第27話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編3】~

文字数 3,974文字

「あの、G6グループ6の方たちですかっ?」


 呼ばれて好雄たち3人は振り返る。振り返った先には2人の男女。2人とも人懐っこそうな顔つきで幼さを残している。

 しかしそれ以上に好雄と優依の目についたのは2人の顔のそっくりさだった。女の子の方が少しばかり挑戦的で勝ち気な目つき。男の子の方が優しさをたたえた目つき。それを除けば本当に良く似ていた。

 それに気をとられていた好雄だったが、はっとして応じる。


「あ、ああ。そうだよ、2人も?」

 好雄に尋ねられた女の子の方が明るく答える。

「はいっ! 私が小村葉月で、こっちが侑太郎です!」

 侑太郎と紹介された男の子はぺこりとお辞儀をする。

「もしかしたらなんだけど……、2人は双子?」

 優依が興味津々に聞く。

「あ、やっぱ分かりますか? 大体最初に会ったときに気づかれちゃうんですよねー。私は嫌なんですけど!」

 言った葉月に侑太郎は不満そうな顔を向ける。

「えー、お姉ちゃん、それを言うなら僕の方が……」

 続けようとする侑太郎を葉月が目で制する。仲の良さそうな姉弟だ。


「と、取り敢えず座りますか?」

 と、朽木が立ち上がって2人のために椅子を引いた。

「ありがとーございます!」

 葉月はツインテールにまとめたサラサラした髪を揺らして進んで座り、侑太郎もそれに続いた。

 好雄たちは一頻(ひとしき)り互いに自己紹介をしながら夕食をとった。それは他の研修生たちも同じで、仕事、学校や年齢、どこから来たのか、趣味、好きなこと……。


 好雄たちと同じように年の差がある研修生がいるグループもあったが、魔法士研修生の同期だという気持ちの方が強く、どこのグループも話に花を咲かせている。





「2人は中学生……くらい?」

 うーん、と首を(かし)げながら優依が遠慮がちに聞いた。侑太郎が答えようと口を開きかけたが割って葉月が答えた。

「はい、2人とも中2の14歳ですっ」

「そっかぁ。一応登録自体は13才から出来るって聞いてはいたけど、ホントに研修に参加する中学生、いるんだね……」

 優依の言葉を聞いた葉月が驚いた表情を浮かべる。

「え、あれ……。それを聞くってことはゆいちゃん……、あ、いや、ゆいさんって……もしかして高校生だったりします?」

 恥ずかしそうに頷いて下を向く優依。高校生になってから一度も高校生に見られたことはなく、その類いの質問も繰り返しされるので慣れていたつもりだったが、当の中学生にそう思われると流石に恥ずかしかった。横に座る好雄が軽く吹き出した。

 そんな優依に気づかず葉月は続ける。


「親は反対したんですけどねっ。早く魔法士に登録したかったからとにかく一番近い研修に参加しました。でも、私もゆたろーも部活も休まなきゃだったし、友達とも3ヶ月会えないし遊べないし最悪ですよー」

 足をブラブラとさせて言った葉月に侑太郎も続ける。

「特にお姉ちゃんは2年だけどバスケ部のレギュラーだしもったいなかったよね、夏の大会もあったのに……」

「ゆたろーだって吹部休まなきゃだし、楽器の感覚取り戻すの大変なんじゃない?」

 はは、と言って侑太郎はストローで飲み物を口に運んだ。それからも好雄たちは互いのことを話し合って盛り上がった。



 施設の職員が食堂に入ってきた。職員は研修生たちを見回し、話を始めた。

「えー、皆さん少し宜しいでしょうか? 今夜はこれで解散です。明日はここで朝食となります。集合は7時です。当日の予定など伝達事項もあるので遅れないように。それでは、最後に、それぞれのグループの教官を紹介します」


 職員は出入り口に向かって合図を送る。ローブ姿の8人が部屋に入ってきた。8人の歩みに合わせ、ローブにつけた魔法士の証である徽章が反射する。



「くー、あれが魔法士の徽章!早くあれ付けてローブ着てみたいぃ!」

「お、お姉ちゃん……、静かに……」

 と、侑太郎が興奮して前のめりになる姉の服の袖を引っ張って(なだ)める。


 紹介された教官はそれぞれ自分が受け持つグループの元へ向かう。教官を立礼で研修生たちは迎え、それぞれの卓では自己紹介が始まっていた。




「G6担当、手塚教官!」

 周りのグループに気を取られていた4人ははっとして前方を見る。手塚教官、と呼ばれた男が近づいてくる。柔和な顔と黒淵の眼鏡。後ろ手を組んで歩いてくるが威圧的な感じはしなかった。

「やあやあ、G6の皆、宜しく」

 5人は他のグループがそうしたように立礼で迎え、手塚に促されて座る。

 朽木を除く4人は学生。先ほどまでは朽木を加え、どこか学校の教室で話しているような雰囲気だったが、手塚が来て一気に緊張感が高まった。そんな空気を察してか、手塚はゆっくりと言った。

「そんなに畏まらないで下さい。教官なんて呼ばれてますが単に皆さんの先輩魔法士なだけですから。普通に普通に。あ、もう自己紹介は済みましたか、良ければ私も皆さんのことを知りたいのですが……」

 好雄たちは手塚にそれぞれ簡単な自己紹介をする。最後に残ったG8の教官まで紹介が終わり、他のグループでも歓談の時間となっている。今夜はこれからの予定もなかったため緊張した雰囲気は次第に薄れていった。



「へー、朽木さんは『水』属性ですかぁ。じゃあ上手く意識できれば霧とか氷とかも使えそうですねぇ」

 手塚にそう言われた朽木は恐縮しきりに答える。

「いやいや、教官……。全然です。まだ水ですら上手く操れませんから……」

 朽木の横に座っていた葉月が、

「そんなことないですよー! ゆたろーなんて『霧』の属性だから認識的にもう朽木さんに負けちゃってますしー」

 と口を挟んだ。ムッとした侑太郎が言い返す。

「お姉ちゃんだって『砂』の属性だし他に『地』の属性の魔法士いたら負けちゃってるじゃん!」

 にらみあう葉月と侑太郎。

「いや、はづきちゃん、私は単に認識が『水』になってるだけで全然上手く使いこなせてないんだよ……。ゆたろー君が『霧』だったとしても私では全く……」

「朽木さん自信持たなきゃ! ゆたろーなんてホント全然なんだから!」


 3人のやりとりを見ていた手塚が思い出したように手を叩く。

「おー、そうだ、思い出しました。このグループのリーダーを選ばなきゃいけないんでした」


 5人は顔を見合わせる。互いに空気を読み合って妙な空気が流れ、沈黙が包む中、好雄が口を開く。

「やっぱ年齢的には朽木さんじゃないですかっ?」

「いや、とんでもない!私なんてホント……」

 好雄の言葉を聞いた朽木の表情からは余裕がなくなっていた。

「と、とにかく私のようなおじさんじゃなくて……、よ、よしお君頼むよ!」

 言った朽木。滝のような汗が流れていた。




「そうだねー、私から見てもキャラクター的にリーダー役をやれるのはよしお君かなーと思う。どうかな?」

 そう言って手塚は好雄を見た。飄々とした表情の中、瞳の置くに反論を許さない何かを感じ取った好雄は静かに頷いた。

 手塚の鶴の一声で好雄がリーダーとなった。グループ内の連絡やグループ対抗の模擬戦でも指示役になる。




 食堂の前で職員が全体へ向けて声をかける。

「では皆さん今夜はこれで解散とします! ここの食堂ももうすぐ閉じますので各自部屋に戻ってください!」


 食堂から出ても研修生たちはグループ単位で盛り上がりを見せていた。好雄たちG6の5人も食堂の外のロビーに残り話を続けていた。好雄も葉月、侑太郎とこれからの研修について話している。

 優依は朽木をチラリと見る。先ほどのリーダーを選ぶ件の辺りから表情が陰っている。


「あ、あの……、大丈夫ですか?」

 と優依が声を掛けると無理に笑った朽木は応じた。

「あ、ごめんごめん、暗かったよね……。実を言うとね、ちょっと……リーダーとか代表とかそういうのが苦手でね……。少しびっくりしちゃってね」

 あはは、と渇いた笑顔でそう言って話はこれで仕舞いだと言わんばかりに朽木は前方に顔を向けた。

 (本当に……苦手とかそういうレベルの嫌がり方、なのかな……)

 優依は腑に落ちずにそう思ったが当の朽木がそのように振る舞ったので無理に追求もできない。



 そろそろ部屋に戻ろうと葉月が促し、ロビーを出た5人は階段を登っていく。踊り場で、じゃあまた、と男女で分かれた。




 部屋に戻った好雄はベッドに倒れ込んだ。

「あー、疲れたぁ!」

 仰向けになって天井を見る。一人部屋とあって天井は高くない。どこからだろうか、他の部屋からシャワーの水が流れる音がする。生活音がある程度響く、自分も気を付けなければと思った。

 少しでも今夜のうちに荷ほどきをしておこうと書卓に筆記用具やマニュアル、テキスト類を置き、大きくはないクローゼットに服を掛けた。クローゼットの上に物が置けるスペースがあったので着替えを畳んで置く。

 簡単にシャワーを浴びて髪を乾かすとベッドに潜り込んだ。明日のことを考えると早く寝なければとは思う。それでもどこか気持ちが興奮していて寝付けない。

 少しマニュアルでも読んで眠気を誘おうかと好雄はベッドライトをだけ点けて部屋を薄暗くする。


 仰向けで天井を眺める。薄暗い部屋。さっきまでは真っ白だった天井。ベッドライトの淡い橙色の明かりで色をくすませている。

 (ついに始まったんだなぁ……)

 日中から幾度となく内心に思い浮かべた言葉を今もまた思い浮かべる好雄。

 既に同期の研修生(まほうつかい)の幾人かと知り合い、G6に配された。夕食で同じグループになった4人と語り、担当の教官とも顔を合わせた。明日からは本格的に研修が始まる。



 マニュアルを開いた好雄。『第一に本研修の目的は……』、と冒頭から目を通していく。直ぐに訪れた眠気。好雄も特にそれに(あらが)わなかった。

 マニュアルは好雄の手から滑り抜け、そしてぱさっという渇いた音を部屋を包む静寂に混ぜて床に落ち、力なく横たわった。
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