨てた佐久間は、無謀な賞金稼ぎの末路を前に髪を掻き上げる。
「金に溺れるから、そんなことになるんだ」
侮蔑混じりの言葉は、誰に向けたものなのか。
負債勇者の目は昏い闇を湛えていた。
落ち着きを取り戻した目で大剣を一瞥すると、つまらなさそうに吐き捨てる。
「お前なんかが俺を殺せるとでも思ったか」
「舐めてもらっちゃ困るな。一応、ここらでは【剛腕】のドノバとして知られているんだぜ? 賞金首だって過去に何人も殺している」
大男ドノバは、自信満々といった様子で言い張る。
実際、彼の立ち振る舞いは歴戦の戦士を思わせる風格があった。
こうして自然体で話してはいるものの、その気になれば一瞬で大剣を動かせるに違いない。
決してただの虚勢ではなく、地道に積み上げてきた自信の表れなのだ。
ドノバは鼻を鳴らして言葉を続ける。
「俺は賞金首にはいつも同じ質問をする……大人しく投降するか、無様に死ぬか選べ。それがお前さんに許された、最後の自由だ」
真っ先に攻撃してこなかったのは、佐久間に降参の余地を与えるためだったのだろう。
自分が負けるという可能性は微塵も考えていないらしい。
どこまでも自信に満ち溢れた男である。
一方、佐久間は呆れ返っていた。
ドノバのあまりの愚かしさに怒りすら湧いてこない。
だからと言って、見逃すつもりもなかった。
善人面した賞金稼ぎには相応の報いを。
死という名の罰だ。
佐久間はニヤリと笑うと、いきなりドノバに突進しようとする。
その刹那、彼の右眼球が破裂して後頭部が爆散した。
骨片や脳漿や鮮血が混ざり合って床を汚す。
ギルド内にいた人々の間にどよめきが走った。
踏み出した足はそのままに、佐久間の上体が大きく仰け反る。
対峙するドノバは、片手にいつの間にか拳銃を握っていた。
大剣を片手で保持しながら、早撃ちで佐久間の目を破壊したのである。
最初から大剣を見せて牽制してたのは、近距離攻撃しかできないと思わせるためのブラフだったのだろう。
彼はこの戦法で幾人もの賞金稼ぎを葬ってきた。
実績がある故の絶対的な自信。
ドノバは銃を掲げて会心の笑みを浮かべる。
「はーっはっはっは! そう来ると思ってこっちは用意していたのさ! やむを得ず殺してしまったが、これで五億ゴールドは俺のモンだ!」
「それは羨ましい。分けてほしいくらいだね」
嘲りを含んだ合いの手。
笑いを止めたドノバは声の主を目にして驚愕する。
佐久間だった。
片目から後頭部にかけてぽっかりと穴が開いているのにも関わらず、やはり彼は生きている。
もはや当然のように発揮される不死性だ。
傷口から諸々の物質を垂れ流しにしながら、佐久間はぼそりと言う。
「マリーシェ。その男の銃を奪い取れ」
「承知しました」
声がしたのはギルドの入口。
それまで棒立ちで微動だにしなかったマリーシェが突如として動いた。
逆手に握ったナイフを掲げてドノバに跳びかかる。
「クソッ!?」
思わぬ伏兵の出現にドノバは慌て、咄嗟に肘打ちを繰り出した。
【剛腕】の二つ名は伊達ではないらしく、マリーシェの身体は軽々と吹っ飛ばされ、テーブルをひっくり返しながら壁に激突する。
攻撃は無防備な顔面にクリーンヒットした。
たとえ屈強な冒険者でも、しばらくはまともに行動できまい。
ひとまずの脅威を退けたことでドノバは安心しかけ、そして戦慄した。
腕から伝わるじくじくとした痛み。
片腕にナイフが深々と突き刺さって、持っていたはずの拳銃が無くなっていた。
ドノバは恐る恐るマリーシェを見やる。
鼻血を流して倒れる彼女は、拳銃を大事そうに胸に抱いていた。
捨て身で佐久間の命令を実行したのである。
反撃で手痛いダメージを負うと知っていながら、躊躇いなく襲いかかったのだ。
マリーシェの異常な突貫に、ドノバはほんの僅かな時間だけ硬直した。
時間にしてそれはコンマ数秒。
殺し合いの最中では、あまりに大きな隙だった。
「こっちを見ろ」
ドノバに迫る赤黒い影。
瞬時に距離を詰めた佐久間が、固く握り締めた拳を突き出した。
助走を付けた一撃がドノバの革鎧にめり込み、緩和できなかった衝撃が肋骨の尽くを圧し折る。
吐血したドノバは派手にバウンドして床を転がっていった。
足元に落ちた大剣を拾い上げ、佐久間は歩を進める。
撃ち抜かれた眼球は早くも塞がりつつあった。
「そ、んな……」
壁に背を預けるドノバは、驚愕に顔を染めて呟く。
もはや満足に動くことはできない。
正拳突きを受けた胸部は明らかに窪んでいた。
破損した肋骨が内臓に刺さったらしく、鈍い痛みを感じる。
皮鎧には魔術的な強化が施されていたのだが、佐久間の攻撃はそれを貫通してお釣りが出るほどの威力だったのだ。
荒い呼吸を繰り返すドノバは、近付いてくる負債勇者を見上げる。
「…………」
「相手が悪かったな。愚行は死を以て償え」
佐久間は大剣を振り上げ、ゆっくりとドノバに向けて下ろした。
誰でも見切れるような、欠伸の出るスピードだ。
回避できないドノバは両の手のひらで刃を挟み込む。
真剣白刃取りだった。
ドノバの頭上十センチ先で止まる斬撃。
そこで佐久間が悪魔のような笑みを滲ませる。
「力勝負といこうか」
佐久間は大剣に力を込め始めた。
それに伴い、ドノバの手のひらにかかる負担も徐々に大きくなっていく。
わざと一息で殺さないようにしているのだ。
刃はじわじわと着実に前進していた。
このままでは額に触れるのもそう遠くはない。
必死に止めようとするドノバは、泣きそうな顔で冷や汗を流す。
「まっ、待ってくれ! 俺が! 俺がっ、悪かった! だ、だからっ! こいつを! 止めて、くれえええぇぇぇッ!」
絶叫と共に紡がれる謝罪の言葉。
されど佐久間は手を休めない。
ぐいぐいと面白そうに大剣を振り下ろそうとする。
やがてドノバの手のひらが切れた。
合わさった手からぽたりぽたりと赤い血が垂れる。
滑りが良くなって刃が進みが速まった。
ドノバは必死の形相でもがく。
大剣がついにドノバの額に接した。
皮膚が切れて一筋の血が流れる。
ドノバの悲鳴が大きくなり、目が飛び出さんばかりに見開いた。
頭蓋に達した刃が緩やかな速度で前後される。
ゴリゴリという骨の削れる音。
ドノバは半狂乱になって助けを求めた。
冒険者たちは誰も近付こうとしない。
そして、限界が訪れる。
大剣がドノバの頭部を割って脳漿を破り、そのまま勢い止まらずに鎖骨まで縦断した。
ドノバが唐突に手を離したためだ。
自らの死を悟り、これ以上の苦痛を味わいたくなかったのだろう。
大剣を捨てた佐久間は、無謀な賞金稼ぎの末路を前に髪を掻き上げる。
「金に溺れるから、そんなことになるんだ」
侮蔑混じりの言葉は、誰に向けたものなのか。
負債勇者の目は昏い闇を湛えていた。