第38話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編14】~

文字数 7,563文字

「葉月ちゃんー! 侑太郎君ー!」


 距離をとりつつ互いを把握して並走していたつもりだったが、気づけば優依は葉月、侑太郎の姿を見失っていた。


 焦る優依の耳に人が叫ぶ声が聞こえてきて、少し遅れて地響きのような音と何かが倒れた音が入ってきた。


「葉月ちゃん……、侑太郎君……。朽木さん!」


 優依は音がした方向へ走る。

 進む森の暗がりに現れた、横たわる侑太郎。その光景に立ち止まりかけた優依だったが、怯える自分を叱咤(しった)して駆け寄る。


「侑太郎君……!!」


 金切り声でそう叫び、優依は倒れる侑太郎の(かたわ)らで膝をつく。

 侑太郎を抱き抱えて起こそうとした優依の手が止まる。侑太郎に突き刺さる氷の刺に目を見開く優依。


「あ、あ……、あ……」

 恐怖に震える優依。言葉が出てこない。
 自分たちは森を逃げる朽木を追っていた。
 そして、共に追っていた侑太郎が傷付いて倒れている。それが意味することは……。


(そ、そんな……。まさか……。うんうん! 朽木さんがそんなことをするはずが……!)



「ゆ、優依さ……ん……」

「侑太郎君!」

 名前を呼ばれて我に返った優依は直ぐに研修で習った治癒魔法を侑太郎にかけた。


「侑太郎君! しっかりして!」


 侑太郎の傷口に(かざ)す優依の掌が光を発する。侑太郎の苦悶の表情が僅かに和らぐ。

 しかし、習ったばかりの優依の治癒魔法……、おまけに残る魔力も少なく、侑太郎の傷口は完全に塞がらないし出血も止まらなかった。


 一体どうすれば……、と途方に暮れる優依の手を侑太郎が掴む。

「お、姉ちゃ……ん……が……。朽木……さんを……追って……」

 苦しげな声の侑太郎。震える指先で示したその先。森の光景がそこだけ一変していた。木々がなぎ倒され、地面には(えぐ)られたように大きな穴が空いていた。


「ぼ、僕のことよりも……、2人を……」

 息も絶え絶えにそう言った侑太郎を放ってはおけないとも思った優依だったが、侑太郎の必死な視線に頷く。


 恐る恐る穴まで近づいていく優依。
 穴の向こうには逆に土が盛られたように小高くなっていた。その手前に倒れている人の姿があった。



「は、葉月ちゃん……。葉月ちゃん!?」


 叫んだ優依が葉月に駆け寄る。葉月を抱き抱えるが目立った外傷はなく気を失っているだけのようだった。


 ホッとした優依は、森の先を見る。
 人が、森を進む気配がした。

 葉月と侑太郎はここにいる。好雄は葉月や侑太郎とは一番離れて並走していた。自分より早くここに来ているとは思えない。


「朽木さん……」

 優依はそっと葉月を寝かせ、小高くなった、その向こうへ走り出した。

 駆ける優依。ふと駆ける優依の速度が落ちる。そうかと思えばまた駆け出し、そしてまた速度を落とす。それを繰り返す。

 早く朽木を見つけたい気持ちと、会って何と言うのかという気持ち、そして今の朽木に面と向かうことをどこか拒絶する気持ちが混在する。


 逡巡(しゅんじゅん)する優依は目を凝らしながら森を進む。

 進んだその先の闇の中。何かが動いたように見えた。動作は遅く弱々しかった。


(朽木さん……)


 朽木の姿を捉えて優依は不思議と少し安心した。あの弱々しい後ろ姿が自分の意識に残る朽木と僅かだが重なってくれたからだ。
 ここ暫くの妙に高揚した状態の朽木よりも目の前の不甲斐なく、軟弱そうに逃げる朽木の方が身近に感じた。


「朽木さん!! 優依です!」

 力の限り叫んだ優依。優依が魔装を使えば簡単に追い付いてしまいそうな速さで逃げていた朽木が、振り向き、そして立ち止まった。


 優依の目に入る憔悴(しょうすい)し切った朽木。


「ああ、良かったです……、朽木さん……」


 朽木の姿を見て喜びが沸き上がってきた優依は朽木へ向かって駆け出そうとした。


 しかし、優依の姿を見留めた瞬間に朽木の瞳に攻撃的な光が宿る。

「あああー! あ……ああ!! く、来るなぁ!」

 拒絶を乗せた声をあげた朽木が放った魔法が優依の足元を(えぐ)る。立ち尽くす優依。


「えっ……? く、朽木……さん……?」


 名前を呼ばれた朽木が首を横に振る。
 とにかく研修から逃げたかった。自分を拒絶する人々。弱い自分と向き合わなければならない過酷さ。しかし、そんな自分に救いの手を差しのべてくれる少女がいた。


 自分と同じ引っ込み思案で卑屈な所のある少女。無理をして自分の部屋(世界)から出てきた自分に唯一優しくしてくれた希望の光。


 だからこそ、彼女にだけはこのどうしようもない程情けない自分の姿を絶対に見せたくはなかった。少女の、落胆する瞳が見たくなかった。だからこそ……、必死になって森を駆けてきた。


「た、頼むから来ないでくれ! もう放っておいてくれ! わ、私は……、優依ちゃんに優しくしてもらえるような、そんな価値のある人間じゃないんだ!」

 もう空になったはずの自分の魔力を振り絞り、水の塊を作っては優依に向かって投げつける。放たれた魔法は木の幹に食らい付き、枝を折り、土を(えぐ)ったが優依には当たらなかった。


 その朽木を見据え、優依はゆっくりと近づいていく。優依が近づくと朽木も一歩下がる。2人の距離は変わらない。


「朽木さん……、もう、もう大丈夫なんですよ? 私たち、朽木さんを迎えに来たんです」

「わ、私を……、迎えに?」


 後ずさる朽木が足を止める。
 優依は笑顔でゆっくりと近づいていく。


 眩しい程の優依の笑顔。しかし、朽木は追い詰められているように感じた。自らを受け入れてくれるであろう少女の笑顔が、むしろ自分が否定したい自分を浮き上がらせる。


「だ、だめなんだ! そんな笑顔を向けられる資格……、私にはないんだ!」

 直視できない自分の姿を消し去ろうと、それを映し出す元凶への攻撃が次第に苛烈(かれつ)になる。放たれる水塊に氷が混じり始める。
 優依の間近の樹木に氷塊がぶつかり砕ける。朽木の目に入る。攻撃を加えられてもなお微笑みをたたえる少女。それが朽木を、(えぐ)る。


「ち、近づかないでくれ……! 止まってくれ!!」

 朽木は目を(つむ)って、そして咆哮(ほうこう)した。朽木が目を閉じたまま放った氷の刺が優依の脇腹を切った。

「くっ……」

 僅かに顔をしかめた優依は声を押し殺した。
 傷は浅くない。優依は痛みを堪えて静かに前進を続ける。それを(はば)もうと朽木は新たに氷塊を(てのひら)の上に浮かべる。

(もう……、嫌だ……)

 どこか諦めに似た表情を浮かべ、その直ぐ後、朽木の瞳にそれまでは無かった危険な色が浮かぶ。


「もう嫌なんだ! この世界も! こんな自分も! そして……、救いようのない自分を救おうとしてくれる優依ちゃんも!!」


 朽木が優依に向け氷塊を放つ姿勢を取る。


「私は……、止まりません。朽木さんが救われるまで……」


 心臓を鷲掴(わしづか)みにされたような衝撃を朽木が襲う。

 目の前の少女は優しくて、そして強かった。


「う……、うわぁーーーー!!」





 叫んだ朽木が氷塊を放とうとしたその時、2人の間に飛び出る人の姿があった。


「優依! 大丈夫か!?」


 咄嗟(とっさ)に割って入った好雄。
 突然の侵入者へ朽木は氷解を放った。


「好雄君!!」

 優依の叫び声が耳に届くのと同時に氷解が好雄を襲う。(シールド)を作った好雄だったが間に合わなかった。鋭い氷の棘が好雄の左足に突き刺さる。


「が……、くそぉ……」

 崩れ落ちそうになる身体を踏みとどまらせて好雄は朽木に反撃する。好雄の木の属性の魔法が朽木を襲う。辛うじてかわした朽木が好雄を睨み付ける。


「私を……、こ、殺しに来たのか……。う……、うぁー! うぁー!! うぁあー!」


 錯乱(さくらん)した朽木が好雄へ魔法を放ち続ける。なんとかそれを(しの)ぎ続ける好雄。


「朽木さん! もう止めてください! 私も好雄くんも……、葉月ちゃんや侑太郎くんも……、皆で朽木さんを助けようと……!!」


 懇願する優依の声は朽木の耳には入らない。朽木の攻撃が熾烈(しれつ)になっていく。


「朽木さん……」


 何とかして朽木を止めなければと思った優依。朽木に向かって手を(かざ)して自身の夢の属性の魔法を放つ。




「ど、どこだ……ここは、私は一体……」

 放たれた優依の夢に包まれた朽木。視界が揺らいで目の前の光景の輪郭が(ゆが)む。

「な、何なんだ……、これは……」

 黒い森の木々、岩、好雄、そして他の研修生、引きこもる以前、自身を傷つけてバイト先の若者や会社の同僚、大学や高校でのクラスメート……。次々に幻影が朽木の目の前に浮かんでいく。


「あ、あぁ……、止めろ……、止めてくれ!!」


 幻影が浮かんでは朽木の放った氷塊に貫かれて消えていく。


「はぁはぁはぁ……」

 幻影を消し去った朽木。その朽木に近づいてくる人影があった。


「ゆ、優依ちゃん……。いや、違う……、お前も幻かぁ!!」


 氷の刃を放とうとしたその刹那、少女の憂いを(にじ)ませた、どこまでも優しい笑顔が朽木の瞳を占める。

 無意識に、いつもそうであったような、どこか卑屈さを(にじ)ませた、不器用な、しかし優しい笑顔を浮かべた朽木に、鋭い木の刺が次々に刺さっていく。






 好雄は優依の夢の魔法で幻覚に包まれる朽木が闇雲に放つ氷塊を、氷の刺が刺さる左足を(きば)いながら何とかかわしていた。

 あれならば身を隠しながらであればやり過ごせる、そう思って太い木の幹に身を隠していた好雄はそこから覗き見て、ぞっとした。

 発狂したように氷塊を辺りに散らす朽木。その朽木に臆すること無く近づいていく優依。破れたローブ、脇腹の辺りは血に滲んでいる。



「馬鹿!! やめろ、優依!」


 そう叫んで好雄が飛び出そうとした瞬間、幻影しか目に入らないはずの朽木の瞳が優依を捉えた。捉えた気がした。

 闇雲な動作は鳴りを潜め、朽木は正確に優依に向き合う。そして明らかに、その幻影ではない優依に向かって氷の刃を朽木が放ちかける。それを見留めた瞬間、好雄は朽木に向けて掌を(きざ)し、自身の木の魔法を、呼ぶ。

 ──ごめん。


 朽木に向け。そして……優依に向けて。




 自らを囲う幻影のその先から、木の魔力で生み出された鋭利な小刀が朽木へ向けて放たれる。あまりにも無防備だった朽木に次々と突き刺さった。



「え、あ……あぁ……、がはぁ!!!」


 叫んで朽木は倒れる。倒れた衝撃で突き刺さった木々が朽木を貫く。


 動けなくなった朽木は地面を見つめる。


「さ、寒い……。いや……、これは……」


 ──暗い。


(く、暗い……。ああ、やっと、私は帰って……これた、戻って……)

 朽木の視界の端々が黒く彩られ、次第に黒い部分が増していく。完全に黒一色になるまでそれほど時間はかからなかった。




 好雄が放った木の魔法。木々が朽木に突き刺さり、倒れ、ビクッと痙攣(けいれん)した後に動かなくなるのを優依はただ見ていた。立ち尽くすことしか出来なかった。


 そうして受動的に目に入ってくる光景の意味を優依が理解するのには一瞬の時差があった。時差が埋まり、ふっと体の力が抜ける。

 終わってしまった、助けられなかった。


「優依……」

 近づいてきた好雄。優依に手を伸ばしかけた好雄が崩れ落ちる。


「好雄君!?」

 左足からの出血が酷い。優依は自分の残る魔力を全て使って好雄に治癒魔法をかけた。もう、魔力を残しておいても意味はない。



 優依は(おもむろ)に立ち上がり朽木の元へ向かおうとする。

「優依……」

 と呼び掛ける好雄を一瞥した優依が歩き出す。


 既に朽木は死んだ。死んでしまった。
 森を駆け回りながら、この結果を、頭のどこかで予想していた。

 予想していたからこそ何とかして助けたいと思った。予想が現実になったとき自分はどうなってしまうのか……。慟哭(どうこく)し発狂してしまうのではないかと思った。


 しかしこうして淡々と朽木の死体に近づく自分がいる。

「私って……、結構冷たいの……、かな……」



 朽木の側に着く。

 血に染まる朽木の体。血溜まりが出来ている。表情は確認できない。地面を向いているから。

 ただ、横たわる朽木を見つめる。




 それから暫くして、救出された葉月と侑太郎を伴って手塚率いる部隊がその場に到着した。



「よっしー。これは酷いね……。うん、動かないで……、少し痛いよ、我慢してくれ」

 手塚は好雄の左足に突き刺さる氷塊を抜く。

「ぐぅ……う……」

 好雄は叫びそうになるが悲鳴を噛み殺す。直ぐに手塚が手を(かざ)すと薄く光って好雄の傷口が綺麗に塞がっていった。

「うんうん、もう大丈夫だね。しばらく無理はできないかもだけどね。優依も怪我をしてるね、見せてごらん」


 手塚に言われ優依は自分の脇腹に付いた傷を見る。まだ血が止まらない。傷が脈を打っているように痛む。


「いえ……、私は……、このままで……」

「そうかい? 傷が残ってしまうよ?」

 言われた優依だったが首を横に振った。

 その優依を見て薄く笑った手塚は立ち上がり、辺りを見渡す。

 周辺では施設の職員たちが実況を見分していた。


「4人とも本当に良くやってくれたね……、お疲れ様」

 その場に完全にそぐわない落ち着きだった。()()を一瞥して続ける。

「彼は……気の毒だったね……」

 沈黙が手塚と4人を包み込む。


「気の毒……。それだけ、ですか?」

 口を開いた優依に視線が集まる。

「それだけ……、って?」

 優依の質問に訳が分からないといった調子で手塚は返した。

「だって……、朽木さん……、いえ、人が、1人、死んだんですよ? 気の毒だった、のたった一言で済むこと……なんですか?」

 どう考えてもこの結果は防げたはずだった。朽木が孤立したいった時。朽木が周囲から中傷を受けた時。それから逃れようと森へ入った時。そして、今。

 何度も、この結果を止める機会はあった。
 それなのに……。



 手塚は優依の目を見て静かに口を開く。

「研修を終えて、魔法士になるっていうことはね、こういうことなんだよ。罪を犯そうとしている魔法を使える人を止めるのは我々魔法士にしかできないからね」

 言って手塚は遠い目をする。

 そうですか、とだけ言って優依は目を伏せた。





 どこか他人事のように語る手塚に違和感を感じつつも好雄はそれは口にしなかった。その代わりに言う。

「教官、あの、朽木さんは……、いや、朽木さんを……」

 死体、とは口に出来なかった。

「あぁ、そうだね。うーん、あぁ、君たちで弔って、で、葬ってあげてくれないかな? このまま連れて帰っちゃうと手続きとか、あと、一応君たちからの聴取とかもしなきゃいけなくなる。そうなると色々と煩雑になっちゃうから」

 好雄も不思議とそれには自然に賛同できた。正直もう終わりにしたかった。自分や葉月、侑太郎もそうだが、とにかく優依がボロボロだった。早く現実から引き剥がし休ませたかった。

 好雄は黙って手塚の目を見ながら頷いた。


 宜しく、とだけ言って施設の職員と共に手塚は去った。喧騒が去り、元のただ静かな黒い森になる。




「……だそうだ。俺たちで何とかしろってさ」

 言った好雄は立ち上がる。その好雄を葉月と侑太郎が見上げる。

「そうですね……、僕たちがやらなきゃ、ですよね……」

 好雄に続いて立ち上がった侑太郎だったがよろめく。手塚たちに救助されて治癒魔法をかけられた侑太郎だったが体力も魔力も底をついていた。


「ゆたろー。そんなんじゃ運べないでしょ? てか、よっしーだってそうでしょ? はぁ……。アンタたちは休んでなさいよ。私は負傷はしてないし、ずっと休んでたから少しは魔力も回復してるから……」

「そんなこと言ったってよ、お前一人じゃ……」

 と言いかけた好雄に葉月が笑う。

「そうね……、私一人じゃ、ね……」


 手を(かざ)す葉月。さっきの感覚を思い出し、朽木を運ぶのにちょうどいい位の大きさの土の傀儡(ゴーレム)を呼び出す。


「おおぅ! 何だよコイツ!?」

 驚くばかりの好雄に侑太郎も続ける。

「そ、そうだよ! お姉ちゃん……、砂の属性でしょ!? こんなの……、もう砂の属性を越えて……」

「私だって分からないわよ! 急に……、その、ゆたろーを助けなきゃって思ったら……呼び出せるように……。あぁ、もう! そんなことより早く行くわよ!」

 葉月が念じると、人間の大人くらいの背丈の傀儡は布にくるまれた朽木の死体を抱えあげた。

 好雄が優依に近寄る。優依は下を向いたままだった。

「優依、行こう?」

 優依は微かに頷いた。




 取り敢えず一行は森を先に進む。どうしようかと思案したがすぐに森は開けて小さい原のようになった所に出た。原の先は崖のようになっている。

「見晴らしがいいし、ここにするか。俺は墓の目印になりそうなもの見つけてくるから……、何て言うか、埋めるの……、頼むな」


 傀儡(ゴーレム)が穴を掘る。次第に穴は大きく、深くなっていく。優依は少し離れた所に立って見守っていた。


 崖に向かって葉月と侑太郎が2人で立つ。こうやって一息つくのが何となく久しぶりな感じがした。4人で意を決して施設を飛び出したのが凄く前のことのように思えた。

 2人で眺める景色の奥。空の下線が僅かに白む。吹き抜けるまだ夜の香りを含んだ風が2人の髪を揺らす。


「ゆたろー、無事でよかった……」

 葉月はそう言って頭を侑太郎の肩に載せた。そして呟くように続けた。

「おじさん、可哀想だったわね……」

 助かったとはいえ侑太郎を死の淵に追いやりかけた朽木を許す気にはならなかったし今だって震えるくらい怒っている。しかし、それでも、もっと別の結末があっても良かったのではないかとも思えた。




 好雄が手頃な岩を持って戻ってきた。何の変哲もない岩。傀儡が朽木を穴の底に横たわらせる。

「あなた、おじさんに付いていってあげて……」

 葉月がそう伝えると傀儡は朽木の上に覆い被さり、そして、形を崩してただの土に戻り穴を埋めた。




 埋まる瞬間、優依の目に入るどこか穏やかな朽木の顔。


『はは、いや、子供っぽいよねー』

 100%オレンジジュースのパック。ストローを使って飲む朽木。頭をかいて恥ずかしがった。そんな朽木の様子が優依の脳裏に浮かんだ。


 どうにかして助けたかった。なぜ助けられなかった。助けられる瞬間は幾度と無くあったではないか。その瞬間瞬間の全てで自分は選択を誤った。

 そう、私が殺した。失われた朽木の命は戻ってこない。

 好雄は自ら森から運んできた岩を墓に見立てて小高い塚となった、その上に置く。その岩の前に葉月が摘んできた花を手向ける。





 その光景が、あまりにも可哀想で、──悲しい。






(ああ、そうか。私……、悲しいんだ……)

 ()()()そう思った優依。頬を伝う一筋の涙。感情が追い付き堰を切ったように涙が溢れる。ただ静かに、押し殺したように、泣く。

 空の白む下線に陽光が混じり始める。陽光が先触れとなり次第に周囲は明るくなる。朝が来た。崖の下に広がる森を包む霧が、朝が運んできた風にたなびいていく。風は崖を駆け上がり、朽木の墓に手向けられた花を小さく揺らした。
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