第44話 暮れなずむ公園にて
文字数 5,148文字
午後の授業を終えてキャンパスを暫 くうろついたが優依からの連絡も来なかったので手持ち無沙汰になった悠貴は結局大学の図書館に辿り着いた。
学生証を翳 すと駅の改札を思わせるゲートが開いた。階段を上る。1階にも自習用のスペースはあるが、悠貴は図書館を使うときはほとんど3階まで行く。
可能性は低いが埋まっていたらどうしようと心配しながら3階の空間を覗き込む悠貴。広い空間に大きな窓。窓には常時日よけのカーテンがかけられていて室内は薄暗い。
わざわざ3階まで上ってくる学生は珍しい。疎 ら座る学生の机に付属するデスクライトの灯りが点在している。
この、どこか陰鬱さも含む雰囲気を悠貴は気に入っていた。独りになりたい気分のとき、何かに集中して取り組みたいときには決まってここへ来る。
窓側の一番奥の席に着く悠貴。辺りに人の姿はなく、点いているデスクライトもない。悠貴が机の明かりを点 けると周辺が仄 かに照らされた。
悠貴は辺りを視線を巡らす。勉強に勤 しむ学生。微動だにしないで突っ伏して眠っている学生。男女2人並んで座って勉強をしている姿も見えた。
悠貴はリュックからテキストを取り出す。テキストに書いてある文字を目で追いながら、このあと優依と会ったときに何を話そうかと考える。
(わざわざ時間とってくれたんだし、話すとしたら魔法のこと……だよな……。どうやって切り出そう……)
高い天井に目を向ける悠貴。優依にとって研修中の出来事はトラウマだろう。正面から直接の聞くのは気が引ける。それでも自分に直接関係があることについては聞いておきたかった。
「やっぱ研修のことは聞くしかないよな……」
悠貴が思わず呟いた声は意外と響いてしまう。並んで座っていた男女2人が揃って悠貴に目を向ける。
誤魔化すように悠貴はテキストに目を戻して何事もなかったようにする。
(まあ、なるようになるか。もしかしたら優依から自分の研修の時のこと話してきてくれるかもしれないしな……)
一つ息をついてテキストのページをめくっていく悠貴。暫く読み進めて少しウトウトしてきた時だった。
「おっ」
画面が光ったのを見てスマホを悠貴は手に取る。優依から、『終わったよー、いまどこ??』と来ていた。
優依は文学部キャンパスにいるらしく、文学部棟の前で待ち合わせることになった。悠貴は荷物をまとめて図書館を出る。図書館から外へ出て最初に吸う空気はどこか清々しく新鮮に感じた。深く呼吸をして空を見上げる。昼間に見た太陽は南中していたが今は西に傾いている。そうやって日は傾きつつあるが暮れるにはまだ少し時間がありそうだ。綺麗な青空だ。
悠貴は自身が通う本部キャンパスを抜け、大きめの通りを越えて少し歩くと文学部のキャンパスが見えてきた。
正門から入り、傾斜の軽い坂を学部棟へ向かって歩いていく悠貴。長くはない並木道だが右手には小高くなった丘があり、上の方は公園になっている。
丘とは言ってもその下はアリーナになっている。大学式典やスポーツ競技などが行えるようになっていて中は広い。アリーナもその上の公園も最近完成したとあって真新しく、公園には溢れる解放感を楽しむ学生の姿が多く見える。
並木道を過ぎて、待ち合わせることになっている建物が近づいてくる。直ぐに悠貴の目に優依の姿が入ってきた。昼に学食で会った時とは違い、ローブを脱いでいて結ばれていた髪は下ろされている。どこか愁いがあって大人びて見えた優依の姿に悠貴は思わずドキッとした。
そんな自分をやり過ごして悠貴は出来るだけ自然に声を掛けた。
「ごめん、待たせたか?」
「全然っ。私も今着いたところだったから。えと……、話す場所とかどうしようか?」
「近くに公園があっただろ? 本キャンからはちょっと遠いから俺はあんまり行かないけど、そこで良いんじゃないか?」
うん、と笑顔で返した優依と並んで悠貴は歩き始める。坂を下りキャンパスを出て、公園へ向かおうと左へ曲がったところで優依がタイミングをそこと見計らっていたかのように口を開いた。
「あのね……、その、悠貴君は……、魔法士になりたいの?」
悠貴は一瞬言葉に詰まる。シンプルさを幾重にも重ねたような問いかけ。あまりにもシンプル過ぎたので悠貴は思わず吹き出してしまった。どうやって切り出すか逡巡していた自分が馬鹿らしく思えてくる。
「ははっ、優依はどうすればいいと思う?」
「そう聞くってことは……、やっぱりそうなんだね……」
悠貴は横を歩く優依を見る。ふふ、と笑んだ優依は前を向きながら続けた。
「魔法士になろうとする人ってね、大体みんな今の悠貴君が言ったようなこと聞くんだよ、そしてそういう聞き方をするときにはもう自分の中で答えは決まっているんだ」
さっと風が吹き抜けて優依の髪を揺らす。
そうなのだろうか、そうかもしれない。そう思いながらも今の自分の気持ちをどう言葉にすれば良いか分からなかった悠貴は押し黙る。
「あ……、えと、ごめんね。なんかカッコ付けた言い方しちゃったね。というか、これ、私の経験談でもあるんだ。私も魔法士に登録する前に散々周りの人に同じこと聞いちゃってたから……」
照れたように優依は笑う。
「うーん。……てことはむしろ優依も割りとはっきりと魔法士になろうって決めてたんだ?」
「えと、うん、そうだね……。私のときは正直迷わなかったかな」
公園の入り口に着く2人。
2人で遊歩道を進んでいく。前を老夫婦が並んで歩いている。平日午後。園内に見える人の姿は思ったよりも多かった。悠貴は周囲を気にしながら優依に尋ねる。
「優依はさ、何で魔法士になろうって思ったんだ?」
優依は悠貴をちらりと見て少し迷ったような表情を浮かべた。
「うちね、お父さんいないんだ。お母さんもそんなに体強い方じゃなくて……。それで、魔法士に登録すれば、国からお金が貰えるから……」
ああ、と悠貴は頷いた。確かそんな話を聞いたことがあった。魔法士は国から優遇されている。そんな魔法士を妬んでいる人間が魔法士を「傭兵」と陰口を叩いているのを聞いたのは一度や二度じゃなかった。
「ごめんな、変なこと聞いちゃって……」
済まなそうな顔をした悠貴に優依は首を振る。
「うんうん! 全然だよっ! も、もちろんね、お金のためだけじゃないよ。私は、なんの取り柄もないから、魔法で少しでも色んな人の役に立てたらなって……」
慌てながら謙遜する優依。そんな優依を見ながら悠貴は思い出す。確か優依は大学には特待生で入ったはずだ。
「取り柄がないって……。どの口が言うんだよ。入学金と授業料全額免除のSランク特待生なんてそうそうお目にかかれないぞ。お前みたいな優等生……」
言いかけてしまったと思った悠貴だったがもう遅かった。
「あー、また優等生ってゆった! わ、私が優等生って言われるのあんまり好きじゃないって知ってるよね!?」
絵に描いたような優等生の優依に悠貴は今までに何回か優等生と口にしては怒られていた。はぁ、とため息をつく優依。
「悪い悪いっ。まあそれはそれとして……、普段はあんま思わないけど、親のこととか人の役に立てたらとか……、実は優依ってちゃんと色々と考えてるんだな、偉いよっ」
悠貴は、うきゅんのクセに、と付け加えて気恥ずかしさを隠した。茶化された優依は膨れる。
「も、もう! ちゃんと誉めるんなら誉めてくれていいんだよー!」
悠貴は笑って遠い目をする。少しだけ、優依のことが正直羨ましいと思った。若干消極的なところもあるとはいえ優依には魔法士になろうと決意できるはっきりとした理由があった。そして、自分にはそれがない。
(もし今、優依にどうして魔法士になりたいのかって聞かれたら、俺、その理由を何て答えるんだろう……)
悠貴は自問してみたがその答えを上手く手繰り寄せることはできなかった。2人の歩みに調子を合わせるようにして町並みと空の境界の色が僅かに変わり始める。
「優依はさ……、魔法士になってからって……どう?」
「どうって?」
「何ていうかさ……、なって前とどう変わったかとか」
優依はうーんと口に手を当てて考える。
「えと、そうだなぁ……。生活はね、変わったかな。お金の面でも余裕ができたってのもそうだし、高校生活とかも……良くも悪くもね……」
下を向きながら優依は薄く笑った。含みのある優依の言い方が気になった悠貴。
「魔法士になって悪く変わることなんてあるのかよ?」
意外そうに言った悠貴に優依が、それはそうだよ、と頷く。
「良いことばかりじゃないよー……、いつもじゃないけど仕事っていうのかな、登録したら国の機関から呼び出されて色々手伝わされることもあるしね」
「仕事っていうと?」
「あ、うーん、ごめんね。それはちょっと今はまだ話せないかな……、守秘義務がね……」
然もありなんと悠貴は、だよな、とだけ返した。
「あー、もう本当どうすればいいんだろうなぁ……!」
悠貴は頭をかきむしりながらそう言って天を仰いだ。ふふ、と笑って優依は悠貴を見る。
「今の時期だと、研修って1月からのだよね? えーと、たぶん申請の手続きは12……月の半ばの辺りまでだから、まだ少しゆっくり考えてみたらどうかな? これから学園祭だってあるんだし」
迷いながらも前のめりな悠貴の気持ちを察して優依はそう言った。
気付けば日はだいぶ落ちてきている。視界に広がる公園の景色はオレンジ色に包まれている。
歩いた先、どちらからともなくベンチに並んで腰かける悠貴と優依。少し離れたところで子供たちが数人、お互いを追いかけ回しながら遊んでいる。
「優依さ、ちょっとお願いがあるんだけど……?」
「な、何?」
少し改まった調子で悠貴がそう言ったので優依はドキリとした。
「変なこと言うんだけどさ、魔法士の徽章……、見せてくれない?」
「ふえっ……、あ、えと、き、徽章? どうしたのいきなり?」
「いや、何て言うかさ……、ちょっと見てみたくなってさ。普段お前とか、たまに好雄がローブに付けてるの見たことはあるんだけど、近くで見たことは無かったから」
ああ、とベンチに下ろしていたリュックから魔法士のローブを取り出し徽章を外す優依。外した徽章を悠貴に手渡す。
悠貴は右手の親指と人差し指で挟みながらまじまじと見る。
「持ってみるのも初めてだけど……、何だろう、重くもないし軽くもないな……。お、ホントに宝石が真ん中についてるんだな」
「うんっ。前にも聞いたことがあるかもしれないけど、どんな属性の魔法を使えるかによってその魔法士の徽章にはめ込まれる宝石は変わるんだ。私の夢の属性……もっと言うと幻とかそう言う幻惑系の魔法士の徽章は紅水晶 。ピンクで可愛いよね、えへへ」
無邪気に優依は笑った。
「悠貴君は、風だったよね、確か……。風は本水晶 ……だったかなぁ」
自分もこれと同じ徽章をつけてローブを羽織って……そんな自分の姿を想像していた悠貴を優依のどこか呟くような声が現実に静かに引き戻した。
「えと、ね、でも私は……、悠貴君に魔法士になって欲しくはないかな……」
その言葉に悠貴は徽章から優依に目を移したが夕日が目に刺さって上手く表情を捉えられなかった。
「どうして?」
「あ、最終的にはね、悠貴君が決めたことを私も応援するよ、もちろんっ。でも……、もし魔法士になったらね……、この間の森での……ことみたいなのがあるかもだから……」
優依は下を向く。
「悠貴君が……危ない目に遭うのは……私は嫌だな」
悠貴は、そっか、と言って前を向く。微かに、近くにある中学校の吹奏楽部が練習している音が聞こえてくる。
徽章を夕日に照らす。金のメッキが思ったよりも反射して眩しい。悠貴は、ありがとな、と徽章を手渡した。
「そろそろ帰るかっ」
悠貴は立ち上がる。身体を伸ばす悠貴に優依は一拍置ゆっくりと口を開いた。
「……私の、研修でのことは聞かないんだね」
先に立ち上がった悠貴を優依がどこか寂しそうな、それでいて優しい笑顔で見つめる。
「聞こうと思ったけど、聞く勇気が俺には無かったんだよ」
言った悠貴も寂しく笑う。優依も悠貴に続いてリュックを持って立ち上がる。
「そうなんだ。えと、聞かないの……?」
「聞かないことにしたよ。今決めた」
「そっか……」
優依は静かに微笑んだ。
「私はね……、ずっと背負っていくよ」
「そうか……」
悠貴も穏やかに微笑んだ。どちらともなく歩き出す。さきほどよりも濃さを増したオレンジ色に覆われた景色が2人を包む。
「もし……」
そこまで言って悠貴は自身の言葉を遮る。言いかけた、その先を優依は無言で待つ。
「いや、何でもない」
うん、と優依は頷いた。
学生証を
可能性は低いが埋まっていたらどうしようと心配しながら3階の空間を覗き込む悠貴。広い空間に大きな窓。窓には常時日よけのカーテンがかけられていて室内は薄暗い。
わざわざ3階まで上ってくる学生は珍しい。
この、どこか陰鬱さも含む雰囲気を悠貴は気に入っていた。独りになりたい気分のとき、何かに集中して取り組みたいときには決まってここへ来る。
窓側の一番奥の席に着く悠貴。辺りに人の姿はなく、点いているデスクライトもない。悠貴が机の明かりを
悠貴は辺りを視線を巡らす。勉強に
悠貴はリュックからテキストを取り出す。テキストに書いてある文字を目で追いながら、このあと優依と会ったときに何を話そうかと考える。
(わざわざ時間とってくれたんだし、話すとしたら魔法のこと……だよな……。どうやって切り出そう……)
高い天井に目を向ける悠貴。優依にとって研修中の出来事はトラウマだろう。正面から直接の聞くのは気が引ける。それでも自分に直接関係があることについては聞いておきたかった。
「やっぱ研修のことは聞くしかないよな……」
悠貴が思わず呟いた声は意外と響いてしまう。並んで座っていた男女2人が揃って悠貴に目を向ける。
誤魔化すように悠貴はテキストに目を戻して何事もなかったようにする。
(まあ、なるようになるか。もしかしたら優依から自分の研修の時のこと話してきてくれるかもしれないしな……)
一つ息をついてテキストのページをめくっていく悠貴。暫く読み進めて少しウトウトしてきた時だった。
「おっ」
画面が光ったのを見てスマホを悠貴は手に取る。優依から、『終わったよー、いまどこ??』と来ていた。
優依は文学部キャンパスにいるらしく、文学部棟の前で待ち合わせることになった。悠貴は荷物をまとめて図書館を出る。図書館から外へ出て最初に吸う空気はどこか清々しく新鮮に感じた。深く呼吸をして空を見上げる。昼間に見た太陽は南中していたが今は西に傾いている。そうやって日は傾きつつあるが暮れるにはまだ少し時間がありそうだ。綺麗な青空だ。
悠貴は自身が通う本部キャンパスを抜け、大きめの通りを越えて少し歩くと文学部のキャンパスが見えてきた。
正門から入り、傾斜の軽い坂を学部棟へ向かって歩いていく悠貴。長くはない並木道だが右手には小高くなった丘があり、上の方は公園になっている。
丘とは言ってもその下はアリーナになっている。大学式典やスポーツ競技などが行えるようになっていて中は広い。アリーナもその上の公園も最近完成したとあって真新しく、公園には溢れる解放感を楽しむ学生の姿が多く見える。
並木道を過ぎて、待ち合わせることになっている建物が近づいてくる。直ぐに悠貴の目に優依の姿が入ってきた。昼に学食で会った時とは違い、ローブを脱いでいて結ばれていた髪は下ろされている。どこか愁いがあって大人びて見えた優依の姿に悠貴は思わずドキッとした。
そんな自分をやり過ごして悠貴は出来るだけ自然に声を掛けた。
「ごめん、待たせたか?」
「全然っ。私も今着いたところだったから。えと……、話す場所とかどうしようか?」
「近くに公園があっただろ? 本キャンからはちょっと遠いから俺はあんまり行かないけど、そこで良いんじゃないか?」
うん、と笑顔で返した優依と並んで悠貴は歩き始める。坂を下りキャンパスを出て、公園へ向かおうと左へ曲がったところで優依がタイミングをそこと見計らっていたかのように口を開いた。
「あのね……、その、悠貴君は……、魔法士になりたいの?」
悠貴は一瞬言葉に詰まる。シンプルさを幾重にも重ねたような問いかけ。あまりにもシンプル過ぎたので悠貴は思わず吹き出してしまった。どうやって切り出すか逡巡していた自分が馬鹿らしく思えてくる。
「ははっ、優依はどうすればいいと思う?」
「そう聞くってことは……、やっぱりそうなんだね……」
悠貴は横を歩く優依を見る。ふふ、と笑んだ優依は前を向きながら続けた。
「魔法士になろうとする人ってね、大体みんな今の悠貴君が言ったようなこと聞くんだよ、そしてそういう聞き方をするときにはもう自分の中で答えは決まっているんだ」
さっと風が吹き抜けて優依の髪を揺らす。
そうなのだろうか、そうかもしれない。そう思いながらも今の自分の気持ちをどう言葉にすれば良いか分からなかった悠貴は押し黙る。
「あ……、えと、ごめんね。なんかカッコ付けた言い方しちゃったね。というか、これ、私の経験談でもあるんだ。私も魔法士に登録する前に散々周りの人に同じこと聞いちゃってたから……」
照れたように優依は笑う。
「うーん。……てことはむしろ優依も割りとはっきりと魔法士になろうって決めてたんだ?」
「えと、うん、そうだね……。私のときは正直迷わなかったかな」
公園の入り口に着く2人。
2人で遊歩道を進んでいく。前を老夫婦が並んで歩いている。平日午後。園内に見える人の姿は思ったよりも多かった。悠貴は周囲を気にしながら優依に尋ねる。
「優依はさ、何で魔法士になろうって思ったんだ?」
優依は悠貴をちらりと見て少し迷ったような表情を浮かべた。
「うちね、お父さんいないんだ。お母さんもそんなに体強い方じゃなくて……。それで、魔法士に登録すれば、国からお金が貰えるから……」
ああ、と悠貴は頷いた。確かそんな話を聞いたことがあった。魔法士は国から優遇されている。そんな魔法士を妬んでいる人間が魔法士を「傭兵」と陰口を叩いているのを聞いたのは一度や二度じゃなかった。
「ごめんな、変なこと聞いちゃって……」
済まなそうな顔をした悠貴に優依は首を振る。
「うんうん! 全然だよっ! も、もちろんね、お金のためだけじゃないよ。私は、なんの取り柄もないから、魔法で少しでも色んな人の役に立てたらなって……」
慌てながら謙遜する優依。そんな優依を見ながら悠貴は思い出す。確か優依は大学には特待生で入ったはずだ。
「取り柄がないって……。どの口が言うんだよ。入学金と授業料全額免除のSランク特待生なんてそうそうお目にかかれないぞ。お前みたいな優等生……」
言いかけてしまったと思った悠貴だったがもう遅かった。
「あー、また優等生ってゆった! わ、私が優等生って言われるのあんまり好きじゃないって知ってるよね!?」
絵に描いたような優等生の優依に悠貴は今までに何回か優等生と口にしては怒られていた。はぁ、とため息をつく優依。
「悪い悪いっ。まあそれはそれとして……、普段はあんま思わないけど、親のこととか人の役に立てたらとか……、実は優依ってちゃんと色々と考えてるんだな、偉いよっ」
悠貴は、うきゅんのクセに、と付け加えて気恥ずかしさを隠した。茶化された優依は膨れる。
「も、もう! ちゃんと誉めるんなら誉めてくれていいんだよー!」
悠貴は笑って遠い目をする。少しだけ、優依のことが正直羨ましいと思った。若干消極的なところもあるとはいえ優依には魔法士になろうと決意できるはっきりとした理由があった。そして、自分にはそれがない。
(もし今、優依にどうして魔法士になりたいのかって聞かれたら、俺、その理由を何て答えるんだろう……)
悠貴は自問してみたがその答えを上手く手繰り寄せることはできなかった。2人の歩みに調子を合わせるようにして町並みと空の境界の色が僅かに変わり始める。
「優依はさ……、魔法士になってからって……どう?」
「どうって?」
「何ていうかさ……、なって前とどう変わったかとか」
優依はうーんと口に手を当てて考える。
「えと、そうだなぁ……。生活はね、変わったかな。お金の面でも余裕ができたってのもそうだし、高校生活とかも……良くも悪くもね……」
下を向きながら優依は薄く笑った。含みのある優依の言い方が気になった悠貴。
「魔法士になって悪く変わることなんてあるのかよ?」
意外そうに言った悠貴に優依が、それはそうだよ、と頷く。
「良いことばかりじゃないよー……、いつもじゃないけど仕事っていうのかな、登録したら国の機関から呼び出されて色々手伝わされることもあるしね」
「仕事っていうと?」
「あ、うーん、ごめんね。それはちょっと今はまだ話せないかな……、守秘義務がね……」
然もありなんと悠貴は、だよな、とだけ返した。
「あー、もう本当どうすればいいんだろうなぁ……!」
悠貴は頭をかきむしりながらそう言って天を仰いだ。ふふ、と笑って優依は悠貴を見る。
「今の時期だと、研修って1月からのだよね? えーと、たぶん申請の手続きは12……月の半ばの辺りまでだから、まだ少しゆっくり考えてみたらどうかな? これから学園祭だってあるんだし」
迷いながらも前のめりな悠貴の気持ちを察して優依はそう言った。
気付けば日はだいぶ落ちてきている。視界に広がる公園の景色はオレンジ色に包まれている。
歩いた先、どちらからともなくベンチに並んで腰かける悠貴と優依。少し離れたところで子供たちが数人、お互いを追いかけ回しながら遊んでいる。
「優依さ、ちょっとお願いがあるんだけど……?」
「な、何?」
少し改まった調子で悠貴がそう言ったので優依はドキリとした。
「変なこと言うんだけどさ、魔法士の徽章……、見せてくれない?」
「ふえっ……、あ、えと、き、徽章? どうしたのいきなり?」
「いや、何て言うかさ……、ちょっと見てみたくなってさ。普段お前とか、たまに好雄がローブに付けてるの見たことはあるんだけど、近くで見たことは無かったから」
ああ、とベンチに下ろしていたリュックから魔法士のローブを取り出し徽章を外す優依。外した徽章を悠貴に手渡す。
悠貴は右手の親指と人差し指で挟みながらまじまじと見る。
「持ってみるのも初めてだけど……、何だろう、重くもないし軽くもないな……。お、ホントに宝石が真ん中についてるんだな」
「うんっ。前にも聞いたことがあるかもしれないけど、どんな属性の魔法を使えるかによってその魔法士の徽章にはめ込まれる宝石は変わるんだ。私の夢の属性……もっと言うと幻とかそう言う幻惑系の魔法士の徽章は
無邪気に優依は笑った。
「悠貴君は、風だったよね、確か……。風は
自分もこれと同じ徽章をつけてローブを羽織って……そんな自分の姿を想像していた悠貴を優依のどこか呟くような声が現実に静かに引き戻した。
「えと、ね、でも私は……、悠貴君に魔法士になって欲しくはないかな……」
その言葉に悠貴は徽章から優依に目を移したが夕日が目に刺さって上手く表情を捉えられなかった。
「どうして?」
「あ、最終的にはね、悠貴君が決めたことを私も応援するよ、もちろんっ。でも……、もし魔法士になったらね……、この間の森での……ことみたいなのがあるかもだから……」
優依は下を向く。
「悠貴君が……危ない目に遭うのは……私は嫌だな」
悠貴は、そっか、と言って前を向く。微かに、近くにある中学校の吹奏楽部が練習している音が聞こえてくる。
徽章を夕日に照らす。金のメッキが思ったよりも反射して眩しい。悠貴は、ありがとな、と徽章を手渡した。
「そろそろ帰るかっ」
悠貴は立ち上がる。身体を伸ばす悠貴に優依は一拍置ゆっくりと口を開いた。
「……私の、研修でのことは聞かないんだね」
先に立ち上がった悠貴を優依がどこか寂しそうな、それでいて優しい笑顔で見つめる。
「聞こうと思ったけど、聞く勇気が俺には無かったんだよ」
言った悠貴も寂しく笑う。優依も悠貴に続いてリュックを持って立ち上がる。
「そうなんだ。えと、聞かないの……?」
「聞かないことにしたよ。今決めた」
「そっか……」
優依は静かに微笑んだ。
「私はね……、ずっと背負っていくよ」
「そうか……」
悠貴も穏やかに微笑んだ。どちらともなく歩き出す。さきほどよりも濃さを増したオレンジ色に覆われた景色が2人を包む。
「もし……」
そこまで言って悠貴は自身の言葉を遮る。言いかけた、その先を優依は無言で待つ。
「いや、何でもない」
うん、と優依は頷いた。