第43話 共鳴し合う「日常」

文字数 3,786文字

 どこまでも単調な教授の声が教室に響く。

 ただでさえ自分が魔法に覚醒したせいで授業どころではない悠貴。それでも何度かは授業に集中しようと試みた。そして、その(たび)に挫折した。


 あまりにも授業がつまらないこともあったが、やはり悠貴にとっては覚醒したこの魔法の力を使って今後どうしていくのかの方が圧倒的に大事だった。


 周囲の様子を窺って少し魔法を呼んでみようかと思った悠貴だったが、ふと莉々と目が合って止めた。授業に集中するフリをして前を向く。

「どうしたの?」と莉々に(ささや)かれた悠貴だったが、何でもない、と首を横に振る。




 後ろの宏樹が小声で悠貴に話し掛ける。


「それにしても……、あの最前列の人たち、ホント真面目ですよねぇ。よくこんな殺人的につまらない授業聞いてられますよね……」


 宏樹に言われ悠貴は教室の最前列付近を見る。数は多くないが一生懸命授業を受けている学生達の姿が目に入ってきた。


「まあ、アイツらのお陰で俺たちも助かってるんだけどな……」


 悠貴の台詞に宏樹が笑った。


「いやー、1学期は助かりましたよね。あの最前列組を除いてこの教室の学生のほとんどがまともに授業受けてないですからね。あの人たちがノート回してくれなかったら僕たち皆1学期の時点でこの単位は詰んでましたよ」


「ワタシはちゃんとノートとってたし、授業だって聞いてたから……。宏樹や悠貴と一緒にしないで」

 宏樹の横の智香が視線を前に向けたまま不快そうに言った。


「宏樹……、アンタ感謝しなよー、智香に。智香があの最前列組と知り合いだったからノート貸してくれたんだから。私や智香は自力でも余裕で何とかなっただろうけど、アンタはヤバかったでしょ?」

「まあそれは否定しませんよ。……と言うわけで、智香、2学期も頼みますよっ」


 拝む宏樹を智香は無視した。
 それを笑った悠貴は一応は前を向きながらこれからのことを考える。


 この魔法の力を使いこなしたいし、世の中の役に立てたいとも思う。その為に魔法士になる。簡単な結論だったが、どこか躊躇(ちゅうちょ)する気持ちも混ざる。


 人の生死に関わる。殺したり、場合によっては殺されることもある。好雄たちの新人研修の話からはそれが容易に想像できた。今までの平凡な生活は確実に一変する。


(ダメだ……、色々と判断するには情報が少なすぎる……。やっぱ、好雄とか優依ともっと話さなきゃダメか……)


 溜め息をついた悠貴。ふと視界の端で莉々の顔を捉える。凛としたその顔に悠貴は罪悪感を覚えた。森の中で起きたこと、自分が魔法に覚醒したこと、好雄や優依の過去のこと……、何一つ莉々には話していない。

 本当は莉々だって自分や好雄、優依に聞きたいことが山ほどあるだろう。森の入口で待っていることしか出来なかった莉々の気持ちを推し量るとやるせない。


 莉々には、いずれちゃんと全て正直に話したいと思う。さすがに好雄と優依の過去のことは勝手に話せないが自分が森で見たこと、自分の魔法のことは話してもいいのではないかと思う。


 むしろ……、自分が魔法士になることをどう思うか、悠貴は莉々に聞いてみたかった。


 そんなことを考えていた悠貴の肩を莉々が叩いた。

「悠貴ー、何ぼーっとしてるの? 授業終わったよ?」

 莉々の声に悠貴は辺りを見回す。既に周りの学生たちは荷物をまとめている。


「ほら、早くしてよ! もう出遅れちゃってるんだから急がないと学食埋まっちゃうよ?」

 悠貴は時計を見る。授業が終わってからもう5分も立っていた。昼の学食事情を考えると命取りになりかねない。


 既に用意を終えていた宏樹、智香は席を立っている。悠貴は急いで荷物をリュックに放り込む。




「もし……、席無くて昼ご飯食べられなかったら悠貴のせい……。外のどこかで(おご)ってね……」

 駆け足で進む中、智香がそう口にした。
 昼の時間はキャンパス外でも飲食店はどこも混んでいる。今から座れるとしたらそれは値段が学生にとっては不相応な価格帯の店しかない。それを分かっていて智香は言っていると直感的に思ったが、悠貴はあえて何も言わずに先を急いだ。



 席が空いているかと心配していた悠貴たちを余所(よそ)に学食にはそこそこ空席があった。


「あれっ……。珍しいね……、こんなに空いてるなんて……」


 莉々の言葉に頷く悠貴。
 近くにいた学生たちの会話を聞いて納得した。秋休みを利用して3年生、4年生の多くがゼミの合宿に行っている。まだ合宿中か、そうでなくても今日は代休らしい。



「ラッキーでしたねー。てか、それ以前にここの大学、学生の数に比べて学食の席が少な過ぎるんですよ……。だからちょっと油断するとランチ難民に……」

 ぶつくさと言いながら宏樹が手近の席に荷物を置いて席を取る。


 悠貴たち4人は注文に向かった。


「うーん……、今日は何にしようかなぁ……」

 料理を見比べる莉々。

「お前さぁ、そうやって選んでる風にしてるけど、つけ麺以外頼んだこと無いだろ? 俺、お前がここでつけ麺以外食ってるの見たこと無いぞ」

「ええー、ここのつけ麺ってホント絶品なんだよ? 私、結構食べ歩いてる方だけど、未だここより美味しいつけ麺には出会ってないんだよなぁ。それにね、気分の問題だよっ。考えて……迷って……、それで選んだって風にした方が美味しいじゃんっ」

「はいはい、そうですか。ごゆっくり……。じゃあ俺注文してく……、おっと、すみません!」


 注文に向かおうとした悠貴は誰かにぶつかった。「キャッ」と言った小声に悠貴は聞き覚えがあった。

 悠貴の目に入る白い魔法士のローブ。

「あっ、ゆ、悠貴君……。授業? お、お疲れ様……」

 どこか気まずそうな優依。
 それは悠貴も同じで、森での一件以来、面と向かってちゃんと話してはいなかった。


「優依もお疲れ……。あ、ローブ羽織ってるってことは、演習?」

 悠貴に問われ優依は軽く頷く。何を話したら良いか悠貴が迷っていると、

「あ、優依じゃん。お疲れっ」

 と、莉々が間に入ってきた。正直、2人だとどこか気まずかったので悠貴は莉々に感謝した。


「ん? あー、なんか話してるところだったっぽいね……。ごめんっ。じゃあ悠貴、私、先に行ってるね!」

 明るくそう言ってその場を後にする莉々。


(おいおい、勘弁してくれよ……)


 莉々の妙な気の回し方でむしろ気まずさの色合いは濃さを増してしまった。ならいっそ……。悠貴は口を開く。

「あのさ……、好雄から聞いたよ。その、優依たちの研修の時のこと……」


 優依は悠貴には視線を向けずに、

「そっかぁ……」

 とだけ呟くように口から漏らした。


 優依の表情からは何も読み取れなかった。悠貴が何も言わずにいると優依が急に慌て出す。

「あ、ご、ごめんねっ……。気……使わせちゃってるよね」

 そのあたふたとする優依の様子に悠貴はどこかほっとした。いつもの優依だ。森での一件からどう接したら良いか分からなくなっていた。



「……ていうかね、あ、うん、私……ちゃんとお礼とか言えてなかったよね……」

 急に静かになった優依は声のトーンを落として静かにそう言った。

「いや、そんなこと……。確かに優依を追って森には入ったけど、俺だってやられちゃったし……。気づいたら優依に膝枕されてたってだけで……」


 赤くなった優依がふざけて言った悠貴を(にら)む。

「も、もう! え、とね……悠貴君て今日はバイト?」

「いや、今日はないよ。俺いつも暇人だからさ」

 少し好雄みたいな調子で言う。聞いて優依は目を細める。

「そか、うん、良かった……。じゃあ、ちゃんと私からも話したいから、少し時間貰える? 悠貴君も、色々と聞きたいことあるだろうし……」


 優依の言葉に悠貴は大きく頷く。

「むしろ俺から時間くれないかって頼もうって思ってたぐらいだからさ、ぜひ!」

「ふふ、分かった。じゃあ私このあと授業あるから、終わったら連絡するね。また後でねっ」

 手を振って優依は悠貴から離れていった。


 優依の後ろ姿を見送って悠貴は注文しようとしていたうどんのボタンを押す。出てきたうどんをトレイに載せて悠貴は莉々たちが待つ席に向かった。



「優依、何だって?」

 顔を上げずに割り箸で麺を食べながら莉々が悠貴に尋ねる。悠貴は表情を変えずに答える。

「合宿楽しかったね、だってさ……。あー、あと、係で打ち上げ行きたいな……、だってよ」


 悠貴の言葉に箸を止める莉々。
 悠貴を見上げて、口を開く。

「そっか……。うんっ、そうだよね。打ち上げ行きたいよねー! てかさ、約束もしてたしホント行こう、皆で。早速予定合わせなきゃねっ」


 宏樹と智香は悠貴たちの向かいで食べ終わった食器を重ねながら、これから受ける授業のことについて話していた。


 宏樹が腕の時計を見て立ち上がる。

「じゃあ、僕たち次の授業ありますから。2人とも、また明日」

 智香も立ち上がる。荷物と食器を持ち、じゃあ、と悠貴と莉々に告げて午後の授業に向かっていった。



 莉々はずっと話し続けている。午前の授業中の教授の話しぶりからするとテストに出そうなのは何処其処だ、学園祭の係で話し合いが進んでいて近々実際に準備が始まりそうだ、と。悠貴はうどんを口に運びながら適当に相槌を打っていた。


「打ち上げのときは……、合宿のときのこといっぱい話せるね!」

 笑顔で言った莉々に悠貴は、そうだな、とうどんを頬張らせた。
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