第4話 魔法士と徽章

文字数 3,447文字

「おーい、悠貴ー、授業お疲れ様っ」

 昼。悠貴は前日の夜に(おご)らされるはめになった時と同じように莉々に声を掛けられた。

 莉々の声に振り向く悠貴。莉々の横にもう一人少女がいた。
 若槻(わかつき)優依(ゆい)。学部は違うが悠貴や莉々と同じサークルに入っている。

 悠貴と目が合ってニコッと笑う優依。優依の髪は長く、前髪も目が隠れる程だったので、よく話す途中に前髪を掻き分けて目に入らないようにしている。

 人付き合いがあまり得意ではない優依。自分から人に話しかけることは少なく引っ込み思案な所もあったが、それを除けばどこにでもいる女子大生だ。


 悠貴は莉々の横の優依をチラリと見た。私服は至って普通だったが……、優依が羽織っているのはローブだった。遠くから見れば純白、近くで見ればうっすらとピンクがかったのは魔法士のローブ。

 そして、優依を見る悠貴の目が()()をとらえる。ローブについている徽章。直径は約1.6㎝、円形。全体は銀色でその中央には桜の花が描かれ金のメッキが施されている。そしてその桜の花の中央には小さな小さな半球状の紅水晶(ローズクォーツ)。魔法士の徽章である。


 ──魔法士。

 れっきとした国家資格であり法務省が管轄する。

 全国の各地方にある法務省下の高等法務局に申請してはじめて魔法士を名乗れる。
 魔法を使える者が全国各地に出現した後、平素は何をするにも遅い国と行政の対応は早かった。すぐさま国から各地方公共団体に管轄地域で魔法を使えるものが確認され次第報告するように通知が下された。

 報告が上がり次第国から役人が派遣され本人確認、家族関係や交遊関係の調査が行われ、国がしかるべき対応をするまで無闇に魔法を使うことを控えるように伝えた。
 ここで「控えるよう伝え」ただけで「禁止する」とはしなかったのはそれを認める法律がなかったからだ。

 それでも突如として現れた魔法使いたちをそのままにしておけば社会不安につながる。可及的速やかに国の管理下に置かねばならなかった。実態を把握し、後に時を置かず法律の制定に繋げられるよう法務省が所管することとなった。


 悠貴にちらちらと見られた優依が恥ずかしそうに口を開く。

「こ、こんにちは、悠貴君……。あの、私、何か変かな……?」

 あたふたと何処かおかしいところが無いかと確認する優依には悠貴は笑う。

「違う違うっ。お疲れ、優衣。いや、ローブ羽織ってるから演習にでも行ってきたのかなってさ」

 ああ、と納得した優依は安心した風にして続ける。

「そうだよー。最近は午前中に魔法士の演習が入ること多くて……。で、昼は学食にしようかなって思ってキャンパス歩いてたら、莉々ちゃんに会ったから……」

「で、優衣と一緒に行くとこっ。悠貴は?」

「俺も。一緒して良いか? 若干遅れたかもだから3人並んで座れるかは怪しいけど」

 手を叩く莉々。

「もちろんっ。むしろちょうど良かったよ、サークルの合宿の話もしたいし。私たち合宿係なのに、なかなか集まれてなかったもんね。優衣も悠貴が一緒でも良いでしょ?」

 莉々に尋ねられた優依が頷いて3人は歩き出す。

 悠貴は莉々と優依の少し後ろを歩く。莉々に向ける優依の笑顔。大人しい性格と相まって時に作り笑顔と酷評されることもある優依の笑顔だが、自分や莉々の前で見せる笑顔は莉々の男殺し(ニコポン)と同じくらい男を惑わせると思う。



 3人は文学部のキャンパスの入り口から学食がある棟への坂道を歩く。左右に立ち並ぶ木々は風に葉を揺らしているが紅葉づくにはまだ早く生命力を感じさせる。



  中は4人が向かい合って座るテーブルが多かったが、外は8人が向かい合うような大きさのテーブルが多い。サークル仲間と大人数で集まるときには外を使うことが多いが今は昼時。2~4人の集まりが多い。相席のようにしてテーブルを分けあっている。


「うわぁ……、やっぱ混んでるね……」

 言った莉々は学食を見回す。

「だなぁ……、あ、あそこ空いてるんじゃないか?」


 悠貴が見つけた空席。8人用の長いテーブルのうち奥の4人分が空いていた。悠貴たちは席を確保しようと足早に進む。


「すみませーん、ここ、空いてますか?」

 空いていた席の近くに座っていた男子学生に莉々が声を掛ける。頷いた男子学生とその友人たちは席に着く莉々と優依をチラチラと見ている。

(やっぱ……、この2人、目立つよな……)

 男子学生たちの様子を見た悠貴は座りながら思った。サークルの中でも2人はモテた。莉々は学部も同じだったので、同じ授業を取る学生の中でも人気が高いのを悠貴は知っていた。


 座って少し落ち着いたところで莉々が悠貴に口を開く。

「そう言えば悠貴、バスの手配の担当でしょ? もう予約済んだの?」

「あ、やべぇ、すっかり忘れてた。昨日帰ったらやろうと思ってたけど莉々に付き合わされたから……」

 悠貴の言葉を聞いた莉々がむっとした顔になる。

「はぁ、私のせいにするのっ? ひどー。じゃあちゃんとやっておいてね。優衣は備品で何が必要かの確認と、あと……合宿の日程決めるのはどんな感じ?」

「あ、えと、大体は終わってるよ。あとは莉々ちゃんに確認してもらうくらいかな。日程は宿の人とも打ち合わせなきゃだけど、直接宿の人とやり取りしてるの莉々ちゃんだし」

「OKー、じゃあもうほぼ終わってるねっ。悠貴さぁ、バイト掛け持ちして忙しいかもだけどさ、断然多忙な優衣がちゃんとやってるんだからさぁ」

 莉々から目を向けられた悠貴。確かに莉々の言う通りだった。自分も忙しい方ではあるとは思うが魔法士としても色々とやらなきゃならない優依と比べられては何も言えない。

「分かってるって、今日の夜には絶対終わらすから! 優衣もごめんな、迷惑かけちゃって」

「そ、そんなことないよ、気にしないで……、悠貴君」

 3人は合宿について会話しながら注文を取りに来たロボットにそれぞれ注文を伝え、学生証をパネルにかざす。ぴっという電子音がなるとロボットは厨房へと向かう。

 悠貴、莉々、優依は3人ともサークルの秋合宿の係だった。係とは言っても1年生だけの学年合宿。人数にして20数名だが、こうやって経験を積んでいずれサークルの全体の合宿を担えるようになっていく。




「楽しみだねぇ伊豆。私、伊豆初めてなんだよ! 優衣は?」

「あ、私は前に家族と行ったかな、旅行で……。それと、あと魔法士の新人研修で……。えと、悠貴君は?」

「俺も莉々と同じで初めてだな。そか、優衣は魔法士の研修で……、てか研修って伊豆でやるんだな、どんなことやるんだ?」

 悠貴に尋ねられた優依は少し慌てて、うーん、と考える。

「えとね、あんまり詳しいことは話せないんだけど、伊豆には魔法士専用の新人研修の施設があるんだ。それでね、経験の長い魔法士の人が教官になって色んなこと教えてもらって……、うん、そんな感じかな」

 優依の説明を聞いていた莉々が身を乗り出す。

「そう言えば、優衣にちゃんと魔法士のこと聞いたことなかったねー。せっかくだし魔法士のこと教えてよっ」

 迫る莉々に困った表情を浮かべた優依だったが語り始める。
 魔法に覚醒した人間はまずは高等法務局に登録申請の申請をする。そしてその申請後、毎年、夏と冬の2回行われる新人研修への参加研修が義務付けられる。研修は3か月に及ぶ。5人程度のグループに別れて、その指導を先輩の魔法士が行う。
 3ヶ月共同生活を送るため登録時期が同じである同期魔法士同士は仲が良い。特に同じグループともなれば指導役の先輩魔法士も含めて研修が終わってからも定期的に会ったりもする。



「へぇ……、じゃあ研修で一緒になった魔法士ってホント仲良くなるんだなぁ」

 驚くような様子で言った悠貴に頷いた優依が返す。

「う、うん、そうだね。魔法士って結構中学生から高校生ぐらいの人たち多いから……。年上の人たちも多いんだけど」

「そかー、なんかいいね、そういうの……。私たちの今回の合宿だってさ、まだ同じ学年なのにあんまり話したことない人同士だっているんだし、優衣のその合宿みたいに、皆が仲良くなれる合宿にしたいね!」

 明るい声で莉々は優依に笑顔を向ける。

 悠貴も優依を見る。莉々に、楽しい合宿に……、と言われた優依だったが複雑そうな顔を浮かべていた。しかし、直ぐに笑顔になり莉々と合宿のことを話し始めた。


 そんな2人を見る悠貴。自分も会話に入ろうと思ったその時、再び優依が羽織っているローブの魔法士の徽章が目に入った。



「魔法かぁ……」

 昨日に続き、また思った。
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