第26話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編2】~

文字数 3,087文字

 好雄の目に入ってくる、窓の外のどこまでも同じような景色。途切れることのない道と森。駅から暫くの間視界に入ってきた茜色の海岸線は今はもう見えず、既に外は暗くなり始めている。

 集合場所を出た辺りからもう1時間近く経った。道幅はあるが割りと傾斜がある、蛇行した坂道をバスは登っていく。

 車窓の外の森はまだ陽が沈みきっていないせいで余計にその奥の陰鬱さを際立たせている。好雄は頬杖をつきながら、代わり映えのしない景色を何ともなしに眺めている。葉の濃い緑、木の幹の茶、そしてその隙間を黒が埋める。

 これから3ヶ月、外の世界とは切り離されて生きていく。勢いだけでここまで来てしまった。変わらない景色のせいで(いたずら)に思考を巡らせたことが(たた)ったのか、好雄は少しこれからの研修生活に不安を覚え始めた。

 それは好雄の横に座る、若槻優依と名乗った少女も同じで、駅前で見せていた意識的な虚勢は潜んでいて、不安げな視線をさ迷わせている。

 好雄は、そんな優依に話し掛けようとしたが、何となく躊躇(ためら)われた。そうして窓の外に目をやった。車窓の枠と森に挟まれ、僅かに見える紫紺の空はどこか物寂しげに思えてくる。

 消極的な物思いに(ふけ)っていた好雄。あまりにも急に森が途切れ驚いた。途切れた森の先には閑地が広がり、さらにその向こうに検問所のような建物が見える。

 バスは一度、その建物に横付けされて止まる。職員が外に出て、近寄ってきた警備員と何かを話している。話し終わって職員はバスに戻る。

 すぐにゲートが開きバスは検問所を通り過ぎる。全体像はまだ見えないが塀は施設全体を囲んでいるようだった。塀はその高さや厚さで自身がいかに堅牢であるかを示していた。バスの中からその塀を眺め、好雄は思う。

(そう言えば……一度研修施設ここに入ったら終わるまでは出られないんだよな)

 3ヶ月の研修期間が終わるまでは何があっても施設からは出られない。徹底的に国の管理下に置かれる。そう思い、好雄の目に、そびえる塀が余計に威圧的に映ってきた。

 武骨な塀とは対照的に、施設の敷地内には穏やかな景色が広がっていた。バスはその敷地内の一本道を進む。研修生たちの目に入ってきたのは白い建物だった。建物の奥にも更に敷地が広がっているようだった。
 一本道の両側は公園のようになっている。塀の照明や道沿いの外灯の明かりはか細い。暗がりで良くわからないが池らしきものも見えた。


 施設入り口へバスが着く。玄関付近の灯りが車内を薄く照らす。合図があり全員降ろされる。

 バスの車内は、駅を出る頃には期待と不安、途中の海岸線や山道では緊張の糸が途切れたのか、妙な倦怠感に包まれていた。今はいよいよ始まるのだという高揚感が研修生新人魔法士を包んでいる。

 一行は施設内から出てきた職員に先導され、丸みを帯びた広いエントランスホールを抜けて階段を登り、2階の小会議室(ミーティングルーム)に入った。研修生たちはどうしたら良いか分からずに戸惑っていたが、取り敢えず入った順に前から座っていった。

 好雄と優依はバスでも比較的前の方に座っていたので、移動する列でも先頭集団に位置していた。自然と最前列に座ることとなった。研修生全員が座り終わると先導してきた職員が前に立ち、手元の資料に目を落としながら話し始めた。

「夏期魔法士新人研修生の皆さん、暑い中の駅までの移動、更にそこからのバスでの移動お疲れ様でした。早速ですが新人研修の案内にあった通り所属するグループと部屋の番号をお伝えします」

 研修中、同期は5人程度のグループに分けられる。午前に行われる演習など、基本的に研修中はそのグループ単位で行動する。自由に座って良い午後の講義でもほとんどの研修生たちはグループ単位で固まっていた。


 そのように研修中は集団行動の時間が大半を占める。その一方で一人一人に個室が(あて)がわれていた。

「では研修中のグループを伝達します!」

 次々に名前が挙げられる。呼ばれた研修生は立ち上がり、前に出て職員から部屋のカードキーを受け取って席へ戻った。

 好雄も呼ばれ、G(グループ)6であると告げられた。次に呼ばれた優依もG6であると職員に言われた。優依がぱぁっと晴れた表情で好雄の横に戻ってきた。それからも名前が呼ばれた続けていった。好雄と優依が駅で話した朽木もG6だった。

 最後の研修生がカードキーを手渡され自分の席に戻った。職員は一度全体を見回し、そして口を開いた。

「では各自一度それぞれの個室へ向かい荷物を置いてきて下さい。その後、夕食となるので食堂へ集まってください。夕食はグループ単位でとってもらいます。それぞれの札の付いた席に着き、自己紹介を済ませておいて下さい」

 言った職員は足早に会議室を後にした。

 同じグループになった研修生同士が、宜しく、と声を掛け合い、部屋の中はにわかに騒がしくなる。

 グループの5人のうち、優依と朽木は既に見知っている。残る2人との挨拶も夕食の時でいいだろう、と好雄は(あて)がわれた部屋へ向かい、ルームキーを(かざ)して中へ入った。

 駅から小会議室までずっと誰かと一緒で独りになれる時間がなかった。静寂が木霊する自室で深く息を吐き出す。

 これから3ヶ月の間、自分の居場所となる部屋。広くはない。部屋の半分はベッドで埋まっている。簡単な食事もとれるくらいの書卓、クローゼット、そしてバストイレ……。

 部屋の窓にはカーテンがかかっていた。カーテンを開けて外を見る。既に陽は落ちている。窓から見える景色の奥に実技演習などで使うグラウンドが見える。そのグラウンドの奥には森があり、更にその向こうには件の白く高い塀。左右に伸びる塀を見るとやはり施設全体が囲まれているようだ。塀の向こうの山の稜線だけがまだ夜になりきれていなかった。



 好雄は荷物を整理し、そろそろ夕食かと食堂へ向かう。階段で上から下りてきた優依と会った。

「よー、ゆいっ。改めて宜しくな」

 好雄に言われ、慌てたようにペコリとお辞儀をする優依は、

「こ、こちらこそ宜しくね、よしお君っ。朽木さんも同じグループだしほっとしたよぉ……」

 と言って破顔した。

 好雄も、そうだな、と頷く。顔見知りが同じグループに集まり優依も安心したのだろう。駅で話したときよりも声色から気負いは感じられない。

(まあ……、それは俺も同じか……)

 そう自嘲した好雄は軽く頭を振って話を続けた。

「そう言えばG6のあとの2人の研修生って、ゆいはもう会ったか?」

「うんうんっ、まだだよ。その、汗かいちゃって、それで着替えたくてさっきはすぐ部屋に向かったから……。どんな人たちなんだろう……」

「まあ夕食は同じグループで食うんだしすぐ分かるだろう」

「そ、そうだね……。はぁ、仲良くしてくれるといいな」

 好雄と優依はそうやって同じグループの研修生や研修のこれからのことを話しながら食堂へ向かった。

 2人で部屋の中を見回す。優依が、あ、と指差した先、G6と書かれた札が真ん中に置かれている円卓があった。そこには既に朽木が座っていた。

 近づいてくる好雄と優依の姿を見留めた朽木が手を上げる。

「よしお君、ゆいちゃん。いやぁ、良かったよ同じグループで! これから宜しくね」

 こちらこそ、と返し好雄も席に着く。優依も同じように朽木に改めて挨拶をして椅子に座った。

 駅前で話していたときから好雄は優依に感じていたことと同じことを朽木にも感じていた。染み付く卑屈が見え隠れしていてそれが気になっていた。どこか、無理をして頑張って振る舞っている。

 好雄がそんなことを考えていた時、好雄たちは背後から声を掛けられた。
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