第17話 学年合宿 ~余韻~
文字数 2,901文字
ひとしきりBBQの片付けも終わり、メンバーのほとんどはそれぞれのコテージへ戻った。庭や悠貴たちのコテージの周りにはまだ人影も見えたがじきに各々のコテージに戻るだろう。
係の4人は片付けの残りを終えて明日の最終日の予定の確認をする。
コテージの庭。
先刻までメンバーで埋まり、散々盛り上がっていたこの場所は今は静まり返っている。コテージのガラス戸を通して漏れ伝わる灯りが庭を照らす。
木の柵の格子の向こうには他の同期のコテージが見える。少し遠くはあるが丁度そのコテージのガラス戸は悠貴たちがいる辺りを向いていて中の様子を伺えた。大門が追いかけ回されていた。何かやらかしたのだろう。
悠貴たち4人はそんな様子を見やって薄く笑った。
悠貴たちが立つ場所はBBQのコンロが置かれていた辺りで、照らされた芝をよく見るとコンロの脚の跡が見てとれる。コンロは既にコテージ正面に運んでいたのでもう回収されているだろう。
辺りは静かだった。4人の話が途切れると遠くから微かに聞こえる人声。風音。虫の音。
明日は今日と同様に朝練から始まる。朝食を取り出立の用意を終え、多少の休息を経た頃には迎えのバスが着くだろう。バスは帰路途中、海岸線を臨む山の中腹に在る温泉に立ち寄る。
軽めの昼食と小休止の後、初日来た道を行く。ひたすらに東へ向かって進んでいく。途中、また始まりの山を目にするだろうか。悠貴は往路で見た光景を頭に浮かべながらそう思った。
「確認するのはこんな所かな?」
莉々が合宿のしおりを見ながら他の3人に問いかける。悠貴もまたしおりを見ながら答える。
「いいんじゃないか。明日は予定にかなり余裕あるし。てか予定らしい予定は温泉くらいだしな」
明日の朝練は自由参加だ。既に旅行会社のサークル担当への義理は果たした。無理をすることはない。それでも志温を中心に朝練に出るというメンバーはそこそこいた。
「ゆいはどうだ?」
今は森の一件には関わりがない志温がいる。そして会話は合宿係の仕事の延長。自然そのものだった。
「うん、そだね、明日は皆でゆっくり過ごせそうだね」
優依は悠貴に笑顔を向ける。先ほどの2人で具材を取りに行った、その往復の時に感じた自然な不自然さはなかった。その笑顔に懐かしさを感じるほどに優依は自分にとって遠い存在になったのかと悠貴は少し切なくなった。
「しおんはどうだ?」
そうだなぁと言って手元の合宿のしおりに目を落とす志温。しおりの中身を確認する風を装う志温だがその目には疲労が見て取れた。朝練から午前、午後と1日テニスをしてBBQでも盛り上がり、満腹感も手伝い心地よい眠気に包まれている。
「大丈夫なんじゃないか」
今の状態の志温の大丈夫は大門や好雄の大丈夫と同じようなレベルの信じられなさであるが、確かに明日の日程を考えればこれ以上確認することは無さそうだった。
「合宿楽しかったなぁ、残ってるの明日だけだね」
莉々の台詞からは合宿と合宿の準備への本音が込められていた。
新入生の中から合宿の係が募られたとき最初に立候補したのが莉々だった。以降、旅行の各種手配、係の打ち合わせ、合宿中の差配。事実、彼女はそれらを楽しんでやっていた。高校のテニス部でもキャプテンであり、何かを企画し、皆をまとめて、楽しんでもらって、そして自分も楽しむ。
今から思えば遅刻した好雄や初日の日程を勘違いしていた大門に怒っている時もどこか楽しそうであったのではなかったか。その合宿が明日で終わる。
優依にしても名残を惜しむ気持ちは同じだった。引っ込み思案で、しかも魔法士の演習や研修でサークルの活動には思っていたほど参加出来ていなかった優依は、浮いているまではいかないがどこか馴染めていない所があった。
意を決して莉々に続く勇気を出せたあの時の自分を褒めてあげたい。係として接するうちに周囲と打ち解けていけた。合宿自体もそうだが、自分の学生生活を楽しくも有意義にしてくれた「合宿係」への名残惜しさも多分にあった。
志温も同様に過ぎ行く合宿へ思いを馳せる。テニス経験者でしかも上級者。練習や夏の合宿ではテニスガチ勢の先輩の格好の練習相手だった。全体練習の合間の休憩の時にも先輩に声をかけられラリーする。志温もテニスは大好きでそういうサークルでの立ち位置に満足していた。
それでも個々人との人間関係は希薄でどこか寂しくも思っていた。同期だけでの合宿は先輩への気遣いもなく、テニスも楽しめ、また人数がそれほど多くないこともあり同期とも触れ合えた。バランスが良い、心地よい時間だった。
悠貴も思う。森の一件があったもののそれはそれとして、合宿、いや、それ以上に悠貴にとってもやはり係という存在が自分の学生生活を救ってくれているような気がしていた。
バイトの掛け持ち、莉々に触発されて始めた法律資格の勉強、サークル……。どれも楽しく充実していたが、同時にどこか、今の自分を肯定しきれていない自分もいた。
悠貴たちの通う大学は私立難関。悠貴も優秀な方ではあったが周囲のレベルの高さがそれを覆い隠す。周囲は自分の現状に満足しないで自分のやりたいこと、学びたいことに邁進している。莉々はその筆頭だが、そういう周囲と比べて悠貴は自分の至らなさを思った。
客観的に見ると悠貴自身は周囲と比較しても遜色はない。才覚があり努力家だ。至らないと思うのは悠貴の思い込みに依るところが大きかったが少なくとも彼にとってはそれが自分から見える世界だった。
さらに魔法士の存在が悠貴を苛 ませた。
自分には理解できず、遠く、果てしなく遠い世界。
よしんば学力のようなものであれば努力でどうにかなるかもしれない。しかし魔法はそうではない。今、世界にある知識、知恵、技術を総動員しても魔法 と魔法士 を理解することはできない。同じ世界に住んでいてもそこには絶対的な、越えられない壁があった。
そんな日々の中で気の置けない3人との合宿の準備や打ち合わせは純粋に楽しかった。優依は魔法士だが、平素それを全面に感じさせることはなく、不思議と優依にはわだかまりは感じなかった。
それはある意味では、自分の気持ちの深層から目をそらすことであって、自分にとって根本的な解決にはならないかもしれない。それでも悠貴にとっては救いの時間であった。
静かな風が4人の間を駆け抜けた。仄 かに秋の草木の香りがする。始まりの山の影響で僅かに季節を先に行く山々。この涼しさにも慣れてきた所だった。都内に戻れば今度は暑いように感じることもあるだろうか。
名残を惜しむ4人がそれぞれ、思いを馳せ終わった頃、悠貴は言った。
「帰って少し落ち着いたら打ち上げやろうなっ」
3人がやろう、と同時に言った。声が重なり思わず吹き出す。
余韻を残す庭に4人の笑い声が響く。きっと楽しい打ち上げになるだろう。
係の4人は片付けの残りを終えて明日の最終日の予定の確認をする。
コテージの庭。
先刻までメンバーで埋まり、散々盛り上がっていたこの場所は今は静まり返っている。コテージのガラス戸を通して漏れ伝わる灯りが庭を照らす。
木の柵の格子の向こうには他の同期のコテージが見える。少し遠くはあるが丁度そのコテージのガラス戸は悠貴たちがいる辺りを向いていて中の様子を伺えた。大門が追いかけ回されていた。何かやらかしたのだろう。
悠貴たち4人はそんな様子を見やって薄く笑った。
悠貴たちが立つ場所はBBQのコンロが置かれていた辺りで、照らされた芝をよく見るとコンロの脚の跡が見てとれる。コンロは既にコテージ正面に運んでいたのでもう回収されているだろう。
辺りは静かだった。4人の話が途切れると遠くから微かに聞こえる人声。風音。虫の音。
明日は今日と同様に朝練から始まる。朝食を取り出立の用意を終え、多少の休息を経た頃には迎えのバスが着くだろう。バスは帰路途中、海岸線を臨む山の中腹に在る温泉に立ち寄る。
軽めの昼食と小休止の後、初日来た道を行く。ひたすらに東へ向かって進んでいく。途中、また始まりの山を目にするだろうか。悠貴は往路で見た光景を頭に浮かべながらそう思った。
「確認するのはこんな所かな?」
莉々が合宿のしおりを見ながら他の3人に問いかける。悠貴もまたしおりを見ながら答える。
「いいんじゃないか。明日は予定にかなり余裕あるし。てか予定らしい予定は温泉くらいだしな」
明日の朝練は自由参加だ。既に旅行会社のサークル担当への義理は果たした。無理をすることはない。それでも志温を中心に朝練に出るというメンバーはそこそこいた。
「ゆいはどうだ?」
今は森の一件には関わりがない志温がいる。そして会話は合宿係の仕事の延長。自然そのものだった。
「うん、そだね、明日は皆でゆっくり過ごせそうだね」
優依は悠貴に笑顔を向ける。先ほどの2人で具材を取りに行った、その往復の時に感じた自然な不自然さはなかった。その笑顔に懐かしさを感じるほどに優依は自分にとって遠い存在になったのかと悠貴は少し切なくなった。
「しおんはどうだ?」
そうだなぁと言って手元の合宿のしおりに目を落とす志温。しおりの中身を確認する風を装う志温だがその目には疲労が見て取れた。朝練から午前、午後と1日テニスをしてBBQでも盛り上がり、満腹感も手伝い心地よい眠気に包まれている。
「大丈夫なんじゃないか」
今の状態の志温の大丈夫は大門や好雄の大丈夫と同じようなレベルの信じられなさであるが、確かに明日の日程を考えればこれ以上確認することは無さそうだった。
「合宿楽しかったなぁ、残ってるの明日だけだね」
莉々の台詞からは合宿と合宿の準備への本音が込められていた。
新入生の中から合宿の係が募られたとき最初に立候補したのが莉々だった。以降、旅行の各種手配、係の打ち合わせ、合宿中の差配。事実、彼女はそれらを楽しんでやっていた。高校のテニス部でもキャプテンであり、何かを企画し、皆をまとめて、楽しんでもらって、そして自分も楽しむ。
今から思えば遅刻した好雄や初日の日程を勘違いしていた大門に怒っている時もどこか楽しそうであったのではなかったか。その合宿が明日で終わる。
優依にしても名残を惜しむ気持ちは同じだった。引っ込み思案で、しかも魔法士の演習や研修でサークルの活動には思っていたほど参加出来ていなかった優依は、浮いているまではいかないがどこか馴染めていない所があった。
意を決して莉々に続く勇気を出せたあの時の自分を褒めてあげたい。係として接するうちに周囲と打ち解けていけた。合宿自体もそうだが、自分の学生生活を楽しくも有意義にしてくれた「合宿係」への名残惜しさも多分にあった。
志温も同様に過ぎ行く合宿へ思いを馳せる。テニス経験者でしかも上級者。練習や夏の合宿ではテニスガチ勢の先輩の格好の練習相手だった。全体練習の合間の休憩の時にも先輩に声をかけられラリーする。志温もテニスは大好きでそういうサークルでの立ち位置に満足していた。
それでも個々人との人間関係は希薄でどこか寂しくも思っていた。同期だけでの合宿は先輩への気遣いもなく、テニスも楽しめ、また人数がそれほど多くないこともあり同期とも触れ合えた。バランスが良い、心地よい時間だった。
悠貴も思う。森の一件があったもののそれはそれとして、合宿、いや、それ以上に悠貴にとってもやはり係という存在が自分の学生生活を救ってくれているような気がしていた。
バイトの掛け持ち、莉々に触発されて始めた法律資格の勉強、サークル……。どれも楽しく充実していたが、同時にどこか、今の自分を肯定しきれていない自分もいた。
悠貴たちの通う大学は私立難関。悠貴も優秀な方ではあったが周囲のレベルの高さがそれを覆い隠す。周囲は自分の現状に満足しないで自分のやりたいこと、学びたいことに邁進している。莉々はその筆頭だが、そういう周囲と比べて悠貴は自分の至らなさを思った。
客観的に見ると悠貴自身は周囲と比較しても遜色はない。才覚があり努力家だ。至らないと思うのは悠貴の思い込みに依るところが大きかったが少なくとも彼にとってはそれが自分から見える世界だった。
さらに魔法士の存在が悠貴を
自分には理解できず、遠く、果てしなく遠い世界。
よしんば学力のようなものであれば努力でどうにかなるかもしれない。しかし魔法はそうではない。今、世界にある知識、知恵、技術を総動員しても
そんな日々の中で気の置けない3人との合宿の準備や打ち合わせは純粋に楽しかった。優依は魔法士だが、平素それを全面に感じさせることはなく、不思議と優依にはわだかまりは感じなかった。
それはある意味では、自分の気持ちの深層から目をそらすことであって、自分にとって根本的な解決にはならないかもしれない。それでも悠貴にとっては救いの時間であった。
静かな風が4人の間を駆け抜けた。
名残を惜しむ4人がそれぞれ、思いを馳せ終わった頃、悠貴は言った。
「帰って少し落ち着いたら打ち上げやろうなっ」
3人がやろう、と同時に言った。声が重なり思わず吹き出す。
余韻を残す庭に4人の笑い声が響く。きっと楽しい打ち上げになるだろう。