第23話 学年合宿 ~告解~
文字数 3,209文字
何人かのメンバーがそれぞれのコテージから出てきて屈伸をしている。志温をはじめとする朝練組。自由参加とあって昨日よりは幾分まばらだ。それでも係が予想していたよりは多い。談笑しながらコートへ向かおうと森へ入っていく。
悠貴はシャワーを浴び終え、ボロボロになった衣服を袋へ入れて脱衣場を出る。廊下からリビングへ戻り和室を見る。
志温は朝練へ向かっていてそこにはいない。布団は畳んで整頓されていた。その奥、悠貴より先にシャワーを浴びていた好雄は、大の字でイビキをかきながら寝ている。髪は生乾きで、枕の上にバスタオルを敷き、その上に頭を置いている。
悠貴は不思議な感じがした。昨日の夜、あれほど遠くに感じていた好雄。今はそれ以前のように身近に感じる。悠貴と好雄の間に敷かれていた志温の布団が片付けられ、二人の間を隔てるものがないことが余計にそう感じさせてくれた。
汚れた服をまとめて入れた袋をラケットバッグにしまう。それから合宿中いつもそうしていたようにリビングとの間の段差に腰かけた。カーテンが開かれたリビングは明るい。ガラス戸から庭を見やる。
漆黒の森の濃い緑に目が慣らされたのか、庭の芝生の緑がやけに薄く感じた。その奥の森。相変わらず鬱蒼としているが、一晩中歩き回って森の中の景色を知り、あの森の中に何があり、何がいたのかを知った為か、前ほど不気味さは感じなかった。
不気味さの代わりに純粋な『関心』が悠貴を包み込んでいた。あの墓 は何なのか、あの異形は……、それらと優依、好雄との関わりは……。しかし、そうやって生じた幾多の思いは自身の覚醒についての想念に収斂 していった。
リビングに目を戻す。
昨夜、この光景を見ていたのは魔法士 ではない自分。今、この光景を見ているのは魔法士 ーまだ登録をしていないため正確にはまだ資格者 だがーである自分。同じものを見ているようで全く別のものを見ているようでもあった。
リビングとその奥の台所を一通り見回した悠貴は、それまでいつもそうしていたように吹き抜けの中空とその先の洋室の窓に目をやる。中の様子は窺い知れない。好雄の前にシャワーを浴びた優依は部屋へ戻っているはずだが琴音、そして莉々は部屋にいるのかも分からなかった。
今になって、着替えやシャワーのこともあり、そそくさと莉々をその場に置いてコテージに向かってしまったことに思いが至った。
「りりぃ、部屋戻ったかな……」
そう呟いてもう一度、白い陽光が入るリビングに目を移す。一息をついたこともあって眠気が襲ってきた。壁にもたれ掛かって目を閉じる。
しばらく悠貴がそうしていると、外から人声が聞こえてきた。朝練組がコートから戻ってきたようだ。気がつかないうちにそこそこ時間が経っていたようだ。スウェットをダメにしてしまったのでTシャツを着てウィンドブレーカーを羽織って外に出る。
悠貴ががコテージを出ると朝練に出ていた同期の姿が目に入ってきた。朝練組はテニスをしてきた格好のままそこにいたのでそのまま朝食へ向かうのだろう。その中に琴音がいたのが意外だった。
その輪の少し外に莉々がいる。一睡も出来ていなかったであろう彼女は普段と同じ様子で他のメンバーと談笑している。
優依がコテージの中から出てきた。髪は乾いている。ちゃんとドライヤーを掛けてから僅かな時間とはいえ休めたとみえる。悠貴の横を通り過ぎて他の同期に朝の挨拶をしに向かう。悠貴は優依が残した、どこか甘く感じる香りに気を取られていたが、はっとして口にする。
「あ、よしお起こしてこなきゃ」
そう言った悠貴を志温が制した。
「ラケット置いてきたいし、俺が起こしてくるよ」
そう言った志温は、横に居たメンバーに声を掛けて二人でコテージの中へ姿を消した。少しして、中へ入った二人に左右から抱えられて出てきた好雄の姿は昨日の朝の大門を彷彿 とさせた。
「あれっ、だいもんは?」
何人かのメンバーが、あぁ、と言って指で示す。示した先には大門が倒れていた。昨日と同じように着替えさせ、外へ連れ出すまではよかったが全く起きる気配がない。足に力も入っていなかったためそれ以上運べなかった。人の体は重い。朝食の時間も迫っていたので取り敢えず大門は放置 にして中心施設へ向かった。
サークルメンバーが食堂で軽めの朝食をとっていると大門が駆け込んできた。
「おかしいだろ! いや、ていうかおかしいだろ! 何で起こしてくれなかったんだよ!」
もしメンバーが起こしていなかったとしたら彼は寝ながらにして着替えて外へ出たことになる。それを少しも不思議に思わないのだろうかと悠貴はまるで珍獣を見るかのようにその光景を眺めていた。
大門が当たり散らしながら座った光景の先に莉々が見えた。優依とならんで楽しそうに話しながらパンをかじっている。それに目を細めた悠貴は急に空腹を覚えて立ち上がり、コーナーから小さなパンを取って口に放りながら席へ戻り、コーヒーを飲んでパンを流し込んだ。
一頻 り朝食が済んだのを確認し、莉々が号令を掛けてメンバーにコテージに戻るよう促した。今日の予定は温泉に寄って都内に戻るだけとはいえダラダラしてると昼のタイミングを逸する。それぞれ荷造りとコテージ内の簡単な片付けもしなければならなかった。
メンバーが戻ったのを確認して係の4人は食堂を出た。莉々と志温が前を歩き、その後を悠貴と優依が並んで歩いている。多少神経質な所がある志温は早くコテージへ戻り片付けの続きや係の仕事の確認をしたかった。次第に若干ではあるが早歩きになり、莉々もそれにつられていったため、悠貴たちと前を行く二人との間が少し開いていた。
「ゆーき君……あのね、ありがとう」
突然そう言われたので悠貴は優依を見る。それに気づいてそうしたのか、それとも最初からそうしていたのか、優依もまた悠貴のほうを向いていた。目があって急に気恥ずかしくなって不自然に悠貴は目をそらした。
「全然、ゆいもよしおも俺も結局無事だったんだしな。それにさ……何て言うか、まあ、魔法 まで付いてきたしな」
悠貴がふざけた感じでそう言ったので、優依も応じてふふ、と軽く笑い、そして視線を前に戻す。
「私ね、嬉しかったんだ。ゆーき君が追って来てくれたんだって分かったとき」
「かっこよかっただろっ」
茶化して言う悠貴に顔の向きはそのままにして今度は真面目に優依は応える。
「うん。本当に、かっこよかった……」
普段は幼く見える優依の顔が少しだけ大人びて見えた。揺れる前髪から覗く優依の瞳が言葉に乗せた真剣さを物語っていた。
「あのね、たぶん、ゆーき君はさ、私が何で飛び出していったのか、昨日の昼間のあの場所は何なんだって気になっていると思うんだ」
悠貴は首肯して先を促す。
「その全部がね、あの墓 に、ね……繋がってるんだよ」
風が吹いて優依の前髪が揺れる。
「それでね、私はまだ
悠貴はそれを知りたいとも知りたくないとも思った。再び風が吹いて先程よりも少しだけ大きく優依の前髪を揺らした。
優依は視線のその先に悠貴が入らないように、ただひたすらに前を見据えて、そして静かに口にした。口にする直前に風が止んだので優依の言葉は綺麗に悠貴の耳に染み渡っていった。
「墓 にはね、私が殺した男 が眠っているの」
悠貴はシャワーを浴び終え、ボロボロになった衣服を袋へ入れて脱衣場を出る。廊下からリビングへ戻り和室を見る。
志温は朝練へ向かっていてそこにはいない。布団は畳んで整頓されていた。その奥、悠貴より先にシャワーを浴びていた好雄は、大の字でイビキをかきながら寝ている。髪は生乾きで、枕の上にバスタオルを敷き、その上に頭を置いている。
悠貴は不思議な感じがした。昨日の夜、あれほど遠くに感じていた好雄。今はそれ以前のように身近に感じる。悠貴と好雄の間に敷かれていた志温の布団が片付けられ、二人の間を隔てるものがないことが余計にそう感じさせてくれた。
汚れた服をまとめて入れた袋をラケットバッグにしまう。それから合宿中いつもそうしていたようにリビングとの間の段差に腰かけた。カーテンが開かれたリビングは明るい。ガラス戸から庭を見やる。
漆黒の森の濃い緑に目が慣らされたのか、庭の芝生の緑がやけに薄く感じた。その奥の森。相変わらず鬱蒼としているが、一晩中歩き回って森の中の景色を知り、あの森の中に何があり、何がいたのかを知った為か、前ほど不気味さは感じなかった。
不気味さの代わりに純粋な『関心』が悠貴を包み込んでいた。あの
リビングに目を戻す。
昨夜、この光景を見ていたのは
リビングとその奥の台所を一通り見回した悠貴は、それまでいつもそうしていたように吹き抜けの中空とその先の洋室の窓に目をやる。中の様子は窺い知れない。好雄の前にシャワーを浴びた優依は部屋へ戻っているはずだが琴音、そして莉々は部屋にいるのかも分からなかった。
今になって、着替えやシャワーのこともあり、そそくさと莉々をその場に置いてコテージに向かってしまったことに思いが至った。
「りりぃ、部屋戻ったかな……」
そう呟いてもう一度、白い陽光が入るリビングに目を移す。一息をついたこともあって眠気が襲ってきた。壁にもたれ掛かって目を閉じる。
しばらく悠貴がそうしていると、外から人声が聞こえてきた。朝練組がコートから戻ってきたようだ。気がつかないうちにそこそこ時間が経っていたようだ。スウェットをダメにしてしまったのでTシャツを着てウィンドブレーカーを羽織って外に出る。
悠貴ががコテージを出ると朝練に出ていた同期の姿が目に入ってきた。朝練組はテニスをしてきた格好のままそこにいたのでそのまま朝食へ向かうのだろう。その中に琴音がいたのが意外だった。
その輪の少し外に莉々がいる。一睡も出来ていなかったであろう彼女は普段と同じ様子で他のメンバーと談笑している。
優依がコテージの中から出てきた。髪は乾いている。ちゃんとドライヤーを掛けてから僅かな時間とはいえ休めたとみえる。悠貴の横を通り過ぎて他の同期に朝の挨拶をしに向かう。悠貴は優依が残した、どこか甘く感じる香りに気を取られていたが、はっとして口にする。
「あ、よしお起こしてこなきゃ」
そう言った悠貴を志温が制した。
「ラケット置いてきたいし、俺が起こしてくるよ」
そう言った志温は、横に居たメンバーに声を掛けて二人でコテージの中へ姿を消した。少しして、中へ入った二人に左右から抱えられて出てきた好雄の姿は昨日の朝の大門を
「あれっ、だいもんは?」
何人かのメンバーが、あぁ、と言って指で示す。示した先には大門が倒れていた。昨日と同じように着替えさせ、外へ連れ出すまではよかったが全く起きる気配がない。足に力も入っていなかったためそれ以上運べなかった。人の体は重い。朝食の時間も迫っていたので取り敢えず大門は
サークルメンバーが食堂で軽めの朝食をとっていると大門が駆け込んできた。
「おかしいだろ! いや、ていうかおかしいだろ! 何で起こしてくれなかったんだよ!」
もしメンバーが起こしていなかったとしたら彼は寝ながらにして着替えて外へ出たことになる。それを少しも不思議に思わないのだろうかと悠貴はまるで珍獣を見るかのようにその光景を眺めていた。
大門が当たり散らしながら座った光景の先に莉々が見えた。優依とならんで楽しそうに話しながらパンをかじっている。それに目を細めた悠貴は急に空腹を覚えて立ち上がり、コーナーから小さなパンを取って口に放りながら席へ戻り、コーヒーを飲んでパンを流し込んだ。
メンバーが戻ったのを確認して係の4人は食堂を出た。莉々と志温が前を歩き、その後を悠貴と優依が並んで歩いている。多少神経質な所がある志温は早くコテージへ戻り片付けの続きや係の仕事の確認をしたかった。次第に若干ではあるが早歩きになり、莉々もそれにつられていったため、悠貴たちと前を行く二人との間が少し開いていた。
「ゆーき君……あのね、ありがとう」
突然そう言われたので悠貴は優依を見る。それに気づいてそうしたのか、それとも最初からそうしていたのか、優依もまた悠貴のほうを向いていた。目があって急に気恥ずかしくなって不自然に悠貴は目をそらした。
「全然、ゆいもよしおも俺も結局無事だったんだしな。それにさ……何て言うか、まあ、
悠貴がふざけた感じでそう言ったので、優依も応じてふふ、と軽く笑い、そして視線を前に戻す。
「私ね、嬉しかったんだ。ゆーき君が追って来てくれたんだって分かったとき」
「かっこよかっただろっ」
茶化して言う悠貴に顔の向きはそのままにして今度は真面目に優依は応える。
「うん。本当に、かっこよかった……」
普段は幼く見える優依の顔が少しだけ大人びて見えた。揺れる前髪から覗く優依の瞳が言葉に乗せた真剣さを物語っていた。
「あのね、たぶん、ゆーき君はさ、私が何で飛び出していったのか、昨日の昼間のあの場所は何なんだって気になっていると思うんだ」
悠貴は首肯して先を促す。
「その全部がね、あの
風が吹いて優依の前髪が揺れる。
「それでね、私はまだ
あの事
を引きずってるからね、たぶんちゃんと上手く話せないと思う。でね、よしお君がね、ゆーきには話すって言ってたから……それで分かると思う」悠貴はそれを知りたいとも知りたくないとも思った。再び風が吹いて先程よりも少しだけ大きく優依の前髪を揺らした。
優依は視線のその先に悠貴が入らないように、ただひたすらに前を見据えて、そして静かに口にした。口にする直前に風が止んだので優依の言葉は綺麗に悠貴の耳に染み渡っていった。
「