第45話 深まる秋に、想う【学園祭編1】

文字数 3,872文字

「ふぅ……。ま、今日はこんなもんか……」


 悠貴はそう言って開いていたノートやテキスト、それに端末をリュックにしまって立ち上がる。

 午後の授業が休講になった悠貴は大学の中央図書館で自習に(いそ)しんでいた。まだ決めかねているとはいえ、魔法士の新人研修に参加するとすればその間大学の勉強は出来ない。


(授業やテストは公欠扱いになるけど、勉強遅れるのには変わらないしな……)


 図書館の中からでも微かに聞こえてきた、どこか浮き足だった喧騒が、外へ出た悠貴の耳にはっきりと入ってくる。

 すぐに悠貴の目に予想通りの光景が入ってきた。キャンパスの至るところで学生たちが学園祭へ向けて励んでいた。出店の設営、資材物資の運搬、打ち合わせ……、多くの学生が(せわ)しく動き回っている。


 そんな周囲の高揚感が伝わってきて悠貴も(はや)る気持ちで歩き出す。サークルの出店の設営を手伝おうと足早に文学部のキャンパスへ向かう。


 自分の通う法学部の学部棟に差し掛かりチラリと目を移す悠貴。ちょうど莉々が中から出てきた。

「あっ、悠貴。もしかして屋台作り手伝いに行くとこ?」

「ああ。莉々も? だったら一緒に行くか?」


 もちろん、と返した莉々が悠貴に並ぶ。
 2人はキャンパスの大通りを進む。


「学園祭近くなってきたね。本当に楽しみ……。 ほら、うちの大学の学園祭って凄く有名じゃん? たった2日間だけなのに20万人動員するって普通にヤバイよね? うちの大学ってもともとポテンシャル高い学生多いけど、学園祭で人生変わっちゃったって先輩の話も聞くし……。」

「あ、それなら俺も聞いたよ。必死にメニュー開発したらそれがヒットして自分達で店開いて起業してって……」

「その話私も知ってるっ。そのお店、もう何店舗かにのれん分けしてるんだってね。あと、歌とかのコンテストで上位入賞した学生がそのままスカウトされたりとかね」

「まあごく一部の連中ではあるんだろうけどな……。それにしてもどこのサークルも気合い入ってるよなぁ……」


 半ば(あき)れたように悠貴は辺りを見回した。


「どこのサークルも学園祭でがっつりと活動費を稼ごうとしてるもんね。さっきまで大学の外にいたんだけど、地域の商店街でも学園祭に合わせてイベントやったりするからキャンパスの外もお祭り騒ぎみたいになってるよ」


 キャンパスを抜け、悠貴たちは文学部のキャンパスに続く通りを歩く。悠貴たちと同じように学園祭の準備に忙しい学生たちが行き来している。


「ふふっ」

「どうしたんだ、莉々。急に……」

「ごめんごめん。うん、何かね、本番当日はもちろんなんだけど……、この祭りの前の雰囲気って、私結構好きだなぁって」

 言った莉々が深く吸って大きく息を吐いた。

「その気持ちは何となくだけど分かるな。あ、そう言えば、他のサークルのことばっか話してたけど、うちのサークルは準備って順調なのか?」


 うーん、と莉々は苦笑いする。

「悠貴もだけど、私も学園祭の係じゃないから分からないんだけど……、係が係だから大丈夫とは言い切れないかも……」

 言った莉々が、はは、と乾いた低めの声を発する。

 莉々の反応に悠貴も遠い目をした。学園祭の出し物は学年別に企画する。夏には係が決まり、この間の学年合宿が終わってからすぐに学園祭へ向けて当面必要な費用の徴収があった。その費用を使って準備は一応進んでいるとは聞いているが……。


 悠貴たちの目に文学部のキャンパスの正門が入ってきた。正門からも見える丘の上の公園と学部棟へ向かう並木道が醸す雰囲気でどこか落ち着いている印象のある文学部キャンパスだが、目の前の光景はそれとは程遠い。

 本部キャンパスよりは手狭なこともあって人の動きが活発なようにも見える。坂道を上っていくと学部棟に四方を囲まれた中庭に出た。悠貴たちのサークル同期もその左奥の一角で準備をしている。



「あ、あれ……」

 怪訝そうに言った莉々の方を向く悠貴。

「莉々?」

「いや……、たぶん私が聞いていた話だと今日にはもう出店の屋台の組み立てが始まっているはずなんだけど……」

 莉々の言葉に中庭の先を見る悠貴。サークルの同期の仲間の姿が見えた。学年合宿の係だったこともあり学園祭関連のことにはほとんどタッチしていたなかった。なので進捗がどれくらいなのかは分からなかったが、組み立てどころか、それに必要な資材の類いが一切目に入ってこない。

 悠貴と莉々は互いにひきつった顔を見合わせる。


「あっ……」


 悠貴と莉々の姿を見留めた優依が駆け寄ってくる。

 開口一番に、

「悠貴君ー……、莉々ちゃんー……」

 と、情けない声を出した。何があったのだろうかと2人は優依の後ろを見る。好雄と大門が仁王立ちで向かい合って言い争っている。


「いいかぁ、大門……。もう一度言うけどな、俺はちゃんと屋台の木材を用意しておいてくれってメッセージ送ったよなぁ?」

「おー、何度でも答えてやるよ、ちゃんとお前からメッセージは送られてきたし俺はそれを見たぞ!」


 頭一度を抱えて、目を見開く好雄。

「じゃあ……、なんで今日その木材が揃ってないんだよ!?」

「今日までなんてどこにも書いてなかっただろーが!?」

「いやいやいやいや、優依が立ててくれたスケジュール見たか? 誰がどう考えたって組み立てが今日なんだから今日までに用意してなきゃだろう!」

「だったらちゃんといついつまでって載せて送ってくるんだな! 優依の立てたスケジュールなんて……、俺がそういうのに目を通すとでも思ったのか!?」

「あー、もう何でお前はそんなにもバカなんだ!! どうすんだよー準備はー!」

 頭をかきむしって地団駄を踏む好雄。


 状況を大体察した悠貴と莉々が下を向く。


「あ、あのね、もうあの2人かれこれ1時間近くあんな感じで……」

 あたふたとする優依。


 悠貴は激しく後悔した。学園祭の係を決める時にまとめ役をしていたのは自分だった。何故、気付かなかったんだろ。よりによって好雄と大門という組み合わせで係を選んだことのまずさに……。優依と琴音がいるから大丈夫だろうという見通しが甘かった。


(確かに学年合宿のことで頭がいっぱいだったけど……。少し考えれば分かるだろ、何やってんだ俺……)


 ぎゃあぎゃあとやり合っている2人を少し距離をとって琴音が興味なさそうに見ている。悠貴は琴音に近寄る。

「なぁ、琴音さん……。お前がいるからこの2人でも大丈夫だと思ってたんだけど……」

 悠貴を見上げた琴音が、はぁ、と口を開く。

「えー、何で私がこの2人の尻拭いしなきゃいけないのよー、めんどい……。私はちゃんと自分の仕事はやったもん」

 じと目でクールに長い髪を指でくるくるとしながら琴音は冷たく言い放った。男との絡みは上手い琴音だったが、どうにも興味がないことには全く興味がないといった様子だ。


(ダメだ……。琴音と優依にこの2人のこと任せたのが完全に失敗だった……)


 琴音から好雄と大門に目を移した悠貴が歩き出す。


「なぁ、お前ら……」

 悠貴がそこまで言いかけたところで駆けてきた莉々が好雄と大門の間に割って入る。

「あー、2人とも! もういい加減にしてっ! このままだと学園祭に間に合わないよ!?」

「だってよー、莉々、大門が……」
「だってよー、莉々、好雄が……」

 同時にそう言った好雄と大門を莉々目で黙らせる。

「いい? どういう風に伝えて、伝わったか、それも大事かもだけど今は準備を進めなきゃだよ? 大門は資材の注文はしてあるの?」

「い、いや……まだこれから……」

「ならキャンセルする手間は(はぶ)けたわ。今から発注してたら届くまでの日数が勿体ないしホントに間に合わなくなっちゃうもん。今から買いに行ってこれる?」

「あ、あぁ、俺は大丈夫だけど……」

「だったら取り敢えず行ってきて。今から行って戻ってくれば夜まで少しでも組み立てられるよ? 優依、今日進められるのはそれくらいだと思うけどスケジュール的には大丈夫?」

 莉々に尋ねられた優依がスマホの画面で確認しながら答える。


「え、えと……、う、うん! もともと結構余裕もってスケジュール組んでたから……。ご、ごめんね、莉々ちゃん……」

 優依の言葉に頷く莉々。

「優依は悪くないよっ。さ、大門早く行ってきて! あ、何人か資材運ぶの手伝ってあげて!」

 莉々の言葉に近くにいた志温や何人かのメンバーが手をあげて早速資材の調達に向かった。



 それを好雄は見やって、

「うんうん、最初からそうすれば良かったんだあいつは……」


 好雄の言葉が耳に入った莉々が無言無表情で好雄をじっと見る。

「あー、優依、その、なんだ。当日のたこ焼きの具材についてなんだけどー……」

 と、逃げるようにして好雄が優依の所へ向かう。



「まったく……」

 ため息混じりに莉々は呟いた。


 そんな光景に悠貴は軽く吹き出した。確かに好雄と大門は救いようがないが、これはこれで楽しかった。莉々が言ったように学園祭本番はもちろん、こんな風に皆で何かを進めること自体も楽しい。


(学園祭が終わってからも冬はクリスマスパーティーに、来年の春休みも合宿が……)



 そこまで思った悠貴は思い出す。魔法士の新人研修に参加するとなれば自分は確実にその場にはいない。皆が共有している思い出が自分にはないことになる。


 感傷に浸りそうになる自分を、軽く首を横に振って叱咤(しった)して、悠貴は空を見上げた。この時間にしては陽が傾くのが早いなと思った、その刹那、季節が移り変わってきているのだと気付く。あまり悠長に構えてはいられないだろう。
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