第24話 学年合宿 ~潮風~

文字数 3,878文字

 思っていたよりも早くサークルメンバーが荷造りとコテージ内の簡単な整理を終えて集まってきた。

 悠貴はラケットバッグに着替えを詰め込んだ後、コテージの中に忘れ物がないか隈無く回った。途中、二階へ上がり洋室(じょしべや)も見回したが忘れ物は無く、ベッドの上も綺麗に整頓されていた。

 今朝、昨日、一昨日と吹き抜け越しに見ていた窓。その先のこの部屋を直に目にして悠貴は不思議な感じがした。ここで、莉々や優依は何を考えていたのだろう。


 下に降りて台所、洗面所を見て回り、最後に和室(だんしべや)を見渡す。たかだか二泊三日の間使っていただけなのに自分の部屋のように感じる。綺麗に整頓されて積み上げられた布団に去るべき時だと告げられているようで、悠貴は少しだけ寂しく思った。

 悠貴が外へ出るともうバスが着いていた。既にバスの中に乗り込んでいる者の姿も見える。バスの横にメンバーの荷物がまとめられていて、莉々と志温がそれらをバスに積み込んでいる。

 悠貴も自分の荷物を2人に託すとバスに乗り込む。行きと同じ場所の席に座ると向かいに優依がいたが寝ていたのでそっとしておいた。

(それゃあれだけ色んなことがあれば疲れてて当然だよな……)

 そう思ったところで自然と欠伸(あくび)が出て自身もまた疲れてることを自覚する悠貴。改めて最終日の予定を軽めにしておいて良かったと思った。

 ガタンと少し大きな音がした。莉々たちが荷物を積み終わり、荷を置く場所の扉が閉められた。まだ何人かがバスの外で話している。出発予定の時間まではもう少しある。



 窓から外に見えるコテージを眺めながら、悠貴は合宿中にあったことに思いを馳せる。テニスのこと、森の中でのこと、BBQのこと、……そして魔法のこと。考えながらなぜか頭の中に浮かぶ光景は時間帯によって様々な表情を見せたリビング、台所、そして吹き抜けとその先の窓だった。その光景は時に白く、時に(あか)く、そして時に黒かった。

 バスから出立を告げるアナウンスが流れる。外で話していたメンバーが小走りでバスに乗り込む。その中には莉々もいた。悠貴の斜め向かい、優依の横に座って一息つくと悠貴を一瞥(いちべつ)して、そして微笑んだ。


 自動走行のバスが動き出す。景色が横に動くのを見て悠貴は一瞬身震いをしたが、すぐにコテージや庭、その奥の森への懐かしさの方が勝った。


 バスは中央施設の横を通りすぎ、一昨日には入り口であった所から道路へ出た。道路がよく舗装されているのか揺れが少ない。心地よい振動と合宿の疲労からほとんどの者が寝ていた。起きている者はスマホの画面を眺めていたので車内は静かだった。

 悠貴は窓の外の景色が移り変わるのを何気なく見ている。ほとんど寝ていないのにさきほど感じた眠気は今は全く無かった、むしろ冴えているとさえ感じられた。本当にこれからどうしようかと思う。以前からもし自分が魔法を使えたら、魔法士(まほうつかい)になったら……と空想することはあった。空想と言うよりも妄想と言うべきか、自身が思い浮かべた世界の中でやってみたいと思ったことは沢山ある、いや、あるはずだった。

 実際にこうして資格者(まほうつかい)になってしまうと、これまでに思い巡らせたそれらのやりたいことは思考の奥に隠れて姿を見せなくなった。

 まずは魔法士の登録申請をして、その後行われる新人研修を受ける、好雄はそう言っていた。


 魔法を使えるようになったのだという感覚だけを言うのであれば素直に嬉しい。しかし社会生活の中での現実(いきかた)の事を考えると思い悩む。魔法士として華々しく活躍する。それは望むところだ。頑張りたい、挑戦してみたいという気持ちもある。しかし好雄や優依の様子を見ると良いことばかりではない、むしろ大変だなと思うこともあった。

 思い悩む悠貴を他所(よそ)にしてバスは順調に海岸線を進み目的の温泉に着いた。


 海岸線近くの小高い山。その中腹辺りに温泉施設はあった。露天の湯船は太平洋に面しており、そこから見渡せる絶景の眺めを目当てに、今日の悠貴たちがそうするように小休止がてらに立ち寄る客も多かった。

 バス専用の乗り付け口で悠貴たちは必要な荷物だけを手に持って温泉施設に入った。バスはすでに自動で駐車場に向かっている。事前に莉々が人数分の予約をとっていたのですんなりと入れた。加えて他の客の姿はそれほど目につかない。悠貴たちの大学は短いながらも秋休みがあった。その秋休みに合宿の日程をあてて今日は月曜(へいじつ)だ。

 男風呂は建物の3階であり、女風呂は4階だった。悠貴は軽く土産物屋を物色していた。近くの飲食コーナーには地元の牛乳が使われているというソフトクリームが売られていて、何人かサークルメンバーや他の団体の客が食べていた。どうせなら自分は風呂上がりに、と思いそのままエレベーターで3階へ向かった。扉が開くと紺色の暖簾が見えたので先へ進む。衣服をロッカーへしまい鍵を掛けてキーを外す。キーにはバンドが付いていたので手首に着けた。そのバンドにはロッカーの数字が書いてあって、着けて初めてロッカーの数字がゾロ目だったのが何故か少し嬉しかった。畳まれた状態で山積みにされたタオルを1つ手に取る。

 浴場へ進む。広い空間。入り口から見て浴場の全ての側面がガラス張りになっている。解放感に溢れていた。ガラス越しに見ても海をいただく景色が綺麗だった。既に体を流し終えた志温たちが風呂に入りながら合宿中あったことを話していた。テニスで何々が出来るようになった、踏ん張った利き脚の足の裏の皮が剥けてひりひりする、BBQの後に女子の誰々と話して仲良くなったと花を咲かせていた。

 ここでも他の客は(まば)らだった。幾人か、地元の老人や子供とおぼしき人たちの姿も見える。志温たちの笑い声が響いていた。体を流し終わった悠貴は志温たちの輪に加わり、係として労いを受けた。

 志温たちとの話もそこそこにして、悠貴は露天風呂へ行くと言って立ち上がった。志温たちは既に露天風呂へ入った後のようだった。


 ガラス戸を開く悠貴。潮の香りがした。ガラス越しでも十分に綺麗な海けしきだと思ったが間違いだった。視界(けしき)には枠が無い。空と海の境界。水平線はどこまでもか細く、しかしはっきりとしていた。その線上、船影が白い点のように見える。悠貴が視線をもう少し近くの海へ移すと漁船が何隻か操業していた。

 その辺りは陽光が海面に反射して、まるで海から光が発せられているようで悠貴には少し眩しく感じた。更にもう少し近くに目を移すと他の温泉施設が見えてきた。どの施設も客に景観を楽しませようと作られているのだろう、それらの建物は一様に海を向いている。


 その景色の中に馴染み、一体化していて気づかなかったが、露天風呂の檜の縁に座って足を組んでいる好雄がいた。自分の事を待っていたのだと悠貴は直感的に思った。

「おー、ゆーき、お疲れさん」

 以前の少しおどけた様子で悠貴に声を掛ける。悠貴もそれに応じる。

「お疲れ。気持ちいいな」

「あぁ、風は少し冷たいけど温泉が暖かいからな」

 風、という言葉に含みを持たせたように感じたが考えすぎだろうか。悠貴は露天風呂に肩まで浸かった。好雄は悠貴の身体を観察するようにして見て口を開いた。

黒淵眼鏡(やつ)の魔法で傷口は塞がったし体力も回復してるはずだな、うん。だけどまあ体の疲れ自体は残るからゆーきにとっては温泉寄れてよかったな」

 普通に魔法という言葉を入れて会話を始める好雄に以前との違いを感じる。

「魔法って……すごいんだな。森でこけて化け物に殺されかけて、傷だらけだったのに、ホント何ともないんだもんな」

黒淵眼鏡(あいつ)の魔法が一級品なんだ、悔しいけどな。実際ゆーきは切り傷だけじゃなくて背骨や肋骨も折れていた、死んでたって全然不思議じゃなかった」

 好雄は手塚教官の事を口にするとき、どこか刺のある言い方をしているように悠貴には感じられた。

「そうか……、まあそうだよな。俺も、あぁ、死ぬなって思ってたしな」

 暫く沈黙する2人。海からの風が静かに吹き抜けていく。


「それでな、よしお。俺、聞きたい事が色々あって……」

 どう尋ねて、どこまで尋ねて良いか分からず遠慮がちに悠貴は言った。好雄は海の方へ顔を向けている。

「あの(いわ)の場所のことなんだけど……」

 色々聞きたい事があった悠貴だが、敢えて一番聞きたいことから入った。

(あそこ)で何が……」

 好雄はまだ海を向いている。表情は読み取れない。そして、

「出発までの時間ってまだ結構あるんだっけか?」

 もともと悠貴たちは此処で昼食をとる予定でいた。温泉をゆっくりと楽しみたいという者もいたし、施設の中には仮眠もとれる広い休憩スペースがあった。少し長いのではないかと思える時間を確保していた。悠貴は頷く。そうか、と言って好雄は悠貴のほうへ振り向いた。表情にはいつものひょうきんさが表れていたが、それと相反する愁いも帯びていた。

「少し……長い話になるぞ」

 そう言って好雄は天に向かって腕を伸ばした。潮の香りを微かに含んだ静かな風が2人の髪を揺らす。好雄は再び水面(みなも)が輝く海の方を見て、そして語り始めた。
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