第5話 始まりの山
文字数 3,193文字
頼んだ料理が出てきて並べられたところで3人は声を掛けられた。
「お疲れー! 俺も一緒して良いっ?」
声のした方を振り向く悠貴。返事をしようとしたが先に莉々が返事をした。
「なんだ……、よっしーかぁ」
「何だって何だよ……、俺じゃ不満かー! もっと喜べって!」
言って空いていた席に座ったのは三木好雄。好雄もまた悠貴たちと同じサークルの同期のメンバーだった。
座った好雄を横目に悠貴は辺りを見渡す。自分たちが来た時よりも混んできていた。
「ホント食いっぱぐれるかと思った……、いやー良かった良かった!」
言いながら好雄は近くにあった端末に映し出された料理を見比べている。
「よっしー別に学食じゃなくてもコンビニかどっかで買っても食べれるじゃん? 食いっぱぐれるはなくない?」
莉々は自分が頼んだつけ麺を口にしながら好雄に尋ねた。
「いやいや、最近コンビニばっかでさぁ、もうそろそろ学生会館のコンビニの弁当、全種類制覇しちゃいそうな勢いでさ……」
確かあそこのコンビニの弁当は20種類あったはずだ。それを制覇するくらい学食ではなくコンビニへ行っているのか、と悠貴は驚いた。それは莉々も同じだったようで、注文の終わった好雄に尋ねる。
「昼の学食に間に合わないくらい前の授業押すの?」
「そーなんだよ、教授が時間通り終わってくんなくてさぁ。こっちは終了10分前から荷物まとめてダッシュで出る準備してるのに空気読んでくれなくてさ」
途中で抜けてくることは不可能ではないが出来ればしたくない。
教室から出た瞬間に学生証のICチップが出入り口の出席自動確認装置に反応して早退扱いになる。早退は累積3回で欠席扱いになる。欠席扱いになるとカウントはゼロに戻りまた3回早退で欠席1回が加算される。
「いや、ほら、俺ってギリギリ出席しなきゃいけない日数から逆算して授業休んでるじゃん? 早退も重なると欠席扱いになるから出来るだけ早退もしたくなくてさ」
「いや、じゃん? とか言われてもねぇ……」
調子良く言った好雄に莉々は溜め息混じりに返す。
「ふふ。じゃあ、好雄君、遅刻も出来ないね。遅刻も何回かしちゃうと欠席になるもんね」
と、優依は好雄に笑い掛ける。
「それなぁ……、うちの大学、出席厳し過ぎるんだよ……。ちゃんとレポートだしてテスト受けてれば良いじゃんよ。あ、そう言えばお前たち、合宿の準備はもう良いのか?」
言った好雄のもとに注文した料理が届く。料理を口に運び始めた好雄に莉々は気だるそうに答えた。
「まぁねぇ、でもまだまだこれから話し合わなきゃいけないこと沢山だよ……。よっしーは外からみてるだけだからいいだろうけど結構大変なんだよ?」
思い出したように悠貴は、あっ、と口にして続ける。
「そう言えば好雄! お前、合宿出る、でいいんだよな? まだちゃんとは出欠の連絡してきてないぞ」
好雄は箸を止めて悠貴に詫びる。
「あれ、だっけか? 完全に返事したしたつもりになってた……、わりぃわりぃ。もち参加で!」
大きく溜め息をつく悠貴。
「まあそうだろうとは思って参加でカウントしといたけど……。本当にお前そういうとこいい加減だよなぁ……」
悠貴が好雄と知り合ったのは入学直後の新歓期だった。高校からテニスをしていた悠貴は幾つかのテニスサークルを回り、その時好雄と初めて会った。その時からの好雄のことを思い返すが、やはり好雄はそういった連絡や約束には適当だった。
夏のサークル全体の合宿では1年生の連絡担当になっていたが、連絡の回し忘れ、先輩への連絡の締め切り等々、不備を挙げれば数えきれず。普段は優しい、合宿担当の女の先輩が本気でキレていた。
(まあキレられてからはちゃんとしていたし、何やかんや言って最後にはちゃんとするしな……)
悠貴が春からの好雄とのことを振り返っている時、ふいに好雄が優依に話し掛けた。
「優依も懐かしいよな……、伊豆。新人研修以来じゃん」
口にした直後、好雄の表情が一瞬変わったように悠貴には見えた。
(ああ、確か好雄と優依って魔法士の同期だった。そうか、こいつらって大学に入る前からの知り合いなんだな……)
思った悠貴の目の前の優依。好雄に水を向けられてビクッとして下を向いたが直ぐに顔を上げて笑顔になる。
「そ、そうだね……。ふふっ、好雄君、あのときも演習に遅刻してめちゃくちゃ怒られてたよね」
「うっ、思い出させないでくれ、優依。あれ結構今でもトラウマなんだぞ」
「教官の魔法士、怖かったもんね、あと強かったし」
「いや、普通新人に向けてデカイ竜巻ぶつけてくるとかあり得る?俺は死んだ、って本気で思ったぞ!? あの借りはいつか返す……」
好雄と優依のやり取りを聞いていた莉々がつけ麺を平らげた所で口を開く。
「へぇ、やっぱ魔法士の研修ってそんな危ないことするんだねぇ。その教官って人、そんなに強いんならよっしーなんて秒で返り討ちに遭うんじゃん? ね、よっしー、悪いこと言わないからやめときなよ」
いやいや、と首を横に振った好雄が勢い良く立ち上がる。
「莉々なめんな、いやマジなめんな。俺が本気出したらマジ超ヤバいから!」
「いや、そのセリフもう負けるフラグ立ってるから……」
莉々の台詞に優依が控えめながらも笑い出す。好雄と莉々はまだぎゃあぎゃあと言い合っているが、悠貴はそんな彼らをみて彼らと同じように笑う。
4人で笑い合う中、悠貴は誰にともなく呟いた。
「魔法かぁ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
遡ること20数年。
その日、電車の運転手はちらりと腕時計を見た。
自分が勤務交代する駅まではあと1時間と少し。
外は少し寒く雲が低いが降りそうな気配はないし運転席のパネルに表示されている天候予測にもこれから38分間は雨は降らない、と出ている。降らないとは分かっていても、どんよりとした雲は低く、気分は沈む。運転手はひとつ溜め息をついた。
遅めの休憩をとって事務所で書類整理をすればあがりだ。
明日は非番だし彼女を誘って買い物に出掛けよう。普段はスーツを着ないせいか新入社員になったときに親に買ってもらったスーツはもうだいぶくたびれている。
大学の時の友人が結婚するので式に出て欲しいと言われて急遽必要になった。運転手は電車の先に目をやりつつ、自分の将来のことも考え始めた。
(仕事も覚えて生活も落ち着いてきたしな……。あいつが結婚するならそろそろ俺も、かぁ。プロポーズの指輪を……)
彼の思考はここで途切れる。
そして、それまで動いていたはずの電車のフロントガラスから見える景色が、止まった。思考が追いつかない。
次に違和感を覚えたのは、いつも仕事中に感じているはずの体の揺れだった。彼はこの揺れが大好きだった。この揺れを感じていたくて電車の運転手になったと言ってもいい。その揺れが、無い。
乗客も戸惑いを隠せない。何人かが立ち上がる。それまで音楽を聴いていたりスマホに目を落としていた乗客も周囲の異変に気づき始める。
それほどの異常にも関わらず車内は圧倒的に静かだった。
線路に止まる電車。
運転手には急ブレーキをかけた記憶はない。
それでも電車は止まっている、始めからそうしていたように。
そして、改めて運転手は目の前の光景を見る。その光景に目を奪われた運転手が時間をかけて絞り出した一言。
「何だよ……、これ……」
山。
目の前には山があった。
車両の目の前から「いきなり」山は始まっていた。線路や町並みがあった場所から、場所を入れ換えたように。
線路や町並みが山に飲み込まれて……、ではない。ある地点から急に山になっているのだ。
元々山がそこにあり、山の周囲から線路や町並みが広がったかのように。
運転手は叫んだ。他の乗客たちと同じように。
後に「始まりの山」と呼ばれることとなる。
「お疲れー! 俺も一緒して良いっ?」
声のした方を振り向く悠貴。返事をしようとしたが先に莉々が返事をした。
「なんだ……、よっしーかぁ」
「何だって何だよ……、俺じゃ不満かー! もっと喜べって!」
言って空いていた席に座ったのは三木好雄。好雄もまた悠貴たちと同じサークルの同期のメンバーだった。
座った好雄を横目に悠貴は辺りを見渡す。自分たちが来た時よりも混んできていた。
「ホント食いっぱぐれるかと思った……、いやー良かった良かった!」
言いながら好雄は近くにあった端末に映し出された料理を見比べている。
「よっしー別に学食じゃなくてもコンビニかどっかで買っても食べれるじゃん? 食いっぱぐれるはなくない?」
莉々は自分が頼んだつけ麺を口にしながら好雄に尋ねた。
「いやいや、最近コンビニばっかでさぁ、もうそろそろ学生会館のコンビニの弁当、全種類制覇しちゃいそうな勢いでさ……」
確かあそこのコンビニの弁当は20種類あったはずだ。それを制覇するくらい学食ではなくコンビニへ行っているのか、と悠貴は驚いた。それは莉々も同じだったようで、注文の終わった好雄に尋ねる。
「昼の学食に間に合わないくらい前の授業押すの?」
「そーなんだよ、教授が時間通り終わってくんなくてさぁ。こっちは終了10分前から荷物まとめてダッシュで出る準備してるのに空気読んでくれなくてさ」
途中で抜けてくることは不可能ではないが出来ればしたくない。
教室から出た瞬間に学生証のICチップが出入り口の出席自動確認装置に反応して早退扱いになる。早退は累積3回で欠席扱いになる。欠席扱いになるとカウントはゼロに戻りまた3回早退で欠席1回が加算される。
「いや、ほら、俺ってギリギリ出席しなきゃいけない日数から逆算して授業休んでるじゃん? 早退も重なると欠席扱いになるから出来るだけ早退もしたくなくてさ」
「いや、じゃん? とか言われてもねぇ……」
調子良く言った好雄に莉々は溜め息混じりに返す。
「ふふ。じゃあ、好雄君、遅刻も出来ないね。遅刻も何回かしちゃうと欠席になるもんね」
と、優依は好雄に笑い掛ける。
「それなぁ……、うちの大学、出席厳し過ぎるんだよ……。ちゃんとレポートだしてテスト受けてれば良いじゃんよ。あ、そう言えばお前たち、合宿の準備はもう良いのか?」
言った好雄のもとに注文した料理が届く。料理を口に運び始めた好雄に莉々は気だるそうに答えた。
「まぁねぇ、でもまだまだこれから話し合わなきゃいけないこと沢山だよ……。よっしーは外からみてるだけだからいいだろうけど結構大変なんだよ?」
思い出したように悠貴は、あっ、と口にして続ける。
「そう言えば好雄! お前、合宿出る、でいいんだよな? まだちゃんとは出欠の連絡してきてないぞ」
好雄は箸を止めて悠貴に詫びる。
「あれ、だっけか? 完全に返事したしたつもりになってた……、わりぃわりぃ。もち参加で!」
大きく溜め息をつく悠貴。
「まあそうだろうとは思って参加でカウントしといたけど……。本当にお前そういうとこいい加減だよなぁ……」
悠貴が好雄と知り合ったのは入学直後の新歓期だった。高校からテニスをしていた悠貴は幾つかのテニスサークルを回り、その時好雄と初めて会った。その時からの好雄のことを思い返すが、やはり好雄はそういった連絡や約束には適当だった。
夏のサークル全体の合宿では1年生の連絡担当になっていたが、連絡の回し忘れ、先輩への連絡の締め切り等々、不備を挙げれば数えきれず。普段は優しい、合宿担当の女の先輩が本気でキレていた。
(まあキレられてからはちゃんとしていたし、何やかんや言って最後にはちゃんとするしな……)
悠貴が春からの好雄とのことを振り返っている時、ふいに好雄が優依に話し掛けた。
「優依も懐かしいよな……、伊豆。新人研修以来じゃん」
口にした直後、好雄の表情が一瞬変わったように悠貴には見えた。
(ああ、確か好雄と優依って魔法士の同期だった。そうか、こいつらって大学に入る前からの知り合いなんだな……)
思った悠貴の目の前の優依。好雄に水を向けられてビクッとして下を向いたが直ぐに顔を上げて笑顔になる。
「そ、そうだね……。ふふっ、好雄君、あのときも演習に遅刻してめちゃくちゃ怒られてたよね」
「うっ、思い出させないでくれ、優依。あれ結構今でもトラウマなんだぞ」
「教官の魔法士、怖かったもんね、あと強かったし」
「いや、普通新人に向けてデカイ竜巻ぶつけてくるとかあり得る?俺は死んだ、って本気で思ったぞ!? あの借りはいつか返す……」
好雄と優依のやり取りを聞いていた莉々がつけ麺を平らげた所で口を開く。
「へぇ、やっぱ魔法士の研修ってそんな危ないことするんだねぇ。その教官って人、そんなに強いんならよっしーなんて秒で返り討ちに遭うんじゃん? ね、よっしー、悪いこと言わないからやめときなよ」
いやいや、と首を横に振った好雄が勢い良く立ち上がる。
「莉々なめんな、いやマジなめんな。俺が本気出したらマジ超ヤバいから!」
「いや、そのセリフもう負けるフラグ立ってるから……」
莉々の台詞に優依が控えめながらも笑い出す。好雄と莉々はまだぎゃあぎゃあと言い合っているが、悠貴はそんな彼らをみて彼らと同じように笑う。
4人で笑い合う中、悠貴は誰にともなく呟いた。
「魔法かぁ……」
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遡ること20数年。
その日、電車の運転手はちらりと腕時計を見た。
自分が勤務交代する駅まではあと1時間と少し。
外は少し寒く雲が低いが降りそうな気配はないし運転席のパネルに表示されている天候予測にもこれから38分間は雨は降らない、と出ている。降らないとは分かっていても、どんよりとした雲は低く、気分は沈む。運転手はひとつ溜め息をついた。
遅めの休憩をとって事務所で書類整理をすればあがりだ。
明日は非番だし彼女を誘って買い物に出掛けよう。普段はスーツを着ないせいか新入社員になったときに親に買ってもらったスーツはもうだいぶくたびれている。
大学の時の友人が結婚するので式に出て欲しいと言われて急遽必要になった。運転手は電車の先に目をやりつつ、自分の将来のことも考え始めた。
(仕事も覚えて生活も落ち着いてきたしな……。あいつが結婚するならそろそろ俺も、かぁ。プロポーズの指輪を……)
彼の思考はここで途切れる。
そして、それまで動いていたはずの電車のフロントガラスから見える景色が、止まった。思考が追いつかない。
次に違和感を覚えたのは、いつも仕事中に感じているはずの体の揺れだった。彼はこの揺れが大好きだった。この揺れを感じていたくて電車の運転手になったと言ってもいい。その揺れが、無い。
乗客も戸惑いを隠せない。何人かが立ち上がる。それまで音楽を聴いていたりスマホに目を落としていた乗客も周囲の異変に気づき始める。
それほどの異常にも関わらず車内は圧倒的に静かだった。
線路に止まる電車。
運転手には急ブレーキをかけた記憶はない。
それでも電車は止まっている、始めからそうしていたように。
そして、改めて運転手は目の前の光景を見る。その光景に目を奪われた運転手が時間をかけて絞り出した一言。
「何だよ……、これ……」
山。
目の前には山があった。
車両の目の前から「いきなり」山は始まっていた。線路や町並みがあった場所から、場所を入れ換えたように。
線路や町並みが山に飲み込まれて……、ではない。ある地点から急に山になっているのだ。
元々山がそこにあり、山の周囲から線路や町並みが広がったかのように。
運転手は叫んだ。他の乗客たちと同じように。
後に「始まりの山」と呼ばれることとなる。