第25話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編1】~

文字数 5,638文字

 始まりの山が出現し、そして暫くの時を経て各地に『魔法』を使える人々が現れた。10代から20代の若者が多かったがそれより上の世代も珍しくはなく、高齢者も散見された。地域、職業全てがバラバラで統一感はなく、何が彼らを魔法を使える者足らしめたのか誰にも分からなかった。

 国は彼らを囲い込むことに必死になった。得体の知れない、しかも強力な力を持つ者たち。敵視するよりも友好的に国の仕組みに取り入れていく方が得策とされた。国による異能者(まほうつかい)の実態調査と同時平行して法整備も進められた。その結果制定されたのが『魔法士(まほうし)法』だった。いわゆる『士業』に列して国の管理下に置いた。公的には魔法士(まほうし)が正式な呼称だったが、俗称としての魔法士(まほうつかい)の呼び名の方が一般的になっていった。

 魔法を使える者はその段階ではまだ魔法士たる資格を持つ資格者(まほうつかい)に過ぎず、法務省管轄下の各地の高等法務局に登録申請をする。申請の後に行われる新人研修、それが終わると口述の試験があり、試験合格後に公式にリストに名前が載り、正式に魔法士を名乗ることができた。

 新人研修は年に2回。1月から6月に登録申請をした者たちが参加する夏期新人研修は7月から9月にかけて行われ、7月から12月に申請した者たちが参加する冬期新人研修は1月から3月にかけて行われる。魔法士登録後の認証式ではそれぞれの属性に応じて宛がわれた宝石が中心にはめ込まれた魔法士徽章が与えられた。

 資格者と国から認められた者の元には登録の申請をして研修を受けるように催促が定期的にされる。国が出来るだけ多くの魔法士を管轄下に置きたいのがその理由だった。13歳から登録申請が許され、正式に登録となれば公法上も私法上も成年とみなされた。

 研修期間は3ヶ月の泊まり込みと長いが、その際学校や企業では公欠とみなされる。当初こそ魔法が使える者全員を強制的に国の管理下に置こうとしたが、反発を恐れて彼らに出来るだけ友好的な制度とした。仮に国に反意を持ち徒党を組んで乱を起こされれば警察では対処できない。それ以前の始まりの山の出現による社会の混乱に合わせてそれに強権的に対応する組織も作られてはいたが無駄に対立することは得策ではなかった。国が魔法士をいかに重視し、また敬意を払っているかを示すために研修へ参加するに際しても、また登録して正式に魔法士となってからも国からは俸給が出る。そのせいもあり多くは研修に参加して正式に魔法士に登録をした。それでもやはり在野のままの資格者(まほうつかい)であり続ける者の数も決して少なくはない。


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「ゆいは、墓あそこについて何か言ってたか?」

「あぁ、自分が殺した(ひと)が眠っているって……」

「自分ゆいが殺した、か」

 好雄は下を向いて寂しそうに軽く笑った。悠貴は好雄が発した言葉の真意を測りかねた。取り敢えず視線を海に移す。相変わらず広がる一面の青。だが、先ほどと同じように水面(みなも)に反射する陽光が眩しかったので目を逸らした。しかし、だからといって視線を移すべき先は特になかったので、自身が浸かる湯を(すく)い、そしてそれが掌から滴り落ちるのをなんともなしに見ていた。そして、悠貴がそうやって空っぽになるのを見計らっていたかのように好雄は静かに語り始めた。

「俺とゆいが参加したのは夏の新人研修だった」

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 高校1年生の1学期、自ら望んで登録申請をした。キャラからは若干想像が難しいが良く勉強ができた好雄は難関進学校に合格していたので親の期待は高く、勉強に支障が出る、と両親は研修への参加に難色を示したが、今後ちゃんと勉強と両立するとの約束で許可を得た。



 好雄は合宿施設の最寄りの高原駅に降り立った。最寄りと言っても施設はここからはバスで2時間は行った山の中。海が近いから風で少しは涼しいかという期待は電車の扉が開いた瞬間に打ち砕かれた。始まりの山の出現後、神奈川西部から伊豆半島にかけて夏に海からやや強く吹く風は湿気と熱気を含んでいて好雄が期待したものとは正反対だった。

「あっちぃー……」

 駅から出た辺りを見回す。新人研修生用に迎えのバスが来ているはずだ。汗を(ぬぐ)いながら駅周辺を一周してみるがバスどころか普通の車さえ見えない。

 嫌な予感がして背負っていた大きめのリュックを下ろし、自宅に送られてきた新人研修マニュアルを取り出す。集合場所が合っていることを確認してほっとした直後に集合時間が2時間後であることを知り愕然とする。

 マニュアルを流し読みしていた過去の自分を呪うが時既に遅し。駅の中にもこれといって暇を潰せるような場所はなく、流行ってなさそうなカフェがポツンとあるだけだった。

「マジかよ……」

 そう言って立ち尽くす好雄の後方で何かを置く音がした。振り向いた好雄の後ろに魔法士研修生用のローブ姿の少女がいた。ローブを(まと)う少女のセミロングの髪は綺麗で、両目が少し前髪で隠れていた。足元に置かれた荷物は小柄な少女には似つかわしくない大きさで本当に彼女一人で運んで来たのかと好雄は思った。

(このくそ暑い中でローブとか、真面目か……!)

 心の中で彼女にそう突っ込んだが、そのローブ姿と彼女が手にしていた新人研修マニュアルのお陰で彼女が仲間(どうき)だと分かった。キョロキョロと不安そうに辺りを見回す彼女に好雄は声をかける代わりにマニュアルを振って見せる。

「あっ……!」

 好雄が振るそのマニュアルを見留めて破顔した少女は好雄のもとに駆け寄った。

「あ、あの、その……、魔法士の新人研修に参加する方ですよね?」

 暑さに辟易(へきえき)としていた好雄だったがこれから同期になる仲間だ、その上これからしばらく暇を潰さなければならなかったので笑顔をつくって頷いた。

「やっぱり! 大きなリュックで、あとマニュアル持っていたし。若槻優依って言いますっ」

 礼儀正しくお辞儀をした目の前の少女を年下と断じていたが聞くと自分と同じ高1だった。優依も目の前の相手が同い年だと分かると安心したのか急に快活になった。誰も知る人がおらず、初めて来る土地。話す相手が見つかって不安が和らいだこともあったのだろう。彼女の話を聞きながら好雄は思った。

(この子は無理をしている……)

 普段陽気なキャラで人当たりがよい、いや、そうしようと意識している節がある好雄だからこそどうしても気づいてしまう。目の前の少女が『努めて』明るくしていることを。言葉の端々、仕草の裏側に本来の引っ込み思案で、自虐的で自分の殻に籠りがちな姿が見え隠れしている。これから同期としてやっていく仲だ、多少の無理をしても社交的にならなければ、とでも思っているのか、そう好雄は自分の中に落とし込んだ。
 であれば自分と同じだ。自分はこの子ほど無理しているつもりはないが普段の陽気なキャラが自分の全てだとは思っていなかった。好雄は急に優依に親近感を覚えた。次第にクラスの同級生と話すような感じで打ち解けていった。

「若槻さんは……」

 好雄にそう呼ばれた優依は遠慮がちに、下の名前で呼んでも良いと伝えた。

「ゆいは何でこんなに早く?」

「遅刻するの怖くて……、電車遅れちゃったり、あと、迎えのバス見つけられなかったりしたら嫌だなって、よしお君は?」

「……、俺もまあ似たようなもんだな!」

 同じだね、と優依は微笑んだ。その笑顔を見て生じた微かな罪悪感を振り払うようにパンフレットで顔を(あお)いだ。

 次の電車が到着したのだろう、駅から何人かの人が出てきた。好雄と優依は駅を出た所にある駐車場、その脇にあったベンチに並んで座っている。ベンチの横には大きな木があって日光を遮ってくれていた。生暖かい風ではあるがそれでも吹き抜けると心地のよさを覚える。

 駅から出てくる人を2人で眺めている。研修の集合時間にはまだ早いが大きな荷物を持った人を見ると2人であれは研修生かどうかと勘繰ってみた。もしかしたらただの旅行者かもしれないと思うと近寄って声を掛けるのは(はばか)られた。

 地元の老夫婦らしき2人が出てきた後、大きな鞄を持った中年の男が出てきた。好雄と優依の親よりも少し上ぐらいだろうか、覇気には欠けるが優しそうな男だった。その男が2人の姿を見留めると遠慮がちに近寄ってきた。

「あのぉ、失礼ですが、もしかして魔法士の新人研修に参加する方ですか……?」

 見た目だけではなく声音まで優しかった。尋ねられた2人は同時に頷く。

「あぁ、良かった……。私も研修生なんです。朽木といいます、宜しく!」

 最初こそ親よりも年上と見える同期研修生の存在に2人は驚いて、距離感が掴みづらかったが、どこの学校にでもいるような、宿題をやってこなくても怒らず、生徒への甘さを他の教師から注意されてしまうが、それでも笑顔でいられる、そんな先生(おじさん)だと思えると急に話しやすくなった。少しシワの残るシャツ。留め具かフレームに不具合があるのか、ほんの少しだけ斜めになっている眼鏡。しかしこの緊張感のなさからも不思議と朽木の優しさが滲み出ていて2人を落ち着かせた。

「そうかそうか、2人は高校生なんだね」

 タオルで顔の汗を拭いながら朽木はそう言った。眼鏡を掛け直すがやはりほんの少し傾いている。

「本当はね、こんなおじさんが魔法士の研修なんか参加していいのかなってずいぶん悩んだんだよ。周りは皆、高校生とか大学生なんじゃないかってね」

 朽木の言う通り魔法士は10、20代が確かに多かった。必然的に研修もそのような年齢構成になっていた。朽木も資料で自分のような中年や、高齢者も毎回研修に参加していることは知ってはいたが、それでもやはり躊躇(ちゅうちょ)させる所があった。

「朽木さんはどんな属性なんですか?」

 と、優依が尋ねると朽木は、

「あぁ、私はね、『水』だよ」

 と返して、掌の上にテニスボールくらいの水の玉を現して浮かべた。玉といっても綺麗な球ではなく円周が歪んでいる。ぴしゃっと水は弾けて横にいた優依にかかってしまった。

「あぁ! ごめんよ、ゆいちゃん! まだ慣れてなくてね……」

 あたふたとしてリュックからタオルを取り出すと優依に手渡す。優依は笑いながらタオルで軽く服や顔を拭く。柔軟剤の良い香りがした。

「ゆいちゃんの属性は?」

「私は、あの、夢、なんですよ、地味ですよね、えへへ」

「そんなことないよ! 珍しいし……。水は……使い勝手はいいかもだけど、使える人結構いるしね」

 自身の属性を卑屈に語った優依に朽木もまた遠慮がちに返した。その朽木に好雄は、

「いやいや! 水属性って結構重宝されるじゃないっすか、羨ましいな……」

 と続けた。朽木は話題を自分のことから変えようと、

「よしお君の属性は?」

 と好雄の魔法の属性に水を向けた。

「自分は『木』ですね、『木』の上位認識ランクアップってあるんですかねぇ……」

 好雄は肩を落とす。


 魔法は使う本人の『認識』に寄るところが大きかった。自分は『氷』の属性だと認識すれば氷の魔法が使える。『雪』の属性だと思えば雪の魔法が使える。『霧』の属性だと思えば霧の魔法が使える。氷も雪も霧も全ては『水』が基となる。『水』の属性だと思えば、訓練次第だが水に類する様々な魔法が使える。だったら最初から『水』という認識を持てば良さそうなものであるが一度本人が『氷』という認識をしてしまうと氷から『水』へ上位認識ランクアップするのは相当な訓練、修行若しくは覚醒するようなきっかけが必要であった。その点、最初から『水』の認識を持てた朽木は恵まれていると言えた。


 3人が話していると駅からまた人が出てきた。集合時間に間に合わせるためにはこの電車に乗っていなければならない。中から出てきたのは明らかに研修参加者の集団だった。既に電車の移動中に知り合いとなったのか、談笑しながら歩く姿が目につく。散らばって話す何人かの集団が点在している。好雄は恐らく研修生だと思った人を数えていった。40人ほどだった。

 バスが来た。中からローブを羽織った施設の職員が2人降りてきた。点呼をして呼ばれた者から荷物を持ちバスに乗り込んだ。この点呼に遅れた時点で研修への参加資格はなくなる。好雄と優依は偶然にも続きの番号で並んでバスに乗り込んだ。

 職員の横を通り過ぎるとき、何々番の誰其がいないと話す声を好雄は聞いた。俸給も貰えて登録もできる、勿体無いことをするやつもいるものだと思った。


 待遇は魔法士をいかに国が重視しているかを表している。同時にそれは国がいかに魔法士を恐れているかも表していた。厚遇を与えて国によって管理しておきたい。つまり、国に反意を持つような魔法士の存在は認められない。もしそのような魔法士が徒党を組んで国に反旗を翻せば国の根幹が揺らぐ。

 そのような国の意識はこの新人研修にも反映されている。一度研修に参加してしまえば研修終了まで施設からは決して出られない。外の世界とは隔絶される。それは研修中に国が様々な角度から研修生の人となりを調べるといった事情とも無縁ではなかった。俸給が貰えて研修後には魔法士の登録も出来る。そのための新人研修への参加は、その後、国の管理下に置かれることも意味していた。管理下に置かれることを嫌った者は研修に参加せず資格者のままでいるしかない。研修への申し込みをしながら実際には参加しない者も毎研修で皆無ではなかった。国に管理されることを嫌ったか、若しくはそのプレッシャーに耐えられないか……。

 点呼が終わる。周囲に他に研修生がいないことを確認して職員たちはバスに乗り込む。バスは施設へ向けて走り出した。

 好雄と優依は並んで座って外を眺めていた。先ほど3人だけで話していたときとは違い、同期研修生が一同に乗り合わせた車内は不思議な緊張感に包まれている。

 薄くオレンジ色に染まった車内。バスは海岸線をゆっくりと走り、その先の山へ登る道へ入り、そのまま進んでいった。
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