第9話 学年合宿 ~湯泉~

文字数 3,968文字

「おー、スゲー! メチャクチャ広いじゃん!」

 脱衣所から浴場に入って声を上げた好雄。悠貴も好雄に続いて入ったが確かに広かった。浴場の奥に広がる温泉には岩の上から絶えず湯が注ぎ込んでいる。

「お、いい感じの風呂だな……。でも人は少ないんだな」

 悠貴の後ろから志温の声があった。

「まあ夕飯にしても風呂にしても中途半端な時間だからな……。おう、お疲れっ」

 悠貴たちと入れ替わるようにして出ていった同期に悠貴は声を掛けた。

「うぅ、さみぃ……。早く体洗って風呂入ろうぜ……」

 言った好雄に悠貴と志温が頷く。



 体を洗い終えて湯に入る悠貴。思わず声を上げてしまった。湯が熱く感じた悠貴だったが直ぐに体が慣れてきて心地よさを感じる。両手で湯を(すく)ってみた。僅かに濁っていた。悠貴は大きく息を吐いた。


(思ってた以上に疲れてたのかもな……。好雄の馬鹿のせいで朝はゴタゴタしてたし)

 思った悠貴は肩まで浸かる。合宿特有の高揚感で忘れていた疲労感が今になって追い付いてきた。心地よい疲労感に呼び寄せられた眠気も微かに悠貴を包む。



「おぉ……、染みるぅ……。天国だな、こりゃ」

 湯に入った好雄が悠貴の横まで来た。

 悠貴はさっきから耳に届く風音のことを好雄に伝える。

「結構まだ風強いな、明日の練習に影響でなきゃ良いけど……」

 好雄は湯で顔をバシャバシャと洗って答える。

「ん? そうか、俺はあんまり気にならないな……、ってか音もそんなにしないだろう」

 と、神経質な奴だと添えて好雄は軽く笑った。


 どうにも昔からこういう事がある。

 風の音、風に何かが揺れる音、テニスをしているときの風の強さ、風向き……、臆病な奴だと周囲には笑われたが気になるものは仕方がない。自分でも若干神経質なところがあるのは自覚している。



 志温が遅れて2人に近づいてきた。

「そう言えば前に好雄、魔法士の研修……だっけか? この辺りに来たことあるんだろ? あと、優依も」


 志温の言葉で悠貴はバスの中での会話を思い出す。確かに好雄も優依も研修で伊豆に来たことがあると言っていた。


 好雄は淡白に、そうだな、とだけ答えた。
 悠貴には好雄はあまりその話をしたくないようにも見えたが志温は興味津々なようで質問を重ねた。

「へぇ、じゃあその研修施設ってのここから近いのか?」

「まあ……、そうだな。この辺りよりもだいぶ奥に入ったところだな。結構前のことだし俺も覚えてないんだよ。つか、バスに乗せられて連れていかれただけだしな」

 志温が質問を続けるので遠慮していた悠貴も思わず口を開いてしまった。

「研修ってさ……、どんなことやるんだ? やっぱキツいのか?」

「何だお前まで、悠貴。そうだな、キツいかキツくないかで言えばそりゃキツいぞ。午前から実戦形式の演習して、午後からはずっと講義で……」

 悠貴も志温も、へぇ、と声を漏らした。

「それにしても、お前みたいな適当な奴が良くそんな研修乗り越えられたな。大学の方もそれくらいちゃんとやればいいのによ」

 言って笑った志温。

「志温の言う通りだな。てか、何でこんな山の中に研修施設があるんだ? もっと集まりやすい所に作れば良いのに……」

 悠貴は素朴にそう思った。
 今回の合宿先のこの辺りもだいぶ人里から離れ山に囲まれているが、ここよりも奥ということは周囲には山しかないだろう。

「まあ……、色々あるんだよ……。あ、ほら、演習の中にも大規模なやつとかさ、そうすると周りにも影響あるから……」

 岩場に腰かけた好雄はそこまで言うと遠い目をした。しかし直ぐに表情を明るくした。

「そう言えばさ、悠貴。今夜の飯って何だっけ? 俺腹減ってきたよ」

「は、何言ってんだよ。お前、さっき荷物運ぶの手伝わないで、優依を拉致監禁したんだから、夕飯抜き!」

 頷く志温に好雄が抗議する。

「ブッ、ざけんな! 今でさえ腹が減って死にそうなのに明日の朝までもつわけねぇだろ……。優依とはあれだ……、ちょっと森ん中散歩してさ……」

 それにしては遅かったな、と悠貴が志温と目を合わせる。

「魔法士の研修の話とか面白そうなのに、お前からは全然話聞けなかったな。優依ならもっとちゃんと覚えてるか」

 言った志温に好雄は複雑な顔をした。

「あー、それはどうだろうな……。あいつ、俺以上に抜けてるから、どうせ何も覚えちゃいねぇよ。聞くだけ無駄だなっ。そんなことよりもさ、志温、明日の朝練のこと決めないと……。それにそろそろ時間だな。1日に2回も遅刻したら俺、いよいよ莉々に殺されちまう……」

 おどけて言って立ち上がる好雄。


「あ、もうこんな時間が……。確かに俺たちまで莉々に怒られかねないな。志温、もう上がろうぜ」

 言って湯から出た悠貴に志温も続く。

 ひとつ、大きく息を吐いた好雄。湯から上がって悠貴たちを追った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すごーい! 綺麗! 私、温泉なんて久しぶり……。こっち来てからも温泉入れるなんて思ってなかった……」

 湯に浸かって感動の声を上げる莉々。

「そっか、莉々って地方の出身だもんね。北東北州だっけ? 私、行ったことないんだけど、どんな所なの? あ、優依ー、こっち!」

 言った琴音は自分たちを探すように辺りを見回していた優依に手を挙げた。莉々と琴音を見つけた優依が2人に近づく。

 優依が来た辺りで莉々が口を開く。

「んとね、街並み自体は他の都市圏(エリア)とは変わらないかな。ていうか、都市圏(エリア)の作りはどこも大体おんなじだからね。始まりの山ができた後にどこも急いで整備されたから……。あ、だから技術とか設備に関しては正直、都内よりも他の都市圏(エリア)の方が上かな。都市圏だと色んな仕事とか治安とか結構機械任せにしちゃってるし。だからこっち出てきてから、あ、こんなことまで人がやってるんだ、って思ったこともあったよ」

 目を丸くする琴音。

「へぇ。やっぱそうなんだ、聞いたことはあったけどやっぱ凄いんだね。でもそれなら、もう田舎みたいな場所とか雰囲気とかは残ってないの?」

「うんうん、そんなことない。都市圏(エリア)の外れの方にね、たぶんほかの都市圏でもそうだと思うんだけど、その地方の昔の姿を残すために整備された地区もあってね、私はその辺りの生まれなんだ。だから温泉とかも結構身近でさ……」

 言った莉々が天井を仰ぐ。
 生き返る、と呟いた莉々に琴音が笑う。

「莉々、それおばさんだよー。そういう田舎みたいな雰囲気も良いけどさ、私はやっぱその最先端科学の中心部に行ってみたいな。なんかカッコいいじゃん。それにしても面白い時代だよね、だって……」

 琴音が優依の方を向く。

「それだけ科学が発展した世の中で魔法だもんね、なんかウケるよね」


 魔法、と言われた優依は縮こまる。

「止めなよー、琴音。優依、困ってるじゃん?」

「えぇ、莉々、何でよー、困ることないじゃん? だって魔法士だよ魔法士! 凄すぎるじゃん。私たち凡人には出来ないこと出来ちゃうんだよ。ホント憧れちゃうな。そう言えば、誰かから聞いたんだけど、魔法士の研修とかってものこの辺りであったんでしょ? ねぇねぇ、優依、それどんな感じだったの?」

 近寄った琴音が優依を見つめる。琴音の視線を受け止められなくなった優依は下を向く。


 ばしっ、と莉々が琴音の頭をはたく。

「だから止めなって。優依嫌がってるじゃん? 大体、魔法とかの話ってそんなに気軽にしちゃダメなんでしょ?」

「え、あ、うん……。ありがとね、莉々ちゃん……。そう、あんまり、話せないこともあって。ごめんね、琴音ちゃん……」

 優依に頭を下げられた琴音が大きく首を横に振る。

「こっちこそごめんごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど……。そうだよね、話せないこともあるよねっ。ホント、気にしないで!」

 優依も首を横に振って、そして莉々を見た。

「えと、それと、莉々ちゃん、さっきごめんね。皆にコテージの鍵を渡しに行って、戻るの遅くなっちゃって……」

 申し訳なさそうにする優依に莉々は明るく応じた。

「全然。気にしないで! てか、よっしーが悪いんでしょ? どうせ自分がサボってるのに優依を付き合わせたんだろうし。あー、遅刻のこともあるし、思い出したらイライラしてきた……。後でとっちめてやらなきゃ」

 それなら私も手伝うよ、と琴音が言って2人で笑い合う。


「よっしーのことは置いておくとしてさ、私、普段あんまりサークルの練習とか参加できてないしさ、まだ皆と仲良くなれてない所もあって……。だからさ、この合宿、凄く楽しみにしてたんだ。係じゃないけど、言ってくれれば何でも手伝うから遠慮しないで言ってね」

 そう言った琴音に莉々と優依が頷く。

「ありがと、琴音。私も合宿ホント楽しみにしてたんだ。皆で良い思い出作れたらいいなって。あ、もうこんな時間……。じゃあ琴音、よっしーとっちめるの手伝って!」

 言った莉々が立ち上がって、琴音が、任せて、と続く。笑いながら2人は湯から上がって歩いていく。




(そうだよね……。私も楽しまなきゃだよね……)

 2人の後ろ姿を見ながら自分も湯から上がった優依。何歩か進んだ所でふと、自分の腰のくびれにある()()が目に入った。


 透き通るような優依の肌に残る一筋の線。

 それを目にした優依の表情が変わる。俯き、進む足が止まる。



 脱衣所から戻ってきた莉々。

「優依ー、どうしたの? 遅いよっ。わ、どうしたの震えちゃって……。湯冷めしちゃったのかな、もう一回お湯に入って体温め直したほうがいいよ。私たち外で待ってるからさ」

 心配そうにする莉々に優依は笑顔で答えた。

「そ、そうみたいだね。えへへ、ごめんね、莉々ちゃん。私、もう少しだけ入ってくるね!」


 もう一度湯に浸かった優依は震える身体を抱き締めた。
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