拒まれる崇拝
文字数 2,181文字
扉を抜けた先には清閑な雰囲気の空間が広がっていた。
窓から差し込む陽光が室内を明るく照らす。
壁や天井には意匠の凝った彫刻が施され、一種の芸術作品として成立していた。
木製の長椅子が並び、奥には豪華な祭壇が設けられている。
人々の列はそこから一直線に出入り口まで続ていた。
佐久間は祭壇の上に注目する。
そこには、黄金の彫像があった。
全長二十センチほどの布を纏った女性を模したもので、その表情は慈悲の笑みを浮かべている。
外にいた冒険者の男は、神の偶像だと話していた。
つまりそれは、黄金の女神像ということか。
人々は偶像の前に重たそうな革袋を積んでは跪いて手を組んで祈る。
あの中には多額の金銭が入っているのだろう。
やがて作業が終わったらしい者が、晴れ晴れとした様子で列から離れて教会を出ていった。
無事に望みのスキルを取得できたに違いない。
そこまで目撃した佐久間はずんずんと偶像に近付いていく。
すると、彼の前に修道服姿の若い女性が立ちはだかった。
「申し訳ありませんが、これより先へはお通しできません。お引き取り下さい」
控えめながらも明確な拒絶。
無理に止めようとしないのは、それが不可能だと理解しているからか。
佐久間は溜め息を吐いて返答する。
「別に悪事を働くつもりはないんだ。ちょっとスキルの取得方法に興味が湧いてね。まあ、どのみち俺が利用することはないだろうが……」
負債勇者の名の通り、佐久間は膨大な負債を抱えている。
現金の所持を許されず、様々な施設やサービスを利用できない。
マリーシェを介する形でなければ、買い物すら不可能な身なのだ。
無論、金を捧げる必要のあるスキル取得など、試す前から無理だと察している。
ふと佐久間は振り返ってマリーシェを見た。
彼女ならスキルを獲得できる。
殺人罪を始めとした負債はすべて命令する佐久間に加算されており、マリーシェ自身は潔白という判定を受けていた。
翼竜討伐で十分な報酬もあるので、金額面の問題もクリアしているだろう。
便利な能力を一つくらい覚えておいても損はあるまい。
そう思った佐久間はマリーシェに尋ねる。
「何か欲しいスキルはあるか」
「分かりません。旦那様にお任せいたします」
即答だった。
思考を放棄したマリーシェの答えだが、ある意味では彼女らしい。
今までもずっと命令だけを守り、自ら行動することはほとんどなかったのだ。
平然とするメイドを横目に、佐久間は踵を返した。
「じゃあ、また次の機会にでも利用するか。長居すると迷惑そうだしな」
「承知しました」
どのようなスキルがあるか分からない以上、マリーシェに与えるべき能力の見当が付かない。
佐久間自身、彼女の活躍に不満を感じていないのもある。
とりあえずこのような施設の存在を知れただけでも収穫なのだ。
再び訪れるまでに候補を決めておけば良いだろう、というのが佐久間の考えだった。
戸惑うシスターをよそに二人は教会を後にする。
◆
佐久間とマリーシェはスラム街に建つ洋館の前にいた。
特殊執行職員の標的リストに載っていたうちの一件がここなのだ。
資料の情報を信じるならば蓄えも魅力的で、なかなかに見逃せない相手である。
しかし、現場に到着した佐久間のリアクションは微妙なものだった。
「途中でまさかと思ったが、予想が的中してしまったか……」
佐久間は苦々しい顔で愚痴る。
目の前の洋館は、彼にとって見覚えのあるものだったのだ。
傍らに立つマリーシェも馴染み深い。
その洋館は佐久間が処刑会場で殺戮を起こした後に辿り着き、マリーシェを同行者に加えた場所であった。
半開きの扉からは、鼻の曲がりそうな悪臭が漂ってくる。
死体が腐敗しているのだろうか。
どうやら二人が立ち去った時からそのまま放置されているらしい。
佐久間は顔を顰めて深い溜め息を吐いた。
「外れだな。無駄足だった」
偶然にもギルドの標的と佐久間の殺戮した組織が被ってしまった。
洋館の資産は既に奪い取っている。
探索を行っても大した収穫はあるまい。
ただし成功報酬は貰えるはずなので、完全な時間の無駄ではなかった。
それにまだ、リストの標的はたくさん残っている。
奇しくも自らの行動で出鼻を挫かれたものの、予定の狂いは些細なものだ。
気を取り直した佐久間がリストから次の標的を選定し始めたその時、女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
声の大きさからしてさほど遠くない。
すぐに激しい物音と複数の男による怒声が混ざる。
二人の位置からは何が起こっているか確認できないが、切迫した雰囲気なのはひしひしと伝わった。
佐久間は手近に転がっていた一メートルほどの廃材を掴むと、それを軽々と肩に載せてみせる。
爛々と輝く瞳は、殺戮の予感に歓喜していた。
薄い唇が深い笑みを形作る。
「鬱憤を晴らす相手が出てきてくれたようだ……行くぞ」
「承知しました」
マリーシェは流れるような動作で拳銃を引き抜いて構える。
彼女もやる気満々らしい。
二人の異常者は、路地裏の闇に嬉々として沈んでいった。
窓から差し込む陽光が室内を明るく照らす。
壁や天井には意匠の凝った彫刻が施され、一種の芸術作品として成立していた。
木製の長椅子が並び、奥には豪華な祭壇が設けられている。
人々の列はそこから一直線に出入り口まで続ていた。
佐久間は祭壇の上に注目する。
そこには、黄金の彫像があった。
全長二十センチほどの布を纏った女性を模したもので、その表情は慈悲の笑みを浮かべている。
外にいた冒険者の男は、神の偶像だと話していた。
つまりそれは、黄金の女神像ということか。
人々は偶像の前に重たそうな革袋を積んでは跪いて手を組んで祈る。
あの中には多額の金銭が入っているのだろう。
やがて作業が終わったらしい者が、晴れ晴れとした様子で列から離れて教会を出ていった。
無事に望みのスキルを取得できたに違いない。
そこまで目撃した佐久間はずんずんと偶像に近付いていく。
すると、彼の前に修道服姿の若い女性が立ちはだかった。
「申し訳ありませんが、これより先へはお通しできません。お引き取り下さい」
控えめながらも明確な拒絶。
無理に止めようとしないのは、それが不可能だと理解しているからか。
佐久間は溜め息を吐いて返答する。
「別に悪事を働くつもりはないんだ。ちょっとスキルの取得方法に興味が湧いてね。まあ、どのみち俺が利用することはないだろうが……」
負債勇者の名の通り、佐久間は膨大な負債を抱えている。
現金の所持を許されず、様々な施設やサービスを利用できない。
マリーシェを介する形でなければ、買い物すら不可能な身なのだ。
無論、金を捧げる必要のあるスキル取得など、試す前から無理だと察している。
ふと佐久間は振り返ってマリーシェを見た。
彼女ならスキルを獲得できる。
殺人罪を始めとした負債はすべて命令する佐久間に加算されており、マリーシェ自身は潔白という判定を受けていた。
翼竜討伐で十分な報酬もあるので、金額面の問題もクリアしているだろう。
便利な能力を一つくらい覚えておいても損はあるまい。
そう思った佐久間はマリーシェに尋ねる。
「何か欲しいスキルはあるか」
「分かりません。旦那様にお任せいたします」
即答だった。
思考を放棄したマリーシェの答えだが、ある意味では彼女らしい。
今までもずっと命令だけを守り、自ら行動することはほとんどなかったのだ。
平然とするメイドを横目に、佐久間は踵を返した。
「じゃあ、また次の機会にでも利用するか。長居すると迷惑そうだしな」
「承知しました」
どのようなスキルがあるか分からない以上、マリーシェに与えるべき能力の見当が付かない。
佐久間自身、彼女の活躍に不満を感じていないのもある。
とりあえずこのような施設の存在を知れただけでも収穫なのだ。
再び訪れるまでに候補を決めておけば良いだろう、というのが佐久間の考えだった。
戸惑うシスターをよそに二人は教会を後にする。
◆
佐久間とマリーシェはスラム街に建つ洋館の前にいた。
特殊執行職員の標的リストに載っていたうちの一件がここなのだ。
資料の情報を信じるならば蓄えも魅力的で、なかなかに見逃せない相手である。
しかし、現場に到着した佐久間のリアクションは微妙なものだった。
「途中でまさかと思ったが、予想が的中してしまったか……」
佐久間は苦々しい顔で愚痴る。
目の前の洋館は、彼にとって見覚えのあるものだったのだ。
傍らに立つマリーシェも馴染み深い。
その洋館は佐久間が処刑会場で殺戮を起こした後に辿り着き、マリーシェを同行者に加えた場所であった。
半開きの扉からは、鼻の曲がりそうな悪臭が漂ってくる。
死体が腐敗しているのだろうか。
どうやら二人が立ち去った時からそのまま放置されているらしい。
佐久間は顔を顰めて深い溜め息を吐いた。
「外れだな。無駄足だった」
偶然にもギルドの標的と佐久間の殺戮した組織が被ってしまった。
洋館の資産は既に奪い取っている。
探索を行っても大した収穫はあるまい。
ただし成功報酬は貰えるはずなので、完全な時間の無駄ではなかった。
それにまだ、リストの標的はたくさん残っている。
奇しくも自らの行動で出鼻を挫かれたものの、予定の狂いは些細なものだ。
気を取り直した佐久間がリストから次の標的を選定し始めたその時、女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
声の大きさからしてさほど遠くない。
すぐに激しい物音と複数の男による怒声が混ざる。
二人の位置からは何が起こっているか確認できないが、切迫した雰囲気なのはひしひしと伝わった。
佐久間は手近に転がっていた一メートルほどの廃材を掴むと、それを軽々と肩に載せてみせる。
爛々と輝く瞳は、殺戮の予感に歓喜していた。
薄い唇が深い笑みを形作る。
「鬱憤を晴らす相手が出てきてくれたようだ……行くぞ」
「承知しました」
マリーシェは流れるような動作で拳銃を引き抜いて構える。
彼女もやる気満々らしい。
二人の異常者は、路地裏の闇に嬉々として沈んでいった。