第37話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編13】~
文字数 4,000文字
「はぁはぁ、ここは……、どこだ……。どうすれば山から出られるんだ!?」
言った朽木の表情には焦りの色が濃く映し出されている。塀を抜けて外へ出た歓喜と興奮は既に冷め去り、今は視界を埋め尽くす漆黒の森と未だ見ぬ追手の恐怖に苛 まれていた。
研修の一環で山に出て研修生同士で戦う実践演習が何度かあった。その時に目にした周辺の簡易な地図は頭に入れてあった。
しかし、少しでも抜け出した施設から遠ざかりたい一心で、とにかく塀から離れようと森を進んでいった。いずれ道に辿り着き街へ出れると自分に言い聞かせる朽木だったが、歩を進めるごとに森は深くなっていく。
「こ、こんなはずじゃあ……」
街へ出て追手の目を逃れて移動手段を確保する。自分は魔法が使える。いざとなったら魔法を使って脅しつけてでも誰かに協力させれば良い。そう楽観していた朽木だったが、今は焦って駆ける足が止まらない。
今自分は森のどこに居るのか。
森を無事に抜けることが出来るのだろうか。
抜けたところで待ち構えられてはいないだろうか。
そこで追手に捕縛されてしまうのではないか。
施設に戻され詰問と拷問を繰り返されるのではないか。
一度押し寄せてきた不安は止まらない。朽木の顔が歪 む。
ふと同じG 6の仲間の顔が朽木に過 る。他のグループの研修生からの視線からは侮蔑と嘲笑以外はどのような感情も読み取れないだろう。それくらいの察しはつく。対して、4人の視線だけはどのようなものか想像ができなかった。
「優依ちゃん……」
優依の名前を口にした朽木はハッとする。
先程から自身に施した魔装は途切れ途切れになり移動の速度は目に見えて落ちてきている。
汗が止まらない。身体に響く心臓の音がやけにうるさい。暑い、しかし同時に寒い……。
何度も石や木の根に躓 きそうになる。息が切れる。出来れば今すぐ倒れ込んで休んでしまいたかった。とにかく楽になりたかった。
「はあはあ……」
朽木は虚ろな目で自分の世界 を見てそれに浸る。部屋に引きこもり、社会とを隔絶する。仕事をせず、家事をせず、ただひたすらに横になり時が過ぎるのを眺める。世界や社会に思いを馳せることもなく思考停止する。周囲からの視線も誰からの叱責もそこには届かない。自身を傷つけるものは何もない。
素晴らしい『無』の世界。
「も、もう……一度、あそこへ……」
戻ってみせる。
戻りたい。
戻らせて欲しい。
──助けてくれ。
同じ光景が幾度となく巡っているような気がした。恐怖に支配されてからはとにかくその場を逃れたい、その一心で走っていた。だが、走った先には逃れたはずの同じ光景。再び逃れたいと悲鳴をあげる両脚に力を込める。その繰り返し。
朽木の耳に、ガサッ、と自分以外の誰かが森を進む音が入ってきた、しかも背後から。その異 音 に朽木はすぐに反応した。
朽木は走りながら振り向き、背後の闇、その奥を凝視した。ローブ姿のかつての仲間の姿が浮かび上がる。
「お姉ちゃんー!! いたー!」
侑太郎は距離をとって並走する葉月に大声で朽木を見つけたことを伝えた。
侑太郎の声を聞き取った葉月が侑太郎との距離を詰める。
並んで走って朽木を追う葉月と侑太郎。
前方に朽木が闇を掻き分けながら走っている姿が見えた。
朽木は明らかに速度を落としている。先を行く朽木の背中がどんどん近づいてくる。駆けながらふと葉月は心配になった。
「ゆたろー、危険よ! おじさん、正気じゃない! 距離をとってよっしーと優依が来るのを待ちましょう!」
そう声を上げた葉月だったが侑太郎の耳には届かなかった。
「朽木さん待って下さい! 僕たちは朽木さんを助けに来たんです!!」
侑太郎は速度を落とさずに駆けながら朽木へ向けて力の限り叫ぶ。止まれと繰り返す侑太郎に葉月が目を向ける。
「無駄よ! おじさん聞いてない……。脚を止めなきゃ……」
侑太郎の呼び掛けにも朽木は全く反応がない。速度は落ちているが止まるつもりはないようだった。
「仕方ないわね……。ゆたろー、アンタの霧の魔法でおじさんを撹乱 して! その隙に私が脚を狙うから!」
「わ、わかったよ、お姉ちゃん! 朽木さん……、ごめんなさい!」
侑太郎が先を駆ける朽木さんの周囲を霧で包む。進むべき方向が分からなくなって動きが鈍くなる朽木。
葉月は手を翳 して力を込める。心に自身の砂の属性の魔法を思い浮かべ、呼ぶ。
「はぁっ! 一文字の砂!!」
葉月が腕を真横に振る。それに呼応して現れた砂が列を成して朽木を追う。脚を傷付けて止めるつもりの葉月だったが手元がくるった。魔力を帯びた砂が朽木が駆け抜けようとした間近の木に一直線の深い傷痕を残す。
「う、うわぁーーーー!!」
恐怖に凍り付く朽木。何が起こったか確認したわけではないがその音だけで身に迫る危険を察知する。
誰かが追ってきて、自分を見つけ、攻撃してきた。
あまりにも現実的な危機。
朽木は反射的に右手に力を込めて、振り返り様に背後に迫る追撃者に闇雲に水の魔法を投げつけた。
「く、来るなぁ! 頼むから来ないでくれぇ!」
尽きかけていたはずの魔力。しかし、自身の生命を脅かす危機に対して朽木は限界を持たなかった。
放たれる水の魔法。その幾つかが氷の刺へと姿を変え、速度をあげて迫り来る驚異の排除へ向かう。
葉月は朽木が投げつけてくる水の魔法を避けながら進む。脚を止めるはずが、逆上した朽木が攻撃を仕掛けてきた。また脚を狙うか……。思った葉月だったが的が小さすぎる。
「もう手段を選んでる余裕はないわね……。ゆたろー、おじさんの身体を……」
その刹那、視界の端を走っていた侑太郎が消えた。
「えっ……」
立ち止まり、振り返る葉月。
葉月の視線の先には横たわる侑太郎の姿があった。
漆黒の森。
不規則に並ぶ木々。
月明かりを遮る薄い雲
雲が風に乗って静かに動いていく。それに合わせて森に降る淡い明かりが横たわる侑太郎の白いローブを浮かび上がらせる。
赤く染まった白いローブ。立ち尽くしていた葉月が、叫ぶ。
「侑太郎!!」
倒れた侑太郎に駆け寄る葉月。
「あ、あ、あ、あ……」
侑太郎を抱き抱える葉月。
その葉月の手に暖かいものが流れてきた。
朽木の放った氷塊が侑太郎の腹部に深々と突き刺さっていた。氷塊の表面に付着した侑太郎の血が氷から溶けて流れ出た水と混ざり合って地面に滴り落ちた。
震える葉月。うっすらと目を開ける侑太郎。
「侑太郎! 侑太郎! 大丈夫!? ねぇしっかりして!」
「お、お姉ちゃん……。僕より、ごほっ、朽木さんを……」
葉月にしがみついてそう言った侑太郎の口から血が溢れる。それを見た葉月。
(嘘でしょ……。侑太郎が……死んじゃう……。──殺された……。)
体の震えがすっと失せる。立ち上がる葉月。
自分の愛すべき双子の弟に突き刺さる氷塊。それが飛んできた先を、無表情で、冷たく、ただ冷たく見つめる。
葉月が見つめる先には立ち尽くした朽木がいた。魔法を放った姿勢そのままで。
「あ……あ……」
口にしようとする。違うんだ、そうじゃない。自分は、ただ怖かったのだ。無意識に、反応してしまったんだ。
しかし、朽木の口からは何も言葉がでない。自分が傷付けた少年の横に立つ少女の視線のせいだった。
同じグループの、少し前までは笑い掛けてくれてもいた少女は、自分を無表情で冷たく見つめていた。刺すような視線が弁明と謝罪を声に乗せることを許さない。
身体を震わせる朽木に向かってゆっくりと歩き出す葉月。目を見開いて、駆け出しながら叫ぶ。
「お前!!もう一人の私 に何をした!?」
優依から過去を聞き可哀想だと思った。好雄や優依、そして侑太郎と共に助けよう、救おうと約束した。そういった朽木を弁護する一切の事情は葉月の中から失われた。
憤激にのまれた葉月の意識に限界を定めるものは無かった。限界がなかったからこそ葉月には自分の世界のその先の次元にあるそ れ を認識することが出来た。
──呼べる。
と思った。思った次の瞬間、それは内心に具体的な存在となって浮かび上がる。
「土の傀儡 !」
葉月の周囲の森の土が元々がそうであったかのように肢体を形作っていき、最後に頭部が整う。咆哮し自身が呼ばれたその理由に従い行動を始める。
その光景を目の当たりにした朽木。すくんで動けず、自身に迫る傀儡のことをどこか遠い世界の出来事のように眺めていたが、次第に迫ってくる震動で我に返る。
「あ、あ……」
気づけば傀儡は目の前に迫っていた。傀儡が繰り出した、拳を朽木は辛うじて身を屈めてかわす。かわした先の木に傀儡の拳がめり込んで、朽木の代わりに悲鳴をあげながら倒れた。
朽木は発狂したように叫びながら魔法で水の塊を作っては傀儡に投げつけるが、傀儡の表面を僅かに抉 る程度だった。
傀儡の拳が朽木の身体をとらえて宙に舞わせる。体の悲鳴が全身を駆け巡る。地面に叩き付けられる。呼吸ができない。
「が、は……」
体を起こすが傀儡が朽木に迫る。もうダメだ、そう思い朽木は目を背けて目を瞑る。迫り来る自らの死から目を背けるように。
自らの命を終わらせる十分な可能性があったであろうその衝撃は……訪れない。
恐る恐る目を開けて傀儡を見る。
「ひぃっ……」
傀儡は動きを止めていた。止まっているだけに自身に向けられた拳がよく見え、とてつもなく恐ろしい。
その傀儡の向こう。
葉月が立ち止まっていた。
「ゆ、侑太郎……」
限界を超えて魔力を使い果たした葉月が倒れる。同時に葉月が呼び出した土の傀儡 も崩れ落ちてただの土に戻った。
朽木はゆっくりと立ち上がる。何があったのかは分からない。分からないが一刻も早くこの場を立ち去りたいという心の声だけは分かった。
朽木は肩を押さえ脚を引きずりながら森の奥へ消えていった。
言った朽木の表情には焦りの色が濃く映し出されている。塀を抜けて外へ出た歓喜と興奮は既に冷め去り、今は視界を埋め尽くす漆黒の森と未だ見ぬ追手の恐怖に
研修の一環で山に出て研修生同士で戦う実践演習が何度かあった。その時に目にした周辺の簡易な地図は頭に入れてあった。
しかし、少しでも抜け出した施設から遠ざかりたい一心で、とにかく塀から離れようと森を進んでいった。いずれ道に辿り着き街へ出れると自分に言い聞かせる朽木だったが、歩を進めるごとに森は深くなっていく。
「こ、こんなはずじゃあ……」
街へ出て追手の目を逃れて移動手段を確保する。自分は魔法が使える。いざとなったら魔法を使って脅しつけてでも誰かに協力させれば良い。そう楽観していた朽木だったが、今は焦って駆ける足が止まらない。
今自分は森のどこに居るのか。
森を無事に抜けることが出来るのだろうか。
抜けたところで待ち構えられてはいないだろうか。
そこで追手に捕縛されてしまうのではないか。
施設に戻され詰問と拷問を繰り返されるのではないか。
一度押し寄せてきた不安は止まらない。朽木の顔が
ふと同じ
「優依ちゃん……」
優依の名前を口にした朽木はハッとする。
先程から自身に施した魔装は途切れ途切れになり移動の速度は目に見えて落ちてきている。
汗が止まらない。身体に響く心臓の音がやけにうるさい。暑い、しかし同時に寒い……。
何度も石や木の根に
「はあはあ……」
朽木は虚ろな目で自分の
素晴らしい『無』の世界。
「も、もう……一度、あそこへ……」
戻ってみせる。
戻りたい。
戻らせて欲しい。
──助けてくれ。
同じ光景が幾度となく巡っているような気がした。恐怖に支配されてからはとにかくその場を逃れたい、その一心で走っていた。だが、走った先には逃れたはずの同じ光景。再び逃れたいと悲鳴をあげる両脚に力を込める。その繰り返し。
朽木の耳に、ガサッ、と自分以外の誰かが森を進む音が入ってきた、しかも背後から。その
朽木は走りながら振り向き、背後の闇、その奥を凝視した。ローブ姿のかつての仲間の姿が浮かび上がる。
「お姉ちゃんー!! いたー!」
侑太郎は距離をとって並走する葉月に大声で朽木を見つけたことを伝えた。
侑太郎の声を聞き取った葉月が侑太郎との距離を詰める。
並んで走って朽木を追う葉月と侑太郎。
前方に朽木が闇を掻き分けながら走っている姿が見えた。
朽木は明らかに速度を落としている。先を行く朽木の背中がどんどん近づいてくる。駆けながらふと葉月は心配になった。
「ゆたろー、危険よ! おじさん、正気じゃない! 距離をとってよっしーと優依が来るのを待ちましょう!」
そう声を上げた葉月だったが侑太郎の耳には届かなかった。
「朽木さん待って下さい! 僕たちは朽木さんを助けに来たんです!!」
侑太郎は速度を落とさずに駆けながら朽木へ向けて力の限り叫ぶ。止まれと繰り返す侑太郎に葉月が目を向ける。
「無駄よ! おじさん聞いてない……。脚を止めなきゃ……」
侑太郎の呼び掛けにも朽木は全く反応がない。速度は落ちているが止まるつもりはないようだった。
「仕方ないわね……。ゆたろー、アンタの霧の魔法でおじさんを
「わ、わかったよ、お姉ちゃん! 朽木さん……、ごめんなさい!」
侑太郎が先を駆ける朽木さんの周囲を霧で包む。進むべき方向が分からなくなって動きが鈍くなる朽木。
葉月は手を
「はぁっ! 一文字の砂!!」
葉月が腕を真横に振る。それに呼応して現れた砂が列を成して朽木を追う。脚を傷付けて止めるつもりの葉月だったが手元がくるった。魔力を帯びた砂が朽木が駆け抜けようとした間近の木に一直線の深い傷痕を残す。
「う、うわぁーーーー!!」
恐怖に凍り付く朽木。何が起こったか確認したわけではないがその音だけで身に迫る危険を察知する。
誰かが追ってきて、自分を見つけ、攻撃してきた。
あまりにも現実的な危機。
朽木は反射的に右手に力を込めて、振り返り様に背後に迫る追撃者に闇雲に水の魔法を投げつけた。
「く、来るなぁ! 頼むから来ないでくれぇ!」
尽きかけていたはずの魔力。しかし、自身の生命を脅かす危機に対して朽木は限界を持たなかった。
放たれる水の魔法。その幾つかが氷の刺へと姿を変え、速度をあげて迫り来る驚異の排除へ向かう。
葉月は朽木が投げつけてくる水の魔法を避けながら進む。脚を止めるはずが、逆上した朽木が攻撃を仕掛けてきた。また脚を狙うか……。思った葉月だったが的が小さすぎる。
「もう手段を選んでる余裕はないわね……。ゆたろー、おじさんの身体を……」
その刹那、視界の端を走っていた侑太郎が消えた。
「えっ……」
立ち止まり、振り返る葉月。
葉月の視線の先には横たわる侑太郎の姿があった。
漆黒の森。
不規則に並ぶ木々。
月明かりを遮る薄い雲
雲が風に乗って静かに動いていく。それに合わせて森に降る淡い明かりが横たわる侑太郎の白いローブを浮かび上がらせる。
赤く染まった白いローブ。立ち尽くしていた葉月が、叫ぶ。
「侑太郎!!」
倒れた侑太郎に駆け寄る葉月。
「あ、あ、あ、あ……」
侑太郎を抱き抱える葉月。
その葉月の手に暖かいものが流れてきた。
朽木の放った氷塊が侑太郎の腹部に深々と突き刺さっていた。氷塊の表面に付着した侑太郎の血が氷から溶けて流れ出た水と混ざり合って地面に滴り落ちた。
震える葉月。うっすらと目を開ける侑太郎。
「侑太郎! 侑太郎! 大丈夫!? ねぇしっかりして!」
「お、お姉ちゃん……。僕より、ごほっ、朽木さんを……」
葉月にしがみついてそう言った侑太郎の口から血が溢れる。それを見た葉月。
(嘘でしょ……。侑太郎が……死んじゃう……。──殺された……。)
体の震えがすっと失せる。立ち上がる葉月。
自分の愛すべき双子の弟に突き刺さる氷塊。それが飛んできた先を、無表情で、冷たく、ただ冷たく見つめる。
葉月が見つめる先には立ち尽くした朽木がいた。魔法を放った姿勢そのままで。
「あ……あ……」
口にしようとする。違うんだ、そうじゃない。自分は、ただ怖かったのだ。無意識に、反応してしまったんだ。
しかし、朽木の口からは何も言葉がでない。自分が傷付けた少年の横に立つ少女の視線のせいだった。
同じグループの、少し前までは笑い掛けてくれてもいた少女は、自分を無表情で冷たく見つめていた。刺すような視線が弁明と謝罪を声に乗せることを許さない。
身体を震わせる朽木に向かってゆっくりと歩き出す葉月。目を見開いて、駆け出しながら叫ぶ。
「お前!!
優依から過去を聞き可哀想だと思った。好雄や優依、そして侑太郎と共に助けよう、救おうと約束した。そういった朽木を弁護する一切の事情は葉月の中から失われた。
憤激にのまれた葉月の意識に限界を定めるものは無かった。限界がなかったからこそ葉月には自分の世界のその先の次元にある
──呼べる。
と思った。思った次の瞬間、それは内心に具体的な存在となって浮かび上がる。
「
葉月の周囲の森の土が元々がそうであったかのように肢体を形作っていき、最後に頭部が整う。咆哮し自身が呼ばれたその理由に従い行動を始める。
その光景を目の当たりにした朽木。すくんで動けず、自身に迫る傀儡のことをどこか遠い世界の出来事のように眺めていたが、次第に迫ってくる震動で我に返る。
「あ、あ……」
気づけば傀儡は目の前に迫っていた。傀儡が繰り出した、拳を朽木は辛うじて身を屈めてかわす。かわした先の木に傀儡の拳がめり込んで、朽木の代わりに悲鳴をあげながら倒れた。
朽木は発狂したように叫びながら魔法で水の塊を作っては傀儡に投げつけるが、傀儡の表面を僅かに
傀儡の拳が朽木の身体をとらえて宙に舞わせる。体の悲鳴が全身を駆け巡る。地面に叩き付けられる。呼吸ができない。
「が、は……」
体を起こすが傀儡が朽木に迫る。もうダメだ、そう思い朽木は目を背けて目を瞑る。迫り来る自らの死から目を背けるように。
自らの命を終わらせる十分な可能性があったであろうその衝撃は……訪れない。
恐る恐る目を開けて傀儡を見る。
「ひぃっ……」
傀儡は動きを止めていた。止まっているだけに自身に向けられた拳がよく見え、とてつもなく恐ろしい。
その傀儡の向こう。
葉月が立ち止まっていた。
「ゆ、侑太郎……」
限界を超えて魔力を使い果たした葉月が倒れる。同時に葉月が呼び出した
朽木はゆっくりと立ち上がる。何があったのかは分からない。分からないが一刻も早くこの場を立ち去りたいという心の声だけは分かった。
朽木は肩を押さえ脚を引きずりながら森の奥へ消えていった。