第11話 学年合宿 ~東雲~

文字数 3,531文字

 ブー、ブー、ブー……。

 揺れるスマホを手に取った悠貴は目覚まし機能を解除した。
 画面に表示された時間を見て悠貴は、何でこんな時間に……、と思い、直ぐに自分が合宿に来ていたことを思い出した。

「さむっ……」

 布団から出た悠貴はTシャツの上にウィンドブレーカーを羽織る。横で寝ている志温や好雄を起こさないように部屋を出る。


 コテージから出て体を伸ばす悠貴の目に入ったのは森の向こう。小さく見える山の稜線が僅かに青白い。


 ぎぃ、とコテージのドアが開く音に悠貴は振り返る。

 コテージから出てきた莉々は目を(こす)っていたが、悠貴の姿を見留めて驚いた顔をする。

「おはよー、悠貴。早いじゃんっ。絶対私が一番だって思ってたんだけど」

 悔しそうな声で言った莉々が悠貴の横に並ぶ。白む空を見ながら2人は深呼吸した。

「はぁー。気持ちいいね。まだ体が慣れないのか少し寒い気もするけど……」

 莉々はパーカーの上から悠貴と同じウィンドブレーカーを羽織っていたがそれでも震えて見せた。

「都内の方はまだ全然暑いからな。やっぱ高い所まで来ると一気に寒くなるな。でも良かったな、風は収まったみたいだし」

 昨日の夜、寝る前まで悠貴の耳に届いていた風の音はもうしなかった。言った悠貴に頷いた莉々は髪留めのゴムを取り出す。長い髪を(まと)め始める。

「ホントそれ……。こうやって纏めても風強いと髪が気になっちゃってさ……。帽子とかバイザー着けてもいいんだけど、今度はそれが風で飛ばされちゃうしね。ふぅ、どうする早めに準備しちゃう?」


 髪をゴムで留め終わった莉々に尋ねられた悠貴が頷く。
 2人はコテージの玄関近くに置いてあった道具をコテージ前まで運ぶ。

「カートとボールはこれで大丈夫、と。莉々、ラケットは?」

「まだ上ー。ついでに優依と琴音も起こしてくるね。悠貴もラケットは取り行くでしょ? 志温は大丈夫だと思うけど、ちゃんとよっしー起こして連れてきてね」

 小走りで2階へ向かった莉々に続いて悠貴もコテージに戻った。
 1階のリビングから和室を覗くと志温はもう起きていた。

「おはよ、悠貴。あー、そうか、係だし先に起きてたのか……」

 志温は胡座をかいてラケットのグリップテープを巻き直していた。悠貴はその志温の横を通り過ぎて、布団と同化している好雄の枕元にしゃがむ。

「おい、好雄、おいって! ほら、朝だぞ。起きろ。朝練だぞ!」

 悠貴は好雄の肩を揺らしたり頬を軽く叩いたりするが全く反応がない。

「好雄、好雄っ!」

 にわかに声が大きくなってきた悠貴の側に着替えが終わった志温が立つ。

「悠貴、何やってんだよ。好雄みたいな奴起こすんならそんなんじゃダメだって……。ほら……、こうやるんだよ!」

 志温は布団の上から好雄の背中に思いっきり蹴りを入れた。
 その勢いで好雄は直ぐ横の襖に顔をぶつけた。


「お、おぉ……。い、いってぇ……」

 顔面を押さえながら立ち上がる好雄。

「お、起きたな……、好雄……、大丈夫か? その、色々と……」

 悠貴は心配そうに声を掛ける。
 しかし……。

「ゴルァ! 悠貴! てめぇ! 起こし方ってもんがあるだろうが! 背中と、顔が何か凄くいてぇぞ!」

 好雄に掴みかかられた悠貴は必死に首を横に振る。

「ちょ……、待て! 俺じゃない! 志温だ! 志温がやったんだ!」

「は、何言ってんだよ! お前しかいねぇだろ!」

 好雄に言われて悠貴は部屋を見回すが志温は既にそこには居なかった。





「ん、遅かったじゃないか? 何かあったのか?」

 コテージ前。けろりと言った志温に悠貴は溜め息をつく。

 好雄は志温を目にして飛びかかろうとしたが、琴音に止められた。抗議の声を上げた好雄だったが、痛いと主張した場所を琴音に擦られると大人しくなった。


「よし、これで大体みんな揃ったか……、あ、大門は!?」

 言った悠貴を莉々が突っつく。
 莉々が指で示した先。

 道の向こうから両脇を抱えられた大門が引きずられてきた。

「ねぇ、大門君……、起きてよー、ねぇ、お願いだからぁ……」

 駆け寄った優依が必死に大門を揺するが反応がない。

「優依……、何やってんだよ。大門みたいな奴起こすんならそんなんじゃダメだって……。ほら……、こうやるんだよ!」

 優依をどかせた志温は抱えられた大門の背後に周り……、尻の辺りに蹴りを入れた。

「ギャーーーーーー!!」

 尻を押さえて踞る大門。

 その様子を見て大きく溜め息をつく莉々。

「はぁ。取り敢えず起きたみたいだし良しとしましょ……」


 悠貴や莉々の掛け声で一行はコートへ向けて森へ入る。悠貴はボールの入ったバッグを持つ。寝起きの悠貴にはやたらと重く感じる。


「ねぇねぇ……。ホントこんな所にテニスコートがあるの……。私たち遭難しちゃうんじゃない?」

 琴音が横を歩く悠貴の服の裾を引っ張った。

「大丈夫だって……。ほら、一応ロープで道が分かるようになってるし……」

 杭にロープが渡され、それが続いて森の中に道が作られていた。

 でもぉ……、と心配そうにする琴音に優依が笑い掛ける。

「ふふっ、大丈夫だよ、琴音ちゃん。ちゃんと合宿の下見したときに道は確認しているし……、あ、ほら」


 突然森が開け、悠貴たちの目の前に6面のコートが現れた。悠貴たちかコテージからコートへ森を進む間に周囲はだいぶ明るくなっていた。

「なんか、もしかしたら霧が出るかもって言ってたけど、大丈夫そうだね」

 辺りを見回して言った莉々が振り返って悠貴を見る。

「みたいだな……、よし皆、それぞれコートに分かれて練習を始めてくれ!」


 悠貴の声を合図にそれぞれ声を掛け合ってコートに分かれていった。直ぐにボールを打つ音が辺りに響き始めた。

「おいおい! 好雄! 起きたばっかりだからってネットにかけすぎたぞ! ちゃんと打ち返してこいよっ、ラリーにならないだろ!」

「うるせぇ! 俺が本気で打ったらそれこそラリーにならねぇだろうがよ!」


 バシバシと打ち合う好雄と志温。

「やっぱ……、あいつらやべぇな……」

 近くにいた誰かが言った。
 2人は共に中学からテニスを続けていてそれぞれ州大会の予選を突破している。

 何人か2人のラリーに見とれていたが、別のコートからも小気味いいラリーの音が聞こえてきた。悠貴が音のした方を見ると莉々と琴音だった。ライン際にきっちりと打ち返している。

「琴音! 朝からそんな張り切ってると1日もたないんじゃない?」

「莉々こそずっと係の仕事ばっかりでテニスしてなかったでしょ!? 怪我しないように気を付けなよ!」


 打ち合う莉々と琴音も注目を集めていた。少しの間2人のラリーを見ていた悠貴だったがコート脇の優依の姿が目に入り声を掛けた。


「俺も優依も他の連中に先越されちゃったな」

「うんうん、まだ私、ストレッチ終わってないし……、それに、私じゃ皆の練習相手にならないから」

 へへっと笑う優依。


(まあ、確かに優依はお世辞にもテニスが上手いとは言えないな……)

 横に立つ悠貴を見上げる優依。

「悠貴君、今、確かに……って思ったでしょ? ひどいなぁ」

 言って立ち上がった優依に、そんなことはない、と言おうとした悠貴だったが、先に優依が続けた。


「ふふ、冗談だよっ。だってその通りだもん。莉々ちゃんと琴音ちゃんは特にだけど、他の皆も上手いからね。あ、悠貴君こそ私なんかと話してていいの? せっかくの朝練なんだから好雄君たちみたいにラリーしたいんじゃないの?」

 言った優依は好雄と志温が入っているコートを見た。ただのラリーからいつの間にかシングルの試合のようになっていた。サーブを打った好雄が一気にネット際まで詰めるが志温が好雄の横を鮮やかに抜く。


「まあ俺は合宿の係の仕事もあるしな……。優依は……」


 そこで悠貴は優依の顔に違和感を覚えた。目が僅かに腫れていた。

 言葉を途切らせた悠貴に優依は「悠貴君?」と首を傾げた。

「いや、何でもない……。あ、ほら、俺たちもコート入るか? 最近優依がテニスしてるとこ見てなかったしな。少しはマシになったんだろ?」

「うぅ、マシって……。その通りだから何も言えないけど。悠貴君って普段は優しいのにたまに酷いこと言うよね。ほら、コート入ろう? 少しは打てるようになったんだからね」

 優依はラケットを手にして、目の前のコートのネットの向こう側に小走りで向かった。


 悠貴はラケットとボールを手に取る。そうして優依とラリーを始める。

「お、確かに上手くなってんじゃんっ」

「でしょ? もしかしたらそのうち莉々ちゃんたちみたくなっちゃうかもだよー」

 言った優依に悠貴は、はは、と笑う。そして、思った。


(何かあったのかな……優依)
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