第46話 未だ見ぬ答え【学園祭編2】

文字数 5,444文字

「ちょっとそこ押さえててくれ!」
「おいおいっ、ここ……、図面と作りが違くないか?」


 悠貴のサークル同期たちが屋台作りを急ピッチで進めている。資材の調達班が戻ってきてからは好雄も大門も協力的で優依、琴音と一緒に係の仕事に励んでいた。


 悠貴も莉々もさっきまで屋台作りを手伝っていたがやる気になった好雄と大門の活躍もあり遅れを取り戻しつつあった。今は近くの芝生に座ってサークルメンバーの仕事ぶりを見ている。


 悠貴は手にしていたペットボトルを空にして、改めて光景を眺めて耳を澄ます。釘を木の板に通す音とそのリズムはどこか心地よかった。そこかしこから似たような音が聞こえてきて、混じりあって辺りに響く。

 周囲の団体のなかには今日の作業を終えて撤収するものもあった。今もちょうど悠貴たちのいる所から見て、中庭の対角線上、その団体は屋台をほぼ完成させたらしく青いシートを掛けて帰り支度を進めている。


 悠貴は横に座る莉々を見た。莉々が上手く好雄と大門をまとめてくれなければこうして悠長にはしていられなかったかもしれない。


「莉々のお陰でなんとか無事に進められそうだな」

「ふふっ。どうだかね、あの2人のことだから当日へ向けてまた何かやらかすかもよ?」

「それは、まあ、確かに。それに、ああやって協力的に頑張ってるのも莉々が怖いからってのもあるかもな……」


 その証拠にさっきから好雄も大門もチラチラとこちらを見ていた。笑った悠貴に莉々が顔をむっとさせる。

「わ、私……、そんなに2人をビビらせるほどは怒ってないよ! あれは2人が自主的に頑張ってるだけよ」

「ま、そういうことにしておくか。取り敢えず何とかなりそうだな。優依がスケジュールを余裕をもって組んでてホント良かったな……。好雄と大門がこのまま何もやらかさなきゃいいけど」

 言った悠貴が中庭を囲む学部棟が切り取った空を見上げる。気付けば辺りは暗くなり始めていた。学部棟の窓から漏れる明かりが少しずつ際立ってきている。


「あ、合宿係の打ち上げどうしよっか?」

 莉々が手を叩いて思い出したように言った。言われた悠貴も同じように手を叩く。

「あ、そうだそうだ! 合宿中にも係で打ち上げしようって言ってたのに全然話進めてなかったもんな。優依と志温の予定聞かなきゃ……」


 莉々が取り出したスマホでスケジュールを確認しながら答える。

「まあ……、今は学園祭に集中したいし、学園祭終わってから、かな? でも延ばし延ばしにするのも嫌だし……。11月中……遅くても12月の始めにはやりたいな」

「あんまり日が経つと合宿中の事忘れちゃって思出話出来なくなるしな……」

 言った直後に悠貴は少し、しまったと思った。
 合宿が終わってから面と向かって莉々と合宿中の事については話していない。森の中での出来事も、自分の魔法の事も、好雄と優依の研修中の話も事柄の性質上、気軽に話せるものではないと思った。莉々から直接には聞かれなかったこともある。

(莉々は森の外で俺たちの帰りを待ってた時からずっと何があったのか知らずにモヤモヤしてるんだろうな。本当は、知りたいんだろうな……)


 罪悪感から下を向く悠貴。


「そうだね! 朝練の事とかBBQのこととか、あとコテージも良かったよね、何か家みたいな感じでさ」


 そう言った莉々の声色からは敢えて森でのことを避けたのかどうかは分からなかった。それでも莉々にそう言われて悠貴は合宿中のことを思い出す。



「あっ……」

 そう思わず声を漏らした悠貴が思い浮かべたのは始まりの山だった。

 悠貴の脳裏がその光景で埋め尽くされる。それは圧倒的な存在で、直接目にしていなくとも体が自然と緊張した。

 行きのバスの中から見た始まりの山は夕暮れの色に染まっていた。莉々はどこか懐かしいと言い、好雄や優依は気味が悪いと言っていたが、自分は特に思うところはなかった。
 そして、帰りのバスの中からも同じ光景を見るはずだった。正確には一瞬は、見た。しかし一瞬以上には直視ができなかった。自分でも分からないが何故か見ていられなかった。目を閉じても山から放たれるオーラが自分を包み込むようで、そして耳元で何かを囁かれているようで怖かった。目を閉じて寝ているフリはしたが瞼に焼き付いた「始まりの山」が消えることはなかった。次第に意識が遠退いていった。何か、夢のようなものを見ていた気もするが良く覚えていない。




「悠貴……?」

 莉々に呼ばれて悠貴は我に返る。

「あ……、ああ、打ち上げやりたいから2人にも予定聞かなきゃな!」

「それはもうさっき話したよー、ちゃんと聞いてた?」

 いつも通りの莉々の男殺し(ニコポン)をくらうが、まだ頭の片隅に山の景色が残る。悠貴は頭を振って頭の中に残る(もや)のような光景を消し去ろうとする。そして無理やり会話に戻った。

「当たり前だろ。もう少しで今日はあがりだろうから、そしたら2人と話して予定決めような」

 うん、と頷く莉々。心底楽しみにしているような笑顔だった。




「よーし……、今日はこんなとこだろ、皆、お疲れー!」

 同期メンバーが集まってくる。悠貴もその輪に加わり、改めてブルーシートで包まれた製作途中の屋台を見る。大きさを見ると思ったよりも(はかど)ったようだ。



「よーし、今日の俺たちの努力を祝して飯に行こうぜ!」

 好雄がそう言うと周囲から「おー!」と声が(そろ)う。文学部キャンパスの近くのファミレスに移動した。作業の途中で抜けたメンバーもいたが、それでも10人近くいた。



『12月の中間試験が……』

『バイト先の店長がさー』

『……と……先輩が別れたらしいよ』

 10人でかたまって座って盛り上がる悠貴たち。悠貴は横に座る優依に袖を引っ張られた。

「ん、優依、どうした……?」


 そう返された優依が悠貴のスマホを指差して他の友人との会話に戻る。

 悠貴はテーブルの上に出していたスマホを開く。優依からのメッセージが来ていた。

『合宿の係の打ち上げ、いつにしようか?』


 なんでわざわざメッセージで……と思った悠貴だったが直ぐに納得した。この場で話せば係以外のメンバーも便乗してくる。それはそれで楽しそうで悪くないかもしれないがせっかくだし今回は4人で行きたい。


 莉々からはさっき希望している日程をいくつか聞いておいた。悠貴も自分のスケジュールの空き具合を見て候補日を上げていく。何回かメッセージのやりとりをして12月の最初の土曜でどうかとなった。

『じゃあ志温には俺から聞いておくな』

 最後にそう送って優依に目をやる。それに頷く優依。


(莉々にも打ち上げの日程のこと……後で伝えておかなきゃな)

 悠貴はそう思って莉々を見て、その後ろの時計が目に入る。


「あ、やべ。もうこんな時間か! ごめん、俺はバイトだからもう行くな!」

 周囲からの、お疲れ、の声に軽く手を上げた悠貴がその場を後にする。


 好雄と大門を中心に盛り上がる中、莉々は去り際の悠貴の後ろ姿を一瞥(いちべつ)し、目線を目の前のグラスへ移す。グラスの中の水に浮かぶ氷。そのうちの一番大きな氷を莉々はストローで突っつき底へ沈める。氷は直ぐに浮かび上がる。周囲の友人の話に適当に相槌を打ちながらそうやって氷を弄る。気が付くと氷は溶けてなくなっていた。


 莉々は周りに気づかれないように小さくため息をついた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 塾講師のバイトも終わり悠貴は後片付けをしていた。誰も居なくなった自習室の机の掃除をしながら思いを巡らせる。


(魔法士のこと……、どうするかな……)



 公園で優依と話し、そこで言われた言葉が悠貴の中で反芻(はんすう)する。

『そういう聞き方をするときにはもう自分の中で答えは決まっているんだよ』


 言われて妙に納得してしまっていた。

(実際その通りなんだよなぁ……)

 自分が魔法士のローブを(まと)い徽章をつける。

 それを考えると自然と気分が高揚してくる。認めざるを得ない。自分は魔法士になりたい。そこまで自分の気持ちを自覚しているのだから、登録の申請をして魔法士になると決めてしまえば良い。そして、魔法士の先輩になる好雄や優依のところに行って「これから宜しくなっ」とだけ言うだけだ。


 しかし……、そこまでは意気込むもののどうしても最後の最後、好雄と優依の研修での出来事が引っ掛かってしまう。あくまで伝聞の上での話だ。朽木という男のことは直接は知らないし現場を見たわけでもない。

 それでも、彼が眠る墓を見た。そして彼らがそうしたように自分も舞台となった森を駆け巡った。伝聞と割り切ってしまうにはあまりにも身近過ぎた。


(それに……、俺は好雄みたいに……出来るのか……)

 話を聞いている限りは好雄が朽木に(とど)めを刺したのは優依を守るためだ。自分もその場にいればそうしただろうし、これからも自分にとって大切な人が危険に晒された時にはそうしたいと思う。

 だが実際には今までの人生でそういった場面に遭遇したことはない。頭では分かっていて想像もできるがリアルではない。合宿中に森で優依を守るために戦ったが、相手は人ではなく得体の知れない化け物だった。更に、魔法を放ってその化け物を葬ったときの記憶もない。



「いっそのこと……、優依に魔法士にならないかって誘ってもらえてたらな……」


 思ったことがそのまま口から出てしまい悠貴は慌てて辺りを見回す。誰も居ないことを確認した悠貴は下を向いて大きく溜め息をついた。



「先生、何そんな大きなため息ついてんのっ?」


 驚いた悠貴が顔を上げる。制服姿の小柄で細身の少女が目に入る。学校指定の鞄がいつもより大きく膨らんでいて小柄さが際立つ。

「なんだ、なつかぁ。何か用か?」

 悠貴に、なつ、と呼ばれた少女ー新島なつみはふんっと鼻を鳴らす。

「何だってなによー。落ち込んでそうだったから折角声掛けてあげたのに……」

「あー、はいはい。悪い悪い」

 ぞんざいな悠貴の態度に今度はなつみが溜め息をつく。

「絶対悪いって思ってないでしょ……、ったく。で、何のため息?」


 答えに詰まる悠貴。


(まさかコイツに「いや、魔法使えるようになったから魔法士になろうかどうか迷ってるんだよな。お前、どう思う?」なんて聞けないしな……)

 思った悠貴は明後日の方を向きながら適当に返した。

「人生について考えてたんだよ……」



 悠貴の答えを聞いて沈黙したなつみが笑い出す。

「あはははは! バッカじゃないの! そんなの両手に持ちながらっ?」

 ふとガラスに写る自分の姿を見る。机上を掃くための小さい緑の箒と塵取り。赤くなった悠貴は机の上を掃き始めた。

「い、いいだろそんなの! 人それぞれだろ……。人生に思いを馳せるタイミングなんて……」

「まあさ、それはそうだけどさ……くくっ」

「いつまでも笑ってんなよ。てか……、なつこそ何してるんだよ。もう授業終わったんだし帰んないのか?」

「もちろん帰るわよ。で、帰ろうとしたら先生掃除しながらガチめにため息ついてるから何かあったのかなぁーってさ」

 言って重さに堪えかねて肩から落ちてきた鞄をなつみは背負い直す。

「お前そんなに鞄に何詰め込んでるんだよ? まさか参考書とかテキストじゃないだろうな? 高校生じゃあるまいし……」

「は? バカじゃないの? こんなに可愛く制服着こなしてむしろ高校生にしか見えないでしょー」

「ん、なつ小学生じゃなかったのか?」

 なつみが素早く鞄を肩から下ろし、悠貴に目掛けて振り回す。重さも相まってブンと重く鈍い音がして鞄が宙を切る。

「おい、馬鹿! その重さでフルスイングとか当たったらどうすんだよ!」

「先生が馬鹿の一つ覚えみたいにその小学生ネタ繰り返すからでしょ!」


 悠貴はなつみの授業を初めて担当したときのことを思い出した。鋭く聡明そうな瞳だったが私服を着ていたこともあって本当に小学生と間違えてしまった。以来、このネタで時折なつみをからかっている。

「さ、帰った帰った! 家で宿題でもやって……、あ、お前、今日までの宿題やってきてないだろ!?」

 悠貴の口から出た宿題という言葉を聞き、遠い目をして何のことか分からないといった顔をするなつみ。

「はぁ、またかよ。いつになったらちゃんと宿題の1つもやってくるんだよ……」

「誰に向かって言ってるの? なつが学校では毎回トップで、全国模試でも上位ランカーだってのは先生だって知ってるでしょ?」

 悠貴はなつみをチラリと見る。実際なつみの成績は抜群に良い。本当は宿題だって出さなくても良いのかもしれないが一応塾の決まりで最低限のものを出していた。



「だからってなぁ。いつまでも油断してるとそのうち……」

 言いかけた悠貴をなつみは人差し指を立てて制す。

「大丈夫! なつ天才だからっ」

 言ってウインクするなつみ。現に成績の数字がそれを物語っているので、それ以上悠貴は何も言えなかった。押し黙るしかない悠貴の様子になつみは満足そうにする。


「それじゃあまたね! ん……、あれ……」

 帰ろうとしたなつみが向きを変えて悠貴に近寄る。そしてじっと悠貴の目を覗き込んだ。


「な、何だよ。急に……」

 悠貴の言葉にもなつみは反応しない。ただ悠貴の目の奥を見据えるなつみ。その視線を受け止めきれず悠貴は目を逸らした。

「おいっ、なつ……」

 悠貴の言葉にハッするなつみ。


「何でもないわよっ。ごめんね、急に。まあこんな天才美少女に見つめられて嬉しかったでしょ? じゃあ今度こそまたね、バイバイ、先生」
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