第28話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編4】~

文字数 3,685文字

 目を覚ました好雄は愕然(がくぜん)とする。愕然としたがそれに浸る前に駆け出した。既に昨日伝えられた朝食の集合時間は過ぎている。部屋を飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下り、そして昨日夕食をとった食堂へ駆け込む。

「すみません! 遅れました!」

 息をきらしながらそう言った好雄だが、部屋の光景を見て唖然とした。

「なん……だと……」

 全員が魔法士のローブを羽織っている。昨日そんな指示があったか、もしかして聞き逃したか……思考を巡らせる好雄に手塚が口を開く。

「うんうん、取り敢えずよしお君がマニュアルをあまりよく読んでいないことははっきりしましたね。まずは席に着きましょう」

 マニュアルには原則として2日目からは魔法士研修生用のローブを羽織るよう記載があった。微かな笑い声が室内を行き交う中、好雄は優依の横に座った。すでに好雄は開き直っている風を装って堂々としたものだったが、横にいる優依は赤くなって下を向いてしまう。手塚が食堂の前の方で全員へ向かって何かを話しているが2人の耳には入ってこなかった。



「よしお君!」

 優依が好雄の肩をばしっと叩く。朝食はすでに終わり、午前の演習開始までまだ少しある。

 G6の5人は施設建物と演習場のちょうど中間辺りにある噴水の縁に座って話している。辺りは公園のようになっていてベンチや彫像なども並んでいた。他のグループの何人かの研修生が座りながら話している姿も見える。日差しが徐々に強くなってきたが、噴水が放つ冷気のせいだろうか、思ったよりは暑いと感じなかった。

「あー、もうホント、マジ、ごめん!」

 普段から寝坊癖のある好雄だったが、この研修中はさすがにそれはまずいという自覚はあった。普段の高校生活においてであれば教師に怒られて終わりだが魔法士新人研修となると話が全く異なる。毎回40人程度の研修生のうち3、4人は研修を通過できていなかった。
 マニュアルからそこだけは読み取っていた好雄は生活態度については相当に気を付けなければと自覚はしていた。自覚はしていたが体はついてこなかった。

「うんうん、まあね、仕方ないよ。まだ2日目だしね、私もそんなに怒らなかっただろう?」

 座る好雄の傍らに立つ手塚。口にした言葉は優しかったが、好雄には、言外に次はないとも告げられているような気がした。

「なんだー、よっしー、朝弱いのね! ゆたろーと一緒っ、まあドンマイ!」

 明るい調子で葉月は好雄をバシッと叩きながら言う。2日からタメ口とあだ名か……と好雄は思ったが、立場的に強く出られずに何も言えなかった。

「だ、大丈夫ですよ! よっしーさん! 僕もきっとそのうち何かやらかしますから……」

 と、侑太郎がフォローに回るが、中学生の後輩に慰められ好雄は更に落ち込む。ため息をついて顔を覆う。

「よしお君ごめんね、ローブのこともちゃんと伝えてあげられれば良かったのに私全然気がつかなくて……」

 朽木もまた好雄をフォローするが傷が抉(えぐ)られているような気がした。


 暫くすると周囲の研修生たちが演習場へ向かい始め、道の向こうからも演習場へ向かう研修生たちの姿が見えてきた。そろそろ、と手塚に促され、好雄たちも移動する。


 好雄たち5人は演習場に着く。

 研修生たちの目に入る演習場。とにかく広かった。施設から向かって反対側は森になっていて、その奥に施設を囲う塀が見えた。

 手塚は演習場の中心に全員を集め、そして座るように指示をする。どうやら実技演習は手塚が担当するようだ。

「午前の実技演習を担当する手塚です、皆さん宜しく。普段はG(グループ)6の担当教官なのでG6以外の研修生とは初めましてですねー」

 G6で話すときと同じように落ち着いてゆっくりと手塚は話した。

 演習場に降り注ぐ夏の日差し。さっきまで好雄たちが話していた公園のような場所には噴水があり、幾分か暑さを和らげていてくれたが、演習場はただただ暑かった。

 夏用のローブは薄く風通しはよかったが、裾が長く、肌に纏わりつくような感じがすることは否めない。好雄はローブの袖で汗を(ぬぐ)い、周囲を見る。周りの研修生たちも自分と同じように袖やタオルで汗を()くが、(とど)まる所を知らない汗を甘受している者も多かった。


 南から研修施設へ吹く風。山の斜面を駆け上がり、斜面が溜め込んだ熱を(さら)う。熱気を含んだ斜面風はそのまま研修施設のある山の中腹へ到達するので、標高の割には周辺の気温は高い。


「うんうん、皆さん暑いですよね。まあこれも訓練です。一人前の魔法士になればこういう状況でも戦闘になるわけで……。あ、でも今日は軽めで終わるので大丈夫ですよー」

 研修生たちが辟易(へきえき)する暑さにも関わらず手塚は顔色を変えることなくそう言った。手塚の言葉を聞いた何人かの研修生がほっとしたような表情を見せる。

「初日から脱落者は出したくないですからね。少しずつキツくはしていきますが暫くは安心していていいですよ」

 手塚は右手を少し挙げて掌を天に向けてその上で軽く風を巻き起こした。風の渦が見える。おぉ、と研修生たちの間から声が上がった。

「さて、いいですか、皆さん。まず注意ですが、基本的に演習中以外は魔法の使用は禁止です。やむを得ない場合はその限りではありませんが。今日はグループ每に各自が使える魔法を見せあってください。メンバーそれぞれの属性を確認して、今のレベルを認識し合ってください。まだまだ先の話ですが、研修期間のの終わりにはグループ対抗の模擬戦をします。今のうちから戦力の分析をちゃんとしておかないと模擬戦では勝ち上がれませんよ」

 言った手塚はそれぞれのグループを演習場に散らばらせる。G6は施設からは反対の森に近い方へ行くよう伝えられた。

 好雄から『木』の属性の魔法を披露する。先ほどの位置でも使えないことはないが、やはり森が近いと呼びやすく感じた。手近の木の枝を伸ばして葉月を突っつかせたりして遊ぶ。
 嫌がる葉月は砂の壁を身に(まと)ってそれをはね除けた。砂の属性からすると学校のグラウンドのような場所は相性が良い。いつもより調子が良いと葉月は思う。

 対して侑太郎は苦戦している。朽木もそうだが水系の属性はやはり場所的に分が悪い。侑太郎は霧を呼ぶが、気を抜くと文字通り霧散しそうになる。同様に朽木も水の塊がまとまらない。昨日よりも綺麗な球の形には程遠い。

「ゆいははっきりと見える魔法じゃないから地味だなぁ。何してるか分からないな、夢は呼ぶって感覚じゃないのか?」

 好雄はピンクとも紫ともつかない薄い(オーラ)を纏っている優依を見ながらそう言った。

「うんうん……。地味だけどね、やっぱり『呼ぶ』かなぁ。何かね、魔法をかけようとしている相手の中に呼び起こす、みたいな感じ」

 それはそれで好雄は恐怖だと思った。夢の魔法をかけられた者を見たことはなかったが書籍で読む所ではかけられた当人は目の前に広がる光景が現実なのか幻なのか判別がつかない状態に陥ると言う。地味だが他のはっきりそれと分かる攻撃魔法とは違い相手に気づかれずにかけることができる。

「うんうん、さすが我がG6。優秀ですねぇ」

 拍手しながら手塚が近づいてくる。

「たまたまですがバランスが良いグループになりましたねぇ。水や木で攻撃をしつつ霧や夢で相手を撹乱する。砂は撹乱にも攻撃にも使えます」

「そーよ、砂は最強なんだから!」

 手塚の言葉に気分を良くした葉月。操っていた砂の魔法もにわかに活気づく。

「初日から皆ある程度ちゃんと『呼べ』ていますねー。模擬の団体戦の前に担当教官相手の一対一の模擬戦もあるのですが、私もうかうかしてられないかもしれませんね」

 手塚は踵を返し、各グループが点在する演習場の中心に戻る。終了の合図代わりに自分の風の魔法を使った。地面の砂を巻き込み竜巻のようになる。

「あれと、模擬戦をやるのかよ……」

 と、手塚の魔法の威力を目の当たりにした好雄は戦慄を覚えたが、同時に楽しみだとも感じた。

 手塚は集まってきた研修生たちに今日の午前の演習はこれで終わりで、一度解散して部屋へ戻り、その後、食堂で昼食をとり、午後の講義へ向かうように、と告げて去った。


『手塚教官の魔法えげつなかったなぁ!』

『私たちのグループの教官もあれくらいの使い手なんだろうか』

 手塚の魔法への驚嘆を口々にしながら施設へ戻る研修生たち。一日でもっとも暑い時間帯に入ろうとしている。演習自体は確かに手塚のように今日は軽めのものだったが、それでも研修の一環として魔法を使った研修生たちは体力を削られた。道端の木陰で座り込んでいる研修生が何人もいた。

 好雄も少し休もうかとも思ったが、早く建物の中に入りたかった。朦朧としながら、ふと朽木を見た。口数が少なくなっていると感じた。

「朽木さん……、大丈夫ですか?」

 好雄に尋ねられた朽木は、ああ、と咄嗟に笑顔を向けたが、直ぐに前を向き、周囲の研修生たちよりも足早に建物へ向かっていった。その朽木の背中を目で追っていた好雄だったが、余裕がなかったので汗を拭いながら熱気が立ち上る道をフラフラと歩いていった。
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