第22話 学年合宿 ~帰還~

文字数 3,358文字

 辺りはまだ暗い。広場から森へ入ったせいでそう感じているのかもしれないし、好雄がスマホで地図を見ながら歩いていて、その明滅のせいで暗闇が浮かび上がっているせいかもしれなかった。

 好雄は進みながら画面に目をやる。日付を越えてしばらく経つ。もう暫くすれば明るくなってくるだろう。完全に夜が明けてしまう前に少なくともコテージの周辺には戻っていたかった。

 3人は地図スマホを持ち先導する好雄に悠貴と優依が続く。辺りを3人の足音だけが木霊する。時折、誰かの靴が小枝を踏んで折れる音がした。

 少し唐突に好雄が口を開く。

「ゆーきさ、さっきの黒淵眼鏡(やつ)が言ってたこと、どう思った?」

 本人の前では教官と呼んでいた男への含みのある言い方が気になったが、それ以上に魔法士(まほうつかい)に類する話を、昼間には自分を襲い、(おど)し付けた友人がいつもの調子で話しているのが可笑しかった。

 これは好雄にしても同じだった。可笑しいというよりは不思議な心地よさと言った方が正確かもしれない。多少の無理をして、自分に言い聞かせるようにしてキャラを使い分けている所があったので魔法のことをラフに話せるのは気持ちがよかった。

「どう……って言われてもな。まださ、実感が湧かないよ」

 そう言う悠貴だったが、実際には

しかなかった。頭ではまだ十分に理解しきれていない。現実の処理が追い付いていない。対して『呼ぶ』ことには実感が伴っていた。

 事実、魔法士の多くが魔法を使う感覚を『呼ぶ』と表現していた。魔法士以外(ふつうのにんげん)からすると、彼らが火や水を操り、そして掌の中から、そういった得たいの知れないものが飛び出すと視覚的には彼らが生み出しているようにしか見えなかったが、彼らの誰もが、それは違う、と言った。
 自分達の周りにもともと存在している力を『呼ぶ』。中にはより主観を込めて『頼む』と表現する者もいた。いずれにしても科学的には確かめようがなく、彼らにしか分からない感覚だった。

 悠貴もまた今までは彼らのその説明がさっぱり理解できなかったが、先刻来はっきりとそれが分かる。魔法(かぜ)を『呼ぶ』のだ、と。

「まあそれはそうだろうなー。取り敢えず普段は無闇に魔法を使うなよ。一応法律で禁止されてるからな」

 魔法士法では職務上の執行時以外は、やむを得ない場合を除き、魔法を使ってはいけないことになっている。好雄が一応と付け加えたのはそもそも魔法の定義が出来ていないため罪に問うことが難しいからだ。加えて国は魔法士の存在を重要視しているので、相当なことをしでかさない限りは魔法を使ったところで捕まったりはしない。

 当然何かを壊したり人に危害を加えるようなこともがあれば然るべき所で話は聞かれるだろうが恐らくはそれで仕舞いだろう。国は協力的な魔法士には甘い。

「そうか……、そりゃそうだよな。街中で魔法がぶっ放されているところなんて見ないもんな」

「それにね、魔法士って、やっぱり、なんかね、今でもちょっと変な目で見られたりもするし……」

 優依がタイミングを図っていたようにそう口にした。

 各地に突如として現れた魔法士(まほうつかい)。当初マスコミやネットでヒーローやヒロインのような扱いをされたことやいち早く国の組織に組み込まれていったこともあって世間に好意的に迎えられ、魔法士の存在自体は日常に次第に馴染んでいった。今でも多少物珍しくはあるが稀まれという程ではない。

 ただしやはり『異質』なものであるという感情が人々の深層に滞留していることは否めず、時には避けられたりイジメの対象になることすらあった。

 また魔法士の存在自体が自然や天への背理だとして排斥すべき、更には消し去ろうとする極端な思想を戴く団体もあった。
 これとは逆に魔法士こそが天に選ばれた、つまり選民であるとして魔法士至上主義を掲げる団体もあった。

「そっかぁ、俺なんかから見たら何かかっこよくて羨ましいって思えたけど、やっぱ色々大変なんだな」

「大変なんてもんじゃないぞ。もしゆーきがそれこそ正式に登録申請して魔法士になったら国から面倒な仕事を押し付けられることもあるし、そもそも申請の前に新人の研修を受けなきゃだしな、キツいぞーあれは!」

「やめなよー、よしお君。だ、大丈夫だよ、研修所の人たち皆いい人たちだし、研修もね、為になること多いし、楽しい講義もあるよっ。ちょっとね、あれなこともあるけど……」

 最後の最後で優依の表情が曇った。まだ自分には悠貴に伝えられていないことがある。その引け目なような感情が優衣の中で波紋を描くがそれを振り払うように努めて明るく続ける。

「あ、でもいーよね、ゆーき君、風だよ風っ。戦闘にも向いているし使い勝手も良さそう。応用スキルアップも出来そうだし! 私なんてね、夢だよ夢、地味だし戦いにも不向きだし……」

「ゆい地味だから調度いいだろー! きっと魔法の方も呼ぶヤツのキャラ選んでるんだよ」

「うぅ、よしお君酷いよー、結構気にしてるんだからー!」

 前を行く好雄の肩をばしっと可愛く叩く優依。悠貴は笑った。

  そうこうしていると辺りは白み始めた。それからすぐに例の一本道が見えてきて、先刻、優依が道から逸れて森へ入ったところよりもコテージにだいぶ寄った辺りに出た。ここからならコテージはすぐだし、もし少し早起きなサークルメンバーに見つかったとしても上手く誤魔化せる辺りだ。

 一本道を進むとすぐに森を抜け、庭の横に出る。悠貴たちのコテージの庭に面した縁側に莉々がぽつんと一人で座っていた。俯いていた顔を上げ3人の姿を見留めると立ち上がる。駆け寄ってきてその時には先頭を歩いていた悠貴に無言で抱き着く。

「ただいま、りりぃ、悪いな、遅くなって」

 努めて軽い調子で言う悠貴。

「お帰り……、3人とも無事でよかった……」


 莉々は悠貴の胸元に(うず)めていた顔を上げて、優依、次いで好雄を見る。3人とも着ている服はぼろぼろで泥だらけだ。それにしては顔や、破れた衣服の下に傷が見当たらない。そのことに不自然さを感じたがそれでも今は安堵が勝る。

 莉々の表情に幾分か落ち着きの色が戻った。それを見計らっていたかのように悠貴は莉々に少しだけ、言葉を選んで声色を低くして伝える。

「りりぃ、ちょっと聞いて欲しい。ちゃんと来る日が来たら今日の森でのことは話す。いや、聞いて欲しい。ただその日が来るまで待っていて欲しい。そして昨日と今日のことは

だけの秘密にしておいてほしいんだ」

 一瞬目を見開く莉々。正面から悠貴に真っ直ぐに見つめられて僅かに紅潮するが、伝えられた彼の言葉の意味を理解するにつれて自分の中にわだかまる気持ちが広がっていく。広がるにつれて莉々の表情も僅かに陰ったが、気付かれないように傾かしいだ心を整理して、すぐに笑みを浮かべ、そして頷いた。

「わ、3人とも格好ヤバイよ! まだ皆起きてないし早くシャワー浴びて着替えないと!」

 確かに、と悠貴たちはコテージに小走りで戻っていく。莉々はその場に立ったまま動かなかった。彼らはコテージの角を左へ曲がり視界から消えた。笑い声だけが静かに聞こえてきた。

 うーん、と背伸びをする莉々。結局起きたままで帰りを待っていたので疲れた。コテージの中に戻ることもないではなかったが、概ね夜風に晒されながら外で森を見つめていた。この明けない夜が永遠に続くのではないかとさえ思われた。もう彼らとは会えないのではないかと幾度も泪に沈んだ。

 大きく息を吐く。瞳に憂いを含んだ笑みをたたえながら莉々は口にする。

の秘密、だよね、ゆーき」

 告げるべき相手はそこに無く、莉々が発した言の葉は朝の凛とした空気に混じって、そして消えた。

 今からでも布団に潜れば少しは寝られるだろうか。それともシャワーを浴びてそのまま今日一日を始めるか。気分転換に朝練に行くのも悪くないかもしれない。思いは巡らせるが莉々は暫くそのままそこに立ち尽くしていた。
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